廃墟にて

 

オールド・スカラにあった、オリーブ油絞り工場の跡。

 

「夏草や兵どもが夢の跡」

僕はオールド・スカラの廃墟で、この芭蕉の句をつぶやいた。ケファロニアに来て四日目の午前中、僕たちは二回目のトレッキングをしていた。場所は、オールド・スカラ。僕たちのホテルのあるスカラは海辺にある。しかし、このスカラの街、元々は山の上にあったのだ。一九五三年に島を襲った強い地震により、丘の上にあるスカラの街は壊滅。人々は、その再建を諦め、海岸沿いに新しい街を築いたのである。

「何か津波に襲われた三陸の逆を行ってるよな。」

三陸地方では、町を高台に移しているのに。そして、今でも、昔のスカラの跡、「オールド・スカラ」を訪れることが出来る。教会の跡、円形劇場の跡、オリーブ絞り場の跡などが残っており、一時間ほどで一周できる。

 僕の友人に、Nさんという女性がいる。彼女は、廃墟が大好きという人である。

「廃墟に立つと興奮しちゃう。」

と彼女は言う。オールド・スカラは、Nさんが来たら喜びそうな場所。確かに、廃墟に立って、その場所の「華やかなりし頃」に思いをはせるのも、面白い。昔から、廃墟に立った人の視点で作られた作品も多い。「夏草や・・・」の句もそうだし、ベートーベンのトルコ行進曲は「アテネの廃墟」という音楽劇の中の曲。そして、最高峰は、

「春高楼の花の宴 巡る盃影さして 千代の松が枝分け出でし 昔の光今いずこ」

名曲「荒城の月」。僕がこの歌を前回口ずさんだのは、ヨルダン、アンマンの古城にいたときだった。

「廃墟もええなあ。」

紫色のアザミの花が咲き、その向こうに新しいスカラの街、更に向こうはどこまでも青い海が広がっている。一時間歩いている間、誰にも会わなかった。

 廃墟を歩き回った僕たちは、昼頃に、スカラの街に降りた。暑くなってきた。ここらで海に入りたい。スミレによると、スカラとポロスの間に、「穴場」があると言う。スミレと旅行していつも感心するのが、彼女の調査能力だ。スミレは官僚の卵、デジタル省に勤め、時々大臣の国会答弁の下書きを作ったりしている。調査はお手の物なのかも。

「ええ、こんなところに停めてどないすんねん。」

スミレが言った場所に車を停める。崖の上、海岸へ降りる道さえ見つからない。しかし、スミレは得意のインターネット上の情報を駆使して、道を発見。崖を苦労しながら降りて行くと、幅が二十メートルくらいの岩に囲まれた小さな入り江に着いた。既に数人の人がいる。静かで、本当に穴場、「プライベートビーチ」という雰囲気。そして水はあくまで澄んでいる。なかなかいい場所。

「スミレ、ここは大正解。」

 

スミレが調べ上げた穴場のビーチ。確かに、ここは素晴らしい。

 

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