北へ

 

これから出発、元気一杯、しかしポヨ子は走り出すと同時に眠ってしまった。

 

末娘のスミレ(別称ポヨ子)は、昨年六月に高校を卒業してから、半年の間アルバイトをして金を貯め、その後四ヶ月間「東南アジア放浪の旅」に出ていた。インド、タイ、マレーシア、カンボジア、ベトナム、ラオスなどを回っていたようだ。高校を卒業し大学に席を確保した後、一年間入学を延ばして、その間に働いて学資を貯めたり、世界旅行に行ったりする。これは「ギャップ・イヤー」と呼ばれ、英国の若者の間で結構一般的だ。そのポヨ子も、いよいよ年貢の納め時が来て、十月から大学に通うことになった。

彼女が合格したのは、イングランド北部にあるダーラム大学。ダーラムはロンドンから五百キロ以上離れていて、スコットランドとの「国境」に近い。近くにはニューカッスルという大きな町がある。大学は一八三二年の創立で、ケンブリッジ、オックスフォードに次いで、英国では三番目に古い大学だという。スミレは日本で言う「センター試験」だけで大学に合格しているので、彼女自身まだダーラムへ行ったことはない。

ともかく、十月二日、土曜日、午前九時、スミレと荷物を車に乗せ、近くの高速一号線に乗り北へ向った。妻のマユミと僕が交替で運転することになっていた。何せ、五百キロ余、七時間近い長丁場。ひとりで運転するのはちょっときつい。スミレの荷物で車のトランクと後部座席の半分は埋まっている。

高速一号線「M一」は、(その名前からして、英国で最初に作られた高速道路であることが明らかである)ロンドンからニューカッスルまで。今日は、ほぼ起点から終点までの全線走破になる。一号線は僕の家のすぐ横を走っている。つまり、最初に高速道路に乗ると、ずっと乗りっぱなしでダーラムまで行けるのだ。

「全然道に迷う心配がないから、あんたでも大丈夫やねえ。」

と妻に言う。しかし、彼女は帰路、一度道を間違えた(!)。

風は冷たいが天気は良い。ドライブ日和。最初はマユミの運転で、ひたすら北へ向かって走る。レスター、ノッティンガム、シェフィールド、リーズ、サッカーチームで有名な町をいくつも通る。バーンズレーなんて町を通る。ここもサッカーチームがある。

「へえ、こんなところにあったのか。」

と妻とふたりで納得しあう。スミレは後ろでグーグー眠っている。

横を見ると、荷物を満載して同じく北へ向かう乗用車が走っていた。

「おそらく、息子さんか娘さんをダーラムへ送って行く車やろね。」

僕が冗談で妻に言う。

「でも若い人が乗っているように見えないけど。」

「おおかた、後ろの座席でグースカ寝とるんやろ。」

ノッティンガムで運転を代わり、今度は僕が運転する番。僕の運転になったとたん、マユミも助手席で眠りだした。グーグー眠るふたりを乗せて、僕はひたすら北へ向かって車を進めた。

 

高速一号線をひたすら北へ向かう。色々な車が通り過ぎていく。

 

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