「白い死」

原題:Du gamla, du fria(歳を取り自由になる)

ドイツ語題:Weisser Tod

2011

 

 

<はじめに>

 

スウェーデン、女性ミステリー作家の大御所、リザ・マークルンドの、「アニカ・ベングツソン」シリーズの円熟期の一作。アフリカにおける、ヨーロッパ人の身代金目当ての誘拐事件が取り扱われている。

 

<ストーリー>

 

EUの代表団の一員として、ケニアを訪れているトーマス・サミュエルソン。会議の終わった後、六人の代表団のメンバーと一緒に、ケニア、ソマリア国境の視察に出かける。彼らの乗った二台の車が、武装集団に襲われ、通訳や運転手は射殺される。代表団の七人は、トラックに乗せられ、運ばれた先で、小屋に閉じ込められる。スウェーデン、フランス、スペイン、ルーマニア、英国、デンマーク、ドイツから各一人の代表団のメンバーは、手足を縛られ、自らの排泄物にまみれて小屋で過ごすことになる。

 

第一日目、十一月二十三日、水曜日

スウェーデンの夕刊紙、「アーベントブラット」の記者、アニカ・ベンクツソンは、子供たちを学校へ送って行く。その時、学校の前で、女性が倒れているのを見る。女性は背中を刺されていた。警察官が駆け付ける前に、アニカは現場の写真を撮り、編集部に送る。ストックホルムでは、女性が刺されて死ぬという事件が、最近頻発していた。アニカは、同一犯人による連続殺人事件ではないかと思い始める。

出社したアニカは、今年ストックホルムで起こった、屋外での女性殺人事件を調べ、その共通点を発見しようとする。そのとき、彼女は編集長のシューマンに呼ばれる。彼女がシューマンのオフィスに入って行くと、三人のスーツを着た男たちが待っていた。アニカは、その中の一人が、夫トーマスの上司である、ジミー・ハレニウス法務省政務次官であることを知っていた。

「トーマスを含む代表団の一行がアフリカで誘拐された。」

と、ハレニウスは伝える。ヨーロッパの七つの国からなる代表団が、ナイロビでの会議を終え移動中に、武装集団に襲われ、トラックに乗せられ連れ去られたということであった。運転手、通訳は撃たれたが、一人だけ命を取り留めた者がいて、事情聴取に応じているという。

「行かないでと言ったのに、どうしてもと言って、行ってしまった、あんたが悪いのよ。」

とアニカはつぶやく。ハレニウスは、誘拐事件については、まだ誰にも話してはいけないと、アニアカに釘を指す。

トラックは、見知らぬ場所に移動し、人質は別の小屋に入れられる。トーマスは、小屋の中で、渇きと空腹、悪臭に悩んでいた。彼の傍に、英国人の女性、キャサリンが寄り添っていた。フランス人の男が、自分たちの待遇に対して、激しく抗議をし始める。

ヨーロッパ中の目が、この代表団の誘拐事件に注がれることは間違えなかった。シューマンは、この事件を利用し、自分の新聞の発行部数を飛躍的に伸ばせるのではないかと考える。

アニカは、誰かと話したくなって、友人のアンネに電話をする。トーマスがアフリカで誘拐されたと彼女が話すと、アンネは、

「父親を亡くした子供たちが可哀そう。」

と言う。アニカは、トーマスの死を確信したようなアンネの物言いに反発を覚える。アニカは携帯の電源を切り、固定電話の線を引き抜く。

 

第二日目、十一月二十一日、木曜日

アニカは子供たちを学校に送った後、出社する。子供たちは、トーマスの希望で、米国から帰った後、アメリカンスクールに通っていた。出社したアニカは、最近刺殺された四人の女性たちの間の共通点を見つけようとする。彼女は、女性たちが、家庭内暴力の犠牲者として、夫を告発していたことを発見する。そして、その時から二年が過ぎていた。家庭内暴力事件の時効は二年であった。

シューマンから電話が架かる。ハレニウスが、誘拐事件に関する政府としての見解を明らかにしたいと言っているという。シューマンとアニカは法務省に向かう。アニカがトーマスの職場を見るのは初めてであった。ハレニウスが二人を迎える。ハレニウスは、代表団の誘拐に関して、それまでの調査で判明したことを伝える。代表団は欧州各国からの七人で構成されていた。彼等はナイロビから空路ソマリアとの国境リボイの空港に入り、そこを出発した直後、武装集団に襲われた。周到に準備した上での犯行だと思われた。生き残った運転手の証言から、襲撃当時のことは分かったが、その後、どこへ連れ去られたかについては情報がない。ハレニウスは、もし、身代金目当ての犯行なら、今日、明日中に犯人からのコンタクトがあるだろうと言う。アニカは、代表団の中の、英国人の若い女性の写真に目を留める。アニカは、トーマスが、その女性と一緒に過ごすために、アフリカの会議に応募したのではないかと疑う。

トーマスたちは、手足を縛られたまま、窓のない小屋に閉じ込められていた。時々、粗末な食事と水が与えられた。フランス人の男が、見張りの人間に、ずっと文句を言っている。ターバンをした若い男が現れる。その男は、自分を首領のキンゴジ・ウジュムラと名乗る。彼は、文句を言い続けるフランス人を小屋から連れ出す。小屋に残されたメンバーは、フランス人が殺される物音を聞く。

仕事から家に戻ったアニカに、ハレニウスから電話があった。

「何が起こったの?」

と尋ねるアニカに、ハレニウスは、

「犯人からの犯行声明があった。電話で話せる内容ではない。これからそちらに向かう。」

と言う。犯人の犯行声明は、ルワンダなど東アフリカで使われているバンツー語で話されていた。

「アフリカからの難民の、ヨーロッパへの自由な渡航を求める。」

という政治的な要求の他に、一人当たり四千万ドルの身代金を要求していた。アニカは、スウェーデン政府が身代金保険に入っていることを期待するが、ハレニウスは、スウェーデン政府は保険には加入していないという。

ハレニウスが到着する。子供たちも家に戻る。ハレニウスの勧めで、アニカは子供たちに、父親がアフリカで捕らえられたことを話す。ハレニウスは犯行声明のビデオをアニカに見せる。その組織は自らを「フィク・ジハード」と名乗っていたが、その名前は、これまで知られていなかった。彼等は、アフリカからの移民、亡命者のために、EUの国境を開くことを要求していた。また、スペイン人の人質の家に、犯人からの電話があったことをハレニウスは伝える。彼は、アニカの寝室を、犯人からの電話を受ける場所とし、自分が交渉役を引き受けるという。アニカは、買い物や、食事の世話、機械の充電など、兵站を引き受けることになる。

世界中のマスコミが誘拐事件を報道し始める。ハレニウスとアニカは、犯人からの電話を待つ。遂に電話が架かり、ハレニウスが電話に出る。それは、

「四千万ドルを準備し、明日ナイロビで引き渡せ。」

と言うものであった。

「この家族はごく普通の家族だ。そんな大金は用意できない。」

とハレニウスは答える。電話の後、ハレニウスはアニカに、

「とにかく、警察は当てにならない。出来るだけの金をかき集め、自分たちで届けるしかない。」

という意見を述べる。夜、ハレニウスは家に戻る。

 

第三日目、十一月二十二日、金曜日

アンデルシュ・シューマンは早朝、自分の編集した前日の新聞を見ていた。

「ナイロビでスウェーデン人が誘拐される。家族の父親、トーマスが連れ去れる」

という、見出してあった。彼は、その内容に満足していた。彼は、この調子でいけば、新聞の発行部数を、飛躍的に伸ばせると考えていた。

早朝から、ひっきりなしにアニカの携帯が鳴った。夫、トーマスの誘拐が明らかになり、テレビ局や新聞社が、彼女にインタビューを依頼してきていたのだった。ハレニウスがやって来る。彼は、アニカに親、親戚、友人に、金を借りられる見込みがあるかと尋ねる。アニカは無理だと答える。ハレニウスは、おそらく金を持って、アフリカに飛ぶ必要があると予想する。また、誘拐が行われたリボイの近くに、大規模な米軍基地があることを話す。

編集長のシューマンと、部下のベリットがアニカの家に現れる。ベリットが子供たちを公園に連れて行っている間に、シューマンが話をする。彼は、アニカに、彼女が独占的に自分の新聞にルポを書くことを条件に、新聞社が身代金を払うことを提案する。アニカはそれを拒否する。

ハレニウスが東アジアの武装集団と、その手口についての情報を二人に伝える。東アフリカの武装組織は、よく装備された一種の職業集団で、周到な準備と計画を基に誘拐を実行しているという。大抵は首領を中心に数人のグループで構成されており、仕事を片付けていくように作業していくという。ベリットが子供を連れて戻り、シューマンとベリットは社に戻る。シューマンは夕刊の締め切り時間を前に、何とかアニカに協力させる方法はないものかと考える。

昼、アニカは銀行に寄って、借金の可能性を尋ねる。何も担保物件のないアニカは、僅かな金しか借りられないことを知る。

 夕方、アニカが買い物をして戻ると、ハレニウスが、

「フランス人の人質の死体が見つかった。」

と伝える。ソマリアの首都、モガディシュの旧フランス大使館の前に、死体が捨てられていたという。そして、その死体には頭部がなかった。アニカは、火事の保険金があることを思い出す。約百万ドルであった。ハレニウスはその金額で交渉してみるという。

トーマスは小屋にいた。フランス人、ルーマニア人に続いて、スペイン人が連れて行かれた。

真夜中少し前に、アニカの家の電話が鳴る。ハレニウスが取り、誰かと話している。会話はほぼ三十分続いた。それは誘拐犯の首領からの電話であった。誘拐犯は、正しい英語で話し、再度、四千万ドルの身代金を、翌日ナイロビで渡すように要求してきたが、ハレニウスは、トーマスとアニカはごく普通の家庭で、そんな大金は用意できないと伝える。最後に犯人は、

「トーマスとアニカが最初に出会ったとき、彼女はどこに住んでいたか?」

と質問する。

 

第四日目、十一月二十六日、土曜日

トーマスはひどい悪臭で目が覚める、彼は、監視の男にメモを見せられる。そこには、

「はじめてアニカと出会ったとき、彼女はどこに住んでいたのか。」

と書かれていた。彼は手の縛りを外され、鉛筆と紙を渡される。震える手で、トーマスは住所を書く。彼は、誘拐犯がアニカの名前を知っていることから、彼女に連絡がついていることを知る。彼に新たな希望が湧いてくる。

朝、ハレニウスがやって来る。人質の「生存の証拠」が届いたという。それは、スペイン人とルーマニア人の写ったビデオであった。

「誘拐犯の主な武器は『暴力』と『時間』だ。彼等はそれをバランスよく使って、交渉を有利に進めるのだ。」

と、ハレニウスはアニカに説明する、

「人質のフランス人が殺されたことは、今日中にマスコミに流れるだろう。そうなると、もっと大騒ぎになる。」

アニカは新聞社へ出かける。彼女はシューマンに、

「もし自分が独占記事を書いたら、幾ら払うか。」

とシューマンに尋ねる。シューマンは、三百万クローネという金額を提示する。アニカはその金額に同意し、自分で記事を書き、ビデオで撮ったルポを送ることにする。彼女は、ビデオカメラを借りて帰る。アニカはハレニウスに、更に三百万クローネが身代金として払えることを告げる。

トーマスは、武装集団の首領に呼び出される。

「お前は、『イミー、アレニウス』を知っているか?」

と首領の男は尋ねる。

「イミー、アレニウス?知っている。ジミー・ハレニウス。俺のボスだ。政務次官だ。」

とトーマスは答える。

「お前は金持ちか?」

男は更に聞く。

「そうだ、おれは金持ちだ!」

とトーマスは答える。

午後、アニカは眠ってしまう。目を覚ますと夕方。ハレニウスが、フランス人の死をマスコミが報道を始めたことを話す。更に、武装集団の首領の、二つ目のビデオが送られてきていた、

「我々の要求に対するEU諸国の無視を、これ以上容認することはできない。」

と男は述べていた。アニカは、その男の言葉に、非常に教育程度が高いことを感じる。アニカは手記を書き始める。また自分の語るビデオを撮り始める。アニカの家に外には、マスコミが集まっていた。

トーマスに初めてまともな食事が与えられる。自分への対応が変わったことで、彼は、釈放が近いことを期待する。

アニカの家に夜、姉のブリギッタと、彼女のボーイフレンドが訪れる。ふたりは、コンサートで遅くなったので、泊めてくれという。

「今日はダメ、直ぐに出て行って。」

とアニカが叫び始めると、ハレニウスが現れ、

「警察だ。この家は犯罪の現場になっているので、直ぐに出て行ってください。」

とふたりを平穏に外へ出す。アニカはハレニウスに感謝する。

 

第五日目、十一月二十七日、日曜日

トーマスは、自分の待遇が変わったことの裏で、おそらくアニカが色々と働いているのだと信じ、彼女に感謝をする。そのとき、小屋の外でキャサリンの叫び声がする。

「お願い、やめて!」

トーマスは、見張りの男によって外に出される。

朝、やって来たハレニウスに、アニカは自分のビデオを撮ってくれるように頼む。

「三百万クローネのためよ。」

彼女は言う。

犯人から、トーマスの写った映像が送られてくる。彼は、汚れ、憔悴していたが、外傷はないようだった。

「ヨーロッパ各国の政府に対して、彼ら、フィク・ジハードの要求を受け入れことが切に望む。また、身代金の準備も迅速に行って欲しい。アラーは偉大だ。」

トーマスは、何かメモを読んでいるようであった。

英国の情報機関が、ビデオに写っていた首領と思われる人物の素性を洗い出すことに成功する。彼は、グレゴワール・マクザというルワンダ出身の男であった。彼は、大虐殺の際、ツチ族であり、家族の大半が殺された中で、生き残り、ケニアの大学で、生化学の勉強をしていた。ルワンダの大虐殺の際、キリスト教会が加担していたことが明らかになり、マクザは、キリスト教世界を憎んでいた。そのとき、また、別の知らせが届く。代表団の一人、イギリス人の女性が、死体で発見されたということであった。

 

第六日目、十一月二十八日、月曜日

アニカは子供たちを学校へ送って行く。

「お父さんについて聞かれても、何も喋っちゃだめよ。」

とアニカは子供たちに念を押す。アニカは家に帰る。

「奴らは、身代金の減額に応じた。これは大きな突破口だ。」

とハレニウスが言う。彼はナイロビの口座に、金を送金する必要があると言う。また、声の分析から、ハレニウスが電話で話した男は、ビデオの男と一緒であることが証明された。

「銀行に行ってくる。」

アニカは再び家を出る。銀行で、彼女は、

「ナイロビに金を送りたいのだが。」

と切り出す。銀行員は、ケニア側にある銀行の口座番号が必要だと言う。アニカは、

「現金、ドル紙幣で持って行くことはできるの?」

と尋ねる。銀行員は、百万ドルの紙幣は、重量が五十キロ以上になること。また、大量の現金を国外に持ち出すときは、EUの税関に申告し、その理由を明らかにしなければならないという。アニカは、ハレニウスと相談するために一度家に帰る。アニカは、ハレニウスに、ナイロビに金を送るには、現地に住む誰かの口座に、金を振り込むしかないと伝える。ハレニウスは、ナイロビに、フリーダ・アロコダーレという名前の、国連に勤めるナイジェリア人の友人がいるという。アニカは、懐疑的だが、ハレニウスは、

「フリーダは信用の置ける人物だ。」

と断言する。

 ハレニウスは前回、犯人と電話で話した内容の記録をアニカに見せる。彼は、犯人に、火災保険からの金があることを話したが、それ以外の金を工面するのは難しいと話していた。犯人は、満額が払えない場合、夫を殺すのはたやすいと脅す。しかし、ハレニウスは引き下がらず、一銭も取れないのと、百万ドルを取るとのどちらが良いかと、逆に犯人に圧力をかける。犯人は、

「考えておく。また電話をする。」

と言って電話を切っていた。

アニカが社から戻ると、ハレニウスの目の色が変わっている。

「どうしたの?」

アニカが尋ねる。

「人質のスペイン人が解放された。」

ハレニウスは答える。

スペイン人の証言が報道される。彼は、監禁されていた様子を語っていた。彼は、イギリス人の女性、キャサリンが殺される前、強姦されていたことを伝える。男性の人質たちも、脅されて強姦に参加したという。

「やらなければ、手首を切り落とす。」

と人質たちは言われたという。

 

第七日十一月二十九日、火曜日

 マスコミは、誘拐の犠牲者に対して行われた残酷な仕打ちを大きく取り上げていた。トーマスが強姦に加わったと報じられたことにより、アニカへの周囲からの同情は、波のように引いた。

ハレニウスが、遂に、犯人側と、身代金百万ドルで合意した。金の工面と、送金の目途も立った。アニカには、金を払いに、ケニアに行くことを覚悟した。しかし、彼女には、もう一つ問題があった。自分がケニアにいる間、誰が子供たちの面倒を見るかということであった。母からも、義母からも、友人たちにも断られたアニカは、最後の頼みとして、ソフィアに電話をする。トーマスのかつての恋人であった。ソフィアは快くそれを引き受ける。

 

第八日十一月三十日、水曜日

ハレニウスが犯人に「生きている証拠」を要求する。それに対して送られてきたのは、切り取られた片手であった。ハレニウスとアニカは遂に、パリ経由でナイロビ行きの飛行機に乗る・・・

 

<感想など>

 

この物語、アニカの夫トーマスの、東アフリカでの誘拐事件と、ストックホルム近郊で起こった女性の連続殺人事件を扱っている。しかし、上記のストーリー紹介では、スウェーデン国内の連続殺人については、敢えて触れなかった。余りも説明が複雑になりすぎ、読んでいる方が、ストーリーを追えないことを心配してのことだ。アフリカでの誘拐、犯人との息詰まる交渉、支払いのためのアフリカへの旅、それだけで十分のような気がする。逆に、作者が、敢えてもうひとつのストーリーラインを混ぜる必要があったのかと、疑問に思った。

アニカはトーマスの上司、ジミー・ハレニウスの協力を得て、犯人と交渉し、夫を解放するためアフリカに向かう。

「しかし、ちょっと待てよ。」

私は考えた。夫のトーマスは、法務省に勤める国家公務員である。しかも、仕事としてナイロビで行われた国際会議に出て、誘拐されたのだ。いくらスウェーデン政府が、「テロリストとは取引をしない」という方針を持っているとはいえ、被害者の家族であるアニカに対して、政府や警察の援護、援助が、全くと言っていいほどないのは、不自然な気がした。

 ハレニウスは、ソマリアなど、東アフリカの国では、「身代金目的の誘拐」を「職業」としている者が多数いるという。彼等は、仕事のルーチンをこなすように、誘拐を準備、実行して、安全な方法で金を受け取っていう。今回の犯人のやり方も、そう言った意味では「見事」という他はない。最初に人質がひとり殺される。これも、残りの人質と、彼らの家族に対して恐怖感を植え付ける、ひとつの予定された行動なのである。身代金の受け取りに際しても、何度も場所を変え、もし警察や軍隊が背後にいても、足の付かない実に周到な方法を取る。それは、テキパキとしていて、手際が良く、一種事務的でもある。

トーマスの女性関係が常に背景にある。アニカは、彼の女性関係が原因で、一度は離婚を決意しているが、トーマスが女性を捨て、子供と自分の下に帰ると言ったのを受け入れて、結婚生活を続けている。しかし、彼女のどこかに、常に夫の行動に対する疑惑が残っている。今回も、都会派のトーマスが、どうしてアフリカ行きに手を挙げたのか、アニカは理解できなかった。しかし、代表団の中にいる英国人の女性、キャサリンの顔を見たとき、本能的にトーマスの意図に気付く。夫の不倫に気付きながらも、アニカはトーマスの命を助けるために、全てを投げ打たなければならない。そんな「運命のいたずら」がよく設定されている。また、アニカの微妙な心理も丁寧に描かれている。

リザ・マークルンドが、女性作家としてベストセラーを連発、「大御所」と見なさるようになってから、書かれた作品である。「横綱相撲」が要求される立場で、良くかけている。一種の「貫禄」を感じる作品である。

 

20209月)

 

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