「駅」

 

黄昏時のアルバート・ブリッジ。チェルシーとバタシーを結んでいる。

 

ライン河の話なのに何故かテムズ河から始まる。

「何と幻想的な!」

僕は、ライトアップされたアルバート・ブリッジを見て息を呑んだ。僕はキック・スケーターを停めて、しばらく橋に見入る。テムズ河に架かる吊橋。吊橋の弧を描くロープに、無数の黄色い電灯が点き、それが黄昏時の濃紺の空に映え、黒いテムズ河の水面にキラキラと反射している。美しいと思ったのは僕だけでないらしい。ジョギング中のお姉さんも、立ち止まり、携帯で橋の写真を撮っている。これまで、日本語の授業をした帰り、夕方にこの橋を何度か渡った。しかし、まだ辺りが明るかったので、橋のイルミネーションは点灯されていなかった。季節が夏から秋に移り、日が短くなり、今日初めて灯りの点いた橋を見た。ブダペストに行ったとき、イルミネーションされた「鎖橋」というドナウ川に架かる橋を見て、きれいだ思ったが、今日の感動はそれに匹敵するものだった。

その日は木曜日、僕は翌日からライン河の畔に行くことになっていた。ドイツで三日間過ごす予定。金曜日に休みを取って、英国からドイツへ飛び、ノイスという町に住む友人と、ケーニクスヴィンターという町に住む友人を訪れることになっていた。ノイスもケーニクスヴィンターもライン河沿い、たっぷりとライン河の旅情を楽しむつもりでいた。その前日にテムズ河で綺麗な景色が見ることができたのは、何か、序奏、プロローグのようで嬉しい。

翌日、金曜日の朝、五時半に、僕はハートフォードシャーの家を出て、車でロンドン・スタンステッド空港へ向かう。一応「ロンドン」と名前が付いているが、スタンステッド空港はロンドンとケンブリッジの中間にあり、ロンドンの中心から五十キロ以上離れている。車を停めて、ターミナル・ビルに入る。飛行機は八時過ぎに離陸し、一時間の飛行プラス一時間の時差で、十時ごろに「ケルン・ボン空港」に着いた。列車でまずデュッセルドルフへ向かう。ドルトムント行きの列車は十五分ほどでライン河を渡り、ケルン中央駅に着いた。ケルン大聖堂の二本の尖塔がだんだんと近づき、列車はそのすぐ横に停まる。息子がケルン大学に一年間留学していたこともあって、これまで何度も来たことがある場所だ。

列車は更に北に向かい、四十五分ほどで再びライン河を渡りデュッセルドルフに近づく。僕は十八年前、デュッセルドルフの近くの町に一年間独りで住んでいた。そして当時はしょっちゅうデュッセルドルフに来ていた。あれから十八年、その間に色々なことがあった。楽しいことも辛いことも。ここへ戻って来たのは、確かに懐かしいけれども。

「懐かしさの一歩手前で

こみあげる苦い思い出に

言葉がとても見つからないわ」

これ、竹内まりやの「駅」という歌の一部。僕の大好きな歌。駅で昔別れた恋人と出会い、声を掛けられずに別れるというシチュエーションである。デュッセルドルフ中央駅のホームに列車が滑り込んだとき、思わずこの歌を口ずさんでしまった。

 

列車は大聖堂の隣にあるケルン中央駅に滑り込む。

 

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