律儀な僕

 

身体が起こせるようになってからは、孫に絵を描いて過ごす。

 

「僕って、何て律儀な人なんやろ。」

ベッドの中でそう思った。十二月、クリスマスの前、僕は突然立てなくなった。バランス感覚を完全に失い、外の世界がグルグル回って起きられないのだ。これまでも何度か、「眩暈(めまい)」、「天井が回る」という状況に出くわしたことはあった。それでも、飯は食えたし、トイレにも行けた。また、数日で治った。しかし、今回は、完全に立てない。吐き気がして飯も食えない。

十二月十日、その年最後の授業があった。家からやるオンラインでの冬期集中講座。昼にそれが終わって立ち上がろうとすると、頭がフラつく。そのままベッドに倒れ込み、その後三日間は起きられなかった。でも、ちゃんと、最後の授業をやり終えてから病気になる、自分の律義さに感心した。妻や娘が、ときどきお粥やうどんを持ってきてくれる。それを何とか口に入れる。這ってトイレに行く。その週に、息子がシンガポールから帰ってきた。隣室から孫のエンゾーの声が聞こえてくるが、とても相手をする元気はない。

四日目くらいに、ようやく上半身が起こせるようになった。僕は時々リビングに行き、そこで壁を背に座り、エンゾーに絵を描いてやって過ごした。

「おじいちゃん、次は○○を書いて!」

彼のリクエストはエンドレス。三時間近く「お絵描きタイム」をしたこともあった。ともかく、バランス感覚が完全に戻らず、真っすぐ歩けないので、クリスマスはずっと家にいた。クリスマスが終わり、息子家族はシンガポールに戻って行った。

クリスマス前に、医者に診てもらったところ、ウィルス性の内耳炎とのこと、炎症が右の三半規管に達しているので、平衡感覚が失われているのだ。その炎症を抑える薬を貰って飲む。出来ることは、炎症が治まるのをひたすら待つだけ。

幸い、バランス感覚は、少しずつ戻り、何とか家の中なら歩けるようになった。そして、一月第一週の授業には、何とか学校に辿り着け、授業が出来るまでに快復。丸々四週間病気で満足に動けなかったのに、仕事には、一度も穴を空けなかった。

「先生の鏡やね。」

と自分で自分を褒める。やっと動けるようになったので、「ホースサンクチュアリ」(捨て馬保護センター)の仕事も再開。一月に入り、英国は雨ばかり。牧場の地面はどんどんぬかるんでいく。ひどいときは、ゴム靴が半分くらい泥に埋まって、足が抜けなくなる。朝、一時間ほど、餌遣りや、干し草の補充作業をやる。水戸黄門の持っているような杖を突きながら、泥の中を歩くのだが、足腰がメッチャ疲れる。特に腰。一月の終わりの金曜日、牧場から帰った僕が、中腰の姿勢を取ると、腰に「グキッ」という激しい痛みが。

「やっちもた〜」

ぎっくり腰である。一難去ってまた一難、また動けなくなってしまった。

 

今年も、初日の出は、馬牧場で見た。

 

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