傷だらけのレンタカー

 

買ってきた魚を三枚に下ろす。毎日やって、かなり上達した。

 

昨夜九時過ぎ、クリスティーナとアイルランド人夫婦は、「伯父さんのタヴェルナ」に夕食に行き、妻と僕は皆に「カリニヒタ」(おやすみ)を言って部屋に戻った。ミコノスタウンまで片道二キロ半を二往復、最低でも十キロは歩いたふたりは、疲れて十時には眠ってしまった。

五月十五日、六時前に起きる。もちろんマユミはまだ眠っている。昨日までなら、ベランダに出てギリシア語の勉強ができたのだが、道路に面した新しい部屋にはベランダがない。それで、昨晩皆で過ごした、「パパとママ」の部屋の前にあるベランダへ行き、そこで勉強をすることにした。外に出ると、道路が濡れている。夜の間に雨が降ったのだ。これは珍しい。ミコノス島に来て初めて、雲の多い風の強い朝。ベランダにある昨夜と同じテーブルで勉強していると、「ママ」が朝の散歩から帰ってきた。

「カリメラ!」(おはよう)

 一時間ほど勉強して、部屋に戻り、昨日刺身を作った残りのクロダイとナスで味噌汁を作る。それと、これも昨夜残ったご飯で作った握り飯で朝食。新鮮な魚のアラで取ったスープは、本当に美味しい。生臭みが全然ない。

 八時にマユミが起きて来る。朝食はまだ要らないというので、十五分後にはミコノスタウンに向かって歩き出す。目的は今日も魚市場、そしてレンタカー屋。昨日、魚市場に小ぶりのカツオがあるのが見えた。今日はそれを買って、カツオのタタキを食べようという魂胆。カツオの料理は、ガダルカナル島で一度経験している。カツオは美味しいのだが、「血の気の多い」魚で、料理をすると台所が殺人現場のように血だらけになる。海岸に沿って歩くが、空には雲が多く、海には白い波頭が立っている。

 残念ながら、魚市場にはカツオがなくて、オコゼに似た綺麗な赤い色の魚を買う。二十五ユーロ。安くないが、昨日のクロダイよりは身が厚く、刺身が沢山取れそう。

 その後、レンタカー屋へ。一番小さい米国製の車を一日三十五ユーロで借りる。レンタカーを借りる際は、通常、客と店の人間が一緒に車をチェックし、傷があれば用紙に記入し、その用紙に双方が確認のサインをする。ところが、その店のお姉ちゃんは、傷があるのに全然何も書かない。

「ここに傷があるけど。」

「もう傷だらけだからいいの。」

お姉さんは言った。良く見ると、バンパーも前後左右、きっちり全部へこんでいた。ともかくその黄緑色の小さな車を運転して、ペンションに戻る。

僕:「何か雑巾みたいな車やね。」

妻:「そして、そのココロは。」

僕:「シボレー。」

座布団はもらえなかった。

 

崖っぷち駐車場に停まっている、レンタカーのシボレー。

 

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