計画、訓練、実行

 

記念館に並ぶ膨大な数の頭蓋骨、ほぼ全てに致命的な傷が付いている。

 

「周到な計画、準備、絶え間ない訓練、組織された行動は、人間と社会にとって大切である。でも、こんなことに使っちゃいけない。」

僕はそう思った。僕は、一九九四年にルワンダで起こった大虐殺は、偶発的なものだと思っていた。しかし、そうではなかった。大虐殺は、何ヶ月もの間、何年もの間、周到に計画、準備され、そのための訓練がなされ、そのための組織作りが行われていたのだった。でなければ、三ヶ月の間に百万人を殺せるはずがない。虐殺は極めてシステマティックに行われたのである。

虐殺の被害者の頭蓋骨の列を前に、僕は言葉がなかった。ある頭蓋骨にはナタで切りつけられた跡があり、ある頭蓋骨には矢が刺さった跡があり、ある頭蓋骨にはハンマーで叩かれたような丸い穴が開いていた。その虐殺に使われた武器は、それを計画した者により、運搬され、貯蔵ざれ、使われる日を待っていたのだった。

僕は、歴史学者で、ニャマタ虐殺記念館の職員であるエミー・ムジングジさんの説明を受けていた。朝早いこともあり、訪問者は僕ひとりである。そこはかつてのカトリック教会の跡で、一九九四年四月十五日、五千人のツチの人々が一日で殺害された場所であった。被害者の頭蓋骨、被害者の着ていた泥と血にまみれた衣服、そのときに使われた武器などが、かつての礼拝堂の中に展示してある。僕がそこを訪れるのはもちろん初めてであるが、当時の国連平和維持軍司令官、ロメオ・ダレールのドキュメンタリーの中で、彼がここを訪れるシーンがあり、その意味では見たことのある風景であった。

僕の大きな疑問、

「付き合ってみればみるほど穏やかでシャイなルワンダの人々が、どうしてそんな残虐な行為に走れたのか。」

ということである。その疑問をエミーさんに率直にぶつけてみる。

「プロバガンダによるブレインウォッシング(洗脳)なのです。一九五九年に独立した後、多数派のフツのリーダーたちは、『ツチはゴキブリ以下だ』というようなキャンペーンを、ビラや、テレビ、ラジオで繰り返した。そのフツの人たちの一部は、本当にツチの人々の存在を認めなくなった。もちろん当時のフツの政府がそれを後ろから煽り立てていたのですが。」

僕は、ドイツ人によるユダヤ人の大量虐殺、ホロコーストを思い浮かべた。僕は数年間ドイツに住んでいた。ドイツ人は勤勉で、規律を重んじる人々であり、とてもそんな残虐な行為に手を染める人々には思えなかった。しかし、プロバガンダ、教育というものは恐ろしいもので、何回も何回も繰り返され、周りがそれに染まっていくと、明らかに誤ったことでも、人間は正しいと信じ込んでしまうのである。

エミーさんは、僕を教会の礼拝堂の隣の建物に連れて行った。日干しレンガ造りの粗末な建物である。

「ここは、かつてキッチンでした。モトさん、この壁にある染みは何だか分かりますか。」

右側の壁に、直径七十センチほどの黒い染みがある。

「これは子供たちの血なんです。虐殺者は子供たちの足を持って、頭をこの壁に叩きつけた。その血で、こんな染みができたんです。」

言葉もない。

「そして、そんな行為をした人にも、自分の子供がいたんですよね。」

彼はそう言った。

 

一時間半に渡って説明をしてくださった、歴史学者のエミー・ムジングジさん。ボランティアでこの場所のガイドをされているとのこと。