布袋さんと大黒さん

 

アクロポリスを臨む。右側が劇場の跡、段々になっているのが観客席。

 

アクロポリスを降り、街を抜け、円形劇場のところで休憩した。劇場は山の斜面を利用した半円形の観客席から作られているが、かなり崩れかかっている。しかし、それが二千年の時間の流れを感じさせる。残念ながら観客席に上り、そこで当時の観客の気分に浸ることはできない。歴史を紀元前に遡ることのできるギリシアの古代都市には、神殿と共に必ず劇場がある。演劇が当時の生活に必要欠くべからざるものだったことが偲ばれる。

坂を下りて、海岸に出た。ロードス島では珍しい白い砂浜。海岸は清潔で水は極めて澄んでいる。ロードスシティーから海路でも来られるとのこと、浮き桟橋には船が繋がれている。海岸から丘を眺めると、青い海、白い街、丘の上のベージュの石垣が三層になっていて、なかなか多彩、かつ重厚な景色を形作っていた。

海岸からシャトルバスで駐車場まで戻った。バスを待つ間、海岸の堤防の上に寝転んで、どこまでも青い空を眺めているのは良いものだ。帰り道、リンドスの村が見下せる場所で何枚も写真を撮る。風は依然として強く、海には白い波頭が立っていた。

四時にホテルに戻り、プールサイドに出てみた。今日は晴れているので、強風ながら結構沢山の人がプールサイドにいる。しかし、太ったおばちゃんのビキニだけは何とかしてほしい。ビキニを着る女性には、年齢制限あるいは体重制限を定めて欲しい。

「布袋さんと大黒さんの中にいるみたい。」

と言う義母のコメントには笑ってしまった。まさに的を射た表現だ。

妻とプールで泳ぐが、水から上がると風が強く、身体があっと言う間に冷えてしまう。ふたりとも急いで部屋に戻る。ふたりとも直ぐに暖まりたいので、一緒に風呂に浸かる。狭いが、妻も僕も細いので何とかなった。その後は、いつものようにバーで無料のビールを飲み、食事をした。

太陽に当たると疲れる。普段から日陰者で人生の裏街道を歩いているせいか、一日中太陽を浴びていた僕は疲れ切ってしまった。九時に部屋に戻ると、プールサイドからの音楽も気にならず、ノックアウト状態で眠ってしった。

翌日、十月九日、また「大リーグボール養成ギブス」を付けて独りで歩く。目の前に朝日を浴びたトルコが見える。僕が学生の頃、「トルコへ行く」と言うと、日本では特別な意味があったが、何時のころから「特殊浴場」は「ソープランド」に変わってしまった。あれはやはり、

「いかがわしい場所に我が国の名前を付けるな。」

と言う、トルコ政府からの圧力があったのだろうか。

ロードス島を含むトルコに近いギリシア領の島々は「ドデカニサ諸島」と呼ばれている。

「あら〜、どでかにさ。」

何となく、日本の方言にありそうだが、「ドデカ」というのはギリシア語で「十二」のことである。十二の島からなっているので付けられた名前だ。

 

リンドスの海岸。多彩な美しさが楽しめる。

 

<次へ> <戻る>