「私を助けなさいと神は言った」

ドイツ語題:Und Gott Sprach: Du must mir helfen!

 

2015年)

 

 

<はじめに>

 

ハンス・ラートの「神と悪魔」シリーズの第三弾。心理療法士のヤコブ・ヤコビと、「神」を名乗るアーベル・バウマンが引き起こす、騒動の数々。今回は、死から復活したアーベルが、ヤコブを救世主に仕立て上げようと腐心する。

 

<ストーリー>

 

「メリー・クリスマス。金を出して!」

クリスマス・マーケットで、新療法士のヤコブ・ヤコビは、サンタクロースとクネヒト・ループレヒトの格好をした二人組に取り囲まれ、金と時計、携帯電話を渡すように要求される。ヤコブは、二人組と何とか交渉しようと試みるが、結局、有り金と所持品を盗られてしまう。それを見ていたホームレスの男がいた。その男はヤコブに話しかける。彼は病気のようであった。ホームレスの男に同情したヤコブは、帽子、マフラー、手袋を彼に与えてしまう。

ヤコブは、元妻のエレンと夕食の約束をしていた。彼女とは、離婚してからも、友人のような関係を保っていた。彼女は、叔父が死んだあと、莫大な遺産を相続していた。レストランに入ってきたヤコブが、帽子も、マフラーも、手袋もしていないことにエレンは驚く。ヤコブは強盗に遭い、時計や携帯、財布を盗られたこと、また帽子等はホームレスに与えたことを話す。

「私の時計もとられたの?!」

とエレンは言う。ヤコブのしていた時計は、エレンがヤコブに贈った物だった。二万五千ユーロもする高価なものだという。エレンは新しい夫との間にできた息子に、「名付け親」として、ヤコブからその時計をプレゼントをすることを期待していたという。エレンは、保険金を得るために、警察に被害届を出して欲しいとヤコブに言う。ヤコブは渋々警察に向かう。

警察署の帰り、ヤコブはエレンの運転する車に乗っていた。彼は、横を通り過ぎたタクシーの中に、四年前に死んだ、アーベル・バウマンの姿を見つける。エレンにそのタクシーを追うように命じたヤコブは、信号で停まっていたタクシーに駆け寄る。しかし、タクシーの中には、乗客は誰も乗っていなかった。エレンは、ヤコブは疲れているので、家に帰って風呂に入って寝ろと勧める。

 家に帰って、風呂に入り、ワインを飲んだヤコブはソファで眠ってしまう。夢の中で、ヤコブはアーベルと出会う。目を覚ましたヤコブは、家の中に誰かいるような気がする。

「アーベル、きみなのか?」

と叫ぶが答えはない。明け方、もう眠れないと思ったヤコブは、診療所に行こうとコートを着て、玄関のドアを開ける。そこに、アーベルが立っていた。

「一緒に朝食でもどうだい?」

というアーベルの誘いに応じて、ヤコブは近くのカフェへ行く。ふたりは、一緒に食事をとる。アーベルは昨日、死より四年ぶりに蘇ったという。

「これからのこともあるので、栄養をつけてくれ。」

とアーベルはヤコブに言う。

「これからのこと?」

不思議に思うヤコブに対して、アーベルは、あっさりと言う。

「きみに『救世主』になって欲しい。『神』のメッセージを民衆に伝えるんだ。きみは『神』に選ばれたんだ。」

ヤコブを口の中にある物を噴き出してしまう。

「で、具体的に何を。」

「簡単なことだ。世界中の飢えている人を助け、戦争を終わらせ、人々を平和で公平で幸せな未来へ導く、それだけ。」

ヤコブはその奇妙な申し出を断り、仕事場へと向かう。

 仕事場には、来週からのホリデーの切符が届いていた。ヤコブは三週間、アーユルヴェーダ療法のために、スリランカに行くことになっていた。クリスマスの前で、仕事は暇である。午後になり、彼がオフィスを出ようとすると電話が鳴る。アーベルからであった。

「二、三日、きみのアパートに泊めてくれないか?」

とアーベルは尋ねる。ヤコブはオーケーする。

 夕方、アーベルがヤコブのアパートにやって来る。「死ぬ前」に、金をキャンピングカーの中に隠しておいたが、「復活した後」、そこへ行ってみると、キャンピングカーと、その中の所持品が処分されていたという。ヤコブは夕食にパスタを作り、金のないはずのアーベルも、良いワインをどこからか調達してくる。ふたりは食事を始める。ヤコブが、アーベルが神であることを疑うような発言をしたため、アーベルは気を悪くする。

「きみには失望した。」

と言い残して、アーベルは部屋を出る。思い直したヤコブは後を追って外に出る。アーベルが地下鉄の駅に入ったのを見たヤコブは、彼を追って駅に駆け込み、入ってきた電車に乗る。

 地下鉄の中にアーベルは居なかった。ヤコブは、二人の若者が、サラリーマン風の男を恐喝し、金を奪い取ろうとしているのを見つける。ヤコブは二人組に話しかける。一人がナイフを抜く。

「この地下鉄の中には監視カメラが付いている。きみたちはそれに撮られているので、捕まるのは時間の問題だ。わずかな金で、刑務所に入るのが得か、よく考えてみてほしい。」

ふたりは金を奪うのを諦めて下車する。サラリーマン風の男も、ヤコブに礼を言って降りていく。

 ヤコブが電車を降り、改札を出ようとすると、二十代の女性が彼に話しかけてくる。

「あなたは、警察で働く心理学者でしょう?」

と彼女は尋ねる。ヤコブは自分は心理学者であるが、警察では働いていないと答える。ヤニカと名乗るその若い女性は、説得力のある話し方から、誘拐犯人や、自殺志望者と話をする役目だと思ったと言う。彼女は、ヤコブを食事に誘う。彼女の美しさに魅せられたヤコブは彼女に従う。

 ヤニカがヤコブを連れて行った店は「ヴィーガン、絶対菜食主義」の店であった。グイドというコックがその店を経営していた。ヤニカは、「フリークス・オブ・ネイチャー」という動物保護団体の活動家であるという。その団体の方針は、人間が搾取するために飼っている動物を解放することだとアニカは言う。地下鉄の中で、ヤコブの行動力と弁舌に感動したヤニカは、ヤコブに、団体の広報担当になって欲しいと頼む。若くて美しい女性からの頼み、ヤコブは一も二もなく承諾する。ヤニカは、翌日の夜、養鶏所から鶏を解放するキャンペーン活動をするので、ヤコブにも参加するように言う。ヤコブがアパートに戻ると、出て行ったはずのアーベルが戻っていた。

 翌日の深夜、ヤニカ、ヤコブ、カメラ担当のクロードは、養鶏所へ向かう。そこで、六匹の鶏を「解放」し、クロードがそれをビデオに録る。団体のホームページに、キャンペーンの一環として載せるためである。鶏を連れての帰り道、クロードは、ヤコブがダウンジャケット、ウールのセーターを着て、革靴を履いているのに気づく。「動物からの搾取」に反対する団体では許されないことであった。ヤニカは、

「ヤコブは初めてだから、まだ知らないことが多いの。」

と言ってヤコブを擁護する。ふたりはシルヴィアという中年の女性が経営する農場に立ち寄り、そこで鶏をシルヴィアに渡し、街に戻る。別れ際、シルヴィアは、

「後で見てね。」

と言って、封筒をヤコブに渡す。

 ヤコブがアパートに戻ると、元妻のエレンがいた。ヤコブは彼女とぶつかった拍子に、ヤニカに貰った封筒を落とす。封筒の中身がこぼれ出る。それは、ヤニカのヌード写真だった。ヤニカは、来年のカレンダーに「自然」を強調するために、会員のヌードを使うつもりでいたのだった。エレンがヤコブを訪れたのは、時計を返すためだった。盗られた時計が、古物商に現れたため、警察に通報がなされ、返却されたという。ヤコブは、時計はもう要らないと言う。エレンは

「保険会社から入った二千ユーロは、警察に届けてくれたお礼に、あなたにあげる。」

と提案する。ヤコブもそれを受ける。ヤコブは、ヤニカからグイドの店での夕食の招待を受ける。喜び勇んで店に入ったヤコブを待っていたのは、ヤニカではなく、シルヴィアだった。

「あなたに会うのは良くないとヤニカを説得して、私が代わりに来たの。」

とシルヴィアは言う。ヤコブは改めて、シルヴィアも魅力的な女性であることに気付く。楽しい夜を過ごしてアパートに帰ったヤコブを、アーベルは迎える。

「明日になると、サプライズがある。今日はまず寝ることだ。」

とアーベルが言う。

 翌朝、ヤコブが目を覚ますと、台所で話し声がする。ヤコブが入って行くと、そこにはアーベルの他に三人の男たちがいた。よく見ると、ふたりはサンタクロースとクネヒト・ループレヒトの格好をして、ヤコブから金品を盗った男たち、もうひとりはその後、アーベルと話したホームレスの男だった。強盗のふたりは、フリーダとカレと自己紹介をする。ホームレスはフランツと名乗った。

「今日から、この者たちは、ここに住むことになった。」

とアーベルは説明する。目を白黒させているヤコブに、

「救世主には、『アポステル(使徒)』が必要だろう。」

と事も無げに言う。ドアのベルが鳴る。ヤコブが開けると、ヤニカが立っていた。

「昨日はドタキャンをしてごめんなさい。謝ろうと思って。」

ヤニカは、「フリークス・オブ・ネイチャー」の次のアクションについて語る。「キョードコム」という日本の薬品会社が、猿を動物実験に使っているという。その猿を解放するのが次のミッションだが、余りにも警備が厳しいので、手を出しかねているということだった。

「俺たちが力を合わせれば簡単なことだ。」

と三人の「使徒」が声をそろえる。ハッカーのフランツが相手の会社のコンピューターシステムを麻痺させ、窃盗のプロであるフリーダとカレがドアを開ければ、どんなに警戒の厳重な会社でも侵入が可能であるという。アニカと三人は、具体的な計画を立て始める。ヤコブは心配になって、友人の弁護士、ギュンターに相談する。ギュンターは、もし捕まれば重窃盗罪で、何年間もの懲役は避けられないという。ヤコブは計画を止めようとするが、他の者たちは既に綿密な計画を立てていた。

計画は実行され、あっけないほど簡単にヤコブたちは薬品会社に侵入できた。研究施設には一匹だけマカク系の猿がおり、メンバーたちはその猿を連れて外に出る。薬品会社のコンピューターや警備システムは、フランツがばら撒いたウィルスで使用不能になっていた。帰り道、作戦の成功に酔ったヤニカは、ヤコブの唇にキスをする。ヤコブもそれに舞い上がってしまう。

猿を連れてアパートに戻ったヤコブと使徒の三人は、祝杯を挙げる。ヤニカは来られなかったが、アーベルも参加する。「神」であるアーベルは、猿の考えていることが分かった。猿は自分が「パステルナーク」という名前だと言う。猿は皿に盛られた野菜を拒否し、エビやカニを要求する。最後には、煙草を要求し、気持ち良く煙を吐き出す。そこへ、猿を連れにシルヴィアがやって来る。彼女は猿が煙草を吸っているのを見て、驚愕する。アーベルの「通訳」で、パステルナークがシルヴィアのところへ行きたくないと言っていることが明らかになる。シルヴィアは怒って、アパートを立ち去る。

アーベルは、ヤコブに、ヤニカに愛を打ち明けることを勧める。花束を携えて、ヤコブは翌朝ヤニカのアパートに向かう。クリスという若い男がドアを開ける。ヤコブはアニカに会いたいという。しかし、アニカが出てきたとき、クリスはヤニカのパートナーであることを知る。傷心のヤコブは、アニカのアパートを去る。

ガッカリしてアパートに戻ったヤコブをアーベルが慰める。ヤコブは、

「心の傷を癒すために、救世主の役割を引き受けることは一旦やめて、スリランカに休暇に行く。」

とアーベルに言う。

「他の三人はどうするんだ。」

というアーベルの問いに対して、

「しばらくは俺のアパートに住んでいいし、エレンからもらった二千ユーロの金を基に、新しい住まいを探せばよい。」

とヤコブは言う。それを聞いた、フリーダ、カレ、フランツの三人は怒る。

「あんたは元の生活に戻るといが、俺たちはどうすればいいんだ。また泥棒と、乞食に戻るのか。」

「俺たちは、『世界を救う』というあんたの考えに共鳴したから、ここに居るんだ。単に、金と宿目当てではない。」

と、降りると言い出したヤコブを非難する。三人は、ヤコブから金を受け取ることを拒否する。

「その金は、本当に困っている人に分けてくれ。」

と三人は言う。ヤコブには、三人が「本当に困っている人」だと思えるのだが、三人によると、世の中にはもっとひどい境遇にある人が大勢いるという。

「分かった、その人たちのところへ連れ行ってくれ。もし、そんな人が沢山いれば、ひょっとしたら、決心が変わるかも知れないから。」

カレとフリーダは、ヤコブを、ベルリンでも貧しい人が住む地域へ連れていく。四人はスーパーマーケットの前で待つ。

「もうすぐ、十二歳の姪が、弟を連れて現れるから。」

とカレは言う。間もなく、少女ミアが弟、フィンの手を引いて現れる。彼女はスーパーで、僅かのジャガイモとニンジンを買って出てきた。カレによると、子供たちの母親ニコルはアル中で、毎日飲み歩いているという。カレに子供の食事代として、月に二百ユーロを渡すことになっているが、それも最近は滞りがちということだった。ふたりの面倒を、隣人のコニーが見ているという。二人は、コニーのアパートを訪れる。コニーは六十代の女性で、足が不自由だった。糖尿病も患っているという。夫が刑務所に入ったため、収入がなくなり家賃が払えず、アパートを出なくてはいけなくなったという。ヤコブは、エレンから貰った金を、コニーに渡す。コニーは信じられないプレゼントに驚き、ヤコブに感謝する。ヤコブは、ミアとフィンに、何でも好きな物を食べて良いと言う。ふたりは、バーガーを腹いっぱい食べることになる。彼らが喜んでいるのを見て、ヤコブは決心を変える。彼はスリランカに行くことを取りやめ、使徒の三人に、もっと金を調達するように命じる。

 アーベルが、

「スリランカ行きのチケットをキャンセルしておくから。」

と空港に行く。間もなく、アーベルから電話があり、

「キャンセルできなかったから、自分が行くことにした。期間を一週間に短縮したので、二人が行けることになり、シルヴィアと一緒に行く。」

と連絡が入る。同時に、カレからも電話が入る。

「大変なことになった。人質を取ってしまった・」

とカレは言う・・・

 

 

<感想など>

 

 ドイツのユーモア作家ハンス・ラートのこのシリーズ、前二作を読んでいたので、必然的に、第三作も読んでしまった。

第一作、「話さなければならないと神は言われた」で、心理療法士のヤコブ・ヤコビは、自分は「神」であるという、サーカス芸人、アーベル・バウマンに出会う。アーベルはヤコブに「神も悩むことが多い」という理由でカウンセリングを依頼する。最初はアーベルが「神」であることを信じなかったヤコブだが、身辺に不思議な出来事が続発するに従い、信じ始める。しかし、最後アーベルは、美術館で子供を助けようとして、命を落とす。

第二作、「悪魔も時には人の子」で、ヤコブはアントン・アウアーバッハという男の訪問を受ける。アントンは、自分は悪魔の代理人であり、ヤコブの魂を買いたいと持ち掛ける。窮地に陥ったヤコブだが、最後は助かる。そのとき、アーベルがまだこの世に存在することが示唆される。

 そして、今回である。アーベルは「復活」し、自分の教えを実行する「救世主、メシア」としてヤコブを指名する。それどころか、教えを広め、「世界を救うため」には人手が必要ということで、三人の「使徒」まで用意する。アーベルに踊らされたヤコブと使徒たちが、ドタバタを繰り広げるというのが、今作の展開である。

 もうひとつの流れが、急進的な動物保護団体「フリーク・オブ・ネイチャー」と、その活動家たちである。若くて美しいメンバー、ヤニカに魅せられたヤコブは、この団体の活動に参加することにする。「動物を搾取と苦しみから救う」ということをモットーに、この団体はヴィーガン主義(絶対菜食主義)を貫き、飼育され、搾取され、自由を奪われている動物たちを「解放」しようとする。そして、その様子をネット上で配信し、賛同者を増やそうとしている。ヤコブは、二度「動物救済作戦」に参加する。この作戦に、使徒たちも参加することで、救世主のストーリーラインと動物保護団体のストーリーラインが交錯を始める。

 一貫して、ユーモアとウィットが散りばめられた作品である。そして、その大部分が、主人公であり語り手であるヤコブの口から発せられる。ヤコブは、心理療法士、カウンセラーという職業だということもあり、弁舌が立ち、コメディアン並みに、ギャグ、洒落を連発するキャラクターとして描かれる。漫才で言うと、彼はボケもやるし、ツッコミもやる。元妻のエレンが、

「この時計は、水深三千メートルでも大丈夫なのよ。」

言うと、

「人間がそんな潜ってどうするの?」

とツッコむ(「中川家」の漫才に、これと同じやりとりがあった。)

ヤニカが、自分の属する団体のモットーを説明する。

「動物たちを苦しみと搾取から守る。動物から採られたものは食べないし使わない。サーカスや動物園、水族館にも反対なの。」

「で、闘牛は良いわけね?」

とヤコブがボケる。このように、漫才を聞いているように、掛け合いを楽しみながら読むことが出来る。

 ただ、コメディーというのは、最も翻訳が難しい分野なのだ。しかも、ラートの笑いが、ドイツ語の言い回しをネタにしたものが大部分だから、余計に。案の定、彼の作品はドイツ語以外に翻訳されていないし、ウィキペディアを見ても、ドイツ語以外の記載がない。それが残念である。

 この物語のメッセージは極めて明快である。アーベルは、現代人に合うような「新しい十戒」を考えている。結局、アーベルはただ一つの点にそれをまとめてしまう。

「汝は他人に無関心であってはならない。」

それがポイント。これほどメッセージがはっきりしていると、読み終わって気持ちが良い。

 

20197月)

 

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