手を振る女性と美人バス運転手

 

通っていた幼稚園。もう四十五年以上前だが、基本的に変わっていないのが京都らしい。

 

話は二月二十七日に戻る。午後二時、僕は、西院にあるサクラに向かって歩き出した。天気は悪く冷たい風が吹いている。向かい風だが、京都の街を北から南に歩くと下りなので、一時間で着けると思う。途中までは僕が幼稚園に通った道だ。「母園」(「母校」があるなら「母園」もある?)乾隆幼稚園の前を通り過ぎる。千本通を下り、丸太町で右に折れ、円町から山陰線のガードを潜り西院に向かう。

 予定より五分遅れで、サクラの家に到着。最初三十分ほどサクラと話す。マユミとワタルが暮れに日本へ帰った時はサクラのうちにごやっかいになっていた。娘さんのマヤは昨日で入試が終り、今日は友達と遊びに行っていて留守だという。

「合格するといいね。」

また、お母様が足の骨を折り入院中とのこと。お母様のH夫人は、昨年僕が帰ったときも手の骨を折って入院中だった。今度も僕の実家の近くの病院だし、また見舞いに行こうと思う。その日は一日中頭がボウッとしていて、サクラと何を話したか余り覚えていない。

ピアノの練習を始めたが、まるで他人が弾いているよう。音もどこか遠くから聞こえてくるような感じ。

五時過ぎに、サクラの家を出る。サクラはいつも僕が視界から消えるまで手を振ってくれる。門を出て、

「じゃまたね。」

と言って手を振る。十メートルほど行って振り返るとまだ彼女は手を振っている。もう十メートル行って振り返っても同じ。角を曲がるときに最後に振り向くと、まだ手を振っていた。そんな彼女の気遣いが僕は好きだ。

来るときにもう一時間以上歩いたし、辺りは暗くなり始めていたので、円町から二〇五番のバスに乗る。車内アナウンスで気がついたけど、女性の運転手。それも、すごく優しい声。

「次は北野中学前、お降りの方はお知らせ願います。ドアが開きます。」

ゾクゾクするような声。しかし、普通の乗客の位置からは運転手の顔は見えない。

降りるときに顔を見ることを期待する。果たして、建勲神社前で降りるとき、その女性運転手の横顔を見た。短い髪で細身、きれいな人だった。ロンドンにも女性運転手はいるけど、たいていは、お尻が運転席にやっと入るような太ったおばちゃんばっかだもんね。う〜ん、この美人運転手の運転するバスに乗れたことが、本日の最大の収穫と言わねばなるまい。

鞍馬口の生母の家に戻る。母の作った夕食はカボチャのグラタン。母のグラタンは絶品で、うちの子供たちは一時母のことを「グラタンのお祖母ちゃん」と呼んでいた。ちなみに、料理の好きな僕だが、ホワイトソースを作るのだけは苦手。グラタンは我が家では妻のマユミのレパートリーになっている。

 

母とグラタンを前に。いただきます。

 

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