「ラザロ」
Lazarus
(2018年)
<はじめに>
二〇一八年に発表された、ケプレルの「ヨーナ・リナ」シリーズの七作目。四作目から引き続き、「完璧な犯罪者」ユーレック・ヴァルターが登場し、ヨーナとの頭脳戦の一騎打ちを見せる。
<ストーリー>
懲役四年の判決を受けたヨーナ・リナは、刑期の半分を勤め上げた後出所。社会貢献のために、警察のパトロール班に配属されていた。彼は、間もなく、元の職務であるストックホルム警察凶悪犯罪課の警視として、復帰する予定になっていた。
彼は、ガールフレンドのヴァレリア・デ・カストロを訪れる。彼女は、ガーデンセンターを経営していた。土曜日、ヨーナはヴァレリアの家に泊まる。日曜日の朝、ヴァレリアの家の前に車が停まる。降りてきたのは、ヨーナの元同僚、検屍医のニルス・オーレンであった。オーレンは、ヨーナに何枚かの写真を見せる。ノルウェーで、骨董商を営む男が死んでいるのが発見された。そして、男の冷凍庫の中から、数多くの腐敗した人間の遺体の一部が発見された。その中に、ヨーナの妻スマの頭蓋骨があったという。スマは数年前に、ユーレック・ヴァルターに殺されていた。殺された男が、スマの墓を暴き、頭蓋骨を持ち去ったのだった。
保安警察の刑事、サガ・バウアーには、腹違いの妹、ペレリーナがいた。サガの父親と一緒に住むパレリーナはダウン症だった。一度は父親との関係を絶ったサガだが、最近は頻繁に父親の家に出入りしていた。サガはペレリーナを学校に向かえに行くなど、世話を焼いていた。ペレリーナも姉のサガに懐いていた。
パトロールをしているヨーナに、警察署の元上司、カルロス・エリアスソンから電話が架かる。ドイツ、ロストック警察署の警視、クララ・フィッシャーが、至急ヨーナに連絡を取りたがっているという。キャンプ場のキャンピングカーの中から、子供を性的に虐待した罪で服役し、最近出所したばかりの男の死体が発見されたという。ヨーナはドイツ、ロストックへ向かう。彼はそこで、ドイツ側で捜査を担当するクララと会う。殺されたのは、ディッシンガーという男だった。彼は、激しく鞭うたれた跡、射殺されていた。顔は痕跡を留めないほど傷つけられていた。そして、ディッシンガーは数日前、ヨーナの携帯に電話をしていた。その理由で、ドイツの警察はヨーナに連絡を取ったのだった。ヨーナは、ノルウェーとドイツのふたつの殺人事件が、自分を軸に、互いに関与していることを知る。彼は、その関連性に対し、ひとつの仮説を見つけていた。
スウェーデンに戻ったヨーナは、元同僚の保安警察刑事、サガ・バウアーと共に、オーレンを訪れる。ヨーナは、ユーレック・ヴァルターが生存している可能性についてふたりに相談したいと言う。ヴァルターは、一年前、逃亡中にサガし撃たれ、川に転落した。その死体は、懸命の捜索にも関わらず、川からも、それがつながる海からも、発見されなかった。しかし、半年後、海岸に流れ着いた遺体から切断された指の指紋とDNAがヴァルターのもとと一致し、ヴァルターは死亡したと考えられていた。死体は、発見した老人が火葬にしたが、その際老人は死体の写真を撮っていた。死体には頭部がなかったが、背中に、サガに撃たれたものと思われる銃創が見られた。サガは、ヴァルターが死んだことは間違いないと言い張るが、オーレンは、彼が生存している理論的な可能性はあると言う。
ノルウェーで発見された遺体も、ドイツで発見された遺体も、激しい暴力を受けており、背中に鞭で打たれた形跡があった。警視ナータン・ポロックは、同じようなケースを、最近ヨーロッパで発生した殺人事件の中で探す。ウクライナで、国立公園の守衛が殺され、彼が鞭で打たれているというケースがあった。犯人と思われる男が、監視カメラに写っていた。それは、身長二メートルはあろうかと思われる、屈強な男だった。
ヴァルターの生存を確信したヨーナは、パリにいる娘のルミに電話をする。
「ヘルシンキで見た日食を覚えているか?」
それが、ふたりの間で、危険を伝えるために取り交わされていた符丁だった。ルミはそれに反応し、アパートから隠してあったピストルを取り出し、列車でパリを去る。途中、交通機関を次々に乗り換え、ジュネーブに向かう。ヨーナはヴァレリアに危険を伝え、緊急に避難するように伝えるが、彼女はそれを拒否する。また、警察の護衛を付けられることも拒否する。ヨーナは、サガにも同じことを要請するが、ヴァルターの生存を信じないサガは、身を隠すことを拒否する。
「ヴァルターに会ったら、躊躇なく、すぐに殺すように。」
そう言って、ヨーナはサガの下を立ち去る。
ヨーナは電車でコペンハーゲンに向かう。尾行に気付いた彼は、電車を発車間際に飛び降り、そこからタクシーで空港に向かう。誰かが緊急ブレーキを引き、列車は駅を発車後急停車するが、ヨーナは既にタクシーで駅を離れていた。飛行機でフランスに着いたヨーナは、偽名のパスポートで入国、レンタカーで国境を越え、ジュネーブに向かう。そして、そこで娘のルミと落ち合う。
サガとポロックは上司のカルロスに会う。二人は、残忍な犯罪が、欧州各所で次々に起こっていること、その背景にユーレック・ヴァルターが存在する可能性があることなどから、捜査班を結成することを要請する。しかし、ヴァルターは死んだと信じているカルロスは彼らの意見に取り合わない。しかし、最後には、ふたりの熱意に負け、二人だけの捜査班で一週間だけ捜査をすることを許可する。
ヴァレリアは、ガーデンセンターの閉店間際、常連客の一人の他に、二メートルはある大男が温室に居るのに気付く。男は先ず、常連客を殴り倒し、ヴァレリアを襲ってくる。彼女は、森の中に逃げるが、男に追いつかれてしまう。
サガとポロックは、スウェーデンで起こった凶悪犯罪事件の手口を調査していた。ストックホルムの「ピルグリム・バー」という飲み屋で、主人と客の女性が殺される。ふたりとも顔の形が変わるほどの暴力を受け、店の中は台風の後のように、破壊尽くされていた。そして、今回は目撃者と、質の悪い画像ながら、監視カメラが犯人を捉えていた。その男は、ウクライナの国立公園で写真に撮られた大男であった。
「少なくとも、犯人はユーレック・ヴァルターではない。」
サガは少し安心する。
目撃者の証言で、男が真珠のイヤリングをしていたことが分かる。また、現場に、「ヘッド」というハードロック・クラブのマッチが残されていた。サガはその夜、単身深夜にオープンするハードロック・クラブを訪れる。サガは、真珠のイヤリングをした大男を見かけるが、群衆を掻き分けて接近する間に、男は消えてしまう。閉店後、サガは、店のスタッフに、大男と話したことがないかと尋ねる。皆が否定する中で、サガは若いダンサーの女性が目をそらしたことに気付く。サガは、ダンサー、アナ・シュリンに声を掛け、コーヒーに誘う。
アナは、真珠のイヤリングをした大男と一度話したことがあると言う。男は数回店に来て、踊らずにウォッカを飲んでいたと話す。彼は自分のことを「ビーバー」と呼び、自分は起業家で、ブルガリアの旧政府の作った研究所の建物を買い、自分の研究所にしたいと話していた。また、ビーバーと名乗る男は、
「そこにいる人々の中で、誰が一番先に死ぬかを言い当てる能力がある。」
と言っていたという。サガは、更なる事情聴取を、保安警察の心理学者であるジャネット・フレミングに依頼することにする。
夜、家に戻ったサガは、父親の家に電話をする。深夜にも関わらず、父親ではなく、ペレリーナが電話に出る。ペレリーナは父親が家に帰って来ないと話す。不吉な予感を感じたサガは、オートバイで父親の家に向かう。誰もいない。サガは、家中を探し、ペレリーナが机の下に隠れ、
「ここじゃない、ここじゃない。」
と呟いているのを見つける。ペレリーナは不安を感じて隠れていたのだ。サガはペレリーナに夕食を作って寝かしつける。
「本当に隠れるなら、カーテンの後ろがいい。そして、絶対に物音を立てちゃだめ。」
とサガは妹に言う。サガは父親に電話をしようとするが、父親は電話に出ず、職場の病院にもいなかった。
深夜、ジャネットがサガに電話を架けてくる。アナ・シュリンが、奇妙なことを思い出したと言う。サガは、録音された、ジャネットとアナの会話を聴く。ビーバーと名乗る男は、ソレへ向かうフェリーに乗り、そこで教会にしばらく住んでいたと話していたという。
ヨーナとルミは、ベルギーから国境を越え、オランダに向かう。彼は、国境に近い、野原の真ん中にある、荒れ果てた工場跡に車を停め、中に入る。そこは、かつて軍隊の特殊部隊の教官で、今はオランダで弁護士をやっているリヌスが、自分の隠れ家のために用意したものだった。監視カメラと、強固な防御に囲まれた、一種の要塞だった。ヨーナとルミは、そこでリヌスと会い、三人はしばらくそこで暮らすことにする。
サガとポロックは、フェリーでソレは向かう。かつて、サガは、ヨーナにヴァルターが死んだことを納得させるために、何度かそこにソレに足を運んだことがあった。ヴァルターの死体を発見して、指を切り取った後、死体を火葬にした老人エルランド・リンドは、認知症が進み、サガが訪れたときには、まともな会話が出来ない状態であった。ふたりは教会に入る。教会の祭壇の裏で、二人は古いマットレスと、食料の残りを発見する。食料の日付から判断して、そこに誰かが住んでいたのは、四カ月前までと判断された。サガは、教会の前の木の下に、新しく掘り返された跡を発見する。サガはそこを掘る。土の中から棺が現れ、中にはエルランド・リンドの死体が入っていた。ヴァルターの「遺体」の発見された場所にビーバーは寝泊まりしていたのだった。これで、ビーバーの背後にヴァルターが居ることは間違いなくなった。
パトロール中の警察官、カリン・ハグマンとアンドレイ・エクベリは、誘拐事件発生の知らせを受ける。学童保育所だという。一番近くにいた二人は、その場所に向かう。二人は保育所の中に入る。そこで、男女の死体が発見される。そして、そこでカーテンの裏側に、一人の少女が隠れているのを発見する。ペレリーナ・バウアーだった。
連絡を受けたサガは、ペレリーナの収容された病院に向かう。そして、そこで護衛の警官が少ないのにショックを受ける。ペレリーナは、学童保育に入ってきた男は、
「年寄りだが素早く動いた」
と表現する。サガはそれがヴァルターであることを確信する。サガは、上司のカルロスに、ヴァレリアの警護を依頼する。しかし、警察がヴァレリアの経営するガーデンセンターを訪れたときには、男の死体と大量の血と共に、ヴァレリアの姿は消えていた。サガはペレリーナを病院から連れ出し、保安警察の所有する、アパートの一つに護衛付きで住まわせることにする。
ヴァレリアは、自分が箱の中に閉じ込められていることに気付く。少し頭を上げようとすると箱の蓋にぶつかる。全くの暗闇である。彼女は激しい渇きを覚えていたが、空腹は感じなかった。外で男と女の話声が聞こえる。
「水を与えないと死んでしまう。」
「危険すぎる。」
そんな口論が聞こえた後、蓋が開けられる。ヴァレリアが閉じ込められていたのは棺であった。彼女を中年の男女が見下ろしていた。
「どうしてこんなことをするの!」
とヴァレリアは叫ぶ。ティーンエージャーの女の子が現れ、ヴァレリアに水の入ったボトルを渡す。その後、再び棺の蓋が閉められる。
サガは、ポロックからの電話を受け取る。エルランド・リンドは生きたまま埋められていたという。そして、棺の蓋に内側から、
「コルネリアを助けてくれ!」
という彼の最後のメッセージが発見されていた。コルネリアは、リンドの妹であった。
サガは、ソレに向かう。彼女は、ポロックと共に、コルネリアの家を訪れる。コルネリアは長年病院に勤めて、数年前に引退した看護婦だった。コルネリアの家に入ったサガとポロックは驚く。一室が手術室になっていたからだ。そして、手術室には、手術記録が残っていた。犬と散歩に出かけたコルネリアは、河口で、胸と腕に銃弾を受けた瀕死の男性を発見し、川から引き上げる。そして、その男を手術、治療していた。男は片腕を、肩の下から切断していた。その治療は、男の希望で、警察に届けることなく、秘密裡に行われていた。その男の名前はアンダーソンと書かれていたが、ユーレック・ヴァルターであることは間違いなかった。ヴァルターは死んでいなかったのだ。サガは、ヨーナの言っていたことが、正しかったことを知る。
サガはストックホルムの自宅に戻り、床に入る。父親は行方不明のままだった。夜中に目が覚めたサガは、枕元に誰かが座っているのに気付く。それはヴァルターであった。ヴァルターは、サガの父親の命を救うことと引き換えに、ある交換条件を持ち出す・・・
<感想など>
今回も登場するユーレック・ヴァルターという男、「完璧な犯罪者」として描かれている。ともかく、用意周到で用心深い。人間の弱みを巧みに突いて、人間を罠にはめる。それに互角に渡り合えるのは、ヨーナ・リナのみである。また、人の行動パターンを読むのに長けている。サガはヴァルターと話した後、彼の言ったことの詳細を思い出し、その裏にある事実を探ろうとする。何とか探り当て、行動に移すが、その思考回路の全てがヴァルターに見透かされていた。サガは、ヴァルターの敷いたレールの上を走ってしまう。ヴァルターの前では、お釈迦様の前の孫悟空のようなものだった。
子供の誘拐事件は、犯罪の中でも一番卑劣なものだと思う。しかし、それ故に、犯罪者にとって一番効果的だと認めざるを得ない。ユーレック・ヴァルターという男、まずはターゲットにする人物の、家族、愛人などを誘拐し、それを盾に相手に言うことを聞かせてしまう。そのやり方には、嫌悪を通り越して、吐き気さえ覚える。
サガ・バウアーという女性、前回までは結構有能だったのだが、今回は、完全にヴァルターに利用される。前にも書いたが、彼女なりに推理して行動するのだが、その推理の論理を完全にヴァルターに読まれており、ヴァルターの描いた筋書き通りに行動してしまう。
ヴァルターという男の残虐性、執拗さに嫌悪感を覚えながらも、引きずられて読んでしまう。ストーリーそのもの、書き方に、読者を捕えて離さないという魅力があることを、認めざるを得ない。
タイトルの「ラザロ」は聖書の中の登場人物である。一度死んだことになるが、生き返る。以下、ウィキペディアのラザロの項の抜粋である。
「『ヨハネによる福音書』11章によれば、イエスによっていったん死より甦らされた。ラザロが病気と聞いてベタニアにやってきたイエスと一行は、ラザロが葬られて既に4日経っていることを知る。イエスは、ラザロの死を悲しんで涙を流す。イエスが墓の前に立ち、
『ラザロ、出てきなさい。』
というと、死んだはずのラザロが布にまかれて出てきた。このラザロの蘇生を見た人々はイエスを信じ、ユダヤ人の指導者たちはいかにしてイエスを殺すか計画し始めた。カイアファと他の大祭司はラザロも殺そうと相談した。(ヨハネ12:10)」
一度死んだと思われたユーレック・ヴァルターの復活、それゆえに「ラザロ」なのである。
ラーシュ・ケプレルの、ストーリーテリングの巧みさは相変わらずである。とにかく、息も尽かさず読ませてしまう、不思議な力がある。
(2020年5月)