「守秘義務」

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Schweigeoflicht (守秘義務)

2015年)

 

 

<はじめに>

 

二〇一五年に発表された、新シリーズの第一作目。新米弁護士エメリー・ヤンソン、元セルビア・マフィアで元犯罪者のテディー・マクスミッチが活躍する。ラピドゥスの、「ハードボイルド」作家としての面目躍如という作品。

 

<ストーリー>

 

第一部

 

トミー・カタルヒュルクは、警備会社に勤めている。彼の警備会社が契約している家で、アラームが鳴る。トミーは、その家に向かう。そこは森の中の一軒家だった。その家の近くに、一台の車が停まっているのにトミーは気付く。家の周囲を見回ると、窓ガラスの一枚が、ガラス切りで穴を開けられ、窓の鍵が開けられていた。トミーは家の中に入る。そこで、彼は顔が完全に破壊された死体を発見する。彼は同僚に電話し、警察が呼ばれる。トミーは停まっていた車のことを思い出し、そこに向かう。車の中に一人の男がいた。男は意識不明だった。

二コラは、一年間、少年院に入っていた。十九歳の彼は、これまで色々な犯罪で、警察の厄介になっていた。彼には、テディー・マクスミッチという叔父がいて、その叔父の生き方が、彼の模範になっていた。いよいよ出所という日、彼は、警察官の訪問を受ける。これまで、ニコラにしつこく付きまとった、シモン・ムライという刑事だった。ムライは、ニコラに、

「例の裁判について聞きたい。彼等はあんたに裁判に来るように言ったのか。」

と質問する。ニコラは、

「何のことか分からない。」

と言ってその場を去り、従兄弟のシャモンの運転で施設を後にする。

エミリー・ヤンソンは、司法試験に合格し、ストックホルムのレイヨン護士事務所に就職したばかり。そんなある日、彼女は、警察から連絡を受ける。刑事のヨハン・クルマンによると、殺人罪で拘留されているベンヤミン・エマヌエルソンという若者が、彼女に弁護を依頼しているという。しかも、ベンヤミンは、交通事故で、ほとんど意識を失っている状態であるという。彼女の上司のハッセルに相談するが、上司は、

「専門外の仕事は引き受けるな。」

と言う。彼女は、どうして、自分に依頼が来たのか、不思議に思いながらも、個人の資格で、ベンヤミンの弁護を引き受けることにする。彼女は同僚のテディーに、電話で、ベンヤミン・エマヌエルソンの弁護を引き受けたことを話す。

「エマヌエルソン?」

テディーはその名前を聞き、一瞬絶句する。

「もう一度架け直す。」

そう言って、テディーは電話を切る。

 

 <二〇一〇年、マッツ・エヌエルソンの尋問調書。>

取調官は刑事のヨアキム・スンデン。マッツは、前々日に、麻薬取締法違反で逮捕されていた。彼は、二年前に誘拐され、監禁されていたことがあり、そのトラウマで極度の閉所恐怖症になっていた。彼は、自分は麻薬取引とは関係なく、一刻も早く留置所を出たいと言う。しかし、昨日自分が何をしていたか、また麻薬所持で逮捕されたセッベという男との関係について、彼は黙秘する。スンデンは、マッツに、罪を問わない代わりに持っている情報を全て提供するという取引を提案する。マッツもそれに応じて、過去の経緯を話し始める。

マッツは、学生の頃から、賭け事が好きだった。自分でも、それなりに、ギャンブルの才能があると思っていた。カジノでポーカーをやり、一晩で何万クローネも稼いだこともあった。彼は、卒業後、会計監査会社に就職する。そして、会社で働く傍ら、カジノに出入りして小遣銭を稼いだ。彼はベンヤミンとリランというふたりの子供と、ツェツィリアという妻がいた。彼は子供たちを溺愛していた。

マッツは、そのうち、カジノに通うだけでなく、インターネットでのギャンブルも始める。数年間は好調だった。しかし、そのうち勝てなくなった。借金が膨らむ。マッツは、ゼッベとマキシムという二人の男から借金をすることになる。マッツは、セッベから許可を得ていると言ってマキシムを騙し、更に借金をするが、またすってしまう。それが、ふたりにばれて、彼はふたりの債権者に返金を迫られることになる。セッベとマキシムは、

「二週間の猶予をやる。その間に、三百万ユーロの借金を返済しろ。」

と命じる。マッツは、一世一代のギャンブルをやる。しかし負けてしまう。マッツは、自分が税理士を務める会社の帳簿を操作し、金を作る。それで、彼は債権者に返金する。しかし、債権者は、彼を放っておかなかった。セッベから脅され、マッツは、犯罪の片棒を担ぐことになる。

 

テディーは、マッツ・エマヌエルソンを誘拐した罪で、八年間服役した後、二年前に出所していた。彼は、裏の世界への知己を使って、レイヨン弁護士事務所の調査係の職を得る。その事務所に、エミリーが働いていた。彼は、フレドリック・マクラウドという男を追っていた。マクラウドは、インターネットビジネスで成功した金持ちであるが、麻薬常習者であるという情報が入っていた。マクラウドの会社を買収しようとしている会社から、弁護士事務所に、マクラウドの身辺に関する調査依頼が来ていたのだった。テディーは、マクラウドの尾行を続けていた。彼は、マクラウドがいつもとは違うラフな格好で外出したのを見逃さなかった。彼は、ある建物の中から、マクラウドが、スーパーのレジ袋を持って出てきたのを見つける。

「すみません、私の袋と間違えていませんか。中身を見せてください。」

とテディーは話しかける。マクラウドは拒絶し、二人はもみ合いになる。通行人が警察を呼び、ふたりは逃げ、テディーは洋装店に逃げ込む。そこに、マクラウドも逃げ込んでいた。テディーはマクラウドの袋を奪い取る。そこには麻薬が入っていた。

「誰に頼まれてこんなことをやっているんだ!」

マクラウドが叫ぶ。

「言えない。守秘義務だ。」

とテディーは答える。

シャモンは、ニコラの「出所記念パーティー」を企画する。数人の仲間がレストランに集まって飲む。飲み物はシャモンの驕り。ニコラはシャモンの金回りの良さに驚く。ニコラハその裏に、シャモンが、セルビア・マフィアの親元であるユスフとイサークの仕事を引き受けていることを知る。シャモンはニコラを売春宿に連れて行く。ニコラはこれまで一度も女性と関係したことがなかった。シャモンは二コラに最初の経験をプレゼントしようとしたのだった。しかし、ニコラがことに及ぶ前に、シャモンが部屋に飛び込んでくる。

「ユスフが困っている。助けに行かなくちゃ。」

二人は宿を飛び出す。

 エメリーは、警察が、弁護士の自分にも、ベンヤミンが殺したとされる人物の名前やその現場の様子などを、一切明らかにされないことを、不思議に思う。彼女は、拘置所にベンヤミンを訪れる。彼は殆ど話すことができない。彼が唯一発した言葉、それは、

「テディー。」

だった。

「テディー・マクスミッチのことなの?」

とエメリーが聞くと、ベンヤミンはうなずく。

エメリーは、ベンヤミンがテディーの名前を挙げたことの背景を知りたいと思う。彼女は、自宅にテディーを呼ぶ。テディーは、自分がマッツ・エマヌエルソンについて語れるのは、自分が彼を誘拐したことだけだと言う。マッツはその後自殺をしているが、それにまつわる経緯は分からないと話す。ただ、出所した後、マッツが自殺したことを知り、息子のベンヤミンと娘のリランの前に現れ、一度謝罪したことがあるという。

二コラとシャモンは、ユスフの経営するクラブを訪れる。メティム・バーサウメと息子のクリスティアンが二人を迎える。ユスフとイサークも一緒にいる。そのとき、ふたりの武装した男が突入、金を奪って逃げようとする。ニコラは隙を見て、侵入者をピストルで脅して、撃退する。しかし、男たちは金を持ったまま逃げ去る。

 

第二部

 

エメリーとテディーは、ベンヤミンの母親である、ツェツィリアを訪れていた。エメリーはツェツィリアに、自分が息子の弁護人に指名されたことを告げる。ツェツィリアは、何故、息子がエメリーを知っているのか、分からないと言う。ツェツィリアは、夫のマッツが自殺する前、離婚していた。彼女は、マッツが、フィンランド行きのフェリーから海に飛び込んで死んだという知らせを聞いただけで、詳しいことは分からないという。ただ、夫がギャンブル好きで、特にポーカーに凝っていたと話す。ツェツィリアはマッツの遺したものをふたりに見せる。その中に、トランプのカードと鍵があった。そして、そのカードに、カジノの名前が彫られていた。テディーは、そのカジノに行ってみることにする。そのカジノの前で、彼はボッセという常連客に出会う。彼は、マッツを知っているという。

公判が始まるまで、ベンヤミンに容疑のかかっている殺人事件の詳細は、弁護人のエメリーにも公開されない。独自に調査しようと決心したエメリーは、テディーと、元警察官であるヤンの協力を得て、殺人現場を訪れる。そこは、森の中の家であった。警察は、通常の殺人事件以上に、殆ど全ての物をその家から持ち去っていた。何より、その家には、恒常的に住まわれたという雰囲気がなかった。その家は、スペイン人の所有ということになっていたが、その人物は、あらゆる検索にも引っ掛かってこなかった。ヤンが、廊下の壁に付着した血痕を発見する。それは、かなり高い位置に、上から下へ飛び散ったものであった。三人は、殺人が廊下で、被害者が立っているときに行われたと考える。家の元の所有者は分かったが、彼らは新しい所有者について何も知らず、仲介した不動産業者にも連絡が取れない。エメリーたちは、かなり離れた場所にある隣人の家に行く。そこの主婦は、

「隣家は持ち主が変わってから、人が住んでいなかった。」

と証言する。しかし、時々、訪れる人間がいたという。訪れるのを見た二人の男について、

「全く正反対の印象を受ける二人だった。」

と女性は証言する。

ニコラは、クラブで金を持ち逃げされたことに対して、イサークたちより、二十五万クローネの金を持って来るように脅迫される。困って相談したシャモンは、ニコラに協力することを約束する。

テディーは、刑務所で知り合った、コンピューター犯罪で服役していた男に連絡する。彼は、マッツ・エマヌエルソンに関するデータの洗い出しを依頼する。翌日、その男は、調査の結果を告げる。それは、興味深いものだった。

「エマヌエルソンは一時、莫大な借金を抱えた。しかし、彼の自殺までの間に、その借金は完済されている。しかし、その時期の、彼のオフィシャルな所得は、極めて低い。どうして、彼は、所得のないときに、借金を返済できたのか不思議だ。」

というものであった。「ギャンブル」という可能性はあったが、本当の理由は依然として謎であった。

テディーはニコラとシャモンと会う。彼は、自分が尾行されていることに気付く。彼は、ニコラとシャモンにその男を逆に尾行するように指示する。その男は「プリミアム・セキュリティー」という警備に入って行った。

テディーは、かつての恋人であったサラを訪れる。サラは、テディーの服役していた刑務所の看守をしていた。テディーと恋仲になった後、彼女は、刑務所の仕事を辞めた。しかし、彼女は突然テディーの前から姿を消した。テディーは彼女の居所を探し出し、子供を保育園に送って行った彼女を呼び止める。

「エマヌエルソンについて何か知っているか。」

とテディーは尋ねる。

「自分には家族がいる。家族を守るために、本当のことは言えない。」

とサラは証言を拒否する。

テディーとエメリーは、カジノ「スターゲーム」の前で会った男を訪れる。彼は、豪華なマンションに住んでいた。その男、ボッセは、マッツと親交があったことを認める。

エメリーは、事務所での本来の仕事と、独自調査で疲れ切っていた。彼女は医者を買収して、覚醒剤の処方箋を入手する。エメリーは、弁護士事務所の本来の仕事と、ベンヤミン・エマヌエルソンの捜査の二足の草鞋を履くことが、限界に来ていると感じる。

二十五万クローネの金を得るために、ニコラは、スーパーマーケットを襲うことを思いつく。幸い、彼の家の地下室には猟銃があった。彼は、その話をシャモンに持ち掛け、シャモンも協力をする。スーパーでの、金の在り処を知るためには、スーパー内部の協力者必要だった。彼は、友人の従兄弟が「ICAマックス」というスーパーに勤めていることを思い出す。その男と会ったニコラは、十パーセントの成功報酬で男を釣り、スーパー内部の金の在り処と警備システムの詳細を手に入れる。

 

<マッツ・エマヌエルソンの調書>

セッベとマキシムに紹介されたミカエラという女性に、会社の経理の基本を説明する。彼女と一緒に銀行に行き、

「会社を設立したいので、口座を開設したい。」

と支店長に話す。支店長は何か落ち着かないようであった。支店長は、ろくに身元確認もせず、口座の開設に応じる。実は、裏でセッベが、支店長の自慢のベンツが傷つけられたと、電話をしていたのであった。マッツは、架空会社を立ち上げ、架空の従業員を雇い、架空の帳簿を作成する。その会社は、マネーロンダリング(資金洗浄)のためのものであった。マッツは、その仕事により高額の報酬を得る。そして、彼はその会社の経理に関する全ての情報を、一台のラップトップに秘かに保管していた。

架空会社を使った資金洗浄の報酬が増えるに従って、マッツは次第に本来の仕事の量を減らしていった。しかし、テロリストやマフィアに資金が流れるのを防ぐために、ヨーロッパ中の金融規制が強まって行った。マッツは、これまでのやり方で、架空帳簿を付け続けることが困難になったことを知る。そんなある日、一人の弁護士が彼に連絡を取って来る。マッツは弁護士事務所レイヨンに向かう。そして、そこで、ペダーという弁護士に会う。ペダーはマッツに力を貸して欲しいと言う。マッツは、セッベとの仕事の他に、ペダーの客の仕事も始める。それは節税、脱税のための経理操作だった。

 

テディーとエメリーは二人でサラを訪れる。サラが玄関に現れたとき、銃声が起きる。テディーはエメリーを押し倒し、伏せる。一発の銃弾がサラに当たり、サラは倒れる。ふたりは負傷したサラを車に乗せて、病院に運ぶ。サラは命を取り留める。テディーは復讐に燃える。彼は、ベンヤミン・エマヌエルソンを殺人犯にしようとしている人物と、サラを撃った人物、また、自分を尾行させている人物が同一であると考える。彼は、服役前に地中に隠していた銃を掘り出す。彼はプリミアム・セキュリティーの従業員名簿から、自分を尾行していた男が、アントニー・エヴィングという名前であることを知る。彼はエヴィングの家の前で待つ。テディーは仕事から帰って来たエヴィングに銃を突き付け、

「誰に頼まれて俺をつけているんだ。」

と尋ねる。

「俺は、上司から言われたことをやっているだけで、その後ろに誰が居るのか知らない。」

とエヴィングは答える。テディーは、おそらくそれが真実であることを知る。

 エメリーは、殺人事件が起こった家を前の持ち主から仲介した業者からの連絡を受ける。彼は、老夫婦の売り出した物件を、ファン・アラヴェナ・フエルタという、スペイン人に売ったという。その男はスペイン人には見えず、完璧なスウェーデン語を話し、腕に虎の刺青をしていたということであった。彼女は、テディーにそれを話す。テディーは、刺青から、そのスペイン人になりすました男が誰であるか、見当が付いた。

マッツはペダーにより、森の中の別荘で行われた豪華なパーティーに呼ばれる。そこで、彼は、実業家、金持ちたちを紹介される。ペダーは、マッツを

「資金運用の名人。」

であると紹介し、客たちは、マッツに、資金洗浄、税金回避の方法を尋ねる。マッツはそこで、一挙に沢山の客を得ることになる。彼は、客のデータを自分のものにコピーして持ち帰る。彼は、その中の、少女虐待のシーンを撮影したビデオが含まれているのを知る。マッツは、警察に届けるべきか悩むが、自分の中に留めておくことにする。

テディーにはひとつ切り札があった。彼は、マッツを誘拐した際、デヤンという男と一緒に行動していたが、自分が逮捕されたとき、デヤンの名前を出さなかったのだ。つまり、テディーはデヤンに貸しがあった。彼は、デヤンにコンタクトし、誘拐はクムという男の依頼であったことを知る。テディーは、クムを訪れる。クムは、情報の公開を拒否する。

ニコラとシャモンは、スーパーマーケット襲撃を実行に移す。内部情報を基に、何とか金庫室まで辿り着いたふたりは、爆薬で金庫の扉を破壊し、金庫を開けることに成功する。しかし、早い時点で警報が鳴り響き、彼らが金を奪って外に出たときには警察が到着していた。ふたりはバイクで別々の方向に逃げる。ニコラは逃亡の途中で転倒、追いかけてきた警察犬によって発見される。

 

第三部

 

夏至の日、エメリーは同僚のヨサンの友人の家で行われたパーティーに出席していた。退屈なパーティーに飽きた彼女はテディーに電話をする。彼女はテディーの変化に気付き、彼のいる所にタクシーで駆け付ける。テディーはクムに宣戦布告をしたという。彼は、クムの家を訪れ、高級車の並ぶガレージに火を点ける。彼は、甥のニコラが逮捕されたことを知る。

 

<マッツ・エマヌエルソンの調書>

マッツは、ガンボ社のインサイダー情報を手に入れ、近々その会社が大手に買収されることを知る。買収されれば、株価は跳ね上がる。彼は、それで利益を得たいが、手持ちの資金が少ない。彼は、セッベから任されている金を、隠れて投資に回す。しかし、そのことがミカエラに知られてしまう。ミカエラは、直ぐに金を戻すようにマッツに言う。マッツは、

「俺を信じて任せてくれ。」

と言うが、ミカエラはセッベに報告すると言う。マッツが家に戻ると、焦げ臭い。彼は台所のドアを開けて、中が燃えているのを見つける。煙が噴き出す。

「俺と張り合おうと思うなよ。必ず後悔するから。」

というセッベの言葉を、マッツは思い出す。彼は寝室にあるコンピューターを救おうとするが、途中で煙に巻かれて倒れる。彼は病院で目を覚ます。枕元にツェツィリアがいた。彼女は、マッツのコンピューターの中にあるビデオを見たという。続いて、セッベが現れる。予想外のことにセッベの機嫌は良く、マッツを責めなかった。マッツの投資していたガンボ社の株が値上がりし、莫大な利益がもたらされていたからである。

ニコララは留置所に居た。狭くて寒い部屋に閉じ込められ、外部との接触は一切許されていなかった。時々刑事が現れ、

「正直に話せば直ぐに出してやる。」

と言ったが、ニコラはそれを信じていなかった。

「俺は何も知らない。関係ない。」

で彼は押し通す。彼に面会者があるという。刑事のシモン・ムライだった。シモンは、

「法廷のことで証言してくれれば、今回は罪にならないように取り計らう。」

と、再び取引を申し出る。「忠誠」、「友情」を秤にかけ、悩んだ末にニコラは、友達への忠誠を守ることを決断する。

エメリーは、ツェツィリアから預かった鍵が、銀行の貸金庫のものであることを突き止める。銀行に行き金庫を開けると、中には一枚の紙が入っていた。それは、国際間送金会社のレターヘッドで、送金番号と思われる数字が書いてあった。エメリーはその会社へ行き、金を受け取る。その金の送金者は、「スティク・エアハルドソン」という男だった。彼女は、その男が、ストックホルムに住む実業家であることを知る。

エメリーはスティク・エアハルドソンに連絡を取る。自分は、大きな資金運用の代理人だと言ってアポイントを取る。エアハルドソンオフィスで、彼女は、自分はベンヤミン・エマヌエルソンの弁護人だと、身分を明らかにする。スティクは動揺する。彼は、ここだけの話ということで、エマヌエルソン一家に定期的に金を送り、ベンヤミンたちを経済的に助けていたことを認める。

テディーは、病院にサラを訪れる。彼は、病院で自分が尾行されていることに気付き、非常階段からサラの入院する病棟に入る。テディーは、情報セキュリティーの専門家ローケ・オーデンソンを訪れる。テディーはオーデンソンに、フィンランドへ向かうフェリーの監視カメラが捉えた、マッツが甲板から海へ飛び込む瞬間のビデオの分析を依頼する。

 

<マッツ・エマヌエルソンの調書>

マッツは退院する。ツェツィリアは、自分にギャンブル依存症の矯正コースを勧める。彼は、ペダーに電話をし、客のコンピューターの中に、少女虐待のビデオが入っていたことを告げる。

その直後、マッツは二人の男に誘拐される。彼は、狭い箱の中に閉じ込められ、

「コンピューターはどこだ?」

と脅される。

 マッツは、五日後に警察に保護される。彼は、狭い場所に閉じ込められたことで、閉所恐怖症とトラウマに苦しめられる。数か月後、回復した彼は、カジノを訪れる。彼は昔の仲間、ボッセとボッガンと会い、三人は飲みに出掛ける。そこで、飲み屋のガードマンと口論になり、ボッセが殴り倒され、助けようとしたマッツも倒される。そこの、マスクをした男が現れ、ガードマンをあっと言う間に気絶させる。その男はセッベだった。セッベはマッツに、

「俺は、友人には忠誠を尽くす男だ。」

と言う。そして、誘拐事件は、自分と関係がないと話す。

 誘拐事件の後も、マッツはセッベのために働いていた。ある日、マッツとテディーは、カフェで会う約束をする。マッツが先に来て待っていると、遠くにセッベが来るのが見える。一人の男がセッベに近づき、ふたりは帽子を交換する。マッツは、その時、二人の直ぐ傍に、更にふたりの男が近づき、その現場を写真に撮っているのに気付く。マッツは喫茶店から走り出る。

「セッベ、そいつらは私服警官だ!」

とマッツは叫ぶ。セッベともう一人の男は走って逃げる。マッツは、警官に捕まり、連行される。そして、刑事ヨアキム・スンデンの尋問を受けることになる。

 尋問の後、スンデンは、その調書が、公になり、マッツの名前が外に出ないように対策を講じると、約束をする。

 

テディーは、マッツが自殺したのではないという証拠をつかんでいた。マッツは、海に飛び込む前、五回同じフェリーに乗っていた。まるで下見をするように。そして、監視カメラによると、飛び込むときに、服の下にウェットスーツを着こみ、船から出来るだけ離れた場所に着水できるように、力いっぱい甲板を蹴っていた。

「マッツは生きている。」

テディーはそれをエメリーに話し、ふたりはベンヤミンのいる拘置所に向かう。ベンヤミンも、父親が生きていることを認める。

 ニコラは、何とか、現状を打開し、刑務所に入るのを避けたいと考える。彼は、自分の家にある銃がミーティムからの物であることを思い出す。ミーティムはもっと武器を持っているはずと考えたニコラは、サイモン・ムライを呼ぶ。

「もし、小さな魚を見逃すならば、もっと大きな魚を捕えることができる。」

とニコラは切り出す。そして、自分の裁判に対して、有利になる証言をすること、自分の武器所有に目をつぶることを条件に、大量に武器が貯蔵されている場所を教える用意があるという。ムライはそれに応じる。ニコラはムライに、ミーティムの住所を教える。

 テディーは、クムが売春婦と会っている現場に踏み込み、ライフルで彼を脅し、マッツに関する証言を得ようとする。しかし、クムは、詳しい事情が本当に知らないという。そして、逆にテディーに、取引を申し入れる。

「もし、自分に与えたこれまでの損害を賠償するなら、事情を一番良く知っている人物を紹介する。」

というものであった。マクラウトから口止め料を貰い、懐の温かいテディーは、その取引に応じる。クムは、マヨルカ島に住む、その人物の住所を教える。翌朝、テディーは飛行機でマヨルカに向かう。直前に電話をしてきたエメリーも一緒に向かうことにする。

 ふたりが、マヨルカで会った人物、それはミカエラであった。ミカエラはクムの娘だったのだ。彼女は、マッツがギャンブルで金に困り、テディーがその支援者となった経緯や、テディーの発案で、資金洗浄のための架空会社を作り、マッツがありとあらゆる手を使って、資金洗浄をやったことを話す。そして、自分もそのアシスタント兼監視役として、マッツと一緒に働いていたと述べる。

 エメリーは、ニコラの法廷で、彼をスーパーの強盗と結びつける唯一の証拠である、警察犬を使って追跡した警官の証言を打ち破り、ニコラを無罪に持ち込む。ニコラは彼女に、感謝の印として花束を贈る。ニコラは、シャモンとミーティムの家に押し入る。彼は、武器所有の口止め料として、多額の金をミーティムから受け取ることに成功する。ニコラはその金で、ユスフから請求されていた金を返す。

 ベンヤミンの、法廷の日程が近づいてくる。ベンヤミンは徐々に回復し、会話が出来るようになる。エメリーは、公判のための、検察側からの書類を読む。依然、殺された男が誰かは分からなかった。しかし、殺人があった家の傍の道路で、道端につっこんだ車の中でベンヤミンが発見され、彼の衣服に、被害者の血が付いてことが、逮捕、起訴の根拠となっていた。エメリーは公判の直前、ハッセルを始めとする、法律事務所の首脳陣に呼ばれる。被害者の身元が不明のまま殺人事件の公判が行われ、容疑者の弁護をエメリー・ヤンソンが担当することが、新聞に報道されたのだった。経営陣は、エメリーに殺人事件の容疑者の弁護をすぐに止めるよう要求する。エメリーはそれを拒否して、解雇される。

 テディーは豪華なヨットを借り切って行われた、デヤンの誕生日パーティーに出席する。したたか友人のマテオを連れて、彼は深夜タクシーに乗る。一台の車がタクシーを停める。それは覆面パトカーであった。二人の私服刑事がテディーに襲い掛かる。彼は、反撃するが、警官によって連れ去れる。テディーが気付くと、留置場と思われる場所にいた。足や、胸に傷を負っている。彼は、自分のいる場所が、ストックホルムから離れた場所だと気付く。周囲の人間は、テディーに何の情報も与えない。

 ニコラが自分のアパートに戻ると、エメリーが待っていた。エメリーは、テディーが警察に連れ去られたと、仲間のマテオから連絡があったという。

「警察内に、腐った人間がいる。それが誰であり、テディーが何のため連れ去られたか調べなければいけない。もちろん、警察には頼めない。私とあなたとで、探し出すのよ。」

エメリーはそう言う。ふたりは、まずテディーのアパートに向かう。

 マテオによると、テディーを連れ去った男たちは、ダークブルーのバンに乗っており、走り去る際、車をぶつけたと言う。ニコラとエメリーは、付近の自動車修理工場に、ブルーのバンが修理に持ち込まれていないか探す。そして、その車を発見する・・・

 

<感想など>

 

 新米弁護士のエメリー、刑務所を出て更生の道を歩むテディー、彼の甥のニコラが話を進める。それに、マッツ・エマヌエルソンの尋問調書が絡む。

最初に、森の中の家で起こった殺人事件が語られる。そして、その近くで、車の中で意識不明になっている若者が発見され、殺人の容疑者として逮捕される。その若者、ベンヤミン・エマヌエルソンから、エメリーが弁護を依頼されたところから話が始まる。ベンヤミンは、自分は犯人でないと言うが、その家で誰と何をしていたのかには口を閉ざす。また、警察は、殺されたのが誰であるのかを弁護人にも明らかにしない。そんな特殊なケースを、新米弁護士のエメリーは取り扱うことになる。何故ベンヤミンが全てを話さないのが、殺されたのは誰であるのか、これがストーリーを追う上での、最大の興味となる。

次のストーリーラインは、ニコラである。彼の母親は、セルビア出身である。十九歳のニコラは、子供の頃から違法行為に手を染め、一年間を若者の矯正施設、少年院のようなものだと思うが、そこで過ごした。彼は出所の日を迎えるが、まともに働く気はない。従兄弟のシャモンと組んで、何か「どでかい」ことをやって、一攫千金を夢見ている。彼は、既に一度人を射殺したことがあった。しかし、それは警察には知られず、僅かな仲間が知っているだけである。彼の生き方の目標は、叔父のテディーであった。テディーは、セルビア・マフィアの一員として、かつては一目置かれる存在だった。しかし、十年前、テディーは誘拐の容疑で起訴され、有罪判決を受け八年間を刑務所で過ごし、二年前に出所していた。

さて、そのテディーである。八年間の刑務所生活から抜け出した彼は、マフィアと縁を切り、まっとうな道を歩もうと決意する。彼が選んだ道は、弁護士事務所の信用調査係である。元々裏道には詳しいわけで、調査を依頼された人物に隠された面を見つけ出すのはお手の物。また、マフィア時代に培った、「少々手荒い」方法で、人々を証言へと追い込んでいく。彼が働いていたのが、エメリーの勤める弁護士事務所である。彼等は、同僚となる。エメリーが、

「ベンヤミン・エマヌエルソンの弁護を依頼された。」

と聞いたときから、テディーの生き方が変わる。彼は、ベンヤミンの父親、マッツを十年前に誘拐、その罪で八年間服役していたのだった。彼は、金を貰って誘拐事件に加担した。しかし、元々誰がその金を払ったのか知らなかったのだ。テディーは、ベンヤミンの弁護をするエメリーに協力するだけではなく、十年前に自分に罪を着せたのが誰であるのか、探っていくことになる。

 エメリー、ニコラ、テディーのストーリーラインと並行して、マッツ・エマヌエルソンの尋問調書が紹介される。彼は、麻薬取引の容疑で逮捕され、刑事の尋問を受ける。そして、彼の罪は問わないという「取引」の条件で、自分が、セルビアのマフィアと関わり合いになった経過を語り始める。

 最近のミステリーには、複数のストーリーラインが並行して語られ、最後に一緒になるというパターンが多い。この小説も、正にその手法を取っている。ストーリーに厚みを持たせるには絶好の方法なのだと思うが、この手の小説は、とにかく長い。この本も、ドイツ語訳で六百ページを超える長大なもの。正直、読み終わるため、自分を鼓舞する必要があった。面白いことは面白いのである。ストーリーの持つ魅力が、長さに対する辟易した感じを中和し、それで何とか最後までたどり着いたという思いがする。

 この小説の見どころは、ベンヤミンとニコラの依頼を引き受けたエメリーが、ふたりを弁護する法廷シーンであろう。著者のラピドゥスの本業は、刑事事件専門の弁護士である。法廷の空間的や時間的な描写、法廷の弁護側と検察側とのやりとりなどで、彼の経験が如何なく発揮されている。エメリーは新米の弁護士、しかも専門は商法である。初めての刑事事件を担当するという設定だが、彼女の手法は、読者を驚嘆させるものである。

 ニコラ、テディーは、旧ユーゴスラビアからの移民の犯罪組織「セルビア・マフィア」の人々と行動している。テディーは足を洗ったので「行動していた」と書いた方がよい。驚くのは、セルビア・マフィアの世界も「義理人情」世界として描かれていること。例えば、テディーは誘拐の罪で逮捕、起訴、投獄される。彼には、デヤンという共犯者がいた。しかし、彼は取り調べや裁判の際、共犯者について一切言及しなかった。「仲間は売れない」と言うのが彼らの最高の掟であるようだ。ニコラも警察から証言を求められるが、「仲間は売れない」という理由で、それを拒否している。

 ラピドゥスは、スウェーデンに久々に現れた「ハードボイルド」の作家として認知されている。確かに、登場人物、特にテディーは、裏の世界にしか通用しない、一種の「倫理観」、「義理人情」を基に行動している。言わば「硬派」である。エメリーも、「弁護士とは弱い人々を助けるのが使命」という、使命感、倫理観に基づいて行動している。そして、その結果、弁護士事務所の職を失ってしまうのであるが。彼女もいわば「男性的」、「硬派」として描かれている。そのような主人公を据えていることが、ラピドゥスが「ハードボイルド作家」と呼ばれる理由だと思う。

 この作品、必ず続編がある。それは、最後の一ページを読めば分かるのだが、もちろん、結末をここに書くわけにはいかない。事実二年後の二〇一七年に、同じくエメリーとテディーを主人公にした「トップドッグ」が発表されている。

 この作品、スウェーデン語の原題は「STHLM Delete」、「STHLM」はストックホルムの略号なので、英語訳では「Stockholm delete(ストックホルム削除)」となっている。このタイトルと、ストーリーの中の個別のエピソードの関係は、特定できなかった。どなたか、説明のつく方がおられたらお願いしたい。ドイツ語題は「守秘義務」。この言葉は、度々使われている。

良い作品なのであるが、

「もうちょっと、短くできませんでしたか?」

と著者に問いたくなる。暇のある方、速読が自慢の方にはお勧めできる。

 

202011月)

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