打たせ湯で修行僧気分

 

那谷寺。自然の岩が巧みに造園に利用されている。

 

京都を出たときの天気は曇り空だが、日本海側に出たとたんにガラッと天気が変ることがあるので油断はできない。「サンダーバード」は敦賀に停車、その後北陸トンネルに入る。トンネルを出ると、何とまだ一面に雪が残っている。福井辺りでまた雪が消えた。

 小松で下車する。金沢大学で学生をやっているとき、小松へは陸上の試合で何度も来たことがある。しかし、駅前はすっかり変ってしまい、昔の面影は全くない。義父母の出迎えを受ける。ホテルに入るのはまだ早いので、途中那谷寺に寄る。細かい雨が降り出した。

この寺は自然の奇岩で有名なのだが、僕はここ苔が好き。庭に生えている苔は、京都の苔寺(西芳寺)以上に美しいと思う。僕はその苔を見るだけでも来る価値があると思うのだが。

北陸に住んだことのない生母とチズコ叔母は木々の「雪吊り」が珍しそう。庭の所々にはまだ雪が残っている。訪問客は僕たち四人(義父は車で待っているので)以外に誰もいない。天然の岩をくり貫いてそこに石仏がある。岩に刻んだ階段を上がって行けるのだ、今日は雨で滑りやすく、とてもそこへは行けない。

 四時半ごろに山代温泉の温泉ホテル「山下家」に入る。途中通り抜けた粟津温泉もそうだが、山代の街もずいぶんガランとしている。思わず「ゴーストタウン」という言葉が頭に浮かんでしまう。

「先週も、山中温泉の何とか言う老舗のホテルが倒産したんじゃ。」

と運転している義父が言った。

 落語の第一回目の始まるのが五時半なので、それまでさっと温泉に浸かることにする。うちのグループは、僕以外皆女性なので、ひとりで大浴場に行く。お湯が清水寺の音羽の滝のように落ちてくる「打たせ湯」が僕のお気に入り。その下にいると、ちょっと滝に打たれている修行僧の気分。思わず、手を合わせて、

おんあぼきゃべいろしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたや

と経文を唱えたくなる。最近、コンピューターとピアノの練習で、腕と肩を酷使しているので、そこに当たる湯が心地よい。

 五時半、皆でホテル内の演芸場「ほのぼの亭」に出かける。このホテルでは上方落語の若手が、一晩に二席ずつ四席語るのだが、それも宿泊料金に入っているので、なかなかお得である。その日の演者は笑福亭鶴瓶師匠の弟子、笑福亭恭瓶と笑福亭瓶吾。後者は「ビンゴ」と読ませている。ネタは五時半の部が、狸がサイコロに化ける「狸賽」、田舎の宿屋の従業員が「手水を回す」という意味の理解に苦しむ「手水回し」、八時の部のネタは、怠け者が移動動物園のトラの着ぐるみをやらされる「動物園」、それとちょっと艶笑ネタの「目薬」。実は、僕はこれらの話の、登場人物から、筋から、オチに至るまで全て知っている。それでも聞いていて面白い。と言うのは、生の落語は噺家と観客の交流があるから。演者が客をくすぐったり、客が茶々を入れ、それに演者が反応したり、そのやり取りが実に面白い。

ここのホテルで演じた噺家さんたちの写真が飾ってあった。

 

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