ポジティブ思考

 

暇があればせっせとキーボードの練習をする。

 

滞在中、夕食はホテルのレストランで取ることが多かった。仕事から戻り、薄暗い中をまた少し歩いて、キーボードの練習をした後、階下のレストランへ行って食事。それが夜の日課になった。食事の前には、いつも「アルトビール」を飲んでいた。デュッセルドルフ地域でよく飲まれる、濃い色で少し香ばしい味のするビールだ。ドイツはそれぞれの地域で別なビールが好んで飲まれている。ちなみにデュッセルドルフから少し南へ下がったケルンでは「ケルシュ」と言う薄い色のビールが一般的だ。

ホテル代と食事代はドイツの会社持ち。したがって、ホテルのレストランで、何を注文しようとも(芸者を上げたりせず、まあ一応常識の範囲なら)、自分の財布から金が出て行くことはない。これはなかなか良いものだ。

 月曜日にユルゲンに対する最初の教育があったが、そのときはなかなかドイツ語が出てこなくて困った。しかし、毎日話しているうちに、だんだんとスムーズに言葉が出てくるようになった。

水曜日の帰り際、デートレフに、

「こっちでの生活はどうだい?」
と聞かれた。

「最高だね。四つ星ホテルに泊まって、何を食べても値段の心配をしなくていいし、車はあるし、毎日ドイツ語は喋れるし。語学研修付のホリデーに来ているようなもんだ。おまけに給料まで貰ってるし。」

と答えておいた。とにかく、何事も肯定的に考え、そのシチュエーションを楽しむことを考えなければ損というものだ。

 テレビは毎日、エジプトからのニュースで持ち切りだ。ムバラク大統領を辞めさせるためのデモがカイロをはじめ、エジプト中を席捲している。しかし、ムバラクはしばらく辞める気配がなさそう。

木曜日、会社に着くと、ヨハンからメールが来ていた。僕は昔ドイツで、アルファベット三文字の某ファスナーメーカーに勤務していた。その会社がある時、ドイツのヴッペルタールという町にある、地元のボタンメーカーを買収したことがある。僕はその買収された会社にコンピューターシステムを導入するために、ヴッペルタールで数ヶ月働いたのだった。ヨハンとはその時知り合った。

ヴッペルタールはデュッセルドルフの東側。今回、週末もドイツに居るので、一度会わないかとヨハンに葉書を出しておいたのだった。それが着いたらしい。その日のうちに何度かメールを交換した後、日曜日の午後、彼と家族に会うことになった。

 一日はあっという間に経つのに、結果的に日が経つのが遅く感じられる。矛盾した感覚だ。ロンドンを発ったのが四日前だとはとても信じられない。遠い昔のような気がする。環境が変わり、身の回りで新しいことが次々と起こると、日の経つのが遅く感じられるようだ。二ヶ月前に、マレーシアを旅行したときもそう思った。

 

ホテルのベランダから見る夜明け。