美味しいものは早い者勝ち

 

 

次に教わったのは「餌遣り」である。牧場の馬は通常、干草を食べている。一メートルX一メートルX二メートルくらいの巨大な干草の塊が三個から四個、週末に、十人以上のボランティアの手によって運び込まれ、牧場の要所要所に置かれる。(僕は週日のボランティアなので、やったことがないが、これも大変な仕事だと思う。)それを僕が、減り方に応じて、各エリアや厩舎の中に供給していく。

「お前ら、ホンマ、よう食うな。」

馬は大量の干草を食べる。先にも書いたが、消化効率が余り良くないので、大量に食べないとやっていけないのだ。毎日、高さ一メートル、底辺の直径二メートルくらいの干草の山をこしらえておくのだが、五、六頭の馬により、翌日には食べ尽くされている。

「冬場は、体温を維持するために、夏場よりもっと食べるのよ。」

とトレーシーが言った。

また、馬には、朝夕二回、ペレット状の「ホースフード」が与えられる。僕は日中働くので、朝夕の餌遣りは、通常ジュリーや他のメンバーがやってくれている。僕も何度が手伝ったが、これがなかなか経験の要る仕事なのだ。ペレットはバケツに入れて、各エリアまで持って行き、そこで浅い洗面器のようなプラスチックの入れ物に分けていく。馬にとって、この「ホースフード」は、干草より遥かに美味しいものらしく、バケツを持っていると、ワーという感じで馬が殺到してくる。小さなポニーなら、

「ちょっと待て、あっちへ行け。」

と、かき分け、蹴散らして進める。しかし、五百キロ近い大きな馬が何頭も寄ってくると、僕のような初心者にはコントロールできない。僕がペレットをやるとしても、一番小さい、首の高さが一メートルくらいしかない、シェットランド・ポニーの係である。

牧場には全盲の馬が二匹いる。ヌードルとスウェードという名前だが、二頭だけ別のエリアで飼われている。そのエリアに入るときは、

「ハロー、ヌードル。ハロー、スウェード。」

と声を掛ける。でないと、彼らには誰が入って来たのか分からないから。最初に自分が、飼育係であり、彼らの名前を知っていることを、理解してもらわないといけない。この二頭に餌をやるのも結構難しい。目が見えないので、餌を前に置いてやらないといけない。しかし、彼らとて、餌を他人に取られたくないので、とりあえず、後ろ足でキックして、他人を追い払おうとする。パッと近づいて、サッと去る。そのタイミングが難しい。

 馬牧場で働き始めてから一カ月が経った。月曜日から金曜日まで、ゴム手袋とゴム長靴で家を出て、毎日一時間半から、二時間の作業。他にも仕事をしているので、自分で働く時間が決められるのがいい。一日に一度、外のきれいな空気と自然の中で過ごすのも悪くはない。一週間ずっと、誰にも会わず、独りきりで働いたこともあった。それも気楽でよい。僕は、毎日水遣り、ウンコの始末、干草の供給を続けた。

 

<次へ> <戻る>