先生気質

揚老師と感激の対面。
昼食を済ませた後、Eさんと一緒に近くの華強路駅に行く。ここも、やたらでかい駅で、幾つもの出口がある。電話でY老師と話したEさんは、ここだと言う。十分ほどして、Y老師が到着。改札口を出てきた彼女を迎える。思っていた通り、小柄な女性である。
「わあ〜。来ていただいてありがとう。初めて『脸対脸』(リエンドィリエン)でお会い出来て光栄です。」
で、いいのかなあ。英語の「face-to-face」の直訳なんだけど。二人でハグをする。
地下鉄のコンコースにあるコーヒーショップで、僕たちは一時間ほど話をした。その間Eさんには休憩を取ってもらった。本来なら、今日は特別なので、英語でサクサクと話をするつもりでいた。彼女は普通に英語を話せるのである。しかし、そこは「先生気質」、今日も彼女は、僕に対して英語を話そうとしなかった。僕は、いつもの授業のように、汗を掻き掻き中国語を話した。一時間後、彼女と別れる。
「じゃ、また来週、オンラインでね。」
不思議な関係である。しかし、元々、彼女に会うために深圳に来たのである。短い時間だったが、彼女と会えて、僕は心からホッとしていた。
Eさんは、それから僕を「深圳博物館」に連れて行った。中国らしい、吹き抜けのある巨大な建物である。そこには「伝統的な深圳」、「発展する深圳」と呼べるような、二つのコーナーがあった。(他にもっと、自然科学的なコーナーもあるのだが、僕が歴史文化的なコーナーを選んでもらったのだ。)
「伝統的な深圳」には、中華人民共和成立以前、人々がどんな暮らしをしていたのか、実物大の人形を使って展示されていた。僕の子供の頃の京都での生活に、ちょっと似ていて、懐かしさを感じる。
さて、「発展する深圳」のコーナーに来ると、Eさんの説明に、俄然、力が入り始める。五十年前、深圳には何もなかった。経済開放を掲げるケ小平が、「深圳に経済特区を作ろう」という決断をし、一九八〇年から町の建設が開始され、進出してくる企業には、数々の優遇策を施した。その結果、あっと言う前に、二千万人の人口を持つ、工業、ハイテクの中心地になった。つまり、深圳は「国策として作られた町」、「中国近代化のショーケース」なのである。町からは、シンガポールみたいに、全てが整った印象を受ける。これは当然で、ここは作られた場所、これが普通の中国だと思ってはいけないのである。
その後、公園の横を歩いていると、高さ二メートルほどの、電話ボックス風のものが立っている。Eさんが指をさす。
「あれ、ドローンの発着場所なの。見ててごらん。」
間もなく、全幅二メートルくらいのドローンがその上に着陸、食べ物の入った袋を下ろし、また飛び立っていった。注文した人が近づき、何かスマホを操作すると、届けられた食べ物が出てきた。その人は横のベンチに座って、昼ご飯を食べ始めた。

弁当を運ぶドローンの発着所。