馬に噛まれて死んだ人はいない

 

 

「犬に噛まれて死んだ人はいるが、犬に蹴られて死んだ人はいない。」

反対に、

「馬に蹴られて死んだ人はいるが、馬に噛まれて死んだ人はいない。」

馬に噛まれても痛くない。しかし、馬に蹴られると命に関わる。ポニーにブラシをかけているとき、突然馬が振り向いて、ほっぺたを噛まれたことがあった。ほっぺたは少し赤くなったが、傷は付かなかった。何故なら、馬の歯は人間の奥歯のように平らで、突き刺さらないのだ。草を磨り潰すのに便利な歯なのである。

反対に馬に蹴られると・・・痛い。馬の最大の武器は、後ろ足でのキックである。馬は敏感な動物で、ちょっとした物音で驚いてビクッとしている。何かの拍子に馬が驚いて蹴ってくることも考えられるので、直後一メートル半以内に近づかないように気を付けていた。それでも蹴られた。「ベイビー」という名の仔馬だった。幸い体重百キロもない馬だったので、太ももに青あざができだけですんだが。体重五百キロの馬に蹴られたら、間違いなく骨折だろう。まあ、仔馬だから蹴られたのだが。大人の馬はそんな無茶はしない。ベイビーの横にいたら、突然向きを変えて蹴ってきた。読むことのできない行動だった。

「子供というのは予期せぬ動きをするのよ。」

保母をしている妹が言っていたのを思い出す。

馬は助け合って生きている。例えば、お互いに背中を掻きあうのである。馬の首や足はは長いが、足や口は、自分の背中には届かない。背中が痒いとき、どうするか。二匹の馬が、頭と尻を逆にして寄り添って、お互いに背中を口で掻くのである。犬や猫では考えられない助け合い精神。馬は極めて社会的な動物と言える。

馬は好奇心が強い。一度馬の写真を撮ろうと思って、牧場にカメラを持って行った。一眼レフのカメラを肩に掛けてシェットランドポニーの柵の中に入ると、

「何? 何? 何持ってるの?」

という感じでポニーたちが集まってくる。カメラを袋の中に入れて、柵の外に置いておいた。気が付くと一匹のポニーが袋を引っ張り込み、カメラを取り出しペロペロ舐めていた。

「こら〜、僕の大事なニコン、返せ〜!」

 また、あるとき、セーラが、物置小屋の中を整理していた。見ると、五、六頭の馬が物置の前に集まって、中を覗き込んでいる。中には、後ろ向きのセーラのお尻を突いている馬もある。

「ノーティー・ボーイ!(いたずら小僧!)」

セーラが笑いながら叫ぶ。先にも書いたが、セーラは小学校の先生。現在、七歳と八歳の子供のクラスの担任をしているという。

「この馬たち、やることがうちのクラスの子と一緒だわ。」

とセーラは言った。と言うことは、馬の知能は人間の、七、八歳くらいなの?

 

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