季節は夏へ

 

毎日午後五時に、政府の広報ページに発表されるコロナの感染者、死者のグラフをチェックするのが日課になった。

 

六月に入り、ロックダウンも三カ月目を迎えた。英国のコロナ感染者も死者も、少しずつは減ってきているが、他のヨーロッパ諸国のように急激に減らないのがもどかしい。世界の国の中で、感染者、死者とも、ナンバーワンが米国、ナンバーツーが英国という「指定席」状態がかなりの期間続いた。しかし、五月末から、ロシア、インド、ブラジルなど中南米諸国の国が急激な「伸び」を示し、六月になるとそれらの国々が、米国と英国の間に割って入ってきた。米国の「ダントツ」トップは変わらないが、英国は徐々にそのランキングを落としていく。それでも、毎日コンスタントに百人から二百人の死者が出ていた。

日本でも、「緊急事態宣言」が出され、一種のロックダウンが行われていたが、それは、ヨーロッパのロックダウンを知っている僕にとって、かなり「甘い」、「いい加減」なものだった。しかし、驚くべきことに、日本ではそれなりの効果が現れ、死者の数は常に、英国より、一桁も二桁も少なかった。

「本当に日本は不思議な国や。」

僕は思った。僕だけではなく、世界中の人々がそう感じたと思う。

六月に入り、気温が二十五度を超える日が何日かあり、日も最高に長くなる。夜、十時半でもまだ空に明るさが残っており、午前三時半ごろトイレに行くと、もう外は明るくなり始めている。完全に暗くなるのは、四時間ほどなのだ。

五月末のある朝、馬牧場に着くと、ボスのジュリーが嬉しそうな顔をしている。

「嬉しそうやん。何かあったん?」

と尋ねると、

「十六エーカーの土地が、新たに借りられるようになったのよ。」

とのこと。そして、そこは草が生えているとのこと。十六エーカーというのは六ヘクタール以上、かなり大きな土地である。翌週から、新しい土地でのフェンス造り、馬の移動が始まった。最初にその土地を見に行ったとき、膝よりも高い草が生えていて、とても歩きにくかった。しかし、草が生えていて、馬がそこで草を食って生きられるということは、干し草を与えなくて済むので、サンクチュアリにとって、大きな節約になるのである。

 ただ、生えている草の中に、ラグウォートという、馬が食べると毒になるのが混ざっていた。Sさんと僕は、これまでの牧場での仕事を終えた後、車で十分ほどの新しいフィールドに行き、ラグウォート抜きに精を出した。ちょうど、気温が二十五度くらいある週で、陰のないフィールドでの草抜きはかなりバテた。だだっ広い草原で働いていると、僕の子供のころに見たテレビシリーズ「大草原の小さな家」を思い出す。

 三週間かけて、二十頭ほどの馬が、新しい牧場に移された。移動は、僕の仕事をしない週末に行われたので、引越しの詳しいことは分からない。広い草原に、ポツンポツンと馬の居る風景は、常に混んでいる、それまでの牧場を見慣れた僕には、ずいぶん、のどかなものだった。やっぱり馬には草原が似合う。

 

草に覆われた新しい牧場に移り、新鮮な食料をむさぼり食う馬たち。