シューベルトとエーゲ海

 

毎朝勉強していた、パパとママのベランダ。ママズペンションの陶器製のプレートが見える。

 

海と海岸の綺麗なことはこれまで何度も述べた。その上、花も綺麗な島だった。ガダルカナル島やマデイラ島で見た、派手な熱帯の花ではない、アザミとか、ポピーとか、乾燥した土地の岩の間に何気なく咲く花が愛らしかった。僕は何十枚もの花の写真を撮った。

 僕はたいてい休暇にもラップトップのコンピューターを持って行くのだが、今回はそれをしなかった。自分で言うのも何だが、パソコン中毒の僕にはなかなか思い切った決断だ。一週間、パソコンなし、ピアノなし。

「普段の生活からは考えられない。」

と妻は言う。

「だって、あなたは家ではいつもパソコンの前か、ピアノの前に座っているんだもん。」

まあ、その分、色々なことが出来たし、たまには良かったかな。

 先ず、ギリシア語の勉強はよく進んだ。運転しながらラジオを聴いていても、単語はだいぶ分かるようになってきた。しかし、その単語がつながり文になると、まださっぱり理解できない。山の陰に入って、カーラジオの入りが悪くなると、CDをかけた。唯一持ってきたCDが「クラシック音楽名曲選」。エーゲ海の島の乾いた道を運転しながら、シューベルトの「鱒」を聴くのも、なかなか良い取り合わせだ。

 一時になったので、ターミナルビルに入り、搭乗口に進む。売店で缶ビールと水を買う。

「ミア・ビラ・パラカロー」(ビールをひとつお願いします。)

はギリシア語で言えたが、「水」という言葉がギリシア語で思い浮かばない。仕方なく英語で言ったら、売店のお姉さんは、

「水は『ネロ』(νερο)だから覚えておいてね。」

と言った。(「ヴェボ」と読んでしまいそうだが、これを「ネロ」と発音する。)

「は〜い」

 暇なので、待合室にいる乗客を数える。全部で九十七人。来るときと同じ飛行機だとしたら、百六十人乗りの「エアバス三二〇」なので、座席にはかなり余裕がありそう。

 二時十五分、飛行機は出発。眼下にミコノスタウンが見える。ミコノス島が視界から消えると同時に、僕は眠り込んだ。

 一時間後、僕は目を覚まし、本を取るために立ち上がる。前の席は若いお兄ちゃん三人組。ラップトップで、ミコノス島で撮った写真を見ていた。そこには夕日の写真が沢山あった。確かに、何枚も撮りたくなるような、綺麗な夕日の見える島だった。

 これで、昨年から、今年にかけて、クレタ島、サントリーニ島、ミコノス島と、エーゲ海の島を三つ「制覇」した。

「できれば、今年、もうひとつ、ロドス島辺りに行ってみたいねえ。」

と妻と話す。帰りの飛行機の中で妻は「ギリシアの島々」という旅行案内書を見て、もう次の旅行の計画を立てている。

 

飛行機の窓からミコノス島がだんだん遠ざかっていく。

 

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