社交辞令の言えない僕、東京へ

 

神宮外苑では、今日も陸上部員が練習を始めていた。

 

僕は、普通なら「社交辞令」として発せられる言葉を、本当に実行してしまうタイプの人間。今回、僕が日本に戻る日程が決まった時、Tさんの歌を聴こうと心に決めた。彼女に予定を聞いてみた。僕が日本に着いた翌週に、東京の南青山で歌う機会があるとのこと。それで、その日の午後、僕は京都から新幹線で東京まで来たのだった。日本に着いてからまだ数日で、時差ボケがまだ完全に抜けていない。

僕は赤坂見附のホテルを予約していた。ホテルから歌の会場までは歩いて三十分くらいだったからだ。コンサートは午後八時から。午後早めについていたので、僕は神宮外苑を一時間半ほど散歩した。イチョウ並木、神宮球場、秩父宮ラグビー場、国立競技場などを見ながら歩いた。外苑の楕円形の道は、長距離ランナーが練習するコースとして有名。瀬古選手がそこで練習をしているシーンをテレビで見たことがある。そのコースを一周してみた。

台風が接近していて、気温はそれほど高くないが、とにかく湿度が高い日だった。

「シンガポールにいるみたい。」

僕はそう呟きながら歩いた。

さて、話はコンサートに戻そう。Tさんの歌は、アンコールを含めて十数曲、一時間を超えた。

「お疲れさま。」

ボサノバ(つまりポルトガル語の歌)がほとんどだが、たまに日本の歌も入る。

「今日は小中学校の同級生(僕のこと)が来てるんで、『卒業写真』を歌います。」

なんて、結構気の利いた選曲もある。「卒業写真」は僕も大好きな曲。

「何か、リクエストはありますか?」

とTさん。リクエストすることも可能なのだ。ギターのJさんは、どんな曲が来ても、即座に正しいキーで、何度も練習したように完璧に合わせている。二人の連携は完璧。

ちなみに、「ボサノバ」Bossa Nova とは、ポルトガル語で「新しい流れ」「新しい傾向」という意味であり、一九五〇年代、それまでの伝統音楽のサンバの上に、ジャズやヨーロッパ風を取り入れて作られた音楽だという。日本で言う「ニューミュージック」みたいなものだと想像する。

 曲の合間にTさんのトークが入る。

「今日は、関西の人(つまり僕)がいるので、ついつい関西弁になっちゃいます。」

と、ちょっと照れたように話しておられたのが印象的。彼女は元々京都の人なのだが、普段は標準語で話しておられるよう。でも、ステージの前に僕と話しただけで、ステージでのトークのとき関西弁に戻ってしまったみたい。

「よく分かるんだよなあ。」

 

しゃれた店がたくさんあるホテル界隈。

 

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