わたしは失敗しないの

 

「わたしは失敗しないの」と言う言葉を、文章のどこかで使おうとしたんだけど、これだけは無理。

 

下醍醐から戻って、Sちゃんの手作りのご馳走をいただいた後、僕はWさんと一緒にテレビの前に寝そべって「ドクターX」なるドラマを見ていた。その日は、おふたりの家に泊めてもらうことになっていた。ドラマは米倉涼子演ずる、一匹狼の外科医の話。英国に住んでいて、日本のテレビを見る機会のない僕は、もちろん初めて見る。

「わたしは失敗しないの。」

と言い切れる彼女はすごい。見終わってからWさんに僕は尋ねた。

「いつもこのパターンなんですか?」

「そうなんよ。同じパターンと分かっていても、見てしまう。現代版『水戸黄門』やね。」

と彼は言った。外は雨。下醍醐を見ている間に降りだした小雨は、いよいよ本降りになったようだ。秋雨前線がしばらく日本列島の上に停滞するという。

僕は翌日「上醍醐」に登るつもりでいたが、前日の天気予報は雨。雨の中を山へ登る気力もないので、もう諦めていた。さて、翌日七時半ごろに目を覚まし、外を見ると雨も降っていないし、道路も乾いている。僕は登ってみることにした。朝食の後、Wさんに醍醐寺の門まで送ってもらって、歩き出す。道は前日途中まで行っているので分かっている。「女人堂」という建物の前に受付があり、そこで入山料五百円を払って、山道を登り始める。

「上醍醐、二、八キロ、所要時間六十八分」

と入り口に道標があった。道は登り一方。所々自然の石を組んだ段になっている。歩き始めて直ぐに雨が降り出した。幸い霧雨でひどく濡れることはない。途中不気味なほど誰とも会わない。独りで黙々と登っていると、本当に昔の修験者になった気分。

 結局、二時間歩いて、人と会ったのは、最初に山から下りてきた地元民風のおじさん、おばさん四人と、下りですれ違ったストックを持った若い女性だけだった。しばらく行くと、「女性の一人歩きはやめましょう。伏見警察署」という立て札。大丈夫かな、あのお姉さん。

途中「不動の滝」という名の、滝と言うか、樋から水が落ちている場所がある。山水が美味しい。醍醐寺はケバケバしたところのない渋い場所である。その中でも上醍醐はとことん地味。建物も何も彩色を施していない木の色と白壁。そんな建物がひっそりと森の中に佇んでいる。そしてその何気ない建物が「国宝」なのである。その「国宝」を見る人も、その日の朝は僕ともうひとりの若いお姉さんだけかも。

帰り道の下り坂、登るとき以上に苦労した。雨で石が滑るのである。幸い道の真ん中にロープが張ってあり、そのロープを片手で握りながら降りる。

「不動の滝まで来たら電話してね。」

Sちゃんが言っていたので、電話をしたら、途中まで迎えに来てくれた。二時間で往復をした僕の健脚に驚いている。駅でふたりと別れた。

さて、「わたしは失敗しないの」と最初に書いてしまったので、それに絡めてこのエッセーを終わりたかった。でもできないよね。誰でも失敗するもの。

 

下醍醐、一番奥の開山堂。自然と一体化したさり気なさが素晴らしい場所。

 

<了>

 

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