ミュージカルのリアリティー

 

サイゴン陥落と米軍の撤退が目前に迫った日、米軍兵士のクリスはキムと恋に陥る。

 

例えば、誰かと話をしていて、相手の人が突然話の途中に大声で歌いだしたらどうなるだろう。おそらくびっくりするだろう。

「あの人、前からおかしかったけど、とうとう本当に狂っちゃった・・・」

また、道を歩いている僕が突然歌い出したら・・・

「いやだ、変質者だわ。あなたたち、あの変なおじさんの傍に寄っちゃだめよ。」

と思われるのがオチであろう。ところが、それがミュージカルの世界なのである。

また、狭い舞台の上で、色々な場所を再現しようとするのであるから、ここにも大きな無理がある。十メートル四方ほどの舞台の上に、サイゴンの雑踏、アフリカの草原、エーゲ海の島等を再現しなくてはならないのだ。昔、ウィーンのフォルクス・オーパーで、プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」を見た。その二幕目がパリのクリスマス前の雑踏の場面なのだが、舞台に上に見事にパリの街の「雑踏」が作ってあって、観客から驚きのざわめきと拍手が起こったのを覚えている。舞台装置だけで感動させるのであるから、これはすごい。

ともかく、不自然さは承知の上、それを演出、装置、俳優の力量で、感じさせない、あるいは忘れさせるというのが、「ミュージカルの妙味」であり、それに成功しているのが「究極のミュージカル」と言えるのかも知れない。

娘たちとボーイフレンドが七時半の直前に現れる。いよいよ開演である。幕が上がる。舞台はベトナムの当時のサイゴン(現在はホーチミン・シティー)。時代はベトナム戦争の末期一九七五年という設定である。場所は、サイゴンの良く言えば「ナイトクラブ」、悪く言うと「売春バー」。田舎から出てきた十七歳のキムが、働き始めた初日であった。客の殆どがアメリカ兵。相手をするベトナム人の女性は、キムを除けば皆、かなり過激なビキニ姿である。驚いたのは、女性が足を開いて男性がそこに割り込んだり、アメリカ兵が女性をバックから攻めたり、売春行為、つまりセックスがそのまま振り付けに使われていることであった。

「なるほど、何故このミュージカルは『十二歳以下禁止』か、分かったぞ。」

と、僕はつぶやく。このミュージカルに登場する女性は、ほぼ全員が「春を売る」お仕事。実際、年齢制限のあるミュージカルというのは珍しいので、僕は不思議に思っていたのだ。同時に、ブロードウェーでの公演の際、何故アジア系の女優からボイコットを食らったのかも分かった。

「女性をセックスの対象としか描いていない。」

そう言えなくもない。ところで、このミュージカル、日本でも演じられているはず。このままの演出と振り付けで行われたのであろうか。

主人公のキムを演じるのがエヴァ・ノブレンザダという米国の女優さんである。「ノブレンザダ」という苗字、一回聞いただけで発音できた方は偉い。私は十回くらい繰り返したが、まだ正しく言えない。ベトナム人の役をするのであるから、アジア系で黒髪、小柄な女性。十八歳のときに、高校生であった彼女は、二〇一四年から始まる「ミス・サイゴン」ロンドン公演の主役に抜擢された。美人ではないが、その初々しさが田舎から出てきた娘という役柄にピッタリ。声もキンキンしていない、丸味のある可愛い声である。このミュージカルの成功の半分以上は、彼女を主役に選んだところにあると僕は思った。それほどの当たり役なのだ。

 

主人公たちより出演時間の多かったエンジニア。したたかに生きる男。

 

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