フィエルバッカの説教師

 

ドイツ語題:Der Prediger von Fjällbacka

原題Predikanten(説教師)

2004年)

 

<はじめに>

 

スウェーデンのアガサ・クリスティーと呼ばれる、カミラ・レックバリの第二作目である。第一作と同じく、舞台はスウェーデン西部の小さな海辺の町フィエルバッカ。レックバリ自身が生まれた場所でもある。第一作と同じく、地元警察の若手警察官パトリック・ヘドストレームと作家のエリカ・ファルクが事件に挑む。今回ふたりは一緒に暮らし始め、エリカは妊娠している。

 

<ストーリー>

 

 六歳の男の子が、両親のまだ眠っている早朝、フィエルバッカの郊外にある「王家の谷」と呼ばれる峡谷に、独りで遊びに行く。そこで男の子は女性の死体を見つける。

 エリカ・ファルクは妊娠八ヶ月、警察官のパトリック・ヘドストレームとフェルバッカで一緒に暮らしている。その年の夏、フェルバッカは厳しい暑さに襲われ、妊娠中のエリカには辛いものであった。パトリックは休暇を取っていたが、上司のメルベリ警視に呼び出される。メルベリは、峡谷で二十五歳くらいの若い女性の死体が発見されたこと、またその死体の横に、二人分の人骨が置かれていたことを告げる。メルベリは、パトリックに休暇を中断して、殺人事件の捜査を担当するように依頼し、パトリックもそれを受け入れる。

 

 一九七九年、十八歳の未婚の母であるシヴ・ランティンは、夏至のパーティーから深夜自転車で家に帰る途中であった。帰り道、彼女は転倒する。

 ロベルトとヨハンの兄弟は、二十代の後半になっても定食に就かず、母親の家に住んでいた。彼らは、空き巣を働き、その盗品を売ることで金を得ていた。

 パトリックは、彼自身、それにマルティンとゲランという刑事で捜査班を結成する。折しも警察コンピューターが使用不能になっており、彼とその同僚は、見つかった女性の死体に該当するような行方不明者がいないか、近隣の警察署に電話で尋ねることから、捜査を始める。パトリックは、一九七九年に、モナ・テルンバルドとシヴ・ランティンという名前の二人の若い女性が行方不明になり、その後発見されていないという事件を思い出し、警察署に残る古い資料を調べる。パトリックは、死体の横に置かれていた人骨が、行方不明になった二人の若い女性のものではないかと考える。

 十七歳のリンダは、年齢の離れた兄のヤコブの家に住んでいた。彼女は口うるさい兄を嫌っており、十八歳になったら家を出て、モデルなることを望んでいた。彼女は、密かに、従兄弟のヨハンと会っていた。ヤコブとリンダの父、ガブリエル・フルトはロベルトとヨハンの父であるヨハネスの弟であった。ヨハネスは亡くなり、二人の兄弟は、母親のソルヴェイグによって育てられていた。税理士として成功したガブリエルは裕福であったが、ソルヴェイグは貧しかった。

ヤコブは、これまで、身寄りのない、あるいは素行の悪いティーンエージャーを引き取り、自分の農場で働かせていた。自分の妹リンダを引き取って住み始めたヤコブだが、彼女との神経戦にすっかり疲れ果てていた。これまで、リンダの行いに色々文句をつけていたヤコブだが、最近は何故か、リンダのやりたいようにさせていた。リンダはそれに当てつけるように、わざと乱暴に、わがままに振る舞っていた。

 パトリックは、過去の二人の若い女性の行方不明事件のファイルを調べる。そして、ヨハネス・フルトと言う男が、当時唯一の容疑者として逮捕されていることを知る。ヨハネス・フルトは、弟のガブリエルにより、女性が殺された夜、彼がその女性と一緒にいるのを見たと告発されていた。結局、証拠不十分でヨハネス・フルトは起訴されなかった。そして、彼は数か月後に自ら命を絶っていた。

 エリカは、街の図書館へ出向き、古いローカル新聞を使い、行方不明になったふたりの女性の周辺を調べ始める。

 ドイツ人の若い女性が警察署を訪れる。パトリックが、リーゼ・フォルスターというそのバックパッカーの話を聞く。彼女によると、旅先で知り合い一緒に旅をしていたターニャ・シュナイダーという女性が、一週間前にキャンプ場から突然姿を消したという。パトリックは死体の写真をリーゼに見せる。リーゼは殺されたのはターニャであることを確認する。リーゼによると、ターニャはフィエルバッカで片づけなければならない用事があると言って、この場所に来ていた。

 

 一九七九年夏。女性は目を覚ます。暗闇の中で、下着一枚で寝かされているのに気付く。

 検死の第一報が警察のマルティンに届く。直接の死因は絞殺だが、一週間の間に身体のあちらこちらの骨が折られており、また、身体中に切り傷があり、女性はその間、激しい痛みに耐えていたことが考えられる。また体内から精液が見つかったが、そのDNAはどこにも登録されていないとのことだった。死亡推定時刻は見つかった朝の前日の午後六時から十一時の間、他の場所で殺されて峡谷に運び込まれていた。また一緒に見つかった二体の人骨は若い女性のもので、同じような危害が加えられ、長く土の中に埋められていた形跡があった。

 

 一九七九年夏。女性は誰かが定期的にやってきて、自分の頭や身体を撫ぜまわすのを感じる。

 パトリックとマルティンは、警察の資料と、エリカがコピーした昔の新聞記事から、殺されたふたりの女性と、その周辺の当時の事情を再現しようと試みる。まず、ふたりの若い女性の間の関係は見つからなかった。モナは学校で成績もよかったが、シヴは十七歳で未婚の母となり、学校も退学していた。また、ガブリエルとヨハネスの父、エフライム・フルトは「奇跡を起こす説教師」としてスウェーデンの町々を旅した後、信者のひとりから、フィエルバッカの広大な土地と屋敷の寄付を受けた。その屋敷をガブリエルが相続し、現在住んでいるという。

 白骨死体のひとつが、モナのものであることが正式に判明し、パトリックはフィエルバッカの郊外に住む、彼女の父親にそれを伝えに行く、正式に娘の死の知らせを受けた年老いた父親は、長い間の不安定な状態から解放された安堵の表情を浮かべる。彼はパトリックに娘の写真を見せる。パトリックは、もうひとりの犠牲者、シヴ・ランティンの母親を訪ねる。彼女は金持ちの男性と再婚していた。母親は、シヴの死後、シヴの娘を父親であるドイツ人に渡した、しかし、その娘は数年後交通事故で死んだと述べる。

一方、マルティンはドイツの警察に連絡を取り、殺されターニャの身元を明らかにしようとする。ドイツ語の通訳を頼むため、観光案内所を訪ねる。そこで働くひとりの若い女性、ピアが、殺されたターニャが行方不明になる前日観光案内所を訪れ、一九七九年に若い女性ふたりが行方不明になった時のスウェーデン語の新聞記事を、ドイツ語に訳してくれと頼んでいたことを知る。

 ガブリエルの家に、ソルヴェイグが押し掛ける。

「お前が警察に通報したせいで、夫はそれを苦にして自殺した。新しい死体が見つかったことで、夫が犯人でないことは明白になった。お前は夫、自分の兄を殺した悪魔だ。」

とソルヴェイグはガブリエルを罵る。ソルヴェイグは、父親のエフライムが、自分よりも兄のヨハネスを愛していたことに、ガブリエルが嫉妬していたと言う。ロベルトとヨハンは、自分達の父親が殺人犯ではないかという嫌疑が晴れたことを喜ぶ。

 夕食の席で、ヤコブは久々に妹のリンダとまともな会話を話す。リンダが、彼等の父ガブリエルと、その兄のヨハネスの関係について質問してきたからである。ヤコブは祖父にあたる「説教師」エフライムがヨハネスとガブリエルには病気を治す力があると言って連れ歩いていたこと、当時美貌を誇っていたソルヴェイグが、最初はガブリエルと結婚するはずになっていたが、直前になってヨハネスの乗り換えたこと。ある時、エフライムが、財産を全てヨハネスに遺すように、遺言状を書き換えていたことをリンダに話す。

 その夜、ガブリエルが外出していたため、独りで屋敷にいた妻のライネは、二人組が庭に侵入し、窓に石を投げ込むのを見る。翌朝、パトリックと同僚のゲランは、ガブリエルからの通報を受けて、屋敷を訪れる。ライネは石を投げ込んだのは、ロベルトとヨハンの兄弟に違いないと言う。パトリックとゲランは兄弟が母親のソルヴェイグと住む家を訪れる。彼等はガブリエルの屋敷とは比べものにならない粗末な家に住んでいた。彼らは前夜家に居て、一歩も外出していないと証言する。

 その週末、ガブリエルは仕事部屋にいた。趣味のない彼にとって、数字を扱っている時間だけが、落ち着く時間であった。彼は子供の頃を回想する。父のエフライムは、幼いヨハネスとガブリエルを連れて旅をしていた。人々は、ふたりの子供に触れると病気が治ると信じ、争って彼等に触ろうとした。しかし、彼らが思春期を迎えるとその「治癒力」は消滅する。エフライムはフィエルバッカに定住することになる。一貫して兄のヨハネスがエフライムのお気に入りであり、ヨハネスは常に兄に嫉妬を感じていた。

 

一九七九年、暗闇の中に寝かされている女性は、残してきた幼い娘のことを考える。

キャンプ場に住むメラー夫妻は、十六歳の娘ジェニーが、夜にフィエルバッカに遊びに行ったきり戻らないと警察に通報する。キャンプ場で両親と一緒に休暇を過ごすティーンエージャーのメラニーは、パトリックの訪問を受ける。彼女は、ジェニーが行方不明になった日の夕方、バス停で待ち合わせて一緒にフィエルバッカの街中に行くことになっていた。しかし、約束の時間にジェニーは現れず、メラニーは独りでバスに乗ったという。ジェニーが、同じくキャンプ場の客であるペール・トルソンという若者と仲が良かった聞いたパトリックは、彼を訪れる。ペールは、その日の夕方、自分がジェニーを引きとめたことによって、ジェニーはバスに乗り遅れ、彼女はヒッチハイクで街に行くと行って去ったと話す。

 リンダは兄夫婦が留守の間に、ヨハンを自分の家に呼ぶ。父親の死により、ヨハンは二十四年前、五歳のときにこの家を去っていた。ヨハンが家に足を踏み入れるのはそれ以来であった。ヨハンは懐かしさに襲われる。彼とリンダは、互いの父親の過去に遡った話を始め、そのうち激しい口論になる。

 ドイツの警察からのファックスで、殺されたターニャには離婚した夫がいたことが分かる。マルティンはその元夫に電話をする。元夫は、ターニャの父親がオーストリーに住んでいること、父親と娘は二年前に大喧嘩をし、それ以来交流がなかったことを告げる。マルティンは、その父親に電話をするが、父親は電話に出ない。

 ヤコブは母親のライネを訪れる。ヤコブは白血病であったが、祖父のエフライムの提供した骨髄移植で助かったことが明らかになる。エフライムの住んでいた部屋は、彼の死後も手をつけずに残されていた。ライネはソルヴェイグを訪れる。実は、ふたりは古くからの知り合いであった。ライネはソルヴェイグに毎月口止め料を支払っていた。

 キャンプ場で行方不明になったジェニーの捜査に対する協力を得るため、警察の記者会見が行われる。その直前、パトリックは、見つかった二体目の骨がシヴのものであること、また、付着していた土に農場で使われる農薬が混ざっていたことの報告を受ける。その農薬の種類やメーカーも特定されていた。殺人事件や、行方不明事件で、観光客はフィエルバッカに寄り付かなくなる。市長は警察署長のメルベリに、大都市の警察からの応援を仰ぐように要請するが、メルベリはそれを拒否する。

 メラニーがキャンピングカーに独りでいると、ドアをノックする音がする。ドアを開けると、男が入ってきて、メラニーに襲いかかる。しかし、そのとき鉄の棒を持って入ってきたペールによって男は頭を殴られ、警察に逮捕される。その男は、十八歳のとき強姦罪で逮捕され、五年間の服役の後、釈放されたばかりのモルテン・フリスクという前科者であった。ペールは、若い女性に異常な視線を注ぐその男を不審に思い、見張っていたのであった。フリスクは警察で、パトリックの取調べを受ける。しかし、その手口から、パトリックはフリスクが、ターニャの殺害や、ジェニーの誘拐の犯人ではないのではと感じ始める。

 マルティンはターニャの父親に電話で話すことに成功する。その話は、まさに事件の突破口になるものであった。リンダはヨハンに侘びをいれ、関係を戻そうとするが、これまで優柔不断だったヨハンは態度を変え、彼の知っている秘密を楯に逆にリンダに圧力をかけ始める。

 

 暗闇で寝ている女性は、もうひとりの女性が横にいることを知る。

 パトリックは再びシヴの母親、グンを訪ねる。彼は、シヴの娘がドイツ人の父親に引き取られたというのは嘘で、実は娘は生きており、殺されたターニャこそがシヴの娘、グンの孫であることを告げる。パトリックはターニャが自分の母親の失踪について調べていたことから、彼女がその鍵を握る誰かと会ったのではないかと推理する。

パトリックは、ヨハネスの自殺そのものに疑問を抱き、マルティンと一緒に、ヨハネスの妻、ソルヴェイグと息子たちの住む家を訪れる。第一発見者の息子のロベルトの話や、妻のソルヴェイグの話を総合すると、ヨハネスが自殺したとき、警察には一切連絡されず、エフライムと、その知り合いの医者で、一切の手続きがなされたことを知る。ヨハネスが実は死んでいないのではないかと疑うパトリックは、ヨハネスの墓を掘り返す許可を申請し、それは認められる。翌日の早朝、墓が掘り返され、棺の蓋が開けられる。パトリックの予想に反して、棺の中にはヨハネスのもとと思われる遺体が入っていた。

殺されたターニャの体内から発見された精液はフリスクのものでないことが判明する。ターニャの殺人事件の捜査は、振り出しに戻ったことになる。秘書のアニカは肥料会社に電話をかけ、骨に付着していた土に含まれていた農薬を売った客のリストを見せてくれるように依頼する。フィエルバッカ周辺で、その農薬を買った農家は一軒だけだった。アニカは、ゲスタとエルンストの二人の刑事に、その農家を訪れることを依頼する。ふたりはその農家へ行くが、特に最近穴を掘ったり埋めたりしたような形跡は見つからなかった。

ヨハンは、自分からの電話を無視するリンダに腹を立て、知っていることを警察に話そうと決意する。彼はパトリックに電話をし、自分が干草の小屋にリンダとふたりで会っているときに、外にターニャを見たという。パトリックとマルティンは、父母の家にいたリンダを訪ね、両親の前で、リンダもターニャを見たかと聞く。リンダはそれを認め、兄のヤコブも、ターニャに会っているはずだと答える。リンダからの尋問の帰り道、パトリックは検視医からの電話を受け取る。棺の中に入っていたのは、確かにヨハネスの遺体であったが、死因は首を吊ったことではなく、頭を殴られたことによるという知らせをうける。ヨハネスの死は、自殺ではなく他殺であったのだ。

ケネディー・カールソンはヤコブの農場で働いていた。彼は、米国かぶれの母親につけられたさケネディーという名前を嫌い、自分ではそれが元でぐれ始めたと思っていた。彼は荒れた少年時代を送った後、ヤコブに引き取られ、ヤコブの中に神を見つけたと思っていた。ヤコブを慕うケネディーは、ヤコブとフルト一家を頻繁に訪問する警察に腹を立てていた。ヤコブの家に、パトリックとマルティンが現れる。パトリックはヤコブに、ターニャを見なかったかと尋ねる。ヤコブはそれを否定する。警察官が帰った後、ケネディーは、ヤコブを助けるためなら自分は何でもすると申し入れる。

ロベルトは、いつまでも自分の若い頃の写真を見ている母親のソルヴェイグに腹を立て、アルバムを床に叩きつける。エルンストは、百貨店で、店員に万引きをしたと疑われたロシア人の女性を警察に連行する。彼女は、実は署長のメルベリがロシアから来させた愛人であった。メルベリもその女性に手を焼いており、彼はエルンストを許し、愛人をロシアに送り返すことを約束する。

検視医は、正式にヨハネスは自殺でなく、頭を鈍器で殴られての他殺であると認定する。また、ターニャの体内から発見された精液のDNAは、ヨハネスの極めて近い親族のものであることパトリックに告げる。ヨハネスの親族の男性は、ヨハン、ロベルト、ヤコブ、ガブリエルである。パトリックは、フルト家全員の血液検査をすることを裁判所に申請する。それは認められ、警察と医者は、フルト家の全員の血液を採取、DNAの調査に取り掛かる。その結果は、誰もが予期しないものであった・・・ 

 

<感想など>

 

ドイツ語で四百ページを超す、長大な小説である。

上記のメインストーリーの他に、いくつかのサブストーリーがある。まず、夏の間、手軽で無料のホリデーハウスとしてパトリックとエリカの家を利用しようとする、あつかましい親戚や友人たち。また、乱暴者の夫と離婚し、金持ちのボーイフレンドと付き合い始めたものの、しっくり行かないエリカの妹アナ。エリカとアナの姉妹の関係が語られる。エリカが、気に入らない滞在者の頭にスパゲティーのソースをぶちまけ、彼らを退散させるという結構痛快なエピソードも登場する。小説が長いもうひとつの原因に、人間関係を過去に遡って、実に詳細に描いていることもある。また被害者の両親の悲しみなども、丁寧に描かれている。

レックバリは「スウェーデンのアガサ・クリスティー」と呼ばれているが、それは「エルキュール・ポワロ」シリーズとの類似からではなく、「ミス・マープル」シリーズからであろう。小さな町で起こる事件が、そこに住む人間関係を掘り下げることによって解決されるという点は確かに似ている。しかし、それ以上に、登場人物の描き方で、レックバリはクリスティーの手法を受け継いでいると思う。

登場人物が皆ステレオタイプである。テレビ向けというか、登場人物が類型化され、その部分しか描かれていない。例えばシヴの母グンは、お喋りで、自己中心的で、全ての会話を自分の方へ持って来る。映像化されれば、いかにも自己中心的な女優が選ばれ、それらしきメーキャップをし、最初から最後までそれらしい演技をするのだろう。別の例を挙げれば、アナの新しいボーフレンドのグスタフ。ハンサムだが高慢で、金と地位があることを鼻に掛け、子供を嫌っている。これも映像化されたならば、それなりの男優がそれなりの衣装を着て、それなりの演技をするのだろう。最初から最後まで同じ演技を。シューヴァル/ヴァールー、マンケル辺りから、捜査官も犯人も、ひとりの人間として、悪い面も良い面も描くという手法が定着した中で、このようなオーソドックスな人物描写を続ける作家がいたことが、正直驚きであった。二十数年間の時を経て起こった、複雑な人間関係を背景とした事件を、実に緻密に、巧妙に描いている。ストーリー自体は完璧だと思う。しかし、この作品を個人的に好きになれない原因は、まさにその人物描写によるものであった。

この小説の人間関係を理解するには系図を書かねばならない。まずそれを完成させ、それを参照しながら読んでいくことをお勧めする。

田舎の警察署なので、「捜査班」と言っても、パトリック、マルティン、ゲスタの三人である。しかし、三人が殺された事件、いかに田舎で起こったからと言っても、いかに夏休みの季節だと言っても、三人だけで捜査が進められるのが、ちょっと不自然ではある。マルティンは若い刑事、先輩のパトリックから色々学ぶ立場にある。ゲスタはゴルフ狂の定年間近の窓際族の刑事である。しかし、彼らは捜査をパトリックと続けるなかで立派に「成長」し、最後はなかなか鋭いことを言うようになり、活躍する。その成長過程は面白い。

スウェーデンというと「寒い国」というイメージがあるが、この物語を通じて語られるのは夏の「耐え難い暑さ」である。と言っても、日本の夏の暑さに比べると、天国のような気候なのだが。

作家のレックバリは、執筆活動の他にも、テレビによく登場する、スウェーデンのセレブということである。その点では、クリスティーというよりも、「ハリー・ポッター」の作家のJK・ローレンスと似ている。

総括すると、ストーリーは面白いが、自分好みではない作品である。

 

20159月)

 

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