オデュッセウスの故郷

 

船は、何となくミステリアスな雰囲気の中、イタカ島に向かう。

 

「ムーサよ、わたくしにかの男の物語をして下され、トロイアの聖なる城を屠った後、ここかしこと流浪の旅に明け暮れた、かの機略縦横なる男の物語を。」

突然、変な文句が。

「なんだんね、これは。」

詩人ホメロスが書いたと伝えられている叙事詩「「オデュッセイア」の冒頭である。「かの男」とは、主人公のオデュッセウス。彼は、将軍としてトロイア戦争に出陣。「トロイの木馬」の奇策によりギリシア軍を勝利に導く。しかし、帰り道、船が難破した後は、彼はありとあらゆる辛酸を舐める。十年の苦難の時間の後、やっと故郷に帰りつく。彼の故郷は「イタカ島」であった。そして、イタカ島は、ケファロニアの隣の、小さな島である。

 何故、オデュッセウスとイタカ島について知っていたか、いや、思い入れがあったかと言うと、今から約四十年前、大学生の頃までさかのぼる。当時僕は、独文科の学生だった。ヨーロッパ文学について学ぶ者が、先ず勉強させられるのが、「ギリシア神話」と「聖書」である。この二つが、現代に至るまで、ヨーロッパ文学のバックボーンを形作っているという。何も文学だけではない、絵画や彫刻もそう。ロンドンのナショナルギャラリーに展示されている絵は、ギリシア神話と聖書を題材にしたものが多い。ともかく、かつてのドイツ文学専攻の学生としては、イタカは是非訪れてみたい場所なのだ。

「イタカに行きたかない?」

と、家族の他のメンバーに相談をする。あっさりと認められ、五日目にイタカに出掛けることになった。サミからフェリーで車ごと渡る方法と、スカラかポロスから、日帰りクルーズを利用する方法がある。僕たちは、後者を選ぶことにした。

 月曜日、僕たちは早目に朝食を済ませてスカラの浜に向かう。砂浜に作られた小さな桟橋から船に乗る。その日の乗客は百人くらい。僕たちは二階のデッキに陣取った。半円形の座席には、僕たち家族の他に、二組の若いカップルが座っている。船は八時半に出発。僕たちが泊っているホテルの前を通る。海から見ると、すごく大きなホテルなので、改めて驚く。景色もさることながら、隣、三十センチ横に座っている、ピンクの紐ビキニのお姉さんが気になって仕方がない。ほぼ裸の女性と、こんな至近距離にいるのは嬉しいが、緊張する。

 船はポロスに立ち寄り、また客を乗せた後、幅数キロメートルの海峡を横切って、イタカ島に向かう。イタカ島に近づくにつれて、上空に雲が広がり、海霧が漂い始め、対岸が霞んで見える。何とも、ミステリアスな雰囲気になってきた。

「オデュッセイアらしくていい雰囲気。」

イタカ島に着いたところで、船は小さな湾に投錨。最初の「スイム・ストップ」である。既に水着に着替えている客たちが、船から海に飛び込む。泳いでいる家族の写真を撮った後で、僕も海に飛び込んだ。大自然の中で泳ぐのは、本当に気持ちが良い。

 

船から飛び込んで泳ぐのも楽しい。皆、下に水着を着ていた。

 

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