「今日は俺の日じゃない」

Nicht Mein Tag

(2009)

 

<はじめに>

 

「今日は俺の日じゃない」(Nicht main Tag.)というのは、ツイていない日に使う言葉。銀行が強盗に襲われ、銀行員ティル・ライナーが人質にとられて連れ去られた日、それはまさに「ツイていない日」だった。彼は犯人の青年、ナポと行動を共にする。しかし、その後もティルにとって「ツイていない日々」だったのであろうか。

 

<ストーリー>

 

ティル・ライナーは「ドレスデナー・バンク」に勤める、平凡な銀行員だ。今時珍しい「七三横別け」のヘアースタイル。妻のミリアムとの間にはニコという男の子がひとりいた。彼は息子を溺愛していた。一緒の職場にいる研修生、タッツーのある若い女性、ジェシカを横目で眺めて、彼女と関係する妄想を抱いてしまう。しかし、それを行動に移せるような勇気も持ち合わせていなかった。

ある日、仕事の後、同僚のヴァルター氏の送別会が銀行内で行われた。ヴァルター氏は、「健康上の理由での早期退職」となっていたが、噂では癌で余命が長くないということであった。同僚は、ヴァルター氏にカードとプレゼントを贈り、ぬるいシャンパンで、同氏の前途を願って乾杯する。その後、ティルはギターを弾き、歌を唄う。それが、彼の唯一の趣味であった。

翌日の午後、野球帽に濃いサングラス、赤い「チェ・ゲバラ」のTシャツを着た男が、銀行に入って来る。彼はカウンターにいたジェシカにピストルを突き付け、現金を鞄に詰めさせる。外でパトカーのサイレンが聞こえる。若い男は、今回はティルにピストルを突き付け、逃亡用の車を用意するように命じる。ティルは、車のキーを取りに行き、自分の車に若い男を乗せ、銀行を後にする。

若い男はティルを「クソ親父」と呼ぶ。それどころか、彼の発する分は、ほぼ全て「クソ」で始まり「クソ」で終わった。車のラジオでは、まだ銀行強盗と人質事件については報道されていなかった。ティルは、自分の持つ家庭菜園の小屋に隠れることを提案する。若い男ナポはそれを承知し、ふたりは家庭菜園のわきにある木造の小屋に入る。そこには、缶ビールが数本残されていた。ナポはそれを飲み、ご機嫌になる。彼は鞄の中の現金を数える。それは、三万ユーロを超えた。ナポは歌を唄えとティルに命じる。ティルは送別会のために、車に乗せていたギターを取りに行き、ナポのリクエストする歌を唄う。そのうち、ナポは自分もギターを弾きたいと言い出し、ティルはコードを紙に書いてナポに教える。その紙は、妻のミリアムが渡した買い物リストの裏側だった。ふたりは、近くのギリシア料理店へ食料を買いに行く。まだ、指名手配は回っていないらしく。ふたりは無事、食料の調達に成功する。ナポはティルの手を植木鉢に縛り付けて、ふたりは小屋で眠る。

ドレスデナー・バンク、銀行強盗、人質事件を担当したのは、ベルクマイスター警視であった。彼は、銀行側、地元警察の不手際を嘆く。銀行強盗が入ったとき聞こえたパトカーのサイレンは、別の事件のものだった。警察が到着したのも遅く、警察は初動捜査に完全に失敗していた。おまけに、銀行関係者の証言も食い違った。監視カメラに写っている犯人は、帽子と大きなサングラスのため、人相が特定できない。人質の家族に連絡が取れないため、逃走に使われた車も特定できない、そんな状態だった。そんな中で、ひとり喜んでいたのはジェシカだった。女優志望の彼女は、テレビ局が次々自分を取材することに満足していた。

妻のミリアムが事件を知ったのは、発生から何時間も経ってのこと。息子の友達の誕生会にいた彼女は、別の母親に、夫の写真がテレビに写っていると言われる。携帯を見ると、警察からの電話が何本も入っていた。彼女は慌てて警察に電話をする。

翌朝、ナポとティルのふたりはガソリンスタンドで新聞を見る。ティルの車は指名手配され、その車に乗って移動することはもはや不可能であった。ティルは、オランダの国境越えヒッチハイクを試み、ナポは駐車中の車の窓ガラスを叩き割り、盗もうとするが、上手く行かない。結局、ティルがガソリンを入れている老人を殴り倒し、その車を盗んでふたりは逃亡する。

ふたりは途中、ナポの故郷であるデュイスブルクを通る。そこで、ナポは、ウグイス色のムスタングを買うことに成功。ナポは、街はずれで、ガールフレンドのナディアを拾い、三人は国境を越えて、オランダへと向かう。ナディアはオランダよりフランスが良いと言い張るが、ナポは聞かない。三人は、オランダの海岸で他の若者たちと過ごし、ホテルで眠る。

ジェシカは、テレビ局による自分へのインタビューが、殆ど取り上げられないのに不満を持つ。彼女は、新聞社に「独占インタビュー」を申し入れ、

「ティル・ライナーは自分に関係を迫った。今度の人質事件も、ティルが金を得るために仕組んだ茶番である可能性が高い。」

と述べる。そのインタビューは、「銀行強盗の陰の女性」という見出しで、新聞に載る。ティルの妻のミリアムは、その記事を読んでショックを受ける。また、ティルが老人を殴り倒して車を奪っている様子が、監視カメラで撮られていた。ベルクマイスター警視は、

「あなたの夫は、人質としての被害者だけではなく、もっと積極的な役割を演じている可能性が高い。」

とミリアムに言う。

オランダのホテルで、ナディアは、ティルに、ナポを残しての逃亡を持ちかける。ナディアはナポとの関係に飽きていたのだった。彼女は同じ部屋で寝ているティルの縄を解き、現金の入った鞄を持ち、ふたりはナポを残して車でホテルを出る。ムスタングに乗ったふたりは、ナディアの知り合いのいる、フランスのシェルブールに行く。そこで、ふたりはホテルに泊まる。

若い女性と一緒に行動するティルの気分は悪くない。彼は、ナディアの買ってきたこれまで着たことのない、若者向けの服を着て、タトゥーを入れに行く。そのタトゥースタジオに、ドイツ語の新聞が置いてあった。そこには、ジェシカの写真が。見出しには、「銀行強盗の陰の女性」。ティルは、事件の思わぬ展開に愕然とする。彼は、ナディアの携帯を使って妻のミリアムに連絡を取ろうとする。

「僕だ、今フランスにいる・・・」

と言っただけで、怒ったミリアムは電話を切ってしまう。

ベルクマイスター警視は、盗まれた車が、デュイスブルクで売られており、売ったふたり組が、ウグイス色のムスタングを買っていったことを突き止める。そして、ムスタングが、フランスのシェルブールのホテルの前に停まっているとの通報を受ける。

ティルとナディアが浜辺にいる間に、現金の入った鞄が消えてしまう。一文無しになったふたり、ティルはスーパーのレジを襲い、金を奪う。幾ばくかの金を手にしたふたりはホテルに戻る。ナディアが朝食を買うために外出、ティルがひとりでいるところにドアをノックする人物がいる。ティルがドアを開けると、そこには怒り狂ったナポが立っていた・・・

 

<感想など>

 

ラフル・フスマン、最初に「人に注意」を読んだとき、おおいに笑った。数ページに一ヶ所、笑いを誘う場所が散りばめられており、常に笑いながら読み進むことができた。今回もそれを期待したのだが、正直、ちょっと拍子抜けだった。会話で笑わせる喜劇と、シチュエーションで笑わせる喜劇がある。今回は、無口な銀行員と、「クソ」しか言わない青年。会話で笑わせるより、シチュエーションで笑わせる方が主だったと思う。ただ、そのシチュエーションがちょっと非現実過ぎたようだ。

今回も、「人に注意」と同様、一見「真面目な」銀行員が主人公となっている。職場ではほとんど存在感が薄く、女性について色々想像、妄想はするがそれを実行することもなく、妻との関係も惰性を帯び、ギターを弾いて歌うこと、ひとり息子を溺愛することに生き甲斐を見出す。冴えない人物。それを「七三に分けた」ヘアースタイルが代表している。そんな、冴えない中年男が銀行強盗の人質となり、犯人の青年と過ごすことで、だんだんと別の世界を知り、

「それも悪くないな。」

と感じ始める。特に、車を奪うために、老人を殴り倒したとき、彼はこれまでにない興奮を覚え、勃起してしまう。

 周囲の人間は、犯人と人質が余りにも長く発見されないため、それをティルも関与した「計画的犯行」と考え始めるようになる。そこに、火に油を注ぐのが、有名になりたい一心の若い同僚、ジェシカの言動である。

 しかし、先ほども書いたように、余りにも非現実的なシチュエーション。本当に「笑わせるために」無理に作ったシチュエーションという思いを常に抱かせる。例えば、喜劇で、たまたま一緒にいたふたりが「何年も前に生き別れた親子だった」とか、そんなパターンの連続。同じ劇で二回続けられると、もう笑えない。

 ハッピーエンドになることは分かっている。何故なら、これは喜劇であるから。どんどんと広がる嘘と誤解を、最後どうやって収束させるのか。それは、面白かった。

 この作品の、ドイツ語以外での翻訳は、絶対出ないと思う。

 

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