国立博物館

 

宮殿のような国立博物館の中。

 

 旧市街に突入してから、「一九四番」のバスの走りっぷりはすさまじかった。マイクロバスなので、細い道も通れる。

「わざわざそこを選んで走らんでも。」

と思うほどの細い道、生活道路を走っていく。旧市街の道は全て石畳である。デコボコの石畳を結構なスピードで走るので、揺れがひどい。

「あかん、舌を噛む。」

乗り物に弱い人は、絶対気分が悪くなるだろうし、中で何かを食べるのも不可能。モルダウ川を渡ってからも、石畳の狭い道を疾走。丘の中腹が終点だった。帰りはさすがにトラムに乗った。普通、バスや電車に乗るのは「手段」であり、何かの「目的」を果たすために利用する。今日の僕は、バスや電車に乗ることが、「目的」になっている。

 今日の午後は、飛行機の時間まで、国立博物館で過ごすことにしていた。僕は地下鉄に乗り換え、「博物館前」で降りる。外から見ても重厚な建物だが、中に入ると更に重厚なイメージが増した。贅沢の粋を集めた内部なのであるが、華奢なイメージではなく、とにかく全てが重々しい。内部の展示は、「生命の発生と進化に関するもの」、「数多くの古代人類からどうしてホモサピエンスだけが生き残ったのか」など、ガチで「理科系」のものばかりであった。

 二時間くらい館内の展示を見て回る。さすがに美術館や博物館で歩くと疲れる。僕は、カフェテリアに行き、椅子に座ってコーヒーを飲んだ。その時、一人のアジア人の女性がコーヒーを買っているのが目に入った。どうやら一人らしい。年齢は僕と同じくらいか、上品な感じの人で、何となく日本人っぽい。僕は興味をそそられた。座っているその女性に近づき、一応英語で、

「日本人ですか?」

と聞いてみる。台湾から来たと彼女は言った。僕は、言葉を北京語に切り替えて話を続ける。台湾は、毛沢東との戦いに敗れた蒋介石が、北京から逃げて行って作った政府なので、広東省の対岸にあるのに、公用語が広東語ではなく北京語なのだ。

「ご一緒させていただいていいですか?」

それから、彼女(朱さんという名前なのだが)と二人、一時間くらい話をしていた。中国語で、先生以外の人と、こんなに長い間会話をするのは初めて。でも、結構普通に話ができた。朱さんは、娘さんと一緒にプラハに来ていると言った。娘さんは三十九歳で医者、現在米国で働いている。娘さんが現在プラハで開催される学会に来ているので、自分も台湾から来て合流し、一緒にプラハで過ごしているという。娘さんは昼間学会があるので、彼女は一人だと言うことだった。僕は言った。

「僕もシンガポールに三十九歳の息子がいるんですよ。」

 

「理科系」の博物館であった。これはマンモス。

 

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