関西弁ブラックホール

 

「赤坂」TBSの前にあったサイン。

 

僕の仕事は日本語教師。日本語を教える時は、出来るだけ標準語で話をしようとしている。「なんちゃって標準語」であることは分かっているのだが、本人は努力をしているので許して欲しい。しかし、その努力も傍に関西人が居るとダメ。

「もうあきまへん。」

抵抗できない。その人に引きずられて、標準語が話せなくなってしまうのだ。関西弁は、傍にあるものを全て呑みこんでいく「ブラックホール」。僕と話しただけで、関西弁に引きずられてゆく、Tさんの気持ちが良く分かる。

 演奏が終り、お客さん、ミュージシャンが一体となって、飲みながら話をする。

「何か、ハウスパーティー状態ね。」

とTさん。色々な人と話すのはとても楽しかった。

 店を出たのはもう十一時を過ぎていた。夜になってもねっとりとまとわりつくような熱気の中をホテルまで帰る。大浴場が午前零時まで開いているので、行ってみる。僕は最近日本国内を旅行した時、某ホテルチェーンを利用することにしている。理由はただ一つ

「大浴場があるから!」

ビジネスホテルのユニットバス、あれは好きになれない。

 湯の中にはもう一人、僕と同年代の男性が入っておられた。色々な人と話して、ハッピーな気分の僕、彼に話しかけてみる。

「どちらからおいでになったんですか。」

「福岡です。」

「わあ、福岡ですか。姉が福岡にいるんで、時々行くんでですよ。色々美味しい物があって、良い所ですよね。」

とりあえず褒めておけば間違いない。彼も、気さくな人で、湯の中で話が弾む。

「何時まで東京におられるんですか?」

と聞く。明日の朝一番で、福岡に戻るという。

「東京でのお仕事、終わったんですか?」

彼が明日帰る理由を聞いて、正直驚いた。

「今日、初孫が産まれたって、さっき家内から連絡があったんです。孫の顔を見に、急いで帰らないと。」

僕は「孫が産まれた」という知らせを聞いた時のことこを思い出した。とにかく、すっごく嬉しかったことを覚えている。そもそも、生物は子孫を残すために存在しているものである。次の世代、次の次の世代を残せたことは、生物の存在意義に関わる、かなり本能的な喜びだと思う。

「おめでとうございます!今日は、人生最高の日のひとつだったんですね。」

と僕は言う。彼も嬉しそう。嬉しそうな人と話していると、こちらまで嬉しくなる。

 

リサイタルのあったレストラン。(同店のHPより。)

 

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