他国の無責任と無関心

 

犠牲者が来ていた、泥と血にまみれた衣服。

 

彼は別の部屋にある一メートルくらいの杖のような棒を見せた。

「この棒は何に使われたか分かりますか。」

僕は無言。

「当時、唯一助かる道は、死体の山の下に隠れることでした。虐殺者は、この棒で死体を一つずつ裏返しにしていき、その下に隠れている人々を見つけては殺したのです。」

そして、教会の礼拝堂の横にぶら下がった無数の黒ずんだ衣服。

「当時は雨季でした。だからどの衣服も泥に汚れています。そして、黒いのは血です。これらは腐らないように化学処理を施した後、ここに掛けてあるんです。」

僕はここでようやく言葉を発する気力を取り戻し、エミーさんに質問する。

「ここで殺されたツチの人々は、自分の意思でここへ来たんですか。それとも、フツの人々に連れて来られたんですか。」

「当時ツチの人々は、殺されるという噂が広まったため、村から逃れて森の中に逃げた人がいました。また、多くの人が教会の保護を頼ってここへ逃げてきました。そして、四月十五日、フツの虐殺者がこの教会を襲ったのです。」

エミーさんは、「虐殺者」を表現するために、英語の「パーペトゥレーター」(犯人)という単語を使っている。

「教会の司祭は何も言わなかったのですか。『人を殺すことは神の教えに反する』と止めなかったのですか。」

「残念ながら司祭は別に住んでいて、虐殺のとき、この場にいませんでした。」

当時、中央の指令で「殺人チーム」が全土で結成され、彼らが一斉に活動をしたのである。誰も止めるものはいなかったと言ってよい。僕はロメオ・ダレールが欧州の記者のインタビューに答えて言った言葉を思い出した。

「もしあなたが背後から銃を突きつけられ、残忍な行為に加わらなければ、あなたも、あなたの家族も皆殺しにすると言われたら、あなたはどうしますか。」

僕とエミーさんはまた礼拝堂に戻った。そこには、虐殺された人々の遺品が展示してあった。コカコーラのビンなどがあり、それがその事件がごく最近であることを感じさせる。エミーさんは身分証明書を指差して言った。

「モトさん、これが何を意味するか知っていますか。」

僕は事前の調査でそれを知っていた。ベルギーの植民地時代、ベルギー政府は、統治をやりやすくするため、フツとツチという「民族」を作り、それに対して身分証明書を発行し、少数派であるツチの人々に多数派であるフツの人々を支配させる社会構造を作った。独立後、その反動で、フツの人々のツチに対する反感が高まったのだという。

「『フツ』と『ツチ』というのは『社会的』なグループであり、『生物学的』には区別はないのです。我々は皆『ルワンダ人』として長い間暮らしてきたのですから。」

とエミーさんは言った。大虐殺の根底を作ったのは、ベルギーの植民地政策なのである。

大虐殺対して、実はもうひとつ国連、先進国の責任が問われている。僕は、前日、キガリの虐殺記念館で、ロメオ・ダレール司令官が一九九四年の一月に国連に送った電報と、その返信を読んでいた。ダレールは事態の深刻さと緊急度を知り、国連本部に平和維持軍の増援を要求しているのである。しかし、当時の国連と事務総長であったコフィ・アナンは、ダレールの要請を拒否した。

 

教会は窓が虐殺者によって窓が破壊されている。今は風雨から屋根で守られている。