第18章:サイエンス・フィクション(Science Fiction)−未来は映画で目にするものとは違う
先にも述べたが、人類が地球を制覇出来た理由は、大勢の人間が協力して作業を出来ることである。その根本は、人類が「フィクション」、「神話」を信じることができるという点にある。そう言った意味では、フィクションを作る作家は、技術者と同じか、それ以上に重要な役割を果たしていると言える。「神」を信じるがゆえに、人々は喜んで戦争に赴き、巨大な建築物を造る。その根幹にあるのは、その神話を民衆に伝える文学、美術、音楽などである。
二十一世紀初頭は、サイエンス・フィクション(SF)にとって重要な時期であった。人々は、映画やテレビを通じて最新技術情報を理解している。そして、それにSFも一役買っている。しかし、多くのSFが誤った情報を流していることもある。例えば、智能と意識を混同していることである。その最たるものが、多くのSFがロボットと人間の争いを演出していることである。多くの映画で、AIは意識を持っている。しかし、AIはあくまでアルゴリズムに過ぎない。しかし、AIが人間をコントロールする危険は現実のものである。「トゥルーマンショウ」という映画では、主人公はサイバー空間で生きているが、彼はそのことを知らない。彼の人生は全てアルゴリズムで決められたものであり、彼の周囲にいる人々は全て俳優だったという設定である。しかし、彼のどこかに「支配されない自分」が残っていた、その結果、主人公は虚構の中から脱出できる。しかし、彼が憧れて戻ってきた「現実」の世界も、決しても良い物ではなかった。そもそも、我々全てが、作られた世界の中で生きているのではないのか。その中から逃げ出しても、もっと大きな虚構がその外側にあるのではないか。ロシアの国民がツァーから逃げ出したつもりでも、そこにスターリンが待っていたように。
しかし、我々が虚構の世界の中に生きていたとしても、精神的に感じているものは常に「現実」である。虚構の世界であっても。そこで感じる痛みは本当の痛みであり、そこで感じる愛は本当の愛である。「トゥルーマンショウ」の映画は、その原因が何であっても、例えコンピューターからの信号であっても、精神は物質に勝利するというトーリーを語っている。人間の精神が石から刀を作り、それで人間はマンモスを倒した。人間は石から刀を作るということは考え付いても、刀は石であるという考えは馴染まない。人間はコンピューターを作るが、そのコンピューターが自分たちにとって何なのかということに余り興味がない。実際、ロボットは精神を支配するかも知れないのである。
ディズニーの映画に「インサイドアウト」(二〇一五年)というのがある。ミネソタから、サンフランシスコに引っ越した十一歳の少女の話である。彼女は、新しい環境に馴染めない。映画は、最新の脳生物学を駆使し、見ている者を少女の脳の内部へと導く。そこでは、人間の脳が、生化学的な反応が連なった、スイッチの集合であることが示されている。感情はスイッチの集合体なのである。少女がサンフランシスコに慣れないのは、脳内の物質が平衡を失っているからである。映画は人間の感情のメカニズムをイメージで示す。彼女に行き先を決めるのは自我ではなく、数多くのメカニズムの相互作用なのである。この映画は批判を浴びると予想されたが、予想外にヒットした。おそらく、観客はそのハッピーエンドゆえに、映画の示すところに気付いていなかったのかも知れない。
ナチスの台頭、日本の中国侵略などの頃に、病気、飢餓、戦争のない世界を描いているのが、オルドス・ハックスレーの「美しき新しい世界」である。その世界では、人間の生化学的なアルゴリズムは全て解明され、政府がそれをコントロールしている。その結果が、人々は常に満足感を味わう状態で生活している。「インサイドアウト」における少女の感情のメカニズムを政府がコントロールしているのだ。その結果、国民は政府の忠実な協力者であり続ける。そこには「一九八四年」でジョージ・オーウェルの描いた脳警察などは不要なのである。オーウェルは、衝撃的な未来を描いたが、それと共に人類は何ができるかを問いかけた。ハックスレーの世界は、コントロールされて何が悪いのと開き直っているように見える。しかし、「美しき新しい世界」に一人だけ、神やシェークスピアについて知っている人物がいる。彼は民衆に反抗するように訴えるが、捉えられ、「世界の支配者」の前に連れて行かれる。支配者は、
「文明に英雄は必要ない。社会が乱れるから英雄が必要になる。争いがあるから、忠誠心や愛が必要になる。今では薬により人々は争わなくなっている。」
と薬の効用を説明する。男は、
「人間には涙も必要だ。また、女を手に入れるために、蚊に刺されながら働くことも必要だ。」
と反論する。
「それらに耐える代わりに、それらを失くしたのだ。あれば抵抗力が生まれる。また、時々アドレナリンを増やす薬を飲めば、緊張感も持続できる。」
男は釈放されるが、人里離れた場所で、独りで暮らすようになる。しかし、そのうち彼の存在は有名になり、多くの人が彼を訪れるようになる。最後、彼は自殺をする。彼が逃げられる場所はもうどこにもなかった。人が「自分とは何であるか」という定義から逃げられないように。