「パガニーニの呪い」

原題:Paganinikontraktet(パガニーニ契約)

ドイツ語題:Paganinis Fluch (パガニーニの呪い)

2010

 

 

<ストーリー>

 

 

ストックホルム。夏。ペネロペ・フェルナンデスはテレビのトークショーに出演していた。彼女はスウェーデン、平和仲裁協議会の代表であった。対談の相手は、武器製造会社「シレンシア・ディフェンス」の社長、ポンツス・サルマンである。

「スウェーデンが輸出する武器によって、罪のない人々が殺されている。現在、ケニア向けに大量の弾薬が輸出されようとしているのは許せない。」

とペネロペは述べる。

「何も違法なことはしていないし、今回のケニアへの弾薬の輸出も、全て合法で、監督機関から許可されたものだ。それにより我々はスウェーデンの労働市場の貢献している。」

とサルマンは反論する。合法ということに対しては、ペネロペは反対できないでいた。

ペネロペは放送局を後にする。彼女は、恋人のビョルン・アルムスコクと彼のヨットでセイリングに出かけることになっていた。彼女はアパートで荷物を取り、ヨットハーバーに向かう。彼女がヨットハーバーに着くと、ビョルンは出航の準備をしていた。彼は何かに怯えているように見えた。そのとき、ペネロペの携帯が鳴る。妹のヴィオラであった。ヴィオラはそれまでの恋人とちょうど別れたところで、心を癒すために一緒にヨットに乗りたいという。ふたりだけの船旅を期待していたペネロペだが、妹の頼みを聞いてしまう。

ヨットは三人を乗せて出航する。ペネロペとビョルンはストックホルムから少し離れた島にヨットを着ける。ヴィオラはデッキの寝椅子で眠っていた。ペネロペとビョルンは無人島に上陸しセックスをする。少し泳いでから戻るというビョルンを残して、ペネロペは先にヨットに戻る。デッキにヴィオラの姿はなく、デッキが海水で濡れていた。ペネロペは、キャビンに妹を捜しに行く。ペネロペのベッドにヴィオラは横たわっていた。彼女は死亡していた。髪が濡れている。驚いたペネロペはデッキへ戻る。泳いでいるビョルンが見えるが、その横に黒いゴムボートに、黒い服を着た男が立っていた。男はビョルンに手を振っている。その男がヴィオラを殺した犯人だと直感したペネロペは、

「ビョルン、そっちへ行っちゃだめ。船に戻るのよ。」

と叫び、ヨットのモーターをスタートさせる。ビョルンは驚いてヨットに方向に泳ぎ始める。何とか辿り着いたビョルンを拾い上げ、ペネロペはボートを走らせる。

「ヴィオラが殺されたのよ。」

彼女はビョルンに叫ぶ。黒ずくめの男は、強力なエンジンを備えたゴムボートでヨットの後を追ってくる。その差はみるみる小さくなる。前方に小さな島と、桟橋が見えた。ペネロペはその桟橋に向かってヨットを突進させる。桟橋に食い込んで止まったヨットからふたりは飛び降り、林の中に向かって逃げる。

部長刑事のヨン・ベングトソンは治安警察からの指示を受けてカール・パルムクローナのアパートへと向かう。パルムクローナは政府のスウェーデン政府の諮問機関である武器輸出評議会の会長である。彼はその日は無断欠勤し、電話にも出ないという。それで、組織から警察に調査の依頼がきていた。ベングトソンはパルムクローナのアパートに入る。そして、そこでパルムクローナが首を吊って死亡しているのを発見する。

ストックホルム警視庁では署長のカルロス・エリアソンはじめ、重要人物が集まっていた。その日は警察の機構改革の話し合いが予定されていた。そこに参加するためにやってきたトミー・コフェドが、

「漁師が漂流しているヨットを見つけ、乗り移ると女性の死体があった。」

という話をする。自殺か他殺かは分からないという。少し遅れて、ヨーナ・リナが現れる。会議が始まって間もなく、ナタン・ポロックに電話が入り、彼は直ぐに出なければならないという。

「武器輸出評議会の会長カール・パルムクローナが、自宅で首を吊っているのが発見された。」

と彼は言う。ヨーナとトミー・コフェドも一緒に現場へ行くと言い、会議はそこで中断される。

二十分後、ヨーナはパルムクローナのアパートに到着する。既に鑑識の人間が派遣され、現場検証をしていた。首を吊るために使った椅子などがなかったため、一見他殺のように見える。しかし、ヨーナは傍に落ちている鞄を見逃さなかった。鞄を立て、一瞬その上に乗れば、天井からかけたロープの中に首を入れることが可能であった。ヨーナは、鞄に靴の跡が残っていることを発見する。翌朝、ヨーナはパルムクローナの検死を見に行く。医者のオーレンも、首吊りのほかに、死因は考えられないという。パルムクローナの死は、自殺として処理される。

 土曜日、大きなヨットが、ダラレ島の、水上警察の桟橋に係留されていた。ヨーナは島へ向かう。ヨットは、岸壁に舳先に、岸壁にぶつかったような傷がついており、その傷は新しかった。ヨットは、ビョルン・アルムスコクという人物の所有になっていたが、まだその人物とは連絡がついていないと水上警察の警官は言った。ヨットの中で発見された若い女性の死体は、警察により検死に回されていた。ヨーナは再び、検死医のオーレンを訪れる。オーレンは、女性の死因は溺死だという。彼女の肺の中には海水が入っていた。海にはまったという可能性をオーレンは否定する。衣服はまったく濡れていないからだ。女性は、溺死した後、ベッドに運ばれたことになる。しかし、女性の身体には、どこも殴られたり、縛られたりした痕跡がなかった。只、胸に半円形の赤い痕がついていた。

ヨーナはこれが普通の殺人でないことを知る。ヨットの中に、運転免許証があり、「ペネロペ・フェルナンデス」という名前が書かれていた。免許証の写真から、殺された女性はペネロペであると思われた。しかし、ヨーナは何か引っかかるものを感じる。

「犯人は、女性を溺死させた後、船を爆破し、女性をその際に溺死したと思わせようとした。」

そう推理したヨーナは、爆発物捜査班の出動を依頼する。その結果、爆発物ではないが、ヨットのモーターが入れられると間もなく、電気の配線がショートして、燃料に火が付く仕組みが発見された。

 その日の夕方、捜査班の面々は検死室に集まる。そこで、ヨーナは女性の死因についての謎を解いてみせるという。検死室には、水を入れたタライが用意されていた。それは、ウェットスーツを洗うために、ヨットの上にあったものだった。ヨーナは、被害者に痕跡を残すことなく、溺死させられるという。彼は、アシスタントの若い男性の頭の毛をつかむ。そして、毛を持ってアシスタントの男の顔をタライの水につける。実験が終わった後、ヨーナはアシスタントに、シャツを脱ぐようにいう。シャツの下の胸には、バケツのふちでできた、半円形の痣がついていた。

 船を飛び出したビョルンとペネロペは林の中を逃げる。ふたりがその島の中を進むと、一軒の家が見えた。何人かの人々がバルコニーに集まり、音楽が流れていた。しかし、ふたりはその家の前に、黒い服を着た男が立っていた。追跡者だった。ふたりはその家から離れ、森の中に戻って行くしか術がなかった。

 ヨーナは、ペネロペ・フェルナンデスの母親を死体の確認のために、警察へ呼ぶ。母親は死体を見て、ペネロペのものではなく、妹のヴィオラのものであると言う。その日、恋人と別れた傷心のヴィオラは、急遽、ビョルンとペネロペのヨットに乗ることになったという。そして、ヴィオラは、自分の一人用のキャビンでなく、二人用のメインキャビンで殺されていた。犯人はヴィオラのことをペネロペと間違えて殺したと、ヨーナは確信する。

 ヨーナとエリクソンは、ペネロペのアパートへ向かう。エリクソンをアパートの外の見張りに立てて、ヨーナはアパートの中に入る、ドアの鍵は開いていた。ヨーナは部屋の中に人の気配を感じる。彼は開いた部屋から、突然攻撃を受ける。第一撃はとっさに抜いたピストルに当たる。更なる攻撃をかわすために、ヨーナは後ろに倒れる。男はアパートから逃亡する。男は外で待っていたエリクソンも突き飛ばして逃げる。ヨーナは台所にガスが充満しているのを知る。そして、殺虫剤の缶が、スイッチを入れた電子レンジの中にあった。ヨーナは慌てて電子レンジを消し、窓を開ける。何者かが、ガスの事故を装って、ペネロペのアパートを破壊しようとしていたのだった。ヨーナは、何者かが、ペネロペの家で何かを探し、それが見つからなかったため、建物ごと破壊しようとしたのではないかと推理する。彼は秘書のアニアに、ペネロペの恋人、ビョルン・アルムスコクの住所を訪ねる。そして、そのアパートも二日目に「隣の部屋の点けっぱなしのアイロンにより」火事に遭っていたことを知る。

 殺人事件は、警察のテロ対策班の担当となる。女性刑事のザガ・バウアーが責任者として指名される。水上警察は、ヘリコプターを飛ばし、行方不明のペネロペとビョルンを捜していた。ヨーナは再びペネロペのアパートを訪れる。そこでは鑑識官が働いていた。ヨーナはアパートの階段の踊り場に、ひとりの少女が座っているのを見つけ、彼女に話しかける。母親の帰りは留守勝ちで、少女は踊り場で長時間座っていることが多いと言った。少女は、ペネロペが出て行った日、その後、直ぐにビョルンがやってきたという。ビョルンは数分後、腹を押さえるような格好で、アパートを出て行ったと少女は述べる。ペネロペの部屋に戻ったヨーナは、台所のガラス戸に手の痕を見つける。そして、その横には、セロテープが四箇所貼り付いていた。そのセロテープには写真の印画紙のような紙の痕跡が残っている。誰かが、急いで写真をめくっていったということが考えられた。

ヨットの中に残されたビョルンの財布にレシートと使用済みの切符が残されていた。それによると、ペネロペのアパートを出た後、ビョルンは中央駅に向かい、そこで切手と封筒を購入していた。中央駅の監視カメラには、ビョルンが封筒の中に何かを入れて投函する様子が写っていた。そして、彼のクレジットカードの履歴を見ると、その後、彼は駅前のインターネットカフェで、三十分ほど過ごしていた。自分の家にインターネットがあるのに、何故ビョルンが外でインターネットを使ったか、ヨーナはその点に疑念を持つ。

ヨーナはコンピューターの専門家の出動を要請する。ヨーナは、インターネットカフェでビョルンが使ったコンピューターの中身の解析を依頼する。そこで、ビョルンが打ったメールの内容を読み取ることが出来た。その中に「パルムクローナ」の名前が発見される。パルムクローナの死亡事件と、ヨットでの殺人事件には関わりがあったのであった。

アクセル・リーセンは自宅で電話を受け取る。彼は国連の、武器問題のコンサルタントであった。外には彼の兄の奏でるバイオリンの音が流れている。電話は、政府の外交問題政策決定グループの長である、イェルゲン・グリュンリヒトからであった。グリュンリヒトは、リーセンに、死亡したパルムクローナの後釜として、武器輸出審議会の会長に就任してくれるように要請する。リーセンもそれを受ける。

アクセル・リーセンはベバリーという少女と一緒に住んでいた。彼は三十年来、極度の不眠症に悩んでいた。不眠から逃れるために、彼は酒と睡眠薬に依存した。その結果、彼の肝臓は移植手術が必要なほど壊れていた。彼は酒と睡眠薬を止め、眠りを求めて神経科の病院に入院した。入院中、夜中に彼の病室を訪ねてきた少女がいた。それがベバリーであった。リーセンはベバリーが傍に居ると不思議に良く眠れた。退院後、彼は、ベバリーの後見人に応募し、ベバリーを自宅に住まわせているのであった。

パルムクローナの自宅のコンピューターが、警察の専門家の手によって開かれる。ヨーナとザガがそれに立ち会う。果たして、そこには自分を「スカンク」と名乗る、ビョルンと交信されたメールが残っていた。

「写真を公表したくなければ百万クローネを払え。」

というビョルンに対して、

「その写真の価値はおまえには分からない。」

「もう手遅れだ。俺もお前も死ぬことになる。」

とパルムクローナは書いている。

「写真を送り返すから。これまでのことは一切なかったことにしてくれ。」

というビョルンからのメールで、交信は終わっていた。そのとき、パルムクローナ宛ての手紙が配達される。それはビョルンがパルムクローナに送った写真であった。

写真は、コンサートホールで撮られたものであった。ホールの貴賓室で、四人がシャンパンの入ったグラスを掲げていた。ひとりはパルムクローナ、そしてスウェーデンの武器製造業の社長であるポンツス・サルマン、もうひとりは、イタリアの実業家であるラフェエル・グィディ、最後のひとりは女性で、スーダン政府の補佐官であるアガタ・アルハジであった。そして、その後方には、弦楽四重奏を奏でる四人の音楽家が写っていた。ザガによると、内戦の最中であるスーダンへの武器弾薬の輸出は、二〇〇八年、国連によって禁止されたという。ヨーナとザガは、まず、そこに写っているスウェーデン人のサルマンに会ってみることにする。ヨーナとザガは、武器会社の社長室にポンツス・サルマンを訪れる。サルマンは音楽好きの友人たちが、二〇〇九年にフランクフルトのアルトオパーに集まった際の写真だという。

ペネロペとビョルンは追跡者から逃れるために、岩陰に隠れていた。ビョルンは泳いで隣の島に渡るしかないという。夜明け前、ふたりは隣の島に向かって泳ぎ始める。水は冷たく、ペネロペは何度か気を失いそうになるが、何とか隣の島に泳ぎ着く。そこで、ふたりは一軒の家を発見する。その家に人影は見えなかったが、食料と、着る物はあった。ふたりはそこで空腹を癒し、乾いた服を着て温まる。追跡者が誰なのかと訝しがるペネロペに対して、ビョルンは、自分が写真をネタに、パルムクローナを脅迫した結果、その背後の人間に命を狙われるようになったことを話す。ペネロペは怒る。そのとき、ふたりは、その家に電話があることを発見する。

 ペネロペとビョルンからの通報を受けて警察が救出のために出動する。水上警察のボートとヘリコプターがふたりのいる島に向かう。島に雷雨が訪れる、ボートの近づく音を聞いたビョルンは桟橋に向かう。警察のボートが近づき、接岸する。しかし、乗っている警官の足元には血が溜まっていた。その後ろから黒い服の男が現れる。男はビョルンをも射殺する。窓からそれを見ていたペネロペは家から出て駆け出す。そこにヘリコプターが現れ彼女を発見する。ヘリコプターはロープを下ろし、ペネロペはそれにつかまり、引っ張り上げられようとする。そのとき銃声が起こる。黒い服の男が、狙撃用の銃を設置し、ヘリコプターをめがけては発射しはじめたのだ。弾丸はヘリコプターに命中、ヘリコプターは墜落し、ロープにつかまっていたペネロペは海に転落する。

 アクセル・リーセンは武器輸出審議会の会長職を引き受ける。政府側のグリュンリヒトは、ケニアへの弾薬輸出に直ぐ許可を出すよう求めるが、リーセンはまずは確認、熟考してからと答える。

 サルマンのオフィスから出たヨーナとザガは、ペネロペとビョルンから連絡のあったことを知る。今、船と、ヘリコプターが救助に向かっているという。しかし、ふたりの耳に、間もなく、救助に向かった船も、ヘリコプターも連絡を絶ったことを知らされる。ヨーナは救助の警官が、「追跡者」の男に、全滅させられたことを予想する。

 アクセル・リーセンは、家に戻る。彼は三十年前の出来事を回想する。「ヨハン・フレデリク・ベルヴァルド」コンクールはバイオリニストにとって、北ヨーロッパで一番権威のあるものであった。バイオリニストを目指していた十代のアクセル・リーセンはコンクールでの優勝を目指していた。アクセルは予選を勝ち抜き、本戦に残っていた。残っているのは、彼と同じストックホルム王立音楽院に行っているグレタ・シュティルンロッドという女性、日本人のシロー・ササキの三人であった。本選の前日、グレタとアクセルは彼の家で、お互いの演奏を批評し合う。不安になったふたりは、その後セックスをする。アクセルは大事な時期に、グレタに練習以外の時間を浪費させたことを悔いる。

コンクールでアクセルはラベルの曲を弾き、グレタはベートーベンを弾く。果たして、コンクールの結果、優勝したのは日本人のササキであった。翌朝、眠っているアクセルに電話が架かる。それは学校からであった。その電話で、グレタが昨夜自殺したことが知らされる。前日に彼女とセックスをしたアクセルは、深い自責の念にかられる。彼はバイオリンを床に叩きつけて粉々に破壊し、二度とバイオリンを弾かないことを誓う。

救出されたペネロペを、ヨーナとザガが訪れる。ペネロペはヘリコプターで吊り上げられた直後にヘリコプターが墜落、彼女は海に落ちたが、救出され、警察の地下にある病室に運ばれたのであった。

「追跡者を知っているか。」

とヨーナは尋ねるが、ペネロペは、

「知らない、ビョルンに聞いてほしい。」

とだけ答える。ペネロペの精神状態が悪いので、ヨーナとザガは彼女から事情をあまり聞けないで立ち去ることになる。

ヨーナとザガはアクセル・リーセンを訪れる。写真をみた彼は、写っている全ての人間を知っていると言ったが、撮影された時期については分からないという。ヨーナは窓の外から流れてくる、バイオリンの音を聞く。アクセルに尋ねると、弟のロバートが隣に住んでおり、弟はバイオリンの製作者であるという。ヨーナはアクセルに弟を紹介してくれるように頼む。隣家のロバートを訪れたヨーナは、写真の背景に写っている音楽家たちについて質問する。ロバートはそれが「トウキョウ弦楽四重奏団」であることを知っていた。有名な音楽家のグループで、ヨーロッパの各地で公演しているという。また場所は、フランクフルトのアルテ・オパーであるという。ヨーナが、楽団が演奏している曲目は何かと分かるかと質問する。ロバートは、自分は分からないが、アクセルなら分かるかも知れないという。元バイオリン奏者であったアクセルは、その演奏者の指の位置から、それがバルトークの弦楽四重奏第二番であることを見抜く。その曲がフランクフルトで演奏されたのは唯一度だけ。二〇〇九年のことだった。つまり、写真は、スーダンへの武器の禁輸が発効してから撮られたものであった。ヨーナは、写真の持つ重要性を理解する・・・

 

ニコロ・パガニーニ

 

 

<感想など>

 

 ラーシュ・ケプレルの小説は、「ヨーナ・リナ対犯罪者」という図式になっているのだが、その犯罪者は連続殺人犯で、常に頭の良い、一筋縄ではいかない人物である。冷酷で狡猾で、ち密な計画を基に犯罪を実行していく。第一作の「催眠術師」は、それでもまだこじんまりしていた。この作品は第二作目である。第四作で連続殺人犯人のユーレック・ヴァルターが登場し殺される人物が十人できかかなくなるが。この作品で、最後まで何人死亡したか数えられない。「ヘリコプターがスナイパーに撃ち落され、乗組員が全員死亡」そんなエピソードもあるからである。はっきり言って、読んでいるうちに、余りにも残虐なシーンに、余りにも流れる血の多さに、読む気が失せたこともあった。

 一枚の写真が、事件の背景を知り、犯人を見つけるきっかけとなる。フランクフルトのアルテ・オパー(古いオペラ座、フランクフルトには新旧のふたつの劇場がある)の貴賓室、弦楽四重奏の演奏をバックに、四人の人間がシャンペンで乾杯している写真。武器商人と武器製造会社の社長、スーダン政府のエージェントと、スウェーデンの武器輸出評議会の会長の四人が写っている。スーダンには、二〇〇八年に、国連によって武器の禁輸が決定されているので、その写真が何時撮られたかがキーとなる。後ろに写っている弦楽四重奏の奏者の指の位置から曲目を見つけ、そのプログラムが演奏された日から、写真が撮られた日を見つけてしまうという「離れ業」が行われる。「絶対に無理だ」と誰もが思うだろう。私もそう思ったが、その発想の面白さに、何となく許してしまった。

 タイトルにもあるように、作曲家であり演奏家でもあるニコロ・パガニーニと、バイオリンが、この物語で大きな役割を占める。パガニーニは、一七八二年生まれのイタリア人で、超絶技巧を要求される作品を作曲し、演奏した人物として知られている。

「パガニーニの作曲した作品は、パガニーニしか弾けなかった。」

との物語でも語られている。スウェーデン語の原題は「パガニーニ契約」である。この「契約」がどんなもので、誰と誰との間に交わされているのかが最後に分かる。また、ヨーナの協力者となり、事件の解決を助けるアクセル・リーセンは、もともとバイオリン奏者であり、コンクールの決勝まで進んだ人物として描かれている。上にも書いたが、写真に写っている演奏者の指の位置から、演奏されている曲目を当ててしまうという「離れ業」を彼はやる。

 何時ものように、歯切れが良くて、テンポも速く、一章も短くて読み易い。ケプレルは、「どんな構成、文章だと読者が読み易いか」を分析し、それを実行していることは良く分かる。「読者の立場になって書いている」と言っても良いだろうか。それは認めるとしても、今回は語られるストーリーに多少の嫌悪感を持ち始めた。上でも書いたが、追跡者があまりにも「しつこい」ということ、また、余りにも残酷なシーンが続くことである。「顔のない追跡者」、「殺人ロボット」とでも言うのだろうか。黙々と殺人という使命を実行していく一種の「無機質」さに違和感を覚えた。また、今回もヨーナ・リナは今回も、「ランボー」よろしく、独りで敵の中に乗り込んでいく。その展開は、マンケルのクルト・ヴァランダー以来の、スウェーデン警察小説の伝統とも言える。

 テンポのよいストーリーの展開や、よく考えられた構成、分析と調査の行き届いた背景、そして読み易さ、それをとっても一級品であると思う。ただ、血の臭いに耐えられるかどうかだ。

 

20188月)

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