モルダウ

憧れのモルダウ川に架かる橋に立つ。
モルダウ川に架かる橋の上に立つ。僕の頭の中には、スメタナの組曲「わが祖国」の第二番、「モルダウ」のメロディーが流れていた。
「タ ラ〜ラ ラ〜ラ ラ〜ララ ラ〜ラ〜ララ〜」(知っている方はご一緒に!)
クラシック名曲百選に必ず登場する曲。この曲を最初に聞いたのは、NHKの「名曲アルバム」で取り上げられたときだったと思う。それは、僕にとって、ちょっとショッキングな出会いだった。哀愁の漂う短調のメロディーでありながら、時として現れる長調の和音が印象的。
「ええ曲や。」
僕は魅せられた。小学生の時だと思っていたが、「NHK名曲アルバム」が始まった時は一九七六年だという。と言うことは、中学生、あるいは、高校生の時だったのだ。その時、曲の背景に映し出されるプラハの町を見て、
「いつかこの町に行ってみたい。」
と思ったことも覚えている。それから五十年、僕は遂に、プラハの町を訪れ、モルダウ川に架かるカレル橋の上に立つことが出来た。
話は前週に戻る。金曜日、僕は北ロンドンの某中学校の校門を出た。
「やっと終わったあ!」
その学校を訪れたいたのは、「義務教育修了資格試験」(英国ではGCSEと呼ばれている)の日本語の試験官をするためである。英国には義務教育が終わった時点で、皆が試験を受ける。大学に行かない人たちには、その成績が一生付いて回る、一種の資格になっている。英国ではもちろん、英語が「国語」である。と言うことは、「外国語」は別の言語になる。スペイン語、ドイツ語、フランス語、中国語なんかが、結構ポピュラー。しかし、一年間に千人ほど、日本語を「外国語」として選んで、それで試験を受ける子供たちがいるのだ。大部分は、お父さんかお母さんが日本人の家庭に育った子供たちだと思う。試験には「スピーキング」つまり「口頭試問」がある。当然、それには試験官が必要になる。数年前に「日本語スピーキング試験官」の資格を取った僕は、四月から五月の試験の季節になると、ロンドン近郊の中学校から呼ばれ、試験官の仕事をしている。今年も七校から依頼を受け、復活祭休みが終わった週から、あちこちの学校を回っていた。
この試験官の仕事、結構大変。ロンドン近郊にある学校を訪れるのだが、大抵は初めての場所。全然知らない学校に行くのに、絶対に遅れてはいけないというのは、かなりのプレッシャー。今回も、途中で地下鉄が止まり、車内で缶詰めになったことがあった。一時間くらい余裕を持って家を出ているのであるが、その一時間が、五分、また五分と削られていく。僕はそのとき、命が削られて行くような思いだった。幸い間に合ったが。ともかく、数日前に試験官の仕事を全て終えた僕は、ホッとした気持ちでプラハに向かった。

カレル橋の両側には、聖人の像が並んでいる。