エルフトがラインに出会う場所

 

バジリカ(大聖堂)の前に立つデートレフ。僕より頭一つ大きいが、スポーツ好きでスリムな人である。

 

実際、ノイスの町は、清潔で、歴史的な見所も随所にあり、良い場所だった。

「これだけ良い街なのに、それほど有名でないって、不公平だよね。」

と僕はデートレフに言った。近くの町で、ケルンは大聖堂で有名だし、デュッセルドルフの名前も知られている。ボンも西ドイツの首都だったし、知っている人は多い。でも、日本人でノイスの名前を知る人は殆どと言うか、全然いないよね。

実際、ローマ人の作ったこの町は、二千年の歴史を誇り、対岸のデュッセルドルフなんかに比べて、はるかに歴史の深い町なのである。後で調べたことだが、ノイスは紀元前十六年、ローマ人により、「ノヴァエシズム」という名前で、エルフト川とライン河の合流点に建設されたという。同じくローマ人によって開かれたケルンが紀元前三十八年なので同じ頃。その頃対岸の現在のデュッセルドルフは、当時、「蛮族」ゲルマン民族が住む土地だった。(当時はライン河がローマ領とゲルマン民族の支配地区の境界だった。)

そんな歴史的な背景は別にしても、ノイスの旧市街は、歩いて回れるくらいコンパクトで、古い建物と新しい建物が調和し、なかなか「可愛い」、「お洒落な」街並みだった。昔の城壁や、町の出入り口となる門も残っている。銀色の市内電車もキュートである。それで、こんな良い街なのに、知名度が低いのはずいぶん不公平だと思った次第。ただ、先ほど述べた「シュッツェンフェスト」は有名で、毎年五千人を超える参加者と、何万人という見物客が訪れるそうである。

ノイスの街を見物してから、夕食まで時間があるので、デートレフが、エルフト川とライン河の合流地点まで連れて行ってくれた。そこにはレストランがあり、テラスから大きくカーブをするライン河が見える。気温はまだ二十度近くある、暖かい夕方。流れる川と、行き来するのを見ながらテラスでビールを飲むのは最高の気分・・・のはずなのだが、ひとつやっかいものが。「ヴェスペ」と呼ばれる蜂である。この虫、ヨーロッパには多く、何故か、夏の終わりになると活動が活発化し、ビール、ジュースとか、肉とかに寄ってくる。ビールの入ったグラスの下に敷くコースターだが、この時期だけは上に乗せて、ヴェスペがグラスの中に入るのを防御するのに使われる、僕は、蜂は無理して追わなければ刺さないことを知っているので、身体の回りを飛ぶにまかせているが、デートレフは蜂が嫌いらしく、追い払っている。この「ヴェスペ」刺されると結構痛い。

「ノイスの歌があるんだ。」

とデートレフが言う。

Dort wo die Erft den Rhein begrüßt!(エルフトがラインに出会う場所)」

というタイトル。後で、ユーチューブで聞いた。聞いていると、ノイスが「地上の楽園」のように思えてくる。翌朝、デートレフが市から来た郵便物を見せてくれたが、そこにもそう印刷してあった。「エルフトがラインに出会う場所」というフレーズが、ノイス市の代名詞なのだ。

 

レストランのテラスから見たライン河。エルフト川の合流地点がすぐ右側にあった。