涼しい音楽
今回も香港を経由して関空に向かう。一度香港で途中下車したいもの。
「ふ〜ん、これがボサノバか。」
場所は南青山の某レストラン。蒸し暑い東京の夏、ボサノバの響きは妙に涼しかった。ステージでは友人のTさんが歌っている。同じテーブルのDさんが、
「モトさん、ボサノバってのはね、ささやくように、話しかけるように歌うんですよ。リズムも独特で、二小節で一組になっていて、『裏』から入る。」
と解説をして下さる。
「裏から入る!?」
音楽には余り詳しくない僕には、それがどんなリズムになるのかよく分からない。
「泥棒と一緒ですね。」
と一瞬コメントしかけるが、すんでのところでやめておく。
その後も、僕は、
「どうしてボサノバは涼しい感じがするんだろう。」
そのことばかり考えていた。曲の合間に、Dさんに思い切って尋ねてみる。Dさんは、アマチュアであるが、ミュージシャン。ギターを弾かれる。
「それは、不協和音にあるんですよ。心地よく響く和音に、ひとつ『あれっ』と感じる、異質な音が混ざっている。そうすると、人間、『ゾクッ』という、不思議な感じになるものなんです。」
「なるほど。不協和音が、ゾクッとさせるわけか。」
時々ピアノを弾くが、「不協和音」と言えばショパン。ショパンの曲を弾いてみると、頻繁に、モーツアルトなどにはない「とんでもない」音が混ざっている。それが音全体に意外性を与え、聴いている者にある種のショックを与える。
「ボサノバの作曲家は、ドゥビッシーやショパンなど、フランス近代音楽を研究してるんです。」
とDさんが付け加えた。ちょうどショパンのことを考えていたとき、Dさんがその名前を出したので、ちょっと驚いた。ボサノバとフランス近代音楽、意外なつながりだった。
ボサノバ歌手のTさんのコンサート。TさんはJさんのギターの伴奏で、ちょっと低目の声で、まさに、ささやくように、相手に話しかけるように歌っておられる。彼女は、ご主人の転勤でブラジルに行ったとき、ボサノバに触れ、勉強をして、日本に戻ってプロ歌手になったという。円いテーブルに座っている「聴衆」はたった六人。すごく「プライベート感」のする空間だった。
Tさんには、昨年のクリスマス、何十年かぶりに京都で会った。歌手をされていると聞いていたので、僕は約束した。
「次に日本に帰った時に、絶対に聴きに行くから。」
歌手のTさんと、ギタリストのKさんと一緒に。