神戸ビーフ

 

今や世界の珍味となった、神戸ビーフが運ばれてきた。

 

ホテルの部屋に落ち着いて、茶を飲んだ母と僕は、いよいよお風呂に入りに行くことにしたの。温泉地には普通「外湯」(アウトサイド・バス)と「内湯」(インサイド・バス)がある。「外湯」はパブリックで、銭湯のようにお金さえ払えば誰でも入れる、「内湯」はホテルの中にあり、そのホテルのお客さんだけしか入れない。そんな仕組み。僕たちは、外湯に入りに行くことにした。有馬温泉には「金の湯」(ゴールド)と「銀の湯」(シルバー)というふたつの外湯があって、「ゴールド」の方は、褐色の湯で、「シルバー」は透明の湯なんだって。ホテルの従業員のおばさんのお勧めで、僕たちは「ゴールド」の方へ行った。

狭い街の中を歩いていると、中国人の団体さんと出会ったの。最近、京都でも、中国からの観光客が多いけど、温泉地も中国人に人気があるとは思わなかった。中国の人も温泉が好きなんだね。

「金の湯」は、浴槽がひとつだけの結構小ぶりな風呂で、京都の銭湯や、金沢のスーパー銭湯の方が広いくらい。しかし、ここは由緒と伝統のある風呂なので、しっかり浸かっていかないとね。褐色に濁った湯で、浴槽の底が見えないので、入るときちょっと不安になる。風呂の中で、シカゴから来たアメリカ人の男性と(もちろん男性しかいないんだけど)話したけど、彼も風呂は日本が世界に誇るべき文化だと言ってた。世界中の人々が「裸のお付き合い」、よろしいんじゃないでしょうか。まあ、当然のこととして、同性としか付き合えないけどね。

なかなか温まる良い湯だったけど、三十分以上中にいると、さすがに「のぼせて」きた。船岡温泉や、満天の湯では、露天風呂があって、身体が熱くなり過ぎたら、外へ出て涼めばよかったんだけど、ここは外へは出られないんだ。さすがに一時間は無理、僕は風呂から出て、受付のベンチに座り、自動販売機で買った缶ビールを飲んでいた。「風呂」と「ビール」これは僕にとって、切っても切り離せないものなの。

夕方六時前にホテルに戻って、僕は野球の中継を見始めた。その日は日本のプロ野球の開幕の日。野球を見るのが好きだけど、英国では見る機会が全然ない僕。結構貴重なチャンスなんだ。僕の贔屓のチーム「阪神タイガース」の試合を見ている。監督も代わったし、有望な新人も入ったし、今年は楽しみ。野球中継に見入っていると、客室係りのおばさんたちが、夕食を運んで来てくれた。携帯コンロの上には、スープのたっぷり入った土製の鍋が乗っているの。

「和牛」、「神戸ビーフ」って聞いたことある?ビールを飲ませて育てる牛のことかって?そうそう、その通り。「キャビア」、「フォアグラ」、「トリュフ」などと並ぶ珍味として、最近はヨーロッパでも人気があるよね。赤身に網の目のようにきめ細かい白い脂肪が混ざっているわけ。その日の夕食は、その神戸ビーフだったわけ。美味しかったよ。向こう側が透けて見えるくらい薄く切った神戸ビーフを、煮えたぎったスープに浸して、ゴマの風味のソースに漬けて食べるの。口の中でとろけるくらい美味しかったね。「しゃぶしゃぶ」っていう、変な名前の料理なんだけど、これ薄いものを水の中で揺り動かすときの日本語独特の表現なの。

たっぷり肉の旨みの出たスープに、今度は野菜を入れて食べるわけ。その後、たっぷり肉と野菜の味が出たスープにライスを入れて食べるわけ。温かいし、美味しいし、栄養のバランスは取れてるし、とっても良いコンビネーションでしょ。

 

ロープウェイの上から見た有馬温泉、山に囲まれているのがよく分かる。

 

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