「エーランド」

原題:Skumtimmen「こだま」

ドイツ語題:Öland

2007

 

<はじめに>

 

スウェーデンの若手ミステリー作家のホープとして期待されるヨハン・テオリンの処女作である。バルト海に浮かぶエーランド島を舞台に、時を超えたストーリーが展開される。

 

 

<ストーリー>

 

エーランド島、一九七二年九月、五歳のイェンス・ダヴィドソンは、祖父母の家に庭に出て、石の塀を乗り越え、初めて独りで外に出る。そこはアルヴァーと呼ばれる石灰岩の台地であった。深い霧の中で、イェンスはひとりの男に出会う。その男はニルス・カントと名乗る。

イェーテボリ、看護婦のユリア・ダヴィドソンは、健康保険に電話をして、病欠期間の延長を申請する。アルコール依存症のユリアはこのところまともに働いていない。彼女は、まだ二十五年前に行方不明になった息子のイェンスを諦めきれないでいた。電話がなる。エーランドの老人ホームに住む、父のイェロフからであった。父親はユリアにエーランドに来いと言う。父親の元に、イェンスの履いていたと思われるサンダルが送られてきたという。

エーランド島、一九三六年七月。十歳のニルス・カントは岩浜で泳いでいる。そこへ四歳年下のアレックスもやってくる。ニルスは、母親のお気に入りの弟を秘かに妬んでいた。ニルスは泳ぎのできない弟を海の中へ誘う。溺れた弟を見殺しにしてニルスは独りで家に戻る。

数年前に妻を亡くしたイェロフ・ダヴィドソンは、リューマチを患って足が不自由になったため、ステンヴィクの家を離れ、マルノスの老人ホームに住んでいた。老人ホームで、イェロフは、幼馴染の女性、マヤ・ニュマンと四十年ぶりに再会する。彼女もホームに入っていたのだ。

ユリアは姉のレナに車を借りて、エーランド島に向かう。イェンスの生存をまだ信じているユリアは、

「息子は死んだのだから諦めろ。」

と言う姉夫婦と疎遠になっていた。彼女は本土とエーランド島の間の橋を渡る。橋が完成したのが一九七二年、イェンスが行方不明になったのと同じ年であった。ユリアの家族は、冬の間はボリホルムに住み、夏は海辺のステンヴィクのサマーハウスで過ごすのが常だった。ユリアがエーランドを訪れるのは二十年ぶりであった。彼女はステンヴィクに向かい、そこでかつて自分が住んでいた家を見る。人々は集落から出て行き、殆どが空き家になっていた。彼女は、彫刻家のエルンスト・アドルフソンに話しかけられる。閉鎖された石切場に住む彼は、父イェロフの友人で、今でもイェンスの失踪事件を追っているという。エルンストは、

「今日は客人があって駄目だが、明日は空いているので来ないか。」

とユリアを誘う。

ステンヴィク、一九四〇年六月。港では石切場から切り出した石を船に積む作業が行われていた。トラックが戦争で徴用されているため、住民たちが集まり、人力で作業が行われ、十五歳のニルス・カントもそれに参加していた。カントの母が石切場のオーナーであった。弟の死後、ニルスと母親の関係は改善されていた。現場監督が、オーナーの息子であるニルスにも遠慮なく命令を下すことに腹を立てたニルスは、現場監督に殴りかかり、海に突き落とし、危うく溺死させかける。

イェロフは老人ホームで娘のユリアを迎える。イェロフは、ユリアが歳を取り、疲れた様子であることに驚く。イェロフは、ユリアに送られてきたサンダルを見せる。ユリアはそれがイェンスのものであることを認める。そのサンダルは、先週、差出人の名前のない郵便小包で送られてきたという。ユリアは老人ホームに来る前、エルンスト・アドルフソンという男に会ったことを父親に告げる。イェロフは、エルンストがイェンスの失踪事件の真相解明を手伝ってくれているという。ユリアはその夜、ステンヴィクのボートハウスで眠ることになる。そこにはかつて、ボートや釣具が格納されていたが、今は人が泊まれるようになっていた。ユリアはその夜、人気のないステンヴィクの、寂しいボートハウスで眠る。彼女は窓の外に、犬を連れた老女を見る。

ステンヴィク、一九四三年五月。ニルス・カントは石切場の現場監督に暴力を振るって以来、石切場への立ち入りを禁止されていた。彼は、ライフルを持って毎日エーランド島独特の石灰岩の台地「アルヴァー」を歩き回り、そこで猟をして暮らしていた。第二次世界大戦が始まり、ノルウェーとデンマークはドイツに占領されたが、スウェーデンは何とかまだ中立を保っていた。

イェロフは、二十二歳のときに船乗りになり、小型貨物船を使い、スウェーデン沿岸で荷物を運んでいた。娘のユリアが子供を産んだ頃、彼は陸に上がる決心をし、エーランド島のボリホルムで働き始める。看護婦になるためにユリアが学校に行っている間、イェロフと妻のエラが孫のイェンスの面倒を見ていた。そのときに、イェンスが行方不明になった。彼は、島の歴史を記した本の中に載っている、一九六〇年代に写した彼の乗っていた船の写真を見る。その船の前にふたりの男が立っていた。イェロフは、そのうちのどちらかが、イェンスの失踪に関係していると信じていた。

翌朝、ボートハウスで目覚めたユリアは、エルンスト・アドルフソンの住む石切場へ向かう。彼の住居は鍵が掛かっていなかったが、エルンストはいなかった。ユリアは、水のない深いプールのようなかつての石切場を見る。その底で、エルンストは彫刻を施した石の下敷きになって死んでいた。ユリアは警察と父親に電話をする。連絡を受けたイェロフは、施設の看護師に頼み、自分を友人のジョン・ハグマンの家に送ってもらう。そして、ジョンと一緒に、石切場にかけつける。イェロフとジョンはそこで警官のレナルト・ヘンリクソンに会う。レナルトは、エルンストの死は、石の彫刻を動かそうとして足を滑らせて転落した事故であるという。イェロフは、エルンストが下敷きになっていた、教会の形をした彫刻の他に、もうひとつの石の彫刻が底に落ちているのに気付く。それは、石に亀裂が出来たため、エルンストが途中で彫るのを止め、その後彼がニルス・カントにちなんで「カント石」と名づけていたものであった。

「ニルス・カントが帰ってきた。」

イェロフはそうつぶやく。ユリアはイェロフとジョンに、昨日彼女がエルンストに会ったとき、エルンストが彼女に言った言葉を伝える。それは、

「親指は手よりも重要だ。」

ということだった。誰も、それにより、エルンストが何を伝えようとしたのか理解できない。ユリアとイェロフはステンヴィクに戻り、その日はイェロフのサマーハウスで泊まることにする。イェロフは、ニルス・カントと、彼の行状についてユリアに語る。先ず、ニルスは弟のアレックスを殺したのではないかと噂されていた。

「その他の事はここに書いてある。」

イェロフは、ユリアに「エーランドの犯罪」という名の、地元のジャーナリストの書いた本を渡す。

ステンヴィク、一九四五年五月。その日もニルス・カントはアルヴァーで猟をしていた。人の気配を感じたニルスが藪の中を見ると、そこにふたりのドイツ兵が隠れていた。ニルスはふたりにライフルを向ける。そして、誤って引き金に指を触れてしまい、ひとりの兵士を射殺する。もうひとりの兵士は、ドイツ語で何かを叫び、ニルスに袋を差し出す。その袋のなかには宝石と貴金属が入っていた。ニルスはもうひとりの兵士も射殺する。彼は、兵士たちの死体をその場に置いたまま家に向かう。途中、奪った宝石を土の中に埋める。帰り道、彼は、秘かに恋心を抱いていた、マヤ・ニュマンに出会う。

翌朝、イェロフはユリアを、ステンヴィクの数少ない住人で引退した女医であるアストリッド・リンダーの家に連れて行く。アストリッドは前夜ユリアが見かけた犬を連れた老女であった。三人は、コーヒーを飲みながら話す。アストリッドと亡くなった夫は、イェンスが行方不明になった後、捜索活動に参加していた。ユリアは、ニルス・カントが何か事件がある毎に、その容疑者として噂されていたのに、何故、イェンスの失踪事件の際には、容疑者として挙がらなかったのかを不思議に思う。イェロフは、孫のサンダルが最近差出人不明で自分に送られてきたことをアストリッドに告げる。ユリアは、エルンストが殺される前夜、訪問者があると言っていたことを思い出し、それをふたりに告げる。

ユリアは、父親を老人ホームに送った後、母親の墓参のために教会を訪れる。そこで、母親の墓の横に、ニルス・カントの墓を発見する。そして、彼が葬られたのが一九六三年であることを知る。つまり、イェンスが行方不明になった一九七二年は、彼が死んでから九年後だったのである。ユリアは、ニルスが何故、イェンスの失踪事件の容疑者として挙がらなかったのかその理由を知る。ユリアはホルグホルムの警察署に、レナルト・ヘンリクソンを訪ねる。レナルトはユリアを昼食に誘う。ユリアは父親宛に送られてきたサンダルについてレナルトに話す。レナルトはそのサンダルを是非自分の目で見たいという。昼食の後、レナルトは老人ホームのイェロフを訪れ、サンダルを鑑識に回すために借り受ける。自分の手でイェンス失踪の手掛かりを捜そうとしていたイェロフは、ユリアが警察に連絡したことを不満に思う。ユリアはしばらくの間エーランドに留まることにする。

イェロフは、同じホームに住む、元墓堀人のトルステン・アクセルソンに話しかける。アクセルソンは、ニルス・カントを葬った人物であった。アクセルソンは、一九六二年に、南米から船で運ばれてきた棺を墓に埋めたこと、またその中に遺体が入っていたことは、間違いないと言う。また、埋葬は警察の監視の下に行われていた。しかし、その葬儀に唯一参列していた、ニルスの母親のヴェラ・カントが、悲しそうな表情ではなく、安堵の表情と、微笑を浮かべていたと、アクセルソンは証言する。

翌日、ユリアはロングヴィクという隣町を訪れていた。ロングヴィクは夏の間だけは観光客で賑わうが、その他の時期は寂れているステンヴィクと異なり、大きなホテルやヨットハーバーなどがある町であった。ユリアはホテルで昼食を取り、そこで父親から借りた「エーランドの犯罪」の本を読む。その本により、ニルス・カントが一九四五年にふたりのドイツ兵を射殺した事件について知る。彼女は、ランベルトという男を捜していた。ユリアはホテルの支配人のグナー・リュンガーから、ランベルト・ニルセンという男が確かに町に住んでいたが、既に死亡したことを聞く。しかし、弟のスヴェン・オラフ・ニルセンは存命で、養鶏場を経営していると聞く。ユリアは、スヴェン・オラフ・ニルセンを訪れる。

イェンスが行方不明になった当時、ランベルト・ニルセンは、行方不明になった人物の居場所を言い当てるという特殊能力のある人物ということで有名であった。イェンスがいなくなった数日後、ユリアの母のエラは、ランベルトを呼ぶ。ランベルトはイェンスの部屋に一晩泊まり、そのとき見た夢で、イェンスからのメッセージを受け取ろうとする。翌朝、ランベルトは何かを言おうとするが、ユリアは彼が言葉を発する前に、彼を家から追い出す。弟のスヴェン・オラフによると、数年後、再びイェンス失踪のニュースが地元の新聞に出たとき、

「少年はアルヴァーで殺され、埋められた。」

とランベルトが語ったと述べる。ユリアは、イェンスが死んだことを初めて自分の中で納得させる。

その夜、ユリアはアストリッドに夕食に招待される。アストリッドは、警官のレナルト・ヘンリクソンの父親も警官であり、警察署長としてニルス・カントをドイツ兵殺害の犯人として逮捕しようとしたことを話す。夕食が終わってイェロフの家に戻ったユリアは、隣の半分朽ちたカント家の中に灯りを見たような気がする。父親からの電話で、ユリアは、翌日父親とボリホルムを訪れることになる。

ステンヴィク、一九四五年五月。ドイツ兵の死体が発見された四日後、ニルス・カントは、逮捕される前に逃亡することにする。彼は、食料、金、短く切ったライフルをリュックサックに入れ、母親に別れを告げ、町を離れる。彼は軽便鉄道の駅まで歩き、そこから列車に乗ろうとする。列車の発車直前にクルト・ヘンリクソン警視が乗り込んでくる。ニルスはヘンリクソンを射殺し、列車から飛び降りる。

翌日、ユリアは父親を老人ホームでピックアップして、ボリホルムへ向かう。イェロフはそこで誰かと会う予定だという。最初、昔の船乗りの友人のエングストレームを訪れる。その後、イェロフはマルティン・マルムの家に向かう。マルムは数年前に脳溢血を患い、寝たきりであり、その日も容態が悪いということでイェロフはマルムに会うことが出来なかった。イェロフは、サンダルを送ってきたのはマルムであると考えていた。その封筒に、マルムの会社のマークが見受けられたからである。マルムは一九六〇年代、大型コンテナ船を買い、その後、彼の船会社はエーランドで一番になるまでに成長していた。そのコンテナ船購入の資金は誰が出したのか。イェロフは、それをニルス・カントの叔父、アウグスト・カントが出したと推理していた。

その日、ユリアの目から見ると何も収穫がないように思えたが、イェロフは上機嫌であった。ユリアはその理由を聞く。エルンストとイェロフは、ニルス・カントが秘かにエーランドに戻っていたと考えていた。イェンスは霧の中で、ニルスに会い、ニルスはイェンスの失踪の鍵を握っていると。その証拠に、引退した郵便配達夫が、時おり来る南米からの絵葉書をヴェラ・カントに配達していたこと。その絵葉書はニルスの死体が墓に埋葬された後も来ていたことを挙げる。そして、マルムの会社が、ニルスをエーランドに運んだとイェロフは考えていた。その確証をイェロフは得たという。

ユリアは父親をホームへ送った後、警察署にまだ灯りがついているのを見て、レナルトを訪ねる。一緒に夕食を取りながら、ユリアは、イェンスの失踪について、レナルトは自分が八歳のときにニルス・カントによって殺された父親について話をする。ニルス・カントが生きているという説について、レナルトは馬鹿な話だと一笑に付す。彼は、棺の中を見て確かめたという。しかし、遺体はひどく痛んでおり、指紋の照合も行われていなかった。ユリアは、ヴェラ・カントの家の中を見たいので、レナルトに一緒に来てくれるように頼む。レナルトは仕事があるので、後で電話すると言い、二人は別れる。

レナルトが来られなくなり、ユリアは独りで、隣のヴェラ・カントの家に忍び込む。長い間誰も住んでいない家は朽ち果てかかっていた。ユリアは地下室に、最近床を掘り返した後があることを発見する。また、一部屋に、ニルス・カントの事件を扱った新聞記事の切り抜きが貼られているのを見る。そこにはイェンスの行方不明事件の記事の切り抜きも一緒だった。ヴェラ・カントの寝室に入ったユリアは、ヴェラが居るように感じ、パニックに陥り、慌てて階段を下りる。その途中足を滑らし、階段から転げ落ち、気を失う。

スモランド、一九四五年五月。ニルスはエーランドと本土の一番狭い場所を、ドラム缶に捕まって泳ぎ渡り、対岸のスモランドに辿り着く。彼は、そこに住む叔父アウグストの家に隠れようとするが、叔父はそれを拒否する。ニルスは、森の中を西へ進み、イェーテボリに辿り着く。そこで、彼は海外への逃亡を企てる。彼はマックス・ライマーという男の斡旋で、英国籍の船に潜り込めることになる。船は、ブラジルのサントスへ向かって航海をする。

翌朝、リューマチで痛みのひどいイェロフは、看護師の押す車椅子に乗り、教会でのエルンストの葬儀に出席する。アストリッドがいたが、ユリアは見えなかった。イェロフはユリアがイェーテボリに戻ったと思う。

コスタリカ、一九五五年。ニルス・カントの南米滞在も十年目を向かえ、彼は三十歳になっていた。苦しい航海を経てブラジルに着いた彼は、その後南米を転々とし、ここ数年間はコスタリカのプエルト・リモンに住んでいた。彼はスウェーデンに帰りたかったが、食べていくのに精一杯で、とても旅費を工面できる状態ではなかった。

葬儀の後で、レナルトは、

「ユリアは来ていないのか。」

とイェロフに尋ねる。イェロフが、彼女はおそらくイェーテボリに戻ったと思うと答えると、レナルトは急に不安な表情になり、その場を立ち去る。老人ホームに戻ったイェロフはレナルトからの電話を受ける。ユリアが怪我をして、病院に運ばれたという。

 エルンストの葬儀からヴェラ・カントの家に駆けつけたレナルトは、家の中にユリアが倒れているのを発見する。彼女は手と足を骨折していた。レナルトはユリアを自分の車に運ぶが、彼女は、カント家の中をもう一度見てきて欲しいと頼む。家に入ったレナルトも、寝袋、新聞の切抜き、掘り返された地下室を見る。その他に彼は落ちていた噛み煙草とその缶を発見して持ち帰る。病院で手当を受けたユリアは、当分アストリッドの家に住まわせてもらうことにする。別れ際、ニルス・カントは死んだとレナルトは繰り返すが、その表情に一抹の曇りがあるのをユリアは見逃さなかった、

コスタリカ、一九六〇年三月。海岸の酒場で飲んでいるニルス・カントの耳に、誰かが吹いている口笛が聞こえる。それはスウェーデンの曲であった。その口笛に誘われてニルスは浜に下りる。そこにひとりの男が座っていた。男はニルスのことを知っていて、彼をスウェーデンに連れ帰る段取りのためにここへ来たという。

レナルトは老人ホームにイェロフを訪れ、彼が娘に「ニルス・カント」が生きているということを吹き込んだために、ユリアが危険な目に遭ったと非難する。イェロフには返す言葉がない、レナルトは、ステンヴィクの近くで「噛み煙草」をやる人間がいないかイェロフに尋ねる。イェロフはその男が誰であるか知っていた。レナルトとイェロフは、ジョン・ハグマンの家に向かう。噛み煙草はジョンの息子のアンデルスのものだった。レナルトは、アンデルスが、ヴェラ・カントの家に侵入して何かを探っていたことの他に、二十年前の、イェンスの行方不明事件にも関係があるのではないかと疑っているようだった。父親のジョンは、息子は外出中であると答える。

アンデルスがヴェラ・カントの家で捜していたのが、ニルスがドイツ兵からせしめた宝石類であることは明白だった。イェロフは同じ老人ホームに住む、マヤ・ニュベリの部屋を訪れる。イェロフは、ドイツ兵が殺された後、マヤがニルスに会ったことを知っていた。そのときのことをマヤに尋ねる。マヤはイェロフに宝石類を見せる。マヤはニルスと会った後、彼の後を秘かに追った。そして、台地で彼が何かを地面に埋めるのを見た。ニルスの棺が帰ってきてから、マヤはその宝石類を掘り起こし、ヴェラ・カントに届けようとした。しかし、マヤを見たヴェラが怒り始め、出て行けと言ったためそれも叶わず、永年宝石類は彼女の裁縫箱の下に隠されていた。マヤはその宝石類をイェロフに渡す。彼は、ガラス瓶の中に組み立てている船の模型の中に宝石類を隠す。

ユリアはアストリッドの家に滞在していた。姉夫婦がイェーテボリから車を取りに来るが、ユリアは一緒に戻ることを拒否する。レナルトからの電話で、ヴェラ・カントの家に出入りしていたのはやはりアンデレス・ハグマンで、彼は宝石類を捜していた証言していた。ジョンとイェロフが車でユリアを訪れる。彼らはこれからニルス・カントとイェンスの真相を突き止めるために、本土とマルムの家に行くという。

パナマ、一九六三年四月。ニルス・カントはパナマ・シティーで、スウェーデン出身で、自分と年恰好の似ている男を見つける。その男をコスタリカに連れてきて、自分の身代わりにする計画を立てる。

イェロフとジョンは、対岸のかつてヴェラ・カントの弟、アウグスト・カントが経営していた製材所に向かう。そこは小さな「木材博物館」になっていた。そこをエルンストも数週間前に訪れていた。ふたりはかつて木材を積み出していた船の写真を見つける。そこにはアウグスト・カントとマルティン・マルムが腕を組んで移っていた。マルムの会社は予想通り、カント家と密接な関係があったのである。ジョンに電話が入る。息子のアンデルスが警察に逮捕されたとの話であった。

アンデルス・ハグマンは本土から来た捜査官に尋問される。ユリアも警察に呼ばれる。レナルトはユリアを昼食に誘い、アンデルスの尋問の結果を彼女に伝える。アンデルスは、ドイツ兵の宝石の噂を聞き、カント家の地下室を掘り返し、宝石を捜していたという。また、壁に貼ってあった新聞の切り抜きは、ヴェラが集めたものを自分は壁に貼っただけだと主張する。そして、彼は、家の中でヴェラの亡霊を見たと言う。ユリアは、レナルトに、今回エーランドへ来て、過去を断ち切れた気がすると言う。レナルトも自分が過去の出来事によって呪われ続けていたことを話す。

コスタリカ、一九六三年七月。ニルス・カントは、パナマ・シティーで見つけたスウェーデン人の浮浪者をコスタリカに呼び寄せる。そして、自分はしばらく旅に出ると周囲に言って宿を出る。彼はスウェーデンへ戻ることを仲介している、フリティオフという男の到着を待つ。フリティオフが戻り、ふたりは計画を実行する。フリティオフが浮浪者に酒を飲ませ、酔い潰れた男をニルスが海に沈め、溺死させる。その後、死体にニルスの服を着せ、ニルスに似せて、指に傷を付ける。

イェロフは再びマルティン・マルムの家を訪れる。今回彼はマルムに面会することができるが、脳溢血を患ったマルムは殆ど話すことができない。イェロフはマルムに、アウグスト・カントとマルムが一緒に写っている写真を見せる。それを見て、マルムは「F」で始まる言葉を発するが、それが何であるかイェロフには聞き取れない。イェロフは、マルムに自分の説を話す。口の不自由なマルムの言うことは殆ど聞き取れないが、コンテナ船に投資したのはアウグスト・カントではなく、ヴェラだと言っているようであった。帰り際、マルムの妻がイェロフを呼び止める。そして、サンダルを送ったのは自分であると言う。彼女は、夫からそのサンダルの入った封筒を受け取っていたが、夫がどこからそれを入手したのかは知らないと述べる。

イェロフとジョンは、釈放されたアンデルスを乗せて、ボリホルムへ戻る。そこから、マルノスまで、イェロフはバスで帰ることにする。バスの中で、イェロフは、もう一度、船と二人の男の写真を見る。アウグスト・カントがマルムの肩に手を乗せているように見えるが、その手の親指の位置が反対であることに気付く。その手は背後に人間のものだったのだ。

「親指は手よりも重要だ。」

イェロフは、エルンストの言葉の真意をそのとき初めて理解する。そして、背後に写っている人物に、イェロフは見覚えがあった。

 エンケーピング、一九七〇年四月。ニルス・カントはスウェーデンに戻り、エーランドに戻るチャンスを窺っていた。望郷の念と母親に会いたいという気持ちに駆られるニルスに、フリティオフは機の熟するのを待つように諭す。

 エーランド、一九七二年九月。ニルス・カントはついに、完成したばかりの橋を渡りエーランドに戻る。フリティオフが車を運転している。その日、エーランドは深い霧に覆われていた。エーランド側で、フリティオフはもう一人の協力者であるマルティン・マルムを紹介する。そこで、フリティオフというのは偽名であることが分かり、彼の本名が明らかになる・・・

 

 

<感想など>

 

二〇〇七年に発表されたこの小説は、スウェーデンの国内、国外で好評を博し、スウェーデン犯罪小説作家アカデミーの新人賞を受けている。確かに面白い。受賞の価値がある。私は読んでいて、ヘニングマンケルの「帰ってきたダンス教師」を思い出した。時間と空間を超えた展開が、類似していると思う。マンケルの「ヴァランダー」シリーズも面白いが、個人的には「帰ってきたダンス教師」が私は一番気に入っている。このテオリンの処女作は、いきなりそのレベルに到達している。すごい人であると思う。

舞台はバルト海に浮かぶエーランド島である。スウェーデンの島を舞台にしたミステリーと言えば、マリ・ユングステッドがゴットランド島を書いている。しかし、その扱い方は大きく違う。ユングステッドの方は、島と言っても都会的である。彼女は島を、閉じられた空間、密室という意味で使っている。しかし、テオリンは、もっと土着的というか、島の荒涼とした風景と、閉鎖的な社会に住む人々を舞台として使っている。エーランド島の方が本土に近く、橋も架かっており、開けているはずなのだが、ふたつのシリーズを読み比べる限りにおいては、ゴットランド島の方が、遥かに開けた、都会的な場所に感じられる。

エーランド島は、スウェーデンの東海岸に張り付くように南北に伸びる細長い島である。長さは百三十七キロに対して、幅は一番広い場所でも十キロもない。「アルヴァー」と呼ばれる、石灰岩の露出した台地に覆われている。先にも述べたが、一九七二年に、全長六キロ余の橋が完成し、本土と繋がっている。地図を見ると、最大の町ボルベリは実在するが、北エーランドにあるはずの、その他の町や村、マルノス、ステンヴィクは見つからないので、架空の場所であると考えられる。夏は観光客で賑わう場所らしい。しかし、小説の舞台は秋であり、そこにはゴーストタウンのような土地が描かれている。

原題は「こだま」である。英語の題が「死者からの呼び声」となっている通り、この「こだま」とは、「何年も前に死んだ人々が、生きている人々に対して発している声」として理解してよい。中年の刑事が登場し、彼が事件を解決するというパターンが多い中で、息子と孫を亡くした母親と祖父が、執念で事件を解決するという展開が斬新である。

ふたつの筋が並行して進む。ひとつは、現代、イェロフとその娘ユリアが、二十年前にエーランド島で行方不明になり、その後全く手掛かりの得られない、孫と息子の失踪の真相を究明するという筋。もうひとつは、ニルス・カントが弟を殺し、ドイツ兵を殺し、警察官を殺した後南米に逃亡し、そこからスウェーデンに戻る試みをするという筋。ニルス・カントの筋は、一九三六年から一九七二年に及んでいる。もちろん、そのふたつの筋が最後にはひとつにまとまるのである。それがどのようにまとまっていくかというのが、読者の最大の興味となるのである。

永年に渡り、沢山の人物が登場する。スウェーデン人なので、「ダヴィドソン」、「ヘンリクソン」、「アドルフソン」、「ニルソン」等、「ソン」の付く苗字が多い。「ソン」はもともと「誰々の息子」という意味で、かつては「誰々の娘」という「ドッテール」もかつては使われていたらしい。現在は男も女も「ソン」を名乗っている。ともかく、よく似た姓が多いのだが、不思議に人物を認識するのに苦労はしなかった。やはり、人物の描き分けが優れていたせいだと思う。

四百五十ページという、長い小説である。しかし、面白い小説は、長さを感じさせない。ユリアとレナルトのロマンス、おまけに亡霊の存在を暗示するようなオカルト的な要素もある。本当に、手の込んだ作品である。

 

20162月)

 

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