「紙の少年」

原題:Davidsstjärnor(ダヴィデの星)

ドイツ語題:Papierjunge(紙の少年)

2013年)

 

 

<はじめに>

 

オルソンは、第一作を書いたときから、第五作は「ダヴィデの星」というタイトルで、ユダヤ人について書くと決めていた。作者の、ユダヤ人、イスラエルへの思い入れを込めた作品である。

 

<ストーリー>

 

ダヴィドは夜を怖れていた。友達のアヴィタルから、夜に子供を連れ去るという「紙の少年」の話を聞いたからである。「紙の少年」は、子供たちが寝静まるのを待って、窓から入って来るという。ダヴィドはどんな暑くて寝苦しい夜でも、窓を閉めて寝るようになった。ダヴィドは、夜眠れなくなり、教師は彼を医者に連れて行く。医者は、神経が疲れているので、数日間家で休養するように勧める。アヴィタルが学校の宿題を持って現れる。アヴィタルは、

「『紙の少年』は怒っている。だから、もうすぐやって来る。」

とダヴィドを益々不安にさせるようなことを言う。その後、ダヴィドとアヴィタルは故郷の町を去り、キブツで再会する。そこで男の子が行方不明になる事件が起きる。十日間の懸命の捜索をもってしても、男の子は見つからなかった。ダヴィドとアヴィタルは、

「『紙の少年』が戻ってきた。」

と言い合う。数日後、男の子の死体が発見される。頭に紙袋を被せられて。

 

冬の夕方、女性はバイオリンのケースを抱え、夫と子供たちの待つ家に向かっていた。彼女は、パトカーが自分を追い越して行くのを見る。彼女の家の前には、数台のパトカーが停まっていた。彼女は警官の静止を振り切って二階に駆け上がる。そこに、夫と子供たちが倒れていた。

 

二〇一二年一月二十五日。エフライム・キールはストックホルムのサロモン地区ユダヤ人コミュニティーの事務所に居た。彼は、コミュニティーの新しい警備主任を採用するために、イスラエルから派遣されていた。数カ月前、ユダヤ人学校が襲撃されたが、誰も犯行声明を出した者はなかった。コミュニティーは、警備を強化するたに、警備責任者の採用が急務になった。キールはこれまで適任者を見つけられないでいた。コミュニティーの事務長が、人材紹介会社から来た候補者の履歴書をキールに見せる。エフライムはひとりの履歴書に目を留める。

「元警察官、ペダー・ライド、四十歳」

キールはその名前を、飛行機のハイジャック事件と関連して覚えていた。ペダーは、出動中に、自分の兄を殺した犯人を射殺し、警察を解雇されていたのだった。そのとき、女性事務員が部屋に駆け込んでくる。

「学校の職員の一人が射たれました。」

事務員は、エフライムと事務長にそう告げる。

アレックス・レヒトは、ユダヤ人学校での事件を知る。警察への通報によると、子供や両親の目の前で、ひとりの保母が射殺されたという。彼は、出来たばかりの「集団犯罪課」のリーダーだった。その事件が、どうしてテロ担当の保安警察ではなく、自分の部署に割り当てられたのか、彼は不思議に思う。彼は、書類を見る。殺された保母に前科はないが、彼女の夫には複数の犯罪歴があった。

「警察の初動が遅いと、ユダヤ人組織が独自に捜査を始めて、ややこしいことになる。早く行ってくれ。」

と上司はアレックスに言う。

「フレドリカも連れて行ってくれ。」

と上司は更に言う。アレックスは、

「フレドリカは今、オーケストラの練習でいない。明日だ。」

と答える。アレックスは、ひとまず、被害者の夫を捜査線上から消すために、夫に会ってみようと考える。

フレドリカは、オーケストラのリハーサル室にいた。彼女は三週間前から、またバイオリンを弾き始めていた。子供の頃からバイオリンが好きで、プロを目指したが、ティーンエージャーのときの交通事故で腕を怪我し、それ以来、バイオリンは弾いてなかった。しかし、三週間前から、また練習を始めていた。彼女は法務省から警察庁のアレックス・レヒトのチームに転籍したばかり、新しい職場を気に入っていた。フレドリカには、夫と二人の子供がいた。彼女は初めて訪れた、落ち着いた生活を楽しんでいた。

アレックスの家系は元々ユダヤ人だった。しかし、数世代前からユダヤ人であることを止め、今は「レヒト」という苗字にその名残を留めるだけだった。アレックスは、サロモン・ユダヤ人学校に向かい、事務長に会う。殺されたのはヨセフィーネ・フリドという保母で、学校の入り口で、うつ伏せに倒れたという。弾丸は、向かいの建物から、一発だけ発射されていた。

「誰かに脅されていた事実はないか。」

というアレックスの質問に対し、

「ユダヤ人社会は、常に脅迫を受けている。」

と事務長は答える。事務長は、ヨセフィーネが自分も良く知っている夫婦の娘であるので、彼女を信用し、二年前に保母として採用したという。事務長は、彼女が前科のある男と一緒に暮らしていることは知らなかった。

「今、コミュニティーは、あなたの昔の同僚を警備主任として採用しようとしている。」

と事務長はアレックスに話す。アレックスはペダーの名前を聞いて、複雑な気持ちになる。

十歳のジーモンは、雪の降る中、バス停で友達のアブラハムを待っていた。バスが来るが、ジーモンはそれに乗らないで、引き続きアブラハムを待っていた。バス停に車が停まる。アブラハムが乗っていて、ジーモンに乗れと言う。ジーモンは車に乗る。そして、すぐにそれを後悔する。

ペダーは、英語を話す男から電話を受け、サロモン・コミュニティーの警備主任のポストを打診される。彼は、二年前のあの事件以来、全てを失っていた。停職になり、眠れない夜が続き、酒に溺れ、カウンセリングを受けた。裁判で、殺された男に非があることが認められ、彼は無罪になった。しかし、警察にはいられなくなり、退職を余儀なくされた。求職中の彼は、リクルート会社に登録し、アレックスを推薦人として挙げていた。ペダーは、リクルート会社が、彼をサロモン・コミュニティーに推薦していたことを知る。彼は翌日面接を受けることになる。

 翌日、ペダーがサロモン・コミュニティーを訪れる。エフライムと事務長が彼を迎える。事務長が昨日起きた事件の概要を話す。

「警察では誰が事件担当なのか?」

というペダーの問いに、事務長はアレックス・レヒトであると答える。ペダーはオファーを了承し、翌日から出勤することになる。事務長は、警察と協力して働いて欲しいと言い、ペダーもそれを受け入れる。ペダーは自分の周辺が、調べ上げられているのを感じるが、ともかく、職が見つかり、殺人事件の捜査に加われることを嬉しく思う。

バイオリンの練習の後、フレドリカは夫のスペンサーと子供たちの待つ家に向かう。家に入る直前に、アレックスから電話が入る。アレックスは、殺された保母の両親に会うのに、フレドリカに一緒に来て欲しいという。フレドリカが家に帰ると、スペンサーが子供たちを風呂に入れていた。スペンサーの様子に、何かおかしいものを感じたフレドリカは、何があったのかと尋ねる。スペンサーは、

「同僚が脳卒中で倒れ、予定していたイスラエルでの講義が出来なくなった。代わって、二週間、イスラエルで講義そしてくれないかと打診されている。」

と話す。出発は四日後であるという。自分一人で幼い子供の世話をすることを思い、フレドリカは愕然とする。彼女は、

「考えさせてほしい。」

とだけ言って、アレックスに会うために家を出る。

ジーモンとアブラハムは、森の中に停まったトラックに荷台に閉じ込められていた。二人とも、見知らぬ男の運転する車に乗ってしまったことを後悔していた。男はピストルで二人を脅し、車を深い森の中に乗り入れる。そして、そこに停まっているトラックに、二人は乗せられたのだった。男は英語で話し、アブラハムに前もって、迎えに行くという電話をしていたという。

「発生から最初の数時間は、捜査にとって一番大切な時間だ。」

というのが、アレックスの信念だった。被害者の両親の家に向かう途中、アレックスは、これまでの捜査の概要をフレドリカに話す。外は吹雪になっていた。犯人は、ユダヤ人学校の道路を挟んだ向かい側の工事中の建物から、被害者を狙撃していた。雪の上に腹ばいになった跡があった。また、被害者の連れ合いの男は、アパートにもおらず、携帯にも出ず、近くで彼を見た者もいないという。フレドリカは、どうして、このような天候で、条件が悪い時に、犯人が射撃をしたのかと不思議に思う。アレックスに、エフライムからの電話がかかる。

サロモン・コミュニティーには、マスコミからの取材電話が鳴り続けていた。エフライムは、アレックスに電話をする。臨時の警備主任として採用したいペダーの身元を問い合わせるためだった。アレックスは、ペダーが警察を去るきっかけとなった事件に対して、個人的な見解は言えないが、ペダーはこれまで一緒に働いた中で、最も優秀な警官のひとりであると答える。エフライムの前に、事務長が現れる。事務長は、ユダヤ人学校に通う少年がふたり行方不明になったことを、エフライムに告げる。

アレックスとフレドリカは、被害者の両親の家を訪れ、話を聞く。父親は、ヨセフィーネのパートナーのことを嫌っており、

「彼については何も知らない。知ろうとも思わない。刑務所に入ったやつにロクな者はいない。」

と答える。そして、娘が、その男と付き合いだしてから、娘との関係も疎遠になったと言う。

「ヨセフィーネは、保育所で働く前、何をしていたのか?」

という質問に対して、父親は

「あらゆることをしていた。」

と答える。

「良いことも、良くないことも、両方か?」

とフレドリカが更に質問するが、両親は言葉を濁す。二人は、両親の家を去る。

アレックスは、早く家に戻り、ディアナと会いたいと思う。妻のレナが死んでから数年、彼は新しい女性と暮らしていた。そこに上司から電話が入る。ユダヤ人学校に通う男の子二人が行方不明になり、その事件もアレックスに担当して欲しいと言う。二つの事件を同時に担当するのは無理だと、アレックスは答えるが、とりあえず今晩中に現場を見ることには同意する。

アレックスは再びサロモン・コミュニティーに戻る。多くの人々がそこに集まっていた。ユダヤ人たちは独自の捜索活動を開始していた。コミュニティー・センターには、それをオーガナイズする人間が働いており、同時に多くの人間が屋外での捜索に動員されていた。十歳という年齢、悪天候から言って、男の子たちが自分たちの意思で家を出たということは考えにくかった。アレックスはその人々の中にペダーを見つける。二年ぶりに再会したふたりは抱き合う。ペダーは、サロモン・コミュニティーには、警察の内部に情報提供者がおり、それがエデン・ルンデルという人物であると、アレックスに話す。アレックスはルンデルを知っていた。彼女は、保安警察のテロリスト担当課長だった。

 エデン・ルンデルは夫のミカエルとセックスをしていた。ミカエルは牧師であった。彼らは最近、エデンの仕事場に近いという理由で、街中のアパートに引っ越していた。エデンには双子の娘がいたが、彼女は仕事以外のことに興味が持てなかった、事が終わって、エデンが携帯を見ると、サロモン・コミュニティーの事務長からの着信があった。彼女は、夫に隠れて煙草を吸うためにトイレに入る。そこで、携帯が鳴る。彼女の上司、保安警察長官のブスター・ハンソンからであった。

「エフライム・キールが、またスウェーデンに来ている。」

とハンソンはエデンに告げる。エデンは眉をしかめる。エフライムがいるのは、何時も、悪いことの前兆だった。

翌朝九時半、フレドリカは、キッチンにいた。彼女は、前夜、スペンサーがイスラエルに行くことについて彼と口論し、一睡もしていなかった。

「結婚する前は、スペンサーが自分を失望させることはなかったのに。」

彼女はそう考える。スペンサーが起きてくる。彼は、

「俺が悪かった。二週間は長すぎる。イスラエルに行くのは諦める。」

とフレドリカに謝る。それを聞いて、フレドリカは、

「行ってきたら?子供たちの世話は、私の母親に頼むわ。」

と、彼のイスラエル行きを認めてしまう。フレドリカは、携帯に入ったメッセージを読む。アレックスからだった。メッセージは、二人の少年が行方不明なっていることを告げていた。

 

 警視は、二階の寝室で父親と二人の子供が倒れているのを見ていた。彼は、階下での物音を聞く。妻が帰って来たようだった。妻は警官の静止を振り切って階段を駆け上がってきて、敷居のところで立ちすくむ。その時、救急隊員の一人が叫ぶ、

「一人の子供にはまだ脈がある、死んでいない!」

 

 朝、ジーモンはトラックから降ろされる。二人は寒さで一睡もできないでいた。雪は止んで、太陽が出ていた。アブラハムが先に降ろされたが、彼の姿は見えなかった。森の中で銃声がする。男がジーモンに尋ねる。

「父親から『紙の少年』の話を聞いたことがあるか?」

ジーモンはうなずく。

「俺は『紙の少年』だ。お前は、ここで何をされるのか分かっているだろう。」

男は、ジーモンに、靴と靴下を脱ぐように命じる。男は、車からライフルを取り出す。

「走れ!おまえに残されたものはそれだけだ。」

と叫ぶ。ジーモンは駆け出す。

 フレドリカは、子供たちを保育所に連れて行った後、署に向かう。太陽が新雪を照らして眩しい。署では、アレックスが彼女を待っていた。アレックスは、上司に、

「二つの事件を同時に担当するのは難しい。私のチームは、自分も入れて二人しかいない。」

と掛け合うが、上司は、

「欲しければ他の部署から応援を出すから。」

と言って、アレックスは押し切られてしまう。アレックスは、フレドリカに、

「とりあえず、保母が射殺された事件は忘れて、少年の行方不明事件に注力しよう。」

と提案する。フレドリカが数年前、少女の誘拐事件を解決したので、アレックスは「今回も」と、彼女に期待していた。二人が話していると、秘書が顔を出す。

「少年をバス停で見たと言う証人が現れた。年配の女性だ。」

と告げる。

 翌朝、ぺダーはサロモン・コミュニティーに出勤する。本来は初日のはずだが、昨夜既に来ていたので実質的には二日目だった。少年たちの足取りは掴めず、警察の捜査も進んでいなかった。少年たちの携帯は切られたまま。事務長は、身代金目的の誘拐と考えるには、ふたりの両親は金持ちではなさすぎると話す。ペダーは、保母が殺されたことと、少年たちが行方不明になったことは関係があると確信する。

 フレドリカは、少年のひとりをバス停で見たという老女と話していた。老女が見たのはジーモンだった。老女が時間を聞いたとき、少年は丁寧に答えたが、腹を立てているように見えたという。そして、バスが来たとき、彼は一瞬乗ろうとしたが、結局乗らなかったという。老女がジーモンを見たのは四時過ぎであった。テニスの練習は四時半から、急がねばならない状況で、どうして、少年はバスに乗らなかったのだろうか。バスの運転手に聞き込みが行われたが、その時間帯に少年を乗せた運転手はいなかった。そして、アブラハムはバス停にいなかった。どこにいたのか。少年たちの携帯は切られていたが、フレドリカは携帯の履歴を電話会社に請求する。また少年たちがインターネットで連絡を取り合っているかも知れないので、彼らのコンピューターも調査の対象にすることにする。

フレドリカとアレックスはサロモン・コミュニティーに来る。フレドリカは二年ぶりにペダーと再会する。ペダーは、アブラハムの友達の一人が、重要と思われる情報を持っているという。フレドリカとアレックスは、事務長室で、その少年に会う。少年は、四時ごろにアブラハムの携帯に電話したという。そのとき、アブラハムは、

「もうすぐ車が迎えに来るから、電話を切らなくちゃ。」

と言って電話を切った。少年たちは、車で連れ去られたのだった。そして、多分、彼らの知っている人間に。

フレドリカとアレックスは、少年たちの母親と話すことにする。父親たちはまだ捜索活動で外にいた。フレドリカがジーモンの母親、カルメン・アイゼンベリと話す。アイゼンベリ家はかつてイスラエルに住んでいて、ジーモンが七歳のときスウェーデンに移住して来ていた。母親は、ジーモンを、

「親切で、他人に気を遣う子だ。」

と話す。そして、その人の好さを、他の友達に度々利用されていたという。特にアブラハムに。アブラハムはそれに対して、負けず嫌いで、自分が何でも一番にならないと気の済まない性格であったという。そして、アブラハムはいつも約束に時間に遅れ、ジーモンを待たせていた。母親は、ふたりの少年が自分の意思で出て行ったことはあり得ないと話す。

「仮にジーモンが家を出るとしても、彼は絶対にアブラハムを誘わない。」

母親はそう断言する。

同じころ、アレックスは、アブラハムの母親、ダフネ・ゴルドマンと話していた。やはり、この家族も数年前にイスラエルからスウェーデンに移住して来ていた。母親は、夫と一緒に、警備機器の販売会社を経営していた。母親は、負けず嫌いのアブラハムは熱心にテニスに取り組んでいたので、自分の意思でテニス教室をサボるわけがないという。

「何事にも熱くなるタイプで、親しい人間には忠誠を尽くすタイプ。」

とダフネは息子を評する。アレックスは母親を観察する。母親は「ダヴィデの星」のネックレスをしていた。アレックスは、その母親に対し、何故か自分が全く同情を感じないのを感じる。母親と話しているアレックスに、少年たちが見つかったという電話が入る。

 エデン・ルンデルは、要人警護部から、王室の住む城の近くで、銃声が聞こえたとの通報を受ける。彼女は、エフライム・キールが関係してないことを祈りながら現場に向かう。そこは一面に雪に覆われたゴルフ場だった。二人の少年が雪の中に倒れていた。射殺であった。二人とも裸足で、頭には、人間の顔を描いた紙袋が被せられていた。

 エフライムは少年たちの遺体発見のニュースを聞く。

「このようなときに、コミュニティーの警備主任を引き受けたやつは大変だ。」

彼はペダーに同情を覚える。彼は、イスラエルの諜報機関モッサードの諜報部員だった。彼はロンドンで英国の諜報機関MI5で働いていたエデン・ルンデルに近づき、関係を持つ。しかし、最後にはエデンが全てを上司に報告してしまい、煮え湯を飲まされた経験があった。警備主任が決定した今、エフライムは一刻も早くスウェーデンを離れ、イスラエルに戻りたかった。数時間後に立つ飛行機に乗るために、ホテルをチェックアウトしようとしたエフライムは、フロントで自分宛のメッセージを受け取る。それはヘブライ語で書かれていた。

「この街にいることは知っている。

俺もここにいる。

紙の少年より」

エフライムはそれを読んで、考えを変え、ストックホルムに留まることにする。

 アレックスは、少年たちの死体が発見された現場にいた。少年たちが殺されたのは、雪の止んだ朝になってからであり、二人は別々に逃げたところを撃たれていた。二発の銃声には約二十分の間隔があったという。アレックスは、紙袋と、そこに描かれた顔は、犯人からのメッセージであると考える。しかし、それは何を意味し、誰に対するものなのだろうか。

「人はそれに値するものを得る。」

ペダーは呟く。そして、殺された少年たちの両親が、何故息子の死を得る結果になったのかを考える。そして、自分の新しい仕事が、とんでもない事態で始まったことを再確認する。ペダーは保母殺しと少年殺しのふたつの事件は、互いに関連のあることを確信していた。確かに、保母のパートナーは犯罪歴があったが、彼女自身がそれに引き入れられたことは考えにくかった。コミュニティーの事務長は、この事件がユダヤ人社会に対するものであり、他の家族も標的になるのではないかと心配していた。ペダーは判断を下すには、まだ情報が少なすぎると事務長に言う。

アレックスは、紙袋に描かれた顔の意味について考えていた。彼は、これは一種の復讐劇であるという考えに傾いていた。少なくとも、アブラハムとジーモンを車に乗せるために、犯人はふたりの少年の知り合いである必要があることにも、注目していた。

ペダーから電話が架かる。ペダーは二つの事件を警察のどの部署が担当しているかをアレックスに尋ねる。少年の誘拐事件は自分の担当であるが、保母射殺事件は警視庁の組織犯罪捜査課であるとアレックスは答える。ペダーは、同じ日に、同じ学校関係者が、同じ殺され方をしたのは偶然ではあり得ない。二つの事件は合わせて捜査するべきだと言う。ペダーはまた、犯人が最初から保母を狙っていた保証はないという。アレックスはペダーから、並々ならぬ熱意を感じる。

エデンは警察のトレーニングルームにいた。エフライムがまたストックホルムにいることに、彼女は憎悪を感じていた。彼女はロンドン勤務時代、夫のミカエルが居ながら、エフライムと不倫をしていた。彼女はエフライムを愛してしまったが、エフライムが彼女に接近したのは、情報を得るための「罠」だったことを後で知る。

「エフライムをこの国から一刻も早く追い出さねばならない。」

エデンは思う。そして、彼女には、エフライムに関して、誰にも話していない秘密があった。

 エフライムは、警察の尾行に気付いていたが、敢えて尾行者を巻こうとはしなかった。相手に対して、「コントルールしている」という確信を与えておくことも、大切だと考えたからである。ホテルに置手紙をした人物を探ろうとしたが、ホテルの職員は覚えていなかった。彼はコミュニティー・センターに向かう。エフライムはある程度のことを知っているつもりだったが、自分への置手紙に関しては想定外だった。彼は、何としても警察側の情報を知りたいと思う。彼は、保母が殺された現場を調べる。

「あの状況の中で、射撃を成功されるためには、射手には高度の技術が必要とされる。」

とエフライムは考える。射撃は本当に保母を狙ったものだろうかと、彼はいぶかしく思う。通常「紙の少年」は、子供しか狙わないからだ。

フレドリカは、捜査資料を見ていた。雪の上の、犯人のもの思われる靴の足跡はサイズ四十三であり、近くまで大型車が乗り入れたタイヤの跡が残っていた。どうして、少年たちは逃げられたのか。どうして、二発の銃声の間に二十分の間隔があったのか、フレドリカは考える。少年たちは裸足だった。裸足で二十分間雪の上に立っていることはほぼ不可能に思えた。アレックスの司会で、捜査会議が始まる。他の部門から応援に来た刑事たちも参加していた。フレドリカが話し出す。

「少年たちは逃げ出したのではない。犯人によって解き放たれたのだ。標的にするために。」

 アレックスは捜査員たちに、状況を説明する。殺された二人の少年たちには、虐待された跡や、抵抗して負傷した跡がなかった。また、少年たちは発見された場所で殺され、どこか他で殺されて連れて来られたのではなかった。また、雪の上にタイヤの跡の残した大型車についての情報は何も得られていなかった。アレックスは、フレドリカの主張する、犯人は少年を一人ずつ解放し、銃で狙ったという説を受け入れる。そして、紙袋は、犯人による一種のメッセージであることも。

 コミュニティーに着いたエフライムはペダーに、

「少年たちを殺した犯人は、何か『置き土産』を残していなかったか。」

と尋ねる。ペダーはまだ警察からの情報は入っていないと答える。

「警察は、保母殺しと少年殺しの二つの事件をお互い関係があると考えているのか。」

とエフライムは更にペダーに尋ねる。それについてもペダーは情報を持っていなかった。

「おれはもうこれ以上犠牲者を出したくない。」

とエフライムは呟く。ペダーはエフライムが何かを知っていることを確信する。

 エデンは、上司のブスターに、エフライム・キールについてどうしたらよいのかを相談する。ブスターは、

「今は尾行を続け、静観しろ。そのうち尻尾を出すだろう。」

と言う。エデンは、コミュニティーの事務長からの知らせで、コミュニティーが新しい警備主任を採用したことを知る。エデンはエフライムがそれに絡んでいるに違いないと考える。

 フレドリカは家に戻る。殺された二人の少年の両親にはアリバイがあった。彼女は、自分が何か重要なことを見過ごしているような気がしてならなかった。そして、新たな犠牲者がでることを予感していた。アレックスも家に戻る。パートナーのディアナは、彼女の娘が殺された事件を捜査している途中、知り合いになったものだった。アレックスは、ディアナに、食事をするときは一緒に作ると約束をしていた。料理をしているアレックスに、電話が入る。鑑識からだった。

「保母を殺した銃と、少年を殺した銃は同じものだ。」

担当者はそう言った。

 

生き残った娘は救急車で運ばれたが、母親はそれに乗って病院に行くことを拒否した。警視は、

「何か助けられることがあったら言ってくれ。」

と母親に言う。彼は、どうして「紙の少年」がここへ来て、犠牲者を見つけたのか、不思議に思う。母親は、全てが自分の責任で、自分のやったことから逃れられないことを知っていた。

 

エフライムはホテルの部屋で、ホテルの監視カメラの映像を見ていた。カメラには、明らかに画像を操作した跡があった。彼はこれまでにないほど、ナーバスになっていた。

「『紙の少年』ならやりかねない。」

彼は呟く。彼はホテルの部屋から外に出る。そこに、一枚の紙が落ちていた。そこには、ヘブライ語で、

「私にはあんたが丸見えだ。

しかし、あんたには私が見えない。

不思議だと思わないか。」

と書かれていた。

 ペダーはエフライムの言った犯人の「置き土産」という言葉が気になっていた。彼は、警察の元同僚に電話をするが、警察の口は固くて情報を得ることができない。彼は、オフィスに行き、秘書に何か変わったことがないかと尋ねる。オフィスは、保母の死を知って届けられた花束で埋まっていた。秘書が一枚の紙袋をペダーに見せる。白い菊がその紙袋に入れられて届けられたという。そして、その紙袋には、顔が描かれていた。

 フレドリカは前日、ジーモンの両親、カルメン・アイゼンベリとギデオン・アイゼンベリを訪れていた。両親には、息子の顔に被せられていた紙袋のことを話していなかった。両親とも、自分たちに敵はいないと言う。少年たちが、誰かの車に乗ったことについて、ジーモンはお人好しで乗ってしまうかも知れないが、規則を守ることに敏感なアブラハムは、絶対にそんなことはしないだろうと言った。アブラハムの両親は、軍隊の経験があり、子供をスパルタ式に育てているとのことであった。イスラエル時代の職業について、両親は今と同じエンジニアと建築士であると答える。イスラエルからスウェーデンに移住した理由について、両親は、

「イスラエルが政治的に不安定だから。」

と理由を述べる。ジーモンは、一カ月ほど前から、インターネットのチャットフォーラムを始めたという。そのペンネームについて尋ねられた両親は、

「アブラハムは『戦士』で、ジーモンは『紙の少年』だ。」

と答える。

 出勤したエデンは、エフライムを尾行している捜査官からの報告書を読む。エデンは、エフライムが一度コミュニティーに戻り、警備担当者と話していることを知る。尾行の捜査官が、ホテルのエフライムの部屋の前に落ちていたメモを写真に撮っていた。それはヘブライ語だったが、エデンは読むことが出来た。

「私にはあんたが丸見えだ。

しかし、あんたには私が見えない。

不思議だと思わないか。」

と描かれていた。保安警察の他に、エフライムを見張っている人物がいることを、エデンは知る。

 ジーモンの両親の家を出たアレックスとフレドリカは、アブラハムの両親、ダフネ・ゴルドマンとサウル・ゴルドマンの家に向かう。ふたりは「紙の少年」という名前が何を意味するのかを知りたかった。彼らの家のリビングルームは、二人の軍隊時代の写真が飾ってあった。サウルは、ギデオン・アイゼンベリとは軍隊で同期であっただけでなく、同じキブツで育ったと述べる。しかし、深い付き合いではなく、スウェーデンに移住したのも偶然であると主張する。彼らは、犯人や、その動機について見当も付かないと言う。「紙の少年」については、イスラエルの民話に登場する架空の人物で、実在の人物ではないと両親は言う。アレックスは、二組の両親とも、警察に何かを隠していること、また、彼らが同じ時期にスウェーデンに来たのは偶然ではないという確信を深める。

 アレックスとフレドリカは遅い昼食を採りながら話していた。保母殺しと少年殺しに使われた武器同じものであることが分かり、本来なら一つの事件として捜査するべきなのは分かっていた。しかし、二人は敢えて、保母殺しの方は、組織犯罪課に任せて、自分たちは少年の事件に専念することにする。フレドリカは、少年の殺人を一種の「儀式」ではないかと考えていた。そして、保母殺しは、捜査を混乱させるためのものか、別の人間を狙っていて、違う人物を殺したのではないかと考える。フレドリカは「紙の少年」の民話について、調べてみようと思う。そこにペダーから電話が入る。サロモン・コミュニティーの秘書からだった。

「花が届けられたが、その紙袋に顔が描かれていた。」

秘書は言う。アレックスは驚く。殺された少年たちの顔に、紙袋が被せられていたことを、警察はまだ公にしていなかったからである。

 エフライムは警察の尾行を振り切り、エデンのアパートに入る。彼は自分がまだ見張られていることを感じる。彼は、ペダーが、犯人の残したメッセージを見つけたことを知っていた。エフライムを尾行している人間がいた。それは一人の女性だった。

 アレックスとフレドリカは、コミュニティーの事務所に急行する。彼らはそこで、届けられた顔の絵の描いた紙袋を見る。袋の材質も、描かれている顔も、少年たちの顔に被せられていたのとは全く違った。何より、アレックスは、何故秘書が自分に、紙袋について連絡してきたのかが不思議だった。秘書はペダーの指示だったという。だとすると、誰が紙袋に関する情報をペダーに与えたのか、謎は深まるばかりである。

 ペダーは自分が重要な情報を発見したことが嬉しかった。重要でなければアレックスが直ぐに飛んでくるはずはない。アレックスは、ペダーに、どうして紙袋が意味を持つことを知っているのか尋ねる。ペダーはエフライムが示唆した「置き土産」について話す。アレックスは、紙袋の持つ意味についてはペダーに話さない。それに少し不満を持つが、ペダーは、エフライムから預かった彼の電話番号と、彼の泊まっているはずのホテルの名前をアレックスに伝える。

「もしエフライムが連絡してきても、警察と会ったとは言わないでくれ。」

そう言い残して、アレックスは去る。

 エデンは、警察の他にエフライムに対する、別の尾行者がいることを上司のブスターに報告する。そして、エフライムが、警備主任の採用が終わった後も、まだストックホルムに留まっていることを告げる。

「このストックホルムでスパイ大作戦が行われているのか。」

とブスターは驚く、そして、尾行者が誰であるか、エフライムと殺人事件の関係を洗うようにエデンに命じる。そのとき、エフライムが警察の尾行を巻いて、ホテルから出たという知らせが入る。

 アレックスはエフライムが泊まっていることになっているホテルに連絡を取るが、その名前での宿泊者はいない。また、ペダーから教えられた携帯も通じない。彼は、偽名を使ってホテル泊まっているか、自分の泊まっているホテルを雇い主に明かさなかったのだ。アレックスはエフライムが、イスラエルの警察か諜報機関の人間でないか疑い始める。少年たちの使っていたコンピューターを分析している専門家が、アレックスに電話を架けてくる。チャットフォーラムらで、ふたりの少年は別々に活動していたが、共通の「友人」がいた。その人間は「ライオン」と名乗り、

「自分はストックホルムにテニススクールを開きたいが、有望な若い選手を探している。」

と、二人にコンタクトを取っていた。そして、少年たちが誘拐された日、会いたいと連絡していた。専門家が分析した結果、「ライオン」のメッセージは、イェルサレムのインターネットカフェから発信されていた。

 アレックスは、全ての針がイスラエルを向いていることを知る。彼はエデンに面会を求める。彼はエデンにそれまでの捜査の経緯を話す。そして、事件に関連して、イスラエルから来た男を探しているが、ホテルにもいないし、電話連絡も取れないと言う。エデンは、その男が誰なのかと尋ねる。アレックスが「エフライム・キール」という名前を挙げると、エデンは知らないと答えるが、動揺の色を示す。

「その男は容疑者なの?」

というエデンの問いに対し、アレックスは否定する。エデンは、保安警察として、出来るだけの情報を提供するとアレックスに約束する。アレックスは、フレドリカをイスラエルに派遣するアイデアをエデンに伝える。エデンは、イスラエル警察との仲介はできないが、エフライムの発見と、尾行を約束する。

 フレドリカは、自分をイスラエルに送ろうという、アレックスの考えを聞いて驚く。彼女自身、外国の警察との共同作業は、公式のルートが必要で、簡単でないことを知っていた。ともかく、フレドリカは、三日後の日曜日に、イスラエルに発つことに同意する。アレックスは、イスラエルの警察に連絡を取り、フレドリカのサポートを依頼する。フレドリカのイスラエルでの使命は、

@     紙の少年に関する情報を集めること。

A     二つの家族がスウェーデンに移住してきた背景を知ること

B     「ライオン」の活動を突き止めること

以上の三点であった。

 エデンは、この事件に、エフライムが噛んでいることは間違いないと考える。そして、決定的な情報を得るためにロンドンに行く決意をする。エフライムとの過去に、ケリをつけるためには、どうしてもロンドンに行かねばならないと、彼女は思う。エデンは、夫のミカエルに、土曜日にロンドンに発って、日曜日に帰って来ると話す。ミカエルは驚くが、最終的にそれをオーケーする。そして、娘の一人のために、バイオリンを買って来てくれと頼む。

 エフライムは映画館にいて、言葉の分からない、スウェーデン映画を見ていた。彼らこれまで、二重スパイを募り、彼らを使って活動をしていた。そして、エデンのケースは彼の唯一の失敗だった。ホテルに戻ったエフライムはペダーに電話をする。

「警察に話したか?」

という質問に対しペダーは最初否定するが、エフライムは本能的に警察が噛んでいることを知る。エフライムは、ニュースで、保母と少年が同じ武器で殺されたことを知って驚く。それは有りえないと思う。少年たちを殺した人間と、保母を殺した人間が、互いに関係のないことを、彼自身が一番よく知っていたからだ。

 

 警視は、妻と一緒に家の外に出る。立ち去ろうとする妻を、警視は呼び止める。

「誰がやったか分かっているのか?」

警視は尋ねる。妻は答える。

「悪いのは私よ。」

 

 土曜日にも関わらず、アレックスは署に出ていた。土曜日働いているのは彼だけではないらしく、鑑識より電話が架かる。少年たちのコンピューターを調べたところ、「ライオン」と名乗る人物は、三週間前から少年たちにコンタクトを取っていたという。また、向かいの建物から狙撃をした人物は、その跡から、身長百七十センチくらい、靴のサイズは三十六から三十八だという。アレックスは、狙撃者は女性かも知れないと考える。

土曜日ロンドンに発つはずのエデンだったが、ロンドン方面の天候が悪く、飛行機が飛ばなかった。彼女は午前中、夫と、子供たちを連れて、公園に橇遊びに出かける。遊んでいるとき、エデンはふと後ろを振り向く。そこにエフライムが立っていた。エフライムは、何も言わずに立ち去る。エデンは心の中で子供たちに向かって呟く。

「あの人は、あなたたちの父親なのよ。」

 ペダーは土曜日、朝食の後、コミュニティー・センターに向かう。彼は二つ確かめたいことがあったのだ。彼は守衛に、エフライムが現場に来たとき、何をしていたかを尋ねる。そして、エフライムが弾痕の位置を調べていたことを知る。弾痕は、かなり低い位置にあった。ペダーは、次にヨセフィーネが殺されたとき、周囲にいた人間の証言を読む。ヨセフィーネは、子供の靴の紐を結ぼうとして屈んだとき、後ろから撃たれていた。ヨセフィーネは五時までの勤務で、そのときたまたま玄関から外へ出たようだった。また、そのときは雪が降っており、視界は良くなかった。ペダーは、犯人がヨセフィーネを狙ったのではなく、別の子供を撃とうとして、誤って保母を撃ってしまったのではないかと考える。

 土曜日、フレドリカはスペンサーを残して外出する。スペンサーは熱があり、

「明日からのイスラエル行きは無理かもしれない。」

と言い始めていた。アレックスが車で待っていた。アレックスは、保母殺しの犯人は、女性の可能性があることを話す。つまり、犯人は二人別にいることになると。しかし、同じ武器、同じコミュニティーに属する被害者、二人だとしても無関係であることは有り得ないとふたりは考える。保母は本当にターゲットだったのかとふたりは考える。もし、犯人が子供を狙っていたとすれば、子供を対象にした連続殺人事件ということになる。また、紙袋に入った花束を届けたのは、英語を話す、若い女性だったという。その女性が、保母を撃った可能性も否定できなかった。

 ペダーは、事件の解決の鍵を掴んだような気がした。彼は、目撃者の父親に電話を架け、当時の詳しい様子を聞く。午後三時、最初の子供たちが帰るとき、保母のヨセフィーネは、一人の女の子が帽子を間違えたので、それを取り戻すために玄関から外に出たという。そして、その毛糸の手編みの赤い帽子を本来被っていたのは、ジーモンの妹のポリーだった。

 殺された少年たちの両親の家に向かっていたアレックスとフレドリカは、ペダーからの電話で行き先を変更し、カフェで彼と会うことにする。ペダーは、犯人がポリー・アイゼンベリを狙っていたと主張する。雪の降る寒い日、犯人はそれほど長い時間外で狙撃体制を取っていられない。犯人は三時にポリーが赤い帽子を被って外に出て来るのを知っていた。そして、赤い帽子の子供を狙って銃を発射した。しかし、直前に保母が屈んだため、保母に命中したのだと。ペダーはアイゼンベリ家の二人の子供を狙った殺人だと主張する。そうだとすると、ポリーの狙撃には失敗しており、犯人はまだ目的を達していない。アレックスとフレドリカは急いでアイゼンベリ家に向かう。

 エフライムは、わざとエデンの前に姿を見せたのだった。自分を尾行しても無駄なことを示すために。エフライムはエデンの娘たちの顔を見た。それは、自分の妹の幼いころにそっくりだった。エデンの娘たちが自分の子であることは間違えなかった。エフライムは一度だけ避妊しないでエデンとセックスをしたことがあった。そのとき、エデンは、既に妊娠していると言った。どうして、彼女は嘘をついたのか。エフライムは自分の息子ベンヤミンを殺された経験があった。誰も復讐の権利があると、彼は考える。

「アブラハムもジーモンも死ぬべきだった。」

しかし、彼には、誰が保母を撃ったかが分からなかった。何とか見つけ出さねばと彼は考える。ホテルに戻ると、伝言が届いているという。

「おまえの出来ないことを、私は完結させる。」

と書かれていた。

 アレックスとフレドリカはアイゼンベリ家を訪れる。

「どうして、ジーモンはチャットフォーラムで自分を『紙の少年』と名乗ったのか。」

という質問に対し、

「『紙の少年』は民話の登場人物だが、余りにも残酷な物語なので、主人公を良い人物に変えたバージョンを作り、ジーモンに語った。それで、ジーモンはその名前を選んだ。しかし、後でアブラハムが、本当の話をジーモンに伝えた。ジーモンは驚いたが、自分の名前を変えることができなかった。」

と父親は話す。アレックスは、紙袋を被せられたジーモンの写真を始めて両親に見せる。両親は動揺する。

「『紙の少年』の話では、犠牲者は裸足で、頭には紙袋が被せられると伝えられている。しかし、その話は一部のキブツだけで語られ、その話を知る者はイスラエル人でも少ない。」

と父親は言う。両親は「ライオン」という人物の存在を知っていた。スポーツをする少年をスカウトしていたという。

「エフライム・キールを知っているか。」

その質問に、両親は再び大きく動揺する。

「彼とは一緒に兵役に就いただけの仲だ。」

父親は答える。アレックスは家にポリーがいないのに気付く。尋ねると、ポリーは、有事たちの家族が遊びに連れて行っているという。そのとき電話が入る。友人から、ポリーが行方不明になったという知らせだった。

 土曜日の午後遅く、エデンはロンドンに向かって発つ。エデンは飛行機の中でロンドンでの出来事を回想する。彼女はミカエルとの子供を流産した。その後、学会でエフライムと知り合う。その後、一度だけ避妊しないでエフライムとセックスをした。妊娠に気付いたエデンは、ミカエルの下に戻り、娘たちがエフライムの子供であることは、誰もしらないはずであった。少なくとも今日の午前中までは。ロンドンに着いたエデンは、ジーモンの妹ポリーも行方不明になったという連絡を受け取る。

 アレックスは、アブラハムの両親を警察に呼ぶ。ポリーが姿を消してから、二時間経っていた。アレックスは、サウル・ゴルドマンに午前中のアリバイを尋ねる。彼は、独りで散歩していたと答える。彼は、自分に疑いが持たれていると知って怒り出す。

 フレドリカは夕方家で子供たちと一緒に居た。スペンサーは病気で、結局イスラエルに行かないことになった。明日、フレドリカだけがイスラエルに発つことになっていた。アレックスから電話が架かる。アレックスはフレドリカに会いたい旨を告げ、彼女は家に来てくれるように言う。アレックスは、ゴルドマン夫妻との話の内容をフレドリカに伝える。サウルとギデオンは同じキブツで育ち、サウルの妻のダフネは隣のキブツで育った。サウルもダフネも、息子が紙袋を被せられて死んでいる写真を見て、激しく動揺したという。しかし、両親は、何も知らないと言い張り、新しい情報を得られなかった。何故、二組の両親が、真実を語ろうとしないのかが、アレックスとフレドリカの疑問の中心になる。

 エデンは、ロンドン行きの飛行機に乗るために、空港にいた。彼女は、エフライムが自分に近づいてきた意図が理解できなかった。また、エフライムには保安警察の尾行者が付いているはずだが、公園に姿を現した時、尾行者はどこにいたのかと考える。上司のブスターから電話が架かる。エデンはこれからロンドンに行くところであることを告げる。ブスターは保安警察の尾行者が、昨日からエフライムを見失しなっていると話す。ブスターは、単独行動は取るなと、エデンのロンドン行きを思い留まらせようとする。しかしエデンは上司の言葉を無視する。エデンは、自分の家族の安全に不安を抱き始めていたのだった。

 エフライムは、フィンランド行きのフェリーに乗っていた。彼は、「紙の少年」に、それ以上の復讐を思い留まらせるつもりだった。彼は、犯行に使われた銃を海に捨てる。彼は翌日、飛行機でストックホルムに戻るつもりだった。

 

 警視は、妻の後を付けるように部下に命じる。しかし、間もなく、部下から、彼女を見失ったという連絡が入る。

 

 ペダーは日曜日にも関わらず、オフィスに出勤していた。ジーモンの妹ポリーが誘拐されたことは、コミュニティーのユダヤ人の間に知れ渡っていた。事件が特定の家族への復讐の様相を帯び、ユダヤ人社会を狙った無差別なものでないという考えが広まり、コミュニティーは安心感のようなものが広がっていた。しかし、彼には、罪のない子供たちをターゲットにすることが許せず、理解できなかった。彼は、同じく出勤していた事務長を訪れる。彼は、エフライムと連絡が取れているかと、事務長に尋ねる。事務長は、取れないという。警察が重要参考人としてエフライムを探していると言うと、事務長は怒りだす。

「彼が犯人あることは有り得ない。保母が殺されたときも、少年たちが連れ去られたときも、エフライムは私と一緒にいた。」

事務長はそう叫ぶ。事務長の部屋を出たペダーはアレックスに電話をする。

 家に戻ったアレックスがエデンに電話をしようとすると、ペダーからの電話が架かってくる。ペダーは、エフライムについてそれとなく事務長に聞いてみたが、エフライムは犯行当時、コミュニティーの建物の中にいたようだと伝える。その後、エデンが電話をしてくる。エデンは、エフライムを知らないと言ったのは嘘で、保安警察が独自にエフライムを追っていると伝える。しかし、保安警察の興味は殺人事件ではなく、別のところにあると彼女は言った。

 日曜日の午後、イェルサレムに到着したフレドリカは、イサク・ベン・ツヴィという刑事に空港でピックアップされる。空港でアレックスからの留守電を聞いたフレドリカは、エフライムにアリバイがあることを知る。イサクは、アレックスのからの依頼で、「ライオン」の使ったインターネットカフェを既に調査していた。彼女は、「紙の少年」の話を知っているかとイサクに尋ねるが、彼は知らなかった。彼女は、翌日、あるキブツを訪れたいとイサクに言う。

 エフライムはスウェーデンに戻った。彼は、事態をまだコントロール出来る自信があった。ストックホルムに戻ったエフライムは、裏口からホテルに入る。彼はフロントに行く。フロント係は彼を覚えていた。彼に伝言があった。そこには、

「私はあんたを絶対に許さない。」

と書かれていた。 

 ロンドンに着いたエデンはホテルに入り、そこから近い場所にある一軒の家の前に立つ。エデンは呼び鈴を押す。誰も出て来ない。エデンは再度ベルを押す。ようやくフレッドがドアを細く開ける。彼は明らかに腹を立てていた。

「あんたとは話したくない。帰ってくれ。」

とフレッドは言う。

「あんたは組織を裏切り、ミカエルも裏切った。」

「私は、ミカエルは裏切ったが、組織は裏切ってないわ。今、危険な立場にいるの。助けられるのはあなただけ。家族の命が危ないの。」

そう言って、エデンは強引に中に入る。

 アレックスは、もう一度、捜査の資料を読み直す。エフライムの他に、怪しい人物がいるとなると、それはアブラハムの父親のサウル・ゴルドマンだった。資料によると、少年たちが連れ去られたとき、サウルは、モナ・サムソンという女性と会議をしていたという。一時から五時まで。アレックスはその会議が余りにも長いのを疑わしく思う。彼は、モナ・サムソンと話そうと思う。彼は電話を架けるが留守電であった。彼は、サウルの証言にある場所に出かける。そこは、オフィスではなく、普通のアパートであった。アレックスは、モナのドアベルを鳴らすが彼女は出ない。アレックスは隣人に話を聞くことにする。隣人は、

「隣に住む女性を火曜日から見ていない。おそらく、故郷のイスラエルに戻ったのかも知れない。」

と言う。モナもまた、イスラエルに関係していた。彼は、フレドリカに電話をして、モナ・サムソンについての情報を取るように依頼する。

 ホテルに着いたフレドリカは、アレックスに続いて、イサクから電話を受け取る。「ライオン」がインターネットカフェで、使用者名簿に名前を書いていた。その名前が明らかになったという。

 エデンはフレッドと話していた。MI5に勤めるフレッドは、エフライム・キールがイスラエルの諜報機関のメンバーであることを既に知っていた。それどころか、パレスチナのテロ組織による、英国大使館爆破予告を食い止めるために、エフライムのチームと共同作戦をしたこともあるという。そして、その際、ヨルダン川西岸で起こったある事件について、フレッドは語る。エデンはその事件が、今回のスウェーデンでの殺人事件の原因であること知る・・・

 

<感想など>

 

野球で、

「打ちも打ったり、取りも取ったり。」

という表現があるが、この本は、

「書きも書いたり。読みも読んだり。」

読み終わった後、これほどの作品を書いた作者と共に、読み終えた自分にも拍手をしたくなった。読み応え十分、満腹感の得られる作品であるが、読むのに、多大な時間と、忍耐が必要な作品でもある。何時もながら、オルソンは、丁寧に筆を進めている。どの登場人物に十分なページを割いて、きめ細かい描写が行われている。その結果、この人の本は、机の上に立てても絶対に倒れない、本棚では辞書の次に厚い本になるのである。

 主人公は五人いる。五人が一章毎に語りを交代し、話を進める。

@     アレックス・レヒト(ストックホルム警察、集団犯罪課警視)

A     フレドリカ・ベルイマン(アレックスの部下、犯罪心理学者)

B     ペダー・ライド(アレックスとフレドリカの元同僚、不祥事で退職している)

C     エデン・ルンデル(スウェーデン警視庁、保安警察部、テロ担当課長)

D     エフライム・キール(イスラエル諜報機関、モサードのメンバー)

また、 本来のストーリーの間に、夫と子供を殺された「妻」と、彼女を気遣う「警視」が登場する。この「妻」と「警視」が誰であるのかも、読み進むうえでの興味となる。

 スウェーデンの、ユダヤ人コミュニティーで起こった、二件の殺人事件を追う展開。そして、それを追っているのは警察だけではない。二人の別の人物が、それを追っている。アレックスのチームが事件を担当するが、全ての物証が、磁石が北を指すように「イスラエル」を指している。その結果、フレドリカか、イスラエルに飛ぶことになる。フレドリカが、異国で、十分な働きが出来るかどうかも、読んでいる上の興味となる。

ともかく、ユダヤ人社会、イスラエルが、この物語の舞台となる。ヨーロッパのどこに住んでいても、ユダヤ人がいる。彼らは、本当に不思議な人たちである。この本の最後に、作者のクリスティーナ・オールソンが結構長い「あとがき」を書いている。彼女はユダヤ人の歴史と、イスラエルの建国に興味を持っており、一作目を出したときから、自分の五作目は「ダヴィデの星」というタイトルで、ユダヤ人、イスラエルを主題にすると決めていたという。それまで公務員として作家活動と二足の草鞋で働いて彼女が、最初に作家専業として書いた本がこれである。そして、この本を彼女は、イェルサレムのホテルで書き上げた。彼女は、「あとがき」の中で、それまでの公務員としての仕事をしながらの作家活動が、いかに大変なものだったかを明かしている。一度は体調を崩し、看病に来てくれた両親に、最大の賛辞を送っている。

ドイツ語のタイトル「紙の少年」は、この物語の登場する、イスラエルの民話の主人公である。夜外出する子供を連れ去って殺してしまうという恐ろしい少年。(自分も「少年」なのに何故か子供を狙う。)この「民話」、実はオルソンの創作であるという。彼女自身がが、「あとがき」の中でそれを明かしている。

読んでいて良く分からないことがふたつあった。ひとつは、エデン・ルンデルの現在と過去である。彼女は、結構理詰な判断をする、有能な女性として描かれ、保安警察の課長にまで出世している。しかし、二重スパイに危うくなりかけるという過去の行動は、いくら恋愛感情に流されたとは言え軽率で、異質な気がする。もうひとつは、アレックス・レヒトの能力である。彼はスウェーデンで一二を争う有能な刑事ということになっているが、今回もフレドリカとペダーに頼りきりで、自分では殆ど何も判断を下していない。彼の設定に、少し疑問を抱いてしまう。

 個人的には、物語の間口を余りに広げ過ぎて、それを最後に収束させるのに、作者がかなり苦労しているという印象を受ける。とにかく、話が人間関係的にも、地理的にも、どんどん拡大して行き、

「ここまで広げて、どうして決着をつけるの?」

と、読んでいる私がハラハラしてしまった。案の定、最後は少し消化不良の感じがある。しかし、最初にも書いたが、そんなことを超越する、エネルギーと、作者の情熱を感じさせる作品である。オルソンの作品に、決して「外れ」はない。

 

20207月)

 

<戻る>