甘いトマトの記憶

 

球形の花をつけるアザミ。乾燥地帯に生える植物は、皆葉に棘があるようだ。

 

五時ごろに目が覚める。まだ暗い。バルコニーに出てみると、人工衛星が空を横切るのが見えた。

今日はデロス島に行くことに決めていた。僕はデロス島の名前を、世界史の授業で習った「デロス同盟」故に知っていた。「それまで、アテネやスパルタなど、ばらばらだったギリシアの都市国家(ポリス)が、アケメネス朝ペルシアの脅威に対抗するために、紀元前四八七年に結んだ軍事同盟」がデロス同盟。観光案内書によると、アポロンの神殿があったデロス島は、その後も商業の中心地として栄え、今でも数多くの遺跡があり、島自体が世界遺産に指定されているとのこと。

マユミはまだ眠っている。枕の下に毛布を入れている。彼女は「枕を高くしないと、枕を高くして眠れない」性分のようだ。六時ごろに部屋の外に出てみる。「パパとママ」の部屋の前を通ると、扉が開いており、「パパ」が何かをしているのが見えた。お互い年寄りは早起きなのだ。

「コモンルーム」(共有の居間)の電子レンジで、持ってきたインスタントラーメンを作って食べる。その後、そこでギリシア語の勉強をしていると、昨日の猫が入ってきて膝の上に乗った。柔らかくて暖かいものと一緒にいる気分は悪くない。猫も気持ちが良いのか、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

八時にマユミが起きてきた。八時四十五分に宿を出る。近くの店で、パン、トマト、チーズ、サラミを買う。その店のお姉さんと少し話をする。(それ以降、妻とそのお姉さんは仲良しになった。)食料をリュックサックに詰めてミコノスタウンに向かって歩き出す。昨日と同じ道を歩き、ミコノスタウンのオールドポートへ。そこでデロス島往復の切符を買う。一人十五ユーロ。船の出発は午前十時、片道四十五分の船旅だ。

船を待つ間に、朝食の第二弾として、買ったばかりのトマトを食べる。直径十センチ近くある大きなトマト、食べてみるととても甘い。僕は子供の頃、つまり昭和三十年代にタイムスリップしていた。

僕が子供の頃、夏のおやつといえばトマトだったのだ。僕はガリガリで、真っ黒に日焼けし、ランニングシャツと半ズボン、ゴム草履で、近所の子供達と一緒に走り回っていた。朝、上賀茂の農家のおばさんが、その日に取れた野菜をリヤカーに乗せて売りに来た。

「ナスいりまへんか〜、トマトいりまへんか〜」

という売り声と共に。おばさんは姉さんかぶりに紺の着物、それを端折って、草鞋を履いて・・・つまり、時代祭りの「大原女」(おおはらめ)のような、本格的な格好をしていたのを覚えている。母がトマトを買って、冷蔵庫に冷やしておいてくれる。それが僕の三時のおやつ。自分の顔ぐらいある大きなトマトを、甘いのにさらに砂糖をかけ、顔中を汁でベタベタにしながら食べていたのを覚えている。ミコノス島の甘いトマトが、僕のそんな記憶を呼び覚ます。

 

観光案内書を読みながら船の出発を待つマユミ。

 

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