大阪のおばちゃん達

 

白い壁に赤い花の映えるミコノスタウンの迷路のような道。

 

僕:「当時あった神殿では、女の人も沢山働いていたらしいよ。」

妻:「あら、そうなの?」

僕:「何せ、『巫女の巣』って言うくらいやから。」

妻が呆れた顔で僕を見ている。

 船は十時に出発した。五百人くらい乗れる結構大きな船だ。二階のデッキに腰を下ろす。

船というのは面白いもので、落語の「三十石夢通路」(さんじっこくはゆめのかよいじ)、浪曲の「石松代参」を待つまでもなく、一緒に乗っている人と何となく言葉を交わしてしまうという、独特の雰囲気がある。僕達夫婦も、隣に座っていたラスベガスから来たアメリカ人の姉妹と、スイスとオランダに住んでいるという姉妹と話をしていた。

 僕達が座っているところは日陰だった。その日陰を求めて、ふたりの日本人の中年女性が僕達の前にやって来た。彼女達の会話を聞くと、明らかに大阪弁。それもコテコテの。

「大阪から来はったんですか?」

と僕が聞くと、ひとりは素直にそうだと言ったが、もうひとりの年上のおばちゃんは、

「アイ・アム・フロム・フランス。」

と言った。

「そうですか。最近はフランスの方も大阪弁喋らはるんですねえ。」

関西人として、ボケられると、ツッコミたくなる。

 彼女達は、ツアー旅行で、アテネから来たという。

「アテネの様子はどうでした?」

と僕が聞く。ギリシアは今、財政危機の真最中。政府が発表した、緊縮財政案に対して労働者が反発、一部のデモ隊が暴徒化して、数日前には死者も出たという報道だった。ギリシアの財政危機はとりもなおさず欧州貨幣「ユーロ」の危機。おかげで僕達は今回英国ポンドから、結構有利なレートでユーロに換金できたのだが。

「デモも何にも見ませんでした。お陰で、道がいつもより空いていて、スイスイと回れてよかったですわ。」

とのこと。テレビというものは、いつも極端なシーンばかりを報道するものなのだ。

 僕達がもう二十五年間日本を離れていると言うと、彼女達は「最近の日本語」について、僕達に質問を始めた。

「『草食系男子』って知ったはります?」

「『チョベリバ』って分かります?」

マユミがそれに対して、

「何ですか〜、それ?」

と大袈裟な反応を示すものだから、向こうも調子に乗って色々と尋ねてくる。いやはや、「大阪のおばちゃん」はどこへ行っても意気軒昂、如何なくその存在感を発揮しはります。

 

デロスへ向かう船上。青と白のギリシアの旗が背景と同じ色を示している。

 

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