「迫り来る不安」

原題:Snabba Cash(手っ取り早い金もうけ)

ドイツ語題:Spür die Angst(不安を感じろ)

2006年)

 

 

<はじめに>

 

新しいスウェーデンの推理小説の旗手として挙げられるイエンス・ラピドゥスの第一作。六百ページ近い大作である。スウェーデンの裏の社会で、金儲けと勢力拡大に凌ぎを削る人々を描く。

 

<ストーリー>

 

ストックホルムの裕福な邸宅や大使館が並ぶ界隈を、夕方、音楽を聴きながらジョギングする若い女性。彼女は、自分が現在収集している情報が危険なもので、失敗したら、殺されるかも知れないことを知っていた。彼女は、待ち伏せしていた、ワゴン車から出てきた男に連れ去られる。

 

ヨルゲ・サリナス・バリオに対する尋問調書。ヨルゲの名前で借りられていた倉庫で、大量の麻薬が発見される。ヨルゲは、自分は麻薬をやってはいるが、ディーラーではなく、自分はそのディーラーに名前を貸していただけだと主張する。しかし、そのディーラーの名前を言うことを、ヨルゲは拒否した。検察官は、そのディーラーはムラド・ソロヴォヴィッチという男ではないかと水を向けるが、ヨルゲはその男については知らないと言い張る。

ムラド・ソロヴォヴィッチに対する尋問調書。彼は、ヨルゲに街で偶然出会い、ヨルゲが麻薬のディーラーになるための準備をしていて、そのために倉庫を借りたいと言っているのを聞いたと述べる。ムラド自身はもう麻薬はやっていないと主張する。

 

チリ人のヨルゲは麻薬犯罪者専門のエステロケア刑務所に、これで一年三ヶ月服役していた。これまで彼は何度か刑務所に入ったが、今回は最長期間。ヨルゲはラドヴァンという男に陥れられ、刑務所に入れられた。彼は、脱獄を考える。そのために、OGというギャング組織と関係のある、同じくチリ人のロナルドに接近する。彼を自分のために利用しようと考えたのだ。

JWは、若者四人でパーティーをしていた。豪華な料理を食い、酒を飲み、ストリッパーを雇い、クラブに繰り出し、コカインを吸い、セックスをするというのがお決まりのコース。他の三人は裕福な家の出身で、金もふんだんに持っていた。しかし、JWは貧しい家庭の出身で、他の面々に嘘をつきまくって、かなり無理をして、その一員に留まっていた。JWは麻薬の売買をすることで、一攫千金を実現するという夢を見始める。

セルビア人のムラドは、深夜ジムでボディビルに励んでいた。そこは、ラドヴァンの手下が集まってくるジムだった。彼は、そこで土曜日の夜の仕事を手伝ってくれるように数人の若者に頼む。ふたりがそれをオーケーする。ムラドは余所者で、態度のでかい若者の足の上 にバーベルを落とし、痛めつける。

ヨルゲは周到に脱獄の計画を練る。彼は、外出許可を得た時、図書館で辺りの地理を研究し、従妹のセルジオと元看守の協力を取り付ける。そして、クッションの聞いた音のしない靴を買い、身体を鍛える。数週間後、ヨルゲは従妹のセルジオの協力を得て、刑務所の壁に梯子を引っ張り込み、そこから壁を越えて脱獄に成功する。

仲間の若者たちの前では金持ちであるように振る舞っているJWだが、実は貧乏な学生であった。彼は、アラブ人のアブドゥルカリムから車を借り、深夜に白タクをやり、何とか金持ちの若者に素性がばれないだけの生活を維持していた。彼の姉カミラも田舎からストックホルムに出てきたが、ある日突然行方不明になっていた。金を手にしたいという気持ちに劣らず、姉の消息をつきとめたいという気持ちがJWの頭の中にはあった。そんなJWにアブドゥルカリムは、麻薬のディーラーをやってみないかと持ち掛ける。

ある土曜日の夜、ムラドは、パトリックという元ネオナチの青年を連れて「仕事」に出る。彼の仕事とは、ナイトクラブのコート預かり所から「所場代」を徴収することだった。あるイトクラブのコート預かり所で、警備員が所場代の支払いを拒否する。ムラドとパトリックはそのクラブの中で、警備員と交渉するためのチャンスを待つが、パトリックはその警備員をトイレで叩きのめしてしまう。

麻薬のディーラーを始めたJWはこれまでの困窮生活から解放され、金回りが良くなる。WJと仲間の「ボーイズ」は、毎週末ストックホルムのナイトクラブに繰り出し、女の子を漁る。ガールハントの際、大きな力となったのが、JWの持っている麻薬だった。無料で麻薬を分けてやることによりJWは女の子たちの歓心を得る。遊び歩いた後の早朝、JWは街で黄色いフェラーリを見かける。行方不明になっていた姉、カミラが、黄色いフェラーリと写っていた写真を思い出し、JWは黄色いフェラーリを基に、姉の消息を捜しだせないかと考えるようになる。

警備員を叩きのめしたパトリックは有罪判決を受け服役する。ムラドは何とか刑務所行は免れる。ユーゴ・マフィアの元締め、ボスのラドヴァンはムラドを呼びつけ、不始末に対する警告をする。また、ラドヴァンは、ヨルゲが脱獄したことを知り、彼の復讐を恐れ、ムラドに対策を命じる。

脱獄したヨルゲは、まず従兄弟のセルジオの親戚の家に身を隠し、次に、セルジオの友人の家に潜伏する。彼は、外見や、行動バターンを変え、何とか別人になりきろうとする。しかし、次々と警察の手は伸び、彼は泊まるところがなくなり、偽の身分証明を手に入れて、ホームレスのホステルに宿泊するようになる。従兄弟のセルジオから借りた金は、次第に乏しくなる。

麻薬のディーラーとして大金を手にしたJWは、姉の消息を知ろうとし、黄色いフェラーリに乗っていた人物を探る。当時、スウェーデンで黄色いフェラーリを所有していたのは、ITで儲けた成金の男と、ヨットと高級車のリース会社であった。成金の男は当時スウェーデン国内にいないと言い、リース会社は倒産していたので、JWはそれ以上知ることはできない。「ボーイズ」とJWは次々と、豪華なパーティーに参加する。そこでJWはコカインを皆に気前よく配り、その結果パーティーは一層盛り上がる。JWはパーティー界で一目置かれる存在になる。JWは、あるパーティーの席で、ゾフィーという名の金持ちで美人の女子大生と知り合う。

ムラドは、パトリックの逮捕、起訴、ヨルゲの脱獄等により、自分がラドヴァンの組織で窮地に陥っていることを知る。彼は起死回生に貸しビデオによる資金洗浄をしようとするが、適当な協力者が見当たらない。彼は、ラドヴァンの組織の有力者であるゴランに、適当な人物を捜してくれるように頼む。

いよいよ金に困って来たヨルゲは、ムラドに電話を入れ、組織の秘密を公にされたくなければ、金と偽のパスポートを用意するようにいう。ヨルゲはムラドに十日間の猶予を与える。彼は、空いている別荘に忍び込み、そこでその十日間を過ごす。

JWは人気ディスクジョッキーのジェットセット・カールのパーティーに出かける。その席で、ゾフィーは最初JWを無視するが、途中でゾフィーは態度を豹変させ、明け方JWを自分のアパートに連れ帰る。そこでふたりはセックスしようとするが、コンドーム恐怖症のJWはうまくできない。

ヨルゲを捜すムラドは、甥のセルジオを締め上げてヨルゲの行方を問い詰める。彼は、ホームレスのためのホステルの住人のひとりから、ヨルゲが数日前までそこに泊まっていたことを知る。ヨルゲは隠遁生活の寂しさに耐えかね、ストックホルムに戻る。そこで、彼は昔の友人を訪ねる。脱獄不可能と考えられる刑務所から脱獄を果たした彼は、皆の「英雄」であった、彼は昔の仲間と共にナイトクラブへ行く、

姉の学校の成績を調べたJWは、ブルネウスという教師の授業だけ、出席率が悪いのに成績がよいことに気付く。彼は、姉とブルネウスという教師の関係を疑い始める。JWは、ヨルゲがナイトクラブに現れたという情報を、ナイトクラブのガードマンから受け取る。

一方ムラドも、ヨルゲが街に現れたという情報を受け取り、ヨルゲが泊まっていると思われる男の家を見張る。家の中から現れたヨルゲを追跡し、森の中でムラドはヨルゲを半死半生に叩きのめす。ヨルゲをつけていたのはムラドだけではなかった、JWは森の中に倒れているヨルゲを助け、アブドゥルカリムの家に連れ帰る。

 

四か月後、ムラドは、娘に対する親権を、別れた妻と分けるという判決を受ける。しかし、実際は、週に一度しか娘に会えない。娘のためにも、まともな仕事をしなくてはならないと感じたムラドは、ラドヴァンの元を離れることを考え始める。

アブドゥルカリムの下で快復したヨルゲは再び麻薬のディーラーの商売に戻る。ヨルゲはふたりの部下を使い、新しい地域の開拓を進める。ムラドに叩きのめされた際の顔の傷が癒えた後、彼の様相がかなり変わっていた。彼を駆り立てているもの、それは自分を二度までひどい目に遭わせたラドヴァンとユーゴ・マフィアに対する復讐心であった。

JWは故郷に向かう列車の中にいた。ここ数週間、彼は失踪した姉、カミラの教師であった、ブルネウスに会おうとしていた。しかし、ブルネウスは色々と理由をつけて彼との面会に応じない。学校に押し掛けたJWに対し、ブルネウスは、当時カミラが精神的に不安定であったと述べ、彼女が自殺をした可能性をほのめかす。しかし、姉の友人であったズザンネは、ブルネウスとカミラに肉体関係があったと言う。JWはブルネウスを警察に告発する。JWは両親の家に泊まり、カミラが両親に宛てた葉書を発見する。そして、彼女がボーイフレンドと当時のユーゴスラヴィアに行っていたことを知る。

警察は、ストックホルムでの、組織的な犯罪の撲滅キャンペーン「ノヴァ・プロジェクト」を推し進める。その結果、犯罪組織の人物は警察から目を付けられ、大量の逮捕者を出していた。ステファノヴィッチ、ムラドなどラドヴァンの腹心たちが、ラドヴァンの屋敷に集まり対策を練る。その結果、他の犯罪組織と協力関係を結び、難局を乗り切り、利権を確保することになり、ムラドがその交渉役を引き受けることになる。ムラドは、他のギャング集団のボスたちと面会し、縄張りの再編成にある程度成功する。

ヨルゲは、ラドヴァンに復讐をするため、ラドヴァンの家を見張る。しかし、ラドヴァンは容易に姿を現さない。彼は刑務所で出会い今は出所している男が、旧ユーゴスラヴィア経由で麻薬を密輸入していたことを思い出し、彼とコンタクトを取る。その男は、ラドヴァン一味を知っており、麻薬だけではなく、売春のための若い女性も、ユーゴスラヴィア経由でスウェーデンに運んでいたことを知る。

JWは金を稼ぎながらも、ブラックマネーであるため資金洗浄しないことには使えないことに気付く。大学で経済学を学ぶ彼は、その方法を考え始める。ゾフィーはJWの私生活に興味を持ち、彼の「友人」たちを紹介してくれと迫る。アブドゥルカリムは英国経由での大規模なコカインの輸入を企て、その交渉のために、ロンドンへ行く手配をJWに命じる。

ヨルゲは南米から来る運び屋の女性を使って、麻薬を密輸することを企てる。しかし、その女性は警察に目を付けられ、ヨルゲが麻薬を受け取った直後、警察の追跡を受ける。ヨルゲの仲間は警察に逮捕されるが、彼自身は麻薬を抱いたまま、橋の上から、凍った運河に飛び降り、逃げ切ることに成功する。

ムラドは、自分がラドヴァンに疎んじられてきていることを感じる。そう感じているのは彼だけではなく、組織で、売春と麻薬を担当していたネナドも同じ思いであった。ふたりは、ラドヴァンの組織から独立して、新たな勢力を起こすことを計画する。しかし、そのためには資金が必要となる。

ヨルゲは、ラドヴァン一味によってユーゴスラビアから連れて来られた、売春を強要されている女性ナディアを、客を装って訪れる。ヨルゲは、彼女から、ラドヴァンの組織の秘密を少しでも聞き出そうとする。彼は、ナディアから「ジェットセット・カール」という男のが、ラドヴァンの組織に関係していることを知る。彼はしかし、何回目かにナディアを訪ねたヨルゲはだが、彼女の姿は忽然と消えていた。

アブドゥルカリム、彼の部下のファディとJWはロンドンに着き、ブランド品の店を回り、買い物三昧の時間を過ごす。ゾフィーは、JWの留守中にヨルゲと会い、JWの隠れた一面を探ろうとする。

ムラドはラドヴァンに呼び出される。そして、その組織から追放される旨を宣告される。殺されることを覚悟したムラドだが、ラドヴァンは生きたまま彼を送り出す。

アブドゥルカリム、ファディ、JWは、英国の麻薬工場を訪れる。そこでは、麻薬を輸出するため、犬の体内、機内食、またキャベツの中などに仕込む工場であった。彼らは、英国の密輸組織と、大量のコカインを英国からスウェーデンに運ぶ契約を結ぶ。そのとき、JWは、アブドゥルカリムの更に上で、麻薬の密輸組織を掌握している男がいることを知る。その男は、ムラドと同じように、ラドヴァンの組織から追放されたネナドであった。JWはネナドと会い、彼と一緒に、麻薬の密輸の詳細な計画を練る。JWはロンドンからの帰り、タックスヘイブンであるマン島を訪れ、そこで資金洗浄のための銀行口座を開く。

ヨルゲはナイトクラブにジェットセット・カールに会いに行くが、クラブの用心棒によってつまみ出される。彼は、深夜、友人のライフルを持って、ナディアの働いていた売春宿へ行き、女主人と用心棒にナディアを出せと迫る。それを拒否したふたりを射殺し、ヨルゲは外に出る。彼は、用心棒の男のパソコンを持ち帰り、その男の携帯から、ジェットセット・カールの主宰する次のパーティーの日時と、そのパーティーに参加するためのパスワードを知る。警察は、売春宿での殺人事件を、ユーゴ・マフィア間の、内部抗争によるものではないかと疑う。ヨルゲは、人を殺したことで、いよいよ自分は警察に捕まるわけにはいかなという思いが強くなる。

ラドヴァンの組織から締め出されたムラドとネナドは、英国から来る大量のコカインを横取りする計画を立てる。その協力者として、ネナドはJWを選ぶ。JWも高額の報酬を受け取ることを条件にそれに応じる。

ヨルゲはジェットセット・カールの主催するパーティーに出席する。そこには、大勢の若い女性がおり、売春のためのものであった。ヨルゲはスピーチから、そのパーティーのスポンサーがラドヴァンであることを知る。ヨルゲは、携帯電話を使い、禁止されている写真を何枚か撮影する。ヨルゲは、自分の殺した売春宿の用心棒のパソコンと、携帯電話で撮った写真をひとりのコンピューター・マニアに持ち込み、パスワードの解読と、写真に写っている人物の特定を依頼する。数週間後、パソコンが使用可能になり、ヨルゲはその中に収められていたビデオを見て愕然とする。それは、虐待される女性の映像であった。そして、ヨルゲにはその女性の顔に見覚えがあった。

英国からのキャベツに隠された大量のコカインを受け入れる準備と、それを横取りしようというムラドとネナドの計画が同時に進む。JWはその両方に関わっていた。一方、警察もその密輸入計画を察知し、関係者を一網打尽にする計画を進める・・・

 

 

<感想など>

 

この小説は実に長い。読み終わるのに二ヶ月を要した。何故長いか、それは主人公が三人おり、その三人にまつわるストーリーが並行して語られるからである。

@    チリ人の脱獄囚のヨルゲ

A    ユーゴ・マフィアのムラド

B    一攫千金を夢見る若者のJW

最初に彼らの間に接点はない。彼らの間の距離が次第に狭まっていき、最後に一挙に終幕を迎えるというのがこの小説の構成である。一章ごとに、語られる人物が変わり、それが繰り返されていく。ストーリーの要約を読んでいただくと、コロコロと語られる人物が変わりめまぐるしい感じがするだろうが、それでもかなりの章をひとつとにまとめて書いたものである。また、JWのストーリーも、彼自身の問題と、姉の失踪事件というふたつの流れがある。ムラドのストーリーにも、彼の本来の仕事の他に彼の娘に関するサブストーリーがある。複雑に絡まるストーリーは、よく整理されて描かれている。

 イエンス・ラピドゥスは、一九七四年生まれ、刑事事件を担当する弁護士を本業としている。彼は二〇一四年現在、本業の傍ら、三冊の犯罪小説を発表している。スティーグ・ラーソンは死亡しているし、ヘニング・マンケルも最近は犯罪小説以外のジャンルの小説に変化してきている。ラピドゥスは、新しい時代のスカンジナビア犯罪小説の若い旗手として、注目されている作家である。

 この小説を読んでいると、作者が弁護士であるという痕跡が、あらゆるところで見つけられる。まず、犯罪に関する描写が非常に生々しい。次に、話を整理するために、警察の文書や裁判所の判決文が使われる。また、JWの考える「資金洗浄」の方法などは、法律に通じている人物にしか、描くことができないであろう。

 最初に、ジョギングをしている若い女性が連れ去られる場面があるが、後でその場面の説明がない。流れからして、連れ去られたのはJWの姉のカミラであるというのが、妥当な結論であろう。

一言で表現すると、読むこと、読み終わることに、かなりの努力を必要とする小説である。しかし、ストーリーの構成、人物の設定などは、実に巧妙で、長いなりに読者を引っ張っていく魅力に満ちている。

201410月)

 

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