満足を得るための材料

 

詩人のリルケは「幸福は運命である」と述べている。来るか来ないかつまり運を天に任せるものなのだ。これに対して、満足は積極的に獲得することが出来る。満足を得るための資質、好奇心、感謝の気持ち、楽観的などという人間の性格は、奇妙に聞こえるかも知れないが、訓練して習得することができるのだ。自己認知、意味、希望というものさえ学べるものである。この考えを最初に発表した精神科医のマーティン・セリクマンは、それをバラ園で発見した。彼はバラ園で草むしりをしているとき、抜いた雑草を放り投げて遊んでいる五歳の娘を叱った。叱られた娘は、

「叱られても泣かないわ。五歳の誕生日まで私は泣き虫だったけど、誕生日にはもう泣かないって決めたの。」

と言った。その一言で、セリクマンは、筋肉を鍛えることができるように、人間の性格も変えることできると気付いた。それまでうつ病の患者の快復を妨げているのには患者に弱さがあり、その弱さを見つけることで病気を治せるという考えがなされていた。セリクマンは弱点よりも長所に目を付けた。そして、性格を変え、長所を伸ばすことにより、病気を治せると考えた。

 自分の長所、強さが何であるかを知ることは大切である。ルーフは、自分の強さを知るための、「行動の中の価値」テストを行った。その結果、人間は、自分の強さより、弱点の方に目が行ってしまうことが明らかになった。それは、子供の頃から長所を伸ばすよりも、弱点を克服するような教育を受けているからだと思われる。本来なら、好きな領域にエネルギーを使う方が、子供に満足を与えるにも関わらず。精神的な潜在性が発露したとき、人間は満足を覚えるとルーフはかく述べている。

 自分の短所にばかり目を向けると「うつ」になり、長所に注目すると満足が得られる。セリグマンは二十四の長所を思われる性格のうち自分に当てはまるものを学生に選ばせた。その結果、だれもが生まれつき三から七個の長所を持っていることが分かった。それらの長所は元々持っているものなので、行使するのにそれほどお努力を要しない。強みを伸ばし、弱みを気にしないことが満足を得る道である。しかし、長所は同時に訓練により獲得することができる。そして、自分の本来持っていなかった強さを開発できたと、特に満足感が増す。その訓練の途中で、訓練の意味を知らなくても、満足感を感じることができる。

 どのように満足を得るかは、個人によって異なる。しかし、大多数の人に満足を与えると共通の材料はある。満足を感じる人間は精神的強い。逆に言えば、満足が精神的な安定を人間に与えることができる。満足を得るための材料は性格だけではない。コンセプトや戦略も材料となり得る。そしてこれらは訓練によって得ることができる。希望、熱狂(熱心さ)、結合能力(愛)、好奇心、感謝の心、勇気やユーモアがそれに当たる。どの特性を訓練すればよいのかは人によって異なるが、自分が強いと思っている特性を訓練すると特に効果がある。

 

満足するための具体的な方策

 

結合能力(愛):独りでいて満足している人は滅多にいない。他のものへの愛は満足を得るために大切である。その対象は人間でなくても、自然、動物、仕事でもよい。満足している人と、満足していない人の最大の違いは、他人との関係を持っているかどうかである。特に良い友人を持っている人は満足度が高い。

そのためには、自分が相手に興味を持っていることを示し、その人と出来るだけ長く一緒にいることである。他人を批判的な目で見るのではなく、愛情に満ちた目で見て、微笑みを絶やさないことが大切である。

他己主義:与えることはもらうことより美しい。連帯、隣人愛、他己主義等、他人に何かを与えることが満足の基本である。それをしてもらった人が嬉しくなり、それをまた別の人にするというカスケード効果を生み出す。

そのためには、まず目的を持って、小さなことから他人を助けることを始めることである。

好奇心:好奇心のある人は、新しいことに興味を持つので、地平が広がり、自分の可能性を高め、人生を変えることができる。新しい体験をする際、不成功も計算に入れているので、悪い方向へ行っても、それを受け入れることができる。

そのためには、毎日ひとつ何か新しいことをすることだ。知らない人に会う、知らない場所を散歩するなどが効果的である。

率直さ:楽しくない出来事に出会ってもその中で生きていくためには、変わることに対してオープンであることが大切である。変化を率直に受け入れること、悪いこともいつかは良くなると信じている人は、あらゆることに対する抵抗力ができる。

そのためには、悪いことが起こっても、ひょっとしたらそれが良いきっかけになるかも知れないと考えることである。人生は絶えず変化の中にある。入ったからと言って必ず出口があるとは限らない。しかし、何かしらプラスはるものである。

包容力:歓迎していないことだけではなく、自分の中の不快な感情も受け入れること。どのような感情とでも付き合っていくことを学ぶこと。悪い出来事もその機会であると考えること。

否定的な感情も、不愉快な出来事も、共に人生には付き物である。それらを積極的に受け入れる。そのうちにそれらに対する不安、落胆の方が、それら自体よりも悪いことに気付く。そのおかげで喜びを味わえるのだと考える。

自己認識、自尊心:個人主義的な西洋社会では、ポジティブな自己像を持つことなしには、満足は得られない。自分が高い評価を得ていると考えている人ほど満足度が高い。感情が安定すると、周囲がどのように上下に揺れ動いても落ち着いていられる。

自分の性格をテストして、長所として挙がった性格を表現する。(冷蔵庫に貼って毎日眺めてもよい。)自分のやりたい事を書留める。批判を素直に受け入れ、知らないことを学ぶようにする。

希望と楽観:良いことを待って、希望を持っている、未来に対してポジティブな想像を描くこと。多くの人々にはそれが自然に出来る。楽観は、愛、感謝、好奇心、熱心と共に重要な性格のひとつである。

それを可能にするためには、今直面している問題を選んで、それに対して楽観的な三つの考えを書き留めるのがよい。それが上手く行く可能性を考えるきっかけとなる。次に最悪の場合はどうなるかを考え、いかにそれに対処いくかを考える。

ユーモア:ユーモアのある人は、困難な状況において、簡単な方向からそれを眺めることができる。自分だけでなく、他人をも愉快な気分にさせること、笑い飛ばすことが大切である。

そのためには、常に面白いことと付き合う、例えばキャバレーに行くとか、コメディーを見るとか、そしてそれを馬鹿馬鹿しいと思わないようにすることだ。

冷静さ:人間は別れを告げなければならないことがある。習慣からも、他の人間からも、また夢見ていたことからも。別れることが上手に出来る人は満足度が高い。まずは、何か主で何が従であることを見極めること、また選択肢の幅を狭めることが、別れを上手に克服する鍵である。

冷静さは頭から始まる。不安のホルモンが沸き上がってくるのを感じたら、まず深呼吸をする。他人に対して憤っても、その人が本当にあなたを傷つけようとしてやったのかを考えてみる。また五年後も同じような気持ちであるかを考えてみる。

自己効力感:己を有用だと考えることが大切である。冷静さはどんな状況でも解決策を見つけることを助けるが、自分はそれを出来るという確信、信頼があって初めて、それを実行に移せる。したがって、自己効力あると、周囲の状況により左右されにくくなる。

そのためには、自分で自分のことを決められるのは大切なことだと考える。過去数年間の困難や危機を思い起こし、それをいかに克服したかを考えてみる。それに成功したということは、未来の困難に対しても同じことができると考える。

熱中:困難の中で解決策を見つけ、それを実行することを、やる気、熱中が助ける。感激することで、目的に向かって進みやすくなる。また、厳しい状況の中でも、最大限の努力ができる。そんな人は大抵、自己認識と、社会的なネットワークも持っていて、目的を達成しやすいし、満足感も得やすい。

そのためには、日常生活を行動的にすることだ。趣味を持つ、人の輪の中に入っていくことが大切である。

価値、意味:価値を見つけ、理想像を築くことが大切である。それは、これから達成しようとする目標を見つけるのに役立つ。特に信用や同情のように、社会の中での価値を見つけることが大切である。しかし、価値を見つけても、それを実行しなければ喜びを感じることはない。また職業における満足は、社会的な満足の背景があってこそ成り立つ。

価値を見つけるためには、日常余りやりたくないことを思い浮かべる。そして、やりたくないのにも関わらず、何故やるのかを考える。また、やらなかったらどうなるのだろうかと考える。そしてそれをやることの意味、意義が分かれば、もっと親身になって出来るはずである。

現実性:目標に達すると満足感が大きいが、何度もそれに失敗すると幸福感が減ってしまう。それ故に、現実的な目標を掲げることが大切になる。人間は年齢とともに、自分を現実に適合させていくものだ。チャンスとリスクを現実的に予測して、夢のようなことは考えないようにする。そうすれば自然と、困難に対する抵抗力が増し、より簡単にそれを乗り越えることができるようになる。

現実性は年齢を経ることに、人生の知恵として獲得できることが多い。過去の決定的な状況を思い出す努力をする。しかし「馬鹿なことをした」とは思わない。状況との中であなたはそうする必然があったのだ。そのようなことが将来にもある。それを予想し、色々な対策を考えておく。

確信:確信は一見満足と関係ないように思える。しかし、確信を持って、集中して物事に取り組むことは、満足感に貢献する。

そのためには、没頭して課題と義務に取り組むことだ。やらなければいけないことはやらなければいけない。いかにやる気をもってそれを行うかが、満足度に関係する。

批判を受け入れる力:批判を受け入れる能力のある人は、満足度が高い。人は常に他人から評価を受けている。その評価はネガティブなものも多い。しかし、それをフィードバックと考え、公的に捉えることが大切である。「〜ができない」ということを自分で認めている人は、じつはそれができることが多い。

毎日批判を受け入れる能力を鍛えるチャンスはある。他人の批判から何が学べるかを考える。それを個人的な攻撃ではなく、フィードバックと考えるようにし、その中から学べるものが何かを考えてみる。

善意:他人の幸せを願うことは、自分の幸せを願うことと同じことだと考える。そのためには、三人の人の顔を浮かべて、その人の良い性格を書き上げてみることだ。

感謝:ローマ皇帝で、最後のストア派の哲学者であったマルクス・アウレリウスは、その著書の最後に、数多くの人々に対する謝辞を述べている。ルーフも、感謝することにより、困難に出会ったときの精神的、肉体的な抵抗力が増すだけではなく、満足度も増すと述べている。困った状況に陥ったとき、かつて別の場所で同じような目に遭いながら良い経験をしたことを思い出す。そのとき、誰かが助けてくれたことがないか考えてみる。もしあれば、感謝の気持ちを直接その人に言うことだ。

そのためには毎晩、感謝すること、人を三つ上げ、それを書き留めることだ。それを毎日変えること。その対象が自分に批判的なことを言った人かもしれない。そしてその人、そのものに対する感謝の気持ちを書くことだ。

 

神経的な踏み分け道から抜け出すために

 

このように訓練して得られることは沢山ある。そして、それらは密接に繋がっている。ひとつのことを得ることにより、別の資質も得ることになり、「良い循環」に入っていく。単にポジティブに考えることにより、人間の考え方や行動までも変えることができる。それが精神的なリソースを変え、困難に対する抵抗力を培うことになる。しかし、反対にネガティブに考え始めると「悪い循環」に陥ってしまう。人間の脳細胞は本来怠惰な物で、新しいことを試みないと、古い所に留まってしまう。

 

良い終わりのために

 

幸福とそれによる恍惚感は一過性のもので長続きしない。ジークムント・フロイトも

「幸福であるということは人類の創造の際の計画に入っていない。」

と述べている。人間はコントラストで幸福を感じるようにプログラムされており、幸福を感じることはその規約の中に制限されている。良いにしろ悪いにせよ我々はその制約に立ち返らねばならない。「悪い」と言ってもそれほど悪いわけではない。山谷があっても、良い時期にそれを最大限に楽しみ、悪い時期には次の危機に対する訓練をすることができる。人間は、良いことを悪いことより多く見つけるということ、その結果不満足より満足を得られるように、自分で決断することができる。それは、洞察や、攻撃により与えられたものに自分を合わせていくということである。時には周りを変えていこうとするための摩擦も生じる。色々な方法で満足を高めるための道具を現代の心理学は用意している。満足はぼんやりした像ではない。満足した生活は、究極の喜びなのである。