「嫌われる勇気」

岸見一郎・古賀史健著

(2013年)

原題:「嫌われる勇気」

ドイツ語題:Du musst nicht von allen gemocht werden

 

   

 

この本について知ったきっかけは、中田敦彦さんの、YouTubeだった。それまで、僕はある大きな疑問を持って生きていた。これまで、何回か心の不調を感じ、カウンセリングを受けたことがある。その際、過去に何があったか、掘り下げるように色々聞かれた。僕は、過去の出来事を蒸し返されることに、大きな違和感を抱いていた。

「過去はもう変えられへんやろ。そんなことを、今さら、根掘り葉掘り聞いて、どないすんねん。」

そう思った。そんなとき、この本と出会った。この本は、僕が違和感を持ったカウンセリングの方法を、見事なまでに否定し、新しい方法を提示していた。実際、この本に書かれたアドラー心理学の手法を自分に当てはめてみると、自分の抱えている問題を、すんなり説明でき、これから自分が取るべき道も明らかになった。

個人的な話で恐縮だが、最近、妻に辛く当たることが多いと自分でも気づいていた。そして、それを過去に起きた、妻の行動と結び付けようとしていた。しかし、今の僕は、妻に辛く当たるのは、それなりの意図、目的があったということが分かった。僕は、それを正当化するために、妻のかつての行動を、言い訳として利用していたにすぎなかったのだ。こう考えると、僕の中に、これからどうしたらいいのか、それなりの指針が示された。僕は今、この本と、その著者とアドラーの心理学に感謝している。

 岸見一郎・古賀史健の原著はもちろん日本語である。しかし、僕は、アマノジャクを起こして、ドイツ語の翻訳で読んだ。

「なんでやねん。」

と、皆に突っ込まれそう。まあ、僕には「ドイツ語日本語通訳」の肩書もあるので、(全然仕事はないが)ドイツ語の勉強のつもりで。読みながら僕はメモを取った。日本語で。(ドイツ語で取れよ)そのメモをまとめたものが、この文書である。つまり、この文書は、日本語>ドイツ語>日本語に翻訳された結果なのである。オリジナルと僕のこの文書を比べて、どこまで原文の意図が伝わっているかを確かめるのも、「伝言ゲーム」のようで、それはそれで面白いかも。ちなみに、僕は日本語の原著を手に取ったことは一度もない。ドイツ語の題「Du musst nicht von allen gemocht werde」は「全員に好かれる必要はない」という意味である。英語では「Courage to be Disliked」、日本語と同じ意味である。

アルフレッド・アドラー(オーストリア人なのでドイツ語読みをするとアルフレートなのだが、そんなん、どうでもええやん)は、一八七〇年オーストリアのウィーンで生まれ、精神医学者として活躍。後にアメリカに渡り、一九三七年、講演旅行中にスコットランドで死去している。従って、一八五六年に生まれ、一九三九年に死去した、ジークムント・フロイトとほぼ同世代の人である。フロイトが余りにも有名になり、アドラーは隠れた存在だった。実は僕も、フロイトの著作は数冊読んでいたが、この本を読むまで、アドラーの存在さえ知らなかった。しかし、アドラーの心理学に触れて、その深さと説得力は、フロイトと双璧をなすものだと思った。

哲学者の下に相談に来た若者に、大人になっても、働くことをせず、両親の家の一室に引き籠った友人がいる。(最近日本でよく聞く話)その友人は、過去に、家庭では両親には虐待され、学校では他の子供たちにいじめられ、それがトラウマになって、外に出られなくなったという。その友人は、これではいけないと思い、何度か外へ出ることを試みたが、その度に気分が悪くなり、また部屋に戻るしかなかった。アドラー心理学に精通した哲学者は、「その友人が外へ出られないのは、過去の出来事のせいではない。今、彼が外へ出たくないからだ。そのための、口実として、過去の出来事を引き合いに出しているだけ。」と一刀両断に切り捨てる。その説明を聞いて何となくスカッとしたのは、僕だけだろうか。先にも述べたが、僕の今の問題に、アドラーの理論を当てはめてみると、自分の中で、きれいに説明がついた。

最後に、この素晴らしい本の著者だが、岸見一郎さんは、一九五六年京都生まれ、つまり、僕の同郷で同世代である。どこかで会っているかも知れない。哲学者で心理学者なので、本に登場する「哲学者」のモデルと言っていいだろう。古賀史健さんは、一九七三年生まれのライター、編集者である。僕の想像だが、哲学者と若者の対話で物語が進む、テンポがよくて分かりやすい構成は、古賀さんのアイデアではないかと思う。

過去のトラウマに悩む人には、是非お勧めしたい一冊。目から鱗が落ちることは間違いない。

 

 

プロローグ

 

最初の夜

 

第二の夜

 

第三の夜

 

第四の夜

 

最後の夜

 

 

 

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