「ラビットハンター」

原題 Kaninjägaren

ドイツ語題 Hasenjagd

2016

 

 

<はじめに>

 

ラーシュ・ケプレルの作品は力作揃い。まず長い。読むのにそれなりの覚悟と忍耐が要る。しかし、それは常に報われる。

 

<ストーリー>

 

深夜、豪邸の壁を乗り越えて忍び込み、プールに小便をする男がいた。男は、屋敷に忍び込んだのが自分だけでないことを知る。彼は黒装束の男を目撃する。

エスコート・ガールのソフィア・ステファンソンは、豪邸の呼び鈴を押す。扉を開けたのは中年の男であった。その男が今夜のソフィアの客だった。男は自らをヴィレと名乗った。彼はソフィアにシャンペンを勧める。シャンペンを飲んだソフィアは気を失う。彼女が目を覚ますと、ベッドに縛られていた。彼女はシャンペンに薬が入っていたことに気付く。男がソフィアに覆い被さろうとした瞬間、玄関のベルが鳴る。男は玄関に向かう。ソフィアはその隙に、縛られている手足の紐を解いて、逃げようとする。窓やドアは鍵が掛かっているので、彼女は椅子を窓ガラスに投げつけて脱出を図る。警報が鳴り響く。しかし、男は戻って来て、ナイフを持ってソフィアの方に向かって来る。突然男は倒れる。後ろに黒いマスクをし、ピストルを持った別の男が立っていた。ソフィアはソファの後ろに隠れる。覆面の男は、十数分後、中年の男の両眼を撃ち抜いて立ち去る。

保安警察の刑事サガ・バウアーは、最高レベルのアラートである「プラチナ級緊急出動要請」を受ける。彼女は皮のライダースーツを着て、オートバイにまたがり、現場に向かう。そこは、高級住宅街の一角の中でも、特に豪華な屋敷であった。現場に着いたのはサガが最初だった。建物はアラームが鳴っている。中に入ったサガは、台所で中年の男が腹と両目を撃たれて倒れているのを発見する。キッチンのソファの後ろに、若い女性が隠れていた。サガは殺されている男に見覚えがあった。それは、この家の主である外務大臣、ヴィリアム・フォックであった。

警察のメンバーと、サガの上司であるヤヌス・ミケルセンが、現場に到着する。鑑識による現場検証が始まる。事件は極秘とされ、外務大臣の死は、病死として発表されることになる。外務大臣の家族は旅行中で、数時間後にアーランダ空港に到着することになっていた。若い女性は、犯人は一人であったと証言する。警察は彼女が共犯者である可能性を疑い、彼女を警察に連行する。弾丸は四発発射されていたが、薬莢は持ち去られ、壁に食い込んだ弾丸も犯人により回収されていた。鑑識官は、プロによる完璧な犯行だと断言する。

「そのようなプロが、何故目撃者のソフィアを生かしておいたのか。」

サガは不思議に思う。

サガは警察に連行されたソフィアを尋問する。ソフィアは、自分は偶然そこにいただけで、事件とは無関係だと言い張る。彼女はタマラという女性が主宰するエスコートクラブに属していて、そこを通じて、外務大臣の住所へ派遣されただけだと言う。外務大臣を殺した男について、ソフィアは覆面をしていたので、顔は見ていないという。しかし、その男が外務大臣に、

「ラティエンが地獄へのドアを開けた。」

と言っているのを聞いたと言う。サガには「ラティエン」という名前に聞き覚えがあった。

その夜、サガは、護衛のために、首相と同じ車で移動していた。サガは、首相に、外務大臣が殺された経緯について話す。そして、サリム・ラティエンが関係している可能性が強いことを告げる。ラティエンは、殺人と麻薬取引容疑で逮捕されたが、殺人は無罪となり、麻薬取引の罪で服役していた。サガは、ラティエンが、イスラム過激派組織のメンバーの可能性が高いと首相に言う。そして、数日前、あるイスラム組織の首領が、外国の要人へのテロを予告していた。おりしも、テロ防止法を議会で通過させようとしいていた首相は、ラティエンが陰で糸を引いていて、外務大臣に次ぐターゲットは自分ではないかと考える。サガは首相に、身を守るためのあるアイデアを伝える。

ヨーナ・リナは刑務所にいた。彼は、刑務所から服役囚の脱獄を助けた罪で、懲役四年の判決を受け、半分の二年を過ごしたところだった。妻を亡くしたヨーナだが、幼馴染のヴァレリア・デ・カストロが、何度か刑務所を訪れ、ふたりの交際が始まっていた。ある夜、ヨーナは、看守に呼ばれ、刑務所内の、これまで行ったことのない区画に連れて行かれる。そこに待っていた男に、彼は見覚えがあった。それは、スウェーデンの首相であった。首相は、同じ刑務所に入っているサリム・ラティエンに接近し、テロに関する情報を集めることをヨーナに依頼する。そして、その見返りとして、刑期の短縮を提案する。ヨーナは、その奇妙な依頼の背後に、サガが動いていることを、本能的に知る。しかし、出所後は警察官ではなく別の道を歩もうと考えていたヨーナは、最初その依頼を拒否する。

「ラビットハンター」は、銃とナイフの手入れをして次の計画に備えていた。彼の前には三枚の写真が置かれていた。

料理研究家であるレックス・ミュラーは、スポンサーとの会議の席であった。彼は、新しい企画について説明する。レックスの横には、彼の料理番組のプロデューサーである、ダヴィッド・ヨルダン・アンダーセンが同席していた。レックスは、十八歳になる息子のサミーについて考えていた。彼は、別れた妻より親権を取り戻し、最近、やっと息子と会えるようになっていた。サミーは今、レックスの家に滞在することになっていた。

土曜日の夜、アパートに帰ったレックスは、息子のサミーから電話を受ける。パーティーに出かけたが、周囲の人間とトラブルを起こし、その上金も失くして困っていると言う。レックスは、サミーを迎えに行く。そこで、レックスは-サミーが同性愛者であることを知る。サミーは、相手の男とトラブルを起こし、大量の睡眠薬を飲んでいた。サミーの異常に気付いたレックスは、救急車を呼ぶ。サミーは病院に運ばれ、レックスも付き添う。

日曜日、レックスは一睡もしないで、病院で朝を迎える。彼は、テレビ局から電話を受け取る。日曜日の朝、彼は料理の生番組を担当していた。レックスは、慌ててテレビ局に駆け付け、何とか本番に間に合わせる。彼は、本番中、テレビ局のモニターで、外務大臣の死を知って動揺する。彼は、数日前の深夜、酔った勢いで、外務大臣の屋敷に忍び込み、プールに小便をしたのだった。本番終了後、彼は同僚で友人のDJに、どうするべきか相談する。DJは、外務大臣の葬儀に出て、自分が外務大臣と昔からの親友であることをアピールすれば、もし、屋敷への侵入がバレても、友人の間の冗談と片付けられると提案する。DJは、レックスが、外務大臣の葬儀に出席できるよう手配するという。

外務大臣の暗殺について、どのテロ組織も犯行声明を出していなかった。しかし、手口から見て、プロの犯行であることは間違いなかった。もし、プロの犯行であれば、犯人が、どうして目撃者のソフィアを殺さなかったのか、サガにはいよいよ不思議に思えてくる。サガは同僚のジャネット・フレミングと一緒に、ソフィアに仕事を紹介した、タマラという女性を探し出す。携帯電話の位置情報から、タマラは、高速道路のサービスエリアにいることが分かる。ジャネットとサガはそこに向かう。タマラは、高速道路の脇に停まっているトラックの運転手に売春をもちかけていた。彼女はウェッブサイトでの写真とは別人のように、衰弱していていた。サガは彼女が極めて常習性の強い麻薬をやっているのを見る。サガはタマラと話す。そして、ソフィアは売春のために外務大臣の家にいたのであり、テロリストは無関係であるという確信を強める。

ニルス・ギルベルトは、数年前から、車椅子生活であった。武器産業で財を成したニルスであるが、数年前妻を失い、パーキンソン病が進行していた。彼は広い屋敷に独りで暮らしていた。彼は、昔買ったジュークボックスで音楽をかける。しかし、それと並行して、子供が童謡を歌っている声が聞こえる。突然、覆面をした男が現れる。その男は、鞄の中からガソリンの容器を取り出し、車椅子のニルスに浴びせる。そして、火を点ける。

サリン・ラティエンがヨーナと同じ棟に移されてきた。ヨーナは、ラティエンに接近するために、二日くれと首相に伝えていた。食事の時間、ヨーナはサリンの横に座る。彼はアフガニスタン人だった。サリンはヨーナに興味を持ち、自らについて話始める、

 DJはテレビ局のディレクターに手を回し、レックスが外務大臣の古くからの親友であるというニュースを流す。もちろん、レックスが外務大臣の屋敷に侵入したことが分かった時のための予防線を張るためである。DJは母親のことを考えていた。母親はPTSD(心的外傷後ストレス障害)で永年苦しんでいた。時には家事や育児もできないほど、うつ状態になることもあった。母親はその原因を、ティーンエージャーのときに起きた交通事故だったとDJに行っていた。しかし、ある日、母親は、ティーンエージャーの頃性的な暴行を受けていたこと、自分の病気はそれが原因であることを告白する。そして、カール・エリック・リッターという男の名前を口にする。

真夜中少し前、DJは一軒のバーに入る。カール・エリック・リッターが独りでビールを飲んでいた。DJはカール・エリックに一枚の写真を見せる。

「あんたが何をしたか、思い出したか?」

DJは尋ねる。カール・エリックは否定する。DJはカール・エリックを連れ出し、彼をショー-ウィンドウに叩きつける。ガラスが割れ、カール・エリックの頸動脈が切れ、辺りに血が飛び散る中、DJは立ち去る。

レックスは深夜、DJから電話を受け取る。DJは、レックスの家の外に停めた車の中に居るという。レックスが降りていくと、血まみれになったDJが居た。DJは、

「酒場で会った男と喧嘩になり、怪我をさせてしまった。相手は死んだかもしれない。」

と言う。レックスは、警察に電話をするというDJを思いとどまらせ、DJにシャワーを浴びさせ、車の中についた血を拭うのを手伝う。彼はニュースを見るが、誰かが殺されたというニュースは伝わってこない。

「大丈夫だ。相手は死んでいない。」

とレックスはDJを慰める。

ヨーナは、三十六時間、刑務所から離れることを許される。彼は、サガと上司と落ち合い、携帯電話と、拳銃、サリム・ラティエンに関する資料を受け取る。保安警察は、サリムがテロリストを指揮して、外務大臣を暗殺させたと睨んでいた。

ヨーナは、ソフィアに会わせてくれるようにサガに頼む。サガはヨーナをソフィアのいる留置場に連れて行く。ヨーナは改めて、外務大臣が殺されたときの様子を聞く。ヨーナは、暗殺者がどのように拳銃を扱ったかについて尋ねる。ヨーナには、そのやり方がスウェーデンの警察や軍隊のものと違うことに気付く。それは米国軍式のやり方であった。

ヤヌスとサガは、レックス・ミュラーを訪れる。レックスが、外務大臣の家のプールに小便をするのが、監視カメラに写っていたからだった。レックスは、ウィリアム・フォックとは昔からの友人で、馬鹿なことを一緒にする仲だったと述べる。そして、プールでの小便は、昔の仲間に対する一種の悪ふざけだと主張する。

サリムの妻の住むアパートを、保安警察のメンバーと、特殊部隊が取り囲んでいた。ヨーナもそこに到着し、部隊を指揮するヤヌス・ミッケルセンと、特殊部隊の隊長グスタフと会う。ヨーナは、家を先に訪れ、妻のパリサと会い、特殊部隊の侵入を助ける役目だった。

ヨーナは、アパートに入り、ドアを開けたパリサに、自分は刑務所でサリムと知り合い、サリムから伝言を預かってきたと言う。事実、ヨーナは、ラティエンから電話番号を預かって来ていた。パリサはそのメモを見て、電話をする。パリサは、ヨーナをリビングルームに通す。パリサはヨーナに茶を勧め、自分の夫と家族の写真を見せる。結婚式の写真には、もう一人の若い男性が写っていた。サリムの弟のアブサロンであるという。

「他にも写真があるから。アルバムを取って来るわ。」

と言って、パリサは部屋から出て行く。ヨーナは彼女の後をつける。パリサはアパートの裏口から外へ出て、車で逃げようとする。ヨーナは助手席に乗り込む。

パリサは拳銃をヨーナに突きつける、彼は、ショッピングセンターの駐車場でヨーナを降ろし、走り去る。ヨーナは、ちょうど停まった車を奪い、パリサの車の後を追う。彼は、位置情報をヤヌスに伝える。追跡の途中、ヨーナの乗っていた車はガス欠になり、パリサの車を見失ってしまう。そこは、港の近くだった。

パリサは、港の一軒の倉庫の前で車を停める。

「アミラ!」

と彼女は叫ぶ。倉庫の中から老夫婦が出てきて、彼女を中に入れる。

「あんたは来るのは三日間遅れた。」

と夫が言う。

「三日間の費用を払ってくれるなら、アミラを引き渡してもいい。」

と彼は付け加える。パリサは、すぐに妹に会わせてくれるようにと言う。そこに、ライフルを持った五十歳くらいの髭面の男が現れる。老夫婦の息子らしかった。パリサはピストルを抜いて、直ぐに妹を連れてくるように言う。

ようやく徒歩で港に着いたヨーナは、パリサの車を一軒の倉庫の前で見つける。彼は、老人と髭面の男が、若い女性を羽交い絞めにして、ナイフを突き付けているのを見つける。ヨーナは拳銃を発射する。その隙に、パリサは妹を助け、ヨーナの下に辿り着く。三人はその場を離れ、停まっているフォークリフトの陰に身を隠す。その時、ヘリコプターの音が聞こえる。特殊部隊が到着したのだ。

「テロリストではない!すぐに作戦を中止しろ。」

ヨーナはヤヌスに電話を架け叫ぶ。ヘリコプターから数人の特殊部隊の人間がロープを伝って降りて来る。銃声が聞こえ、ヘリコプターが傾く。何者かがヘリコプターのパイロットを狙撃したのだ。ヘリコプターは墜落する。特殊部隊が、倉庫に突入して、銃撃戦が始まる。銃撃戦が終わった時、年取った女性を除く倉庫側のメンバーは射殺され、警察側もふたりの隊員が死亡、ひとりが重傷を負っていた。

パリサが訪れた場所は、不法移民の入国斡旋組織で、ラティエンはその組織を使って、妹をスウェーデンに連れてこようとしていたのだった。そして彼らは、外務大臣の暗殺や、テロリスト組織とは関係がないことが判明する。

アブサロン・ラティエンは自宅で、妻とふたりの子供たちと一緒にいた。彼の趣味はレゴでロボットを作ることで、その日も、彼はロボットで子供たちと遊んでいた。そこへ黒い覆面をした男が侵入してくる。男は、妻と子供の前で、アブサロンの腹にナイフを突き立てる。十数分後、男はアブサロンの頸動脈を切って、去っていく。

署に戻ったヨーナは、サガとボクシングの練習をしながら考える。そして、殺人犯が外務大臣に言った「ラティエン」とは、サリム・ラティエンではなく。弟のアブサロン・ラティエンではないかということを思いつく。彼は、アブサロンの携帯電話の履歴を調べさせる。そして一通の奇妙な着信を見つける。それは、子供の声で歌われた童謡だった。

「十匹のウサギが白い服を着て、

天国に行こうと凧につかまった。

糸が切れて凧は墜落、

天国の代わりにウサギは地獄へ行った。」

ヨーナは、上司のカルロス・エリアソンに電話をする。

「直ぐに、アブサロン・ラティエンの家にパトカーを送り、彼を保護してくれ。」

とヨーナは叫ぶ。しかし、カルロスは、何の根拠もないと言って、警官隊の出動を拒む。ヨーナは、ヤヌスや首相にも連絡を取ろうとするが、誰も電話に出ない。ヨーナが刑務所に戻る時間が迫っていた。彼は渋々刑務所に戻る。そこで待っていたのは隔離房であった。

「電話を架けさせてくれ。」

という、ヨーナの願いは無視され、彼は独房に監禁される。

レックスは家でDJは話していた。レックスは、外務大臣の死は暗殺で、自分に疑惑が向けられていると、DJに話す。レックスにはアリバイがあったが、彼はスキャンダルになり、仕事を失うことを怖れていた。また、DJも、車に付いた血から、自分の暴力事件が明るみに出ることを怖れていた。ふたりは、事件と関わり合いにならない方法がないかと考える。

「友達のところへ行くけど、後で迎えに来て。」

そう言って、息子のサミーは出て行く。レックスも迎えに行くことを約束する。

その夜、レックスは「今年のナンバーワン・シェフ」の審査会場に来ていた。彼は、ナンバーワンに選ばれる。会場を出たレックスは行きつけのバーに入る。そこでエディットという女性記者と知り合い、彼女と杯を重ねる。酔ったレックスは、エディットをアパートに連れ帰り、セックスをする。そして、息子を迎えに行くことを忘れてしまう。翌朝目を覚ましたレックスは、息子から何通も不在着信、留守電が入っているのに気付く。彼は慌てて、息子のいた家に駆け付ける。サミーは道路脇でヒッチハイクをしようとしていた。レックスは息子を連れ帰り、彼に詫び、決して酒は飲まないと誓う。

その日の午後、レック、サミー、DJは外務大臣の葬儀のある教会に向かう。DJがレックスのために、席を用意していたのであった。首相、閣僚、ヨーロッパ各国の外相、大使の他に、米国から国防副長官のテディー・ジョンソンが出席するということで、会場の警備は厳重なものであった。サミーとレックスは隣同士に座るが、DJは離れて座ることになる。

「ラビットハンター」は、昇りのエレベーターに乗っていた。彼は、ビルの一室の鍵を手に入れていた。そこは、葬儀会場である教会の庭が見下ろせる場所だった。彼はバルコニーに狙撃用の銃を構え、葬儀の終わるのを待つ。葬儀が終わって出てきた、テディー・ジョンソンに、彼はまずSMSを送る。「十匹のウサギ」の歌詞であった。その後、彼はジョンソンの胸を撃つ。ジョンソンは倒れる。彼は時間を測る。救急車はまだ現れない。十九分後、彼はジョンソンの頭を狙って、再度銃を発車する。ジョンソンの頭蓋骨が吹き飛ぶ。

ヨーナの上司カルロスは、自分の非を認め、ヨーナに正式な警察への復帰を要請する。

「残りの刑期を、警察での社会活動で代替えする。」

という名目で、ヨーナは出所を許され、警察で元の地位に復帰することになる。外務大臣、外国よりの要人が次々と殺され、犯人を逮捕できないスウェーデン政府と警察は、苦しい立場にあった。また、ヨーナが予告したように、アブサロンも死体で見つかった。警察は、もはや、ヨーナに頼るしか、手がなかったのだ。

ヨーナは事件の書類に目を通す。殺された外務大臣とジョンソンは、学校時代の同級生であった。しかし、アブサロンとの接点を見つけるのは容易ではなかった。ヨーナは、アブサロンがアフガニスタンから亡命後、半年間、学校の代用用務員として働いていたことに注目する。彼は、その学校を調べる。ルードヴィヒスベリ・スクール。寄宿制の私立学校であった。そして、同じ頃、外務大臣のヴィリアム・フォックとテディー・ジョンソンもその学校に通っていた。ヨーナは犠牲者たちの接点を見つけたのだった。それは、学校だったのだ。そして、レックス・ミュラーも、同じ頃、その学校に通っていた。

レックスとサミーは、レストランで、新しいメニューの研究をしていた。そこに、サガとヤヌスが現れる。サガは、レックスに改めて外務大臣、ヴィリアム・フォックとの関係を尋ねる。レックスは、学校を卒業して以来、ウィリアムとは会っていないこと。彼のことが嫌いで、酔っぱらうたびにウィリアムの家に侵入し、バンダリズムをやっていたことを認める。そして、ウィリアムを嫌う理由として学校時代の出来事を話す。

ヴィリアムは学校の創立者の息子で、皆から特別扱いを受けていた。彼は、秘密の「クラブ」を結成し、その中で、酒を飲み、女生徒との性的関係を持っていたという。レックスは当時、グレース・リンドストロームという女性と付き合っていたが、彼女をヴィリアムに盗られたと話す。その秘密のクラブのメンバーを誰かとサガに尋ねられたレックスは、ヴぃリアムとグレース以外には知らないと言う。そして、そのグレースも、今は米国のシカゴに住んでいるということだった。その秘密クラブは「ウサギの穴」と呼ばれていた。

ヨーナは、ルードヴィヒスベリ・スクールに向かう。彼は校長室に入る。ヨーナは、「ウサギの穴」について尋ねるが、校長は、三十年前、自分はまだいなかったので分からないという。校長は、一番古くからいる職員として、馬の世話係のエミールの名前を上げる。エミールは六十を過ぎた年配の男だった。彼は、「ウサギの穴」について最初は知らないと言うが、最後にはそこに案内する。そこには、かつてパヴィリオンが建っていたが、今は何もなかった。ヨーナはその跡に黒い炭を発見し、建物が焼け落ちたことを知る。再び校長室に戻り、校長を問い詰めたヨーナは、建物がオスカー・フォン・クロイツという男子生徒によって放火され、焼失したことを知る。

サガはシカゴに向かう。グレースに会うためである。彼女は私立の精神病院に入院しているグレースのところに向かう。サガと会ったグレースは、ルードヴィヒスベリ・スクールの、「ウサギの穴」と呼ばれる建物で起こった、三十年前の出来事を語る。

ヨーナはオスカー・フォン・クロイツの家に向かう。家の中は空であった。住人が慌てて家を出て行った形跡があった。ヨーナはオスカーの身辺を調査する。その結果、彼の兄弟がある島に別荘を持っていることが分かる。彼は、地元警察署のボートで島に向かう。別荘は空だった。しかし、ボートハウスの中に最近人が住んだ形跡があった。彼は、オスカーを発見する。オスカーも、三十年前に、ルードヴィヒスベリ・スクールで起こった出来事の当事者であった。彼はヨーナに、その事件の顛末について話す・・・

 

<感想など>

 

「長かった。」

それが、この小説を読み終わったときの、正直な感想であった。ドイツ語訳で六百ページを超える。スウェーデンの外務大臣、米国の国防副長官など、要人の連続殺人事件。アナ・バウアーと彼女の上司のヤヌスによる捜査は、色々な方向へ向かう。その「徒労」が丁寧に描かれた後、ヨーナが事件を担当。彼は、事件の背景が、三十年前、ある私立学校で起こった事件であると見抜く。殺された二人は、その学校の同級生だったのだ。

 裕福な子弟の通う、寄宿舎制の私立学校。そこに、生徒たちにより、「クラブ」が出来ていた。「ウサギの穴」と呼ばれる建物で、そのメンバーたちは飲酒や、ポルノ雑誌の回し読み、女生徒を引き込んでセックスをしていた。三十年前、一人の女生徒に対する、集団暴行、強姦事件が起きる。女生徒は十九分間、辱めを受けた。結局女生徒は訴えず、警察沙汰にはならなかった。そして、それには十人の男子生徒が関与していた。

 その十人の男子生徒が、三十年後、一人また一人と殺され始める。犯人には、ふたつの儀式を行う。

「十匹のウサギが白い服を着て、

天国に行こうと凧につかまった。

糸が切れて凧は墜落、

天国の代わりにウサギは地獄へ行った。」

まず、犠牲者にこの童謡を聞かせる。もう一つは、最初の一撃から、とどめを刺すまでに、十九分間待つことである。犯人が、その私立学校の強姦事件の関係者であること、それが復讐劇であることは、早い段階で明らかになる。それが誰なのかということが、読者の興味となる。

ヨーナは前回の「砂男」で、刑務所からの脱走をほう助した罪で四年の刑を受けて服役している。かつての同僚サガ・バウアーは、殺人事件の解決は、ヨーナしかできないことを確信し、首相に働きかけ、ヨーナが恩赦を受けて、出所できるように計らう。一度は警察への復帰を拒否していたヨーナだが、一度難事件に直面すると昔の血が騒ぎ、警察への復帰を決断する。さすがにヨーナということで、彼は、被害者の接点、事件の背景を一日で見つけてしまう。それが、学校と、三十年前の事件なのである。

また、犯人は、最初から「ラビットハンター」という名前で登場する。彼が、武器や弾薬の扱いに慣れ、マーシャルアーツの達人であり、殺人のプロであることが描かれる。そして、彼に、心を病んだ母親がいることも。更に、犯人の正体も、全体の三分の二くらいのところで明かされる。それは予想通りの人物と言ってよい。最後の三分の一の興味は、ヨーナが「ラビットハンター」をどのように追い詰めるかである。

またまた、大量の人間が死ぬ。本当にケプレルのシリーズは、容赦なく人を殺してしまう。ラビットハンターの犠牲者だけで六人、警察特殊部隊の隊員三人、不法移民組織のメンバーを入れると、今回も十数人の死者が出る。ケプレルの小説を楽しめるかどうかは、この血の臭いに耐えられるかどうかだろう。今回も読んでいて、ギリギリというところで耐えた。

ドイツ語訳で六百ページを超える長い小説を、テンポよく、読者に飽きさせることなく、ページをめくらせるというケプレルの文章力、構成力には、何時もながら感服させられる。登場人物、語りの視点を頻繁に変え、読者に対して新鮮味を失わせないという手法を取っている。しかし、それだけに登場人物も多く、その相互関係も複雑になる。もし、この小説をテレビドラマ化したら、五時間から十時間の「ミニシリーズ」にしなければならないだろう。とても一時間や二時間にまとめられるストーリーではない。

「長い」、「殺人のシーンが多すぎる」と文句を言いながらも、ケプレルの作品をこれで全部読んでしまった。何となく「読んだ」というより「読まされた」という表現が当たっているような気がする。それほど、ケプレルの文章は巧みである。

 

20207月)

 

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