「計算のできる文盲の少女」

原題Analfabeten som kunde räkna

ドイツ語題:Analphabetin die rechnen konnte

(2013)

 

<はじめに>

 

荒唐無稽な話ながら、そのスケールの大きさでベストセラーとなり、映画化までされた前作の「窓から逃げた100歳老人」。その作者の二作目である。今回も、前作と変わらぬ地球規模のストーリー。「特殊な能力を持った平凡な人間」が巻き起こす事件の数々。二十世紀後半の世界情勢を巧みに取り入れている。

 

<ストーリー>

 

 人種差別政策が行われていた、一九七〇年代の南アフリカ、ソヴェト。衛生局に勤め始めたピート・ドゥ・トロワは、糞尿運搬部の事務所を訪れた。その黒人の部長が近々退職するので、後任を探すことになっていた。その部長の横で十二歳くらいの少女が働いていた。所長のアシスタントだと言う。ドゥ・トロワがその次に糞尿運搬部を訪れたとき、その少女が、前所長の後任者として座っていた。その少女の名前はノンベコ、十四歳、ソヴェトのスラムで生まれ、五歳の時から糞尿の入った容器を運んでいた。文盲であるが、計算には滅法強く、彼女が所長になった後、彼女の担当する地域の生産性は大幅に向上する。

 糞尿の容器を運ぶ黒人労働者の中に、タボという男がいた。彼は、当時の黒人には珍しく字が読めた。スペイン人のコック兼詩人から文字を習い、自ら作った詩や作り話で、女性を誘惑するのが趣味。エチオピアの宮廷で王女を妊娠させ、ダイヤモンドの原石を盗んで逃げかえってきたところであった。彼は、そのダイヤモンドを床下に隠し、世間の目を欺くために、糞尿運搬人として働きだしたのであった。ノンベコは彼の上司であった。彼女は、タボが間違って女性のシャワー室の戸を開けたと言って、彼の太ももにハサミを突き立てる。それが縁になって、タボはノンベコに字を教え始める。ノンベコは短期間で、読み書きを習得する。タボは、彼が金を持っていることを嗅ぎ付けた二人の女性に殺される。しかし、床下のダイヤモンドの原石は発見されることがなかった。ノンベコは彼を葬り、床下のダイヤモンドを掘り出し、自分の上着に縫い付ける。

ドゥ・トロワは、黒人のノンベコが活躍することに耐えられない。彼は、ノンベコを所長から一介の労働者に戻すと言い出す。ノンベコは職場を辞めることを決意する。十五歳の誕生日の朝、ダイヤモンドを縫い付けた上着を着て、ソヴェトを出て、プレトリアに向かう。プレトリアはソヴェトとは比較にならないほどの都会であった。技師のエンゲルブレヒト・ファン・デル・ヴェストフイゼンは、昼から酒を飲んでいた。ノンベコは、泥酔した彼の運転する車に撥ねられ、怪我を負う。

裁判の結果、ノンベコが有罪になり、罰金が科せられる。(当時は黒人と白人が関与した交通事故の場合は、たとえどれだけ白人に過失があっても、黒人が有罪となったのだ。)罰金が払えないノンベコは、厳重な警戒が敷かれた研究施設の中で、ファン・デル・ヴェストフイゼンのために掃除婦として働くことになる。その施設で、ファン・デル・ヴェストフイゼンは原子爆弾の開発に当たっていた。計算の得意なノンベコは、間もなく掃除婦としてだけではなく、原子爆弾開発のアシスタントとして、ファン・デル・ヴェストフイゼンを助けるようになる。アルコール中毒のファン・デル・ヴェストフイゼンであったが、ノンベコの手を借りて開発は進み、南アフリカ初の原子爆弾は完成に近づきつつあった。しかし、ノンベコは、核兵器の脅威を本で知り、その開発を何とか止めたいと考える。

 

一九四七年、スウェーデン、ストックホルム近郊。イングマーとヘンリエッタは結婚する。イングマーは郵便局員、ヘンリエッタは縫子で、腕の良いヘンリエッタの方が、公務員のイングマーよりも稼ぎがよかった。イングマーには「プロジェクト」、「人生の目標」があった。それは、スウェーデン国王と握手をするということ。彼は子供の頃、道端でグスタフ五世に頭を撫ぜてもらった経験があり、その後、国王と再会し、握手をすることを人生の目標としていた。ヘンリエッタは子供を欲しがったが、イングマーは自分が目標を完遂するまでは子供を作らないと宣言した。そして、なけなしの金を使い、スウェーデン国内の、国王が訪れる場所を自分も訪れ、国王に近づく機会を狙った。なかなか国王に会えない彼は、休暇中の国王を追って、フランスのニースまでヒッチハイクで行く。そこで散歩中の国王の前に進み出る。しかし、国王は、イングマーを怪しい男と思い、杖でイングマーの頭を殴る。そこで目が覚めたイングマーは、今度は、百八十度方向を転換、王政を廃し、共和制を打ち立てることを、「新たな人生の目標」にする。

スウェーデンに戻った彼は、子供を作ることを宣言する。王政の廃止を画策するイングマーは、自分が死んだ後も、自分の遺志を継いで計画を遂行する男の子が欲しかったのだ。彼は、その男の子が産まれたら、ホルガーと名付けようと考える。しかし、彼とヘンリエッタはなかなか子宝に恵まれなかった。ついに十三年後、双子の男の子が産まれる。ふたりの子供は区別できないほどそっくりであった。しかし、イングマーは世間に対し、ひとりしか子供がいないことにし、ひとりを自分の計画遂行のためのリザーブに使おうと考える。

 

いよいよ原子爆弾の実験が近づく。ノンベコは、施設内で一緒に働く三人の中国人の少女の母親を通じて、当時の合衆国大統領であったジミー・カーターに手紙を書く。

「南アフリカでは、アル中の馬鹿者によって原子爆弾が開発され、近々実験が行われる予定です。その場所は・・・」

大統領の名前の横には、手紙が注目されるように「くたばれアメリカ」と書き添えられていた。手紙の中には、ごく一部の人間だけが知り得る、カラハリ砂漠の中にある、原爆実験の予定される場所が書かれていた。ホワイトハウスに着いた手紙は、その宛名からテロリストからのものと疑われ、CIAに送られる。そこでCIA長官は、その手紙に書かれた原爆実験の場所に注目する。それは、米国が、スパイ衛星で探り当てた場所と寸分違わない場所であった。長官は、そのことを大統領に報告する。大統領は、当時の南アフリカの首相フォースターに電話をし、真相を問い質す。フォースターは、秘密裡に行われた原子爆弾の製造と実験の場所が米国に筒抜けになっていることにショックを受ける。首相は、ファン・デル・ヴェストフイゼンに原爆実験の延期と、場所の変更を命じる。原爆実験はノンベコの提案で、イスラエルの協力で海上で行われることになる。実験は成功し、新しく南アの大統領になったボータは、ファン・デル・ヴェストフイゼンを訪れて祝福をする。

一個目の原子爆弾の実験に成功したヴェストフイゼンは、二個目以降の爆弾を別のチームに作らせることにする。二つ以上のチームが、お互い情報を交換することなく作ったものが全く同じならば、原子爆弾は正しく作られたと言える、という理由からである。結局、計六個の原子爆弾が、独立した六つのチームで作られることになる。南アフリカが核兵器を持ったという噂は全世界に広がる。特に興味を持ったのは中国で、ケ小平は使節団を南アフリカに送る。ファン・デル・ヴェストフイゼンがその使節団の接待に当たる。ヴファン・デル・ヴェストフイゼンはノンベコも中国人の接待のためのサファリに連れて行く。あいにく、中国人の通訳がサソリに噛まれて、病院に送られる。施設内で一緒に働く中国人の少女たちから中国語を学んだノンベコは、その通訳の代わりを務める。その夜、大統領のボータもその中国からの使節との会食い参加、ノンベコはそこでも通訳を務める。

 

 イングマーは学齢に達したふたりのホルガーを月水金、火木土というふうに交互に学校に通わせ、世間には、あくまで息子はひとりであるということで通す。そして、学校へ行かない日には、王政の廃止と、共和制の設立という自分の計画を息子に教え込む。その間、一九六一年に、遠く離れた南アフリカでノンベコが産まれたのだが、彼等はそれを知る由もない。ふたりの息子には次第に違いが現れる。ホルガー@は父親の言うことを盲目的に聞く少年であるが、ホルガーAは自分で理論だった考え方のできる少年に成長する。試験を受けるとか、重要な局面では、ホルガーAが「投入」されることになる。ある夜、母親のヘンリエッタはふたりの息子に、その出生にまつわる経緯を全て話す。息子たちは母親に同情する。その夜、ヘンリエッタは心臓発作で亡くなる。

 

 十年以上、閉ざされた研究施設に閉じ込められているノンベコは二十六歳になっていた。南アフリカ共和国は、世界各国からの経済制裁を受けながらも、存続していた。しかし、時代は少しずつ変化し、大統領のボータは、黒人の指導者であるネルソン・マンデラを釈放した。そんな中、南アフリカの原爆製造は、ひとつずつ別々のチームによって行われていたが、ファン・デル・ヴェストフイゼンは大きな計算違いを犯していた。それは、三メガトンの原爆を六個作るつもりが、実は七個作っていたのである。彼は、それを誰にも言えずに悩むが、最後は余った一個をイスラエルに売って、私利を得ようとする。しかし、イスラエルの代理人はファン・デル・ヴェストフイゼンを暗殺し、原爆を乗っ取ろうとする。ノンベコはふたりの代理人と交渉し、自分を無事に国外に脱出させ、アンティロープの干し肉を二十キロ調達するならば、原爆をイスラエルに渡してよいと述べる。彼女は、その会話を全て録音し、代理人たちはノンベコの言うことを聞かざるを得なくなる。イスラエルの代理人は、原爆の入った木箱をイスラエルの外務大臣宛てに発送し、アンティロープの干し肉を、ノンベコが亡命先として決めたスウェーデンに発送する。南アフリカ政府が、ファン・デル・ヴェストフイゼンに気付き、国境の警戒を強化したとき、原爆とイスラエル外交官の車のトランクに隠れたノンベコは、研究施設を脱出していた。ノンベコはイスラエル手配した切符とパスポートを持ち、タボから横取りしたダイヤモンドを縫い付けたジャケットを着てスウェーデン行の飛行機に乗る。ストックホルム空港で、彼女は亡命を申請し、亡命希望者を収容する施設に入る。

 

 イングマーは政治活動に忙しく、まともに働いていなかったので、ヘンリエッタの死後、彼と息子たちは、金に困窮した。イングマーは、共産主義者であった伯父の遺品を売って金に換える。全てを売り払い、最後に残ったのが、高さ二メートルのレーニンの銅像であった。どういうわけか、レーニンと当時のスウェーデン国王は似ていた。イングマーはレーニンの像の髭を削り取って、国王の像として売ろうと考える。その改造が完成し、イングマーはトラックに載せてその像を運ぼうとした。しかし、カーブでその像が倒れ、イングマーはその下敷きになって死亡する。父親の死後、ホルガー兄弟は、残されたトラックを使って、運送屋で働きはじめる。その経営者が引退したとき、彼らはその会社を引き継ぐ。

 

 亡命希望者の収容所で、ノンベコは荷物を配達に来たホルガーAに出会う。彼女は荷物をイスラエル大使館まで取りに行くためにトラックに乗せてくれるように頼む。彼はオーケーし、ふたりはイスラエル大使館に向かう。果たして、大使館にノンベコ宛の荷物が届いていた。アンティロープの干肉だと思ったノンベコはそれを受け取る。しかし、ホルガーAは、乗せた荷物が一トン近くもある重い物であると告げる。ノンベコは、そこで送り間違えに気付く。イスラエルに送られたのが干肉で、ノンベコが受け取った荷物は原子爆弾であると・・・

 

<感想など>

 

 前作の「窓から逃げた100歳老人」では、フランコ、スターリン、チャーチル、トルーマン、ド・ゴール、毛沢東、金日成、ブレジネフ等、二十世紀後半の重要人物が揃って登場した。今回は、少々小ぶりにはなっているが、南アフリカの歴代の首相と大統領、カーター大統領、ネルソン・マンデラ、スウェーデン首相、スウェーデン国王などが登場する。絶対にあり得ないシチュエーションである。

「女の子が独学で原爆を作るほどの物理学を習得する」

は、まあ、その女の子の、才覚によれば可能だろうが、

「そっくりな双子の兄弟を、ひとりだけ公にし、ひとりをリザーブに使う。」

この辺りから、どうも無理なような気がしてきて、

「原爆を一個余分に作ってしまう」

「原爆と干肉を間違って発送してしまう」

ここまで来ると、完全にあり得ない、誰が考えても、百パーセント不可能な、非現実的な設定である。多くの小説の作者が、自分たちの作る、一見「荒唐無稽」なストーリーに現実味を与えようと、苦労し、色々と味付けを加え、説明をしようとしている。 しかし、作者のヨナソンは、完全に論理的な説明を諦めているというか、その荒唐無稽さを楽しんでいる。

「そんなことはあり得ないだろう、そんなアホな。」

読者は、演芸場で、ナンセンスな漫才を聴いて笑っているような気分で、この物語を読んで楽しむ。そこには、論理性、現実性は求められていないのである。むしろ、非論理性、非現実性が笑いの種になっているのだ。私はこの本を読んで、「パンクブーブー」というコンビの漫才、あるいは桂枝雀の落語「地獄八景亡者戯」を思い出した。

南アフリカが冷戦期に一度核兵器を開発したが、その後全ての核を放棄し、一九九一年に核拡散防止条約を批准したことは事実である。その理由として噂されているのが、

「黒人に原爆を与えたくない。」

という当時の白人政府の意図である。南アフリカ政府は、一九九〇年にネルソン・マンデラを釈放、黒人政権が樹立されることを予想していた。事実マンデラは、一九九四年に大統領に就任している。結果的に、核兵器が放棄されることは良いことなのだが、その本当の理由は、黒人蔑視、人種差別だったようだ。

 この話の前半で、南アフリカのスラムで生まれた天才少女ノンベコのストーリーと、遠く離れたスウェーデンのイングマーとヘンリエッタ夫婦のストーリーが別々に展開される。ノンベコがスウェーデンに亡命し、ホルガーA(イングマーのふたりの息子はどちらもホルガーという名前なので@とAがいる)と出会うところから、ふたつのストーリーがひとつになるという、まあ、どこにでもある手法が使われている。

 この作者のストーリーには、解説、解釈は不要だ。とにかく楽しんで、「アハハ」と笑ってもらって、それでお終いということにする。

 

20153月)

 

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