六甲山

 

深い谷の上を進む六甲有馬ロープウェイ。鉄柱の間が四百メートルを超える場所もある。

 

「♫六甲おろしに颯爽と、蒼天翔る日輪の〜

この歌知ってる?知ってるって、嘘ばっかり。これは阪神タイガースの応援歌。これをきみが知ってる確率は、僕がきみの故郷の「ハイドラバード州の歌」を知ってる確率よりも少ないと思うよ。ところでここに出て来る「六甲」というのは、神戸の後ろにそびえる山。有馬温泉は、神戸から見ると、その山の向こうにあるんだ。二日目はその六甲山、九百三十一メーターに登ってみることにしたの。八十歳の老人を連れて登れるのかって?心配ご無用。有馬温泉から六甲山頂まではロープウェイがついているんだ。

 朝起きて、まずお風呂に入る。今度は「内湯」。その後、母がいつものように「朝の連続テレビ小説」を見ている間に、朝食が部屋に運ばれてきた。つまり、日本の伝統的な宿泊施設である「旅館」に泊まると、食事のために部屋を出る必要がないわけね。全部がルームサービス。便利でしょ。ちなみに「朝の連続テレビ小説」通称「朝ドラ」は、月曜日から金曜日までの朝八時から十五分間、英国のBBCに当たるNHKでやっている連続ドラマなの。BBCの超長寿番組「イーストエンダーズ」を、朝やっていると思ってもらったらいいね。でも、「イーストエンダーズ」は三十年間ストーリーが連続してるけど、日本の「朝ドラ」は半年に一度ストーリーが変わるんだ。朝八時というと、お父さんたちはもう仕事に出かけた時間。だから、ハズバンドを送り出した奥さん連中が見るということを想定して作られている。日本にいる間、毎日見てたけど、結構面白くて「はまる」んだよね。

 さて朝食の後、母と僕はロープウェイの乗り場に向かって歩き出した。その日も天気は良いけど、風が冷たい朝。これからロープウェイを使わず、自分の足で歩いて登るというおばさんに出会い、少し話をしながら歩いた。トレッキングのコースも色々あるみたいね。

 ロープウェイは、有馬温泉駅から六甲山頂駅まで十二分。「たったの十二分」って思うかも知れないけど、これが結構長い。松の木の茂った深い谷の上を越え、数百メートルを一挙に登る。山頂の駅から五分ほど歩いた場所に展望台があったの。眼下には神戸の街、その向こうに瀬戸内海が広がる。雄大な景色。海岸は埋め立てが進んでいて、人口の島が広がっている。地図で見る地形を、実際に確認できるのは面白い。昼間の景色も良いけど、これが夜景だったら最高なのにと思ってしまうよね。

その日は、昼前にまた有馬温泉まで降りて、そこから前日と同じコースをたどって京都に戻ったの。まだちょっと寒かったけど、母と小旅行ができたことは、ふたりにとって、良い思い出になったと思うよ。

ところで、日本へ帰る前、二月の終わりに、二週間フランスで働いていたの。そうそう、僕がいつも言ってる、ダンケルクっていう町。英国から見ると、ドーバー海峡の向こう側の海辺の町なんだ。第二次世界大戦の初期、ドイツ軍の電撃戦でダンケルクの海岸に追い詰められたフランスや英国の兵士を、民間の船を総動員して救出した「ダンケルク撤退作戦」で有名な場所。白い砂浜の広がる場所で、夏は良いんだけどね。冬はひたすら寒いだけ。海岸の松の木なんて、風に押されて斜めに立ってるもん。冬の最中に、何もないダンケルクに二週間居たの。マイナスの気温で、風も強く、夜ホテルに帰ったら、寒くて外にも出られない。そんなとき、「ユーチューブ」で日本のコメディを見ていたの。それが「吉本新喜劇」なの。

 

六甲山の山頂から見た、神戸の街と、瀬戸内海。僕の飛行機の下りた人工島、関西空港も見える。

 

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