「収穫される果実」

原題:Som Man Sår 「痛みを感じる時」

ドイツ語題:Die Früchte, die man erntet

2021年)

 

 

<はじめに>

 

新刊が発行されたら必ず買う作家とシリーズがある。ヒョルト/ローゼンフェルトの「セバスティアン・ベルイマン」シリーズもその一つ。二〇一一年に第一作が発行されてから、二〇二一年に刊行されたこの本で七作目になった。相変わらず、卓越した展開、魅力あふれる登場人物で、読者を引き付けて離さない。今もって日本語訳が出ていないことは、返す返す残念なことである。

 

<ストーリー>

 

 

十年ぶりに戻って来た女性。三年間、この町で辛いいじめに遭った。いじめた側は、多分もう忘れているだろう。しかし、自分は覚えている。あの三年がなかったら、自分の人生は変わっていただろう。今晩のパーティーに参加するために自分は戻って来た。復讐のために自分は戻って来た。バスは、カールスハムに着く。

アンゲリカ・カールソンは最近カールスハムに越してきた。彼女は四カ月前にニルスと出会った。ニルスは十七歳年上だ。ニルスとは、インターネットのデートサイトで出会った。アンゲリカは、ニルスに告白する。

「自分は、ディックという男と昔付き合っていた。一緒に金を出し合って家を買ったものの、いい加減な男であることが分かり別れた。しかし、その男が最近また現れ、自分に家の金の残りを払え、払わなければ裁判所が差し押さえに来ると脅されている。」

ニルスは、その金を立て替えてくれることになり、彼女は、ニルスと一緒に住むことになった。彼女はカールスハムの家の扉を開けようとする。その瞬間に何者かが彼女の頭部を撃つ。

何者かのリスト。三人が消されている。

 

シャスティン・ノイマン

ベルント・アンダシェン

アンゲリカ・カールソン

フィリップ・ベルグストレーム

アーキフ・ハダッド

ラース・ヨハンソン

イヴァン・ボトキン

アニー・リンドベリ

ペーター・ゼッテベリ

ミレナ・コヴァッチ

 

 カールスハム、八日間で三人の犠牲者が出た。二人が殺された後、地元警察の署長クリスタ・キョロネンは、ストックホルム警視庁殺人課に応援を求めた。それに応じ、ヴァニアと彼女のチームがカールスハムに乗り込んだ。しかし、何の手がかりも掴めないまま、三人目の犠牲者を許してしまった。第一の犠牲者はシャスティン・ノイマンという中年女性。郊外に独りで住んでいたが、中庭で射殺された。彼女が十年前のバス事故と関係があることを、近隣の人々は皆知っていた。第二の犠牲者はベルント・アンダシェンという男。彼は、ノイマンと一緒の銃で殺された。犯行に使われた銃は、一般に出回っている猟銃だった。アンダシェンはアルコール中毒、麻薬中毒であった。暴行、窃盗などで逮捕されていたが、起訴に至らず、懲役は免れていた。地元警察、ヴァニアのチームが捜査を行っていたが、被害者たちの繋がり、動機、犯人像などは、全く分からなかった。アンダシェンが殺されてから三日後、アンゲリカ・カールソンが遺体で発見されたのだった。彼女も、同じ銃で撃たていた。

 ヴァニアは引退したトルケルに代わり、二年前から警視庁殺人課を率いることになった。彼女の下で働くのは、ウルズラ、ビリー、カルロスの三人だった。ヴァニアは、アンゲリカ・カールソンが殺された際、家の中で待っていたニルス・フリドマンから話を聞く。ニルスは被害者とは数カ月前にデイティングサイトで知り合い、一緒に暮らすために、カールスハムに来たと話す。

「アンゲリカは誰かに恨みをかっていなかったか。」

というヴァニアの質問に、ニルスは、

「ディックという元ボーイフレンドに、多額の金を要求されていた。」

と答える。しかし、ニルスはアンゲリカの住所や、ディックという男の名字、素性については一切知らなかった。

 カールスハムのホテルで、地元の高校の、卒業十年目の同窓会が開かれた。ユリアもその会に出席する。高校時代、彼女のクラスは、マッケというボス的な男子生徒と、その取り巻きによって牛耳られていた。彼女自身も、マッケのいじめに遭っていた。彼女が今日同窓会に来たのは、そのマッケに復讐するためだった。食事の前、彼女は立ち上がり、マッケを非難する言葉を言おうとする。しかし、彼女は口を開くものの、言葉は出て来なかった。彼女は、パーティーの席で、かつて自分の親友であったレベッカの弟、ラスムスに会う。彼は、そのパーティーで、ウェイターをしていた。

 ヴァニアの調べで、殺されたアンゲリカ・カールソンが、過去二度に渡って、結婚詐欺で告発、逮捕されていることが分かる。カールソンの手口は、年上の金持ち男を見つけ、その男たちと懇意になり、何かの理由を付けて、その男たちから金をだまし取るというものだった。今回、アンゲリカがニルスに語った話は全て嘘。ヴァニアは、これまでアンゲリカを告発した男たちは二人だけであるが、実際はもっと多くの男たちが、金をだまし取られていたのではないかと想像する。

 セバスティアン・ベルイマンは、ウプサラで「心理カウンセリング業」を始めていた。かつては、数多くの女性と関係を持ったセバスティアンであるが、今は行動を謹んでいた。彼は、娘のヴァニアの家の近くに住み、ときどき、孫のアマンダを幼稚園に迎えに行き、孫と時間を過ごすことを楽しみにしていた。その日も彼は孫と一緒に公園で遊んでいた。そこにウルズラから電話が架かる。ウルズラは、

「トルケルの『記念日』にトルケルを訪問しようと思っているが、自分は今、カールスハムに居るのでそれができない。代わりに行ってくれないか。」

とセバスティアンに頼む。セバスティアンはそれを断る。

 ヴァニアは、殺人課のリーダーとして、初めて記者会見を行う。彼女が事件の概要を説明した後、ある記者から、

「被害者は皆逮捕歴があるが、無罪になった者ばかり。これは、誰かがその罪に対して私的な復讐を試みているのではないか。」

と指摘される。ヴァニアは警察の内部情報が洩れていると感じる。その後の記者会見は、ヴァニアにとって惨憺たるものであった。ウルズラは気落ちするヴァニアを慰める。

 トルケルは一年前に妻のリゼ・ロッテを亡くしてから、酒浸りの生活を送っていた。色々なことがあった彼の人生だが、数年前、高校のときのガールフレンド、リゼ・ロッテと再会し、彼女と一緒に暮らし始め、やっと自分に安定した、幸福な生活が訪れたと思った。しかし、それも束の間、彼女を病気で亡くしてしまう。リゼ・ロッテは身体の不調を訴えたが、折しも、コロナ禍の真最中であった。病院は満員でまともな治療が受けられず、その間に多臓器不全となり死亡したのだった。トルケルは、医療施設に対して「告発書」を準備していた。素面のときにそれを書こうと思いつつも、常に酔っている彼にはそれが出来ないでいた。彼は、点けっぱなしのテレビで、ヴァニアが記者会見をしている様子を見る。

 パーティーも終わりに近づき、参加者もあらかた帰った後、ユリアはバルコニーにいた。そこへ、マッケがヤネットという元同級生の女性を連れて現れる。マッケは無理矢理ヤネットにキスをしようとする。ヤネットは隙を見て、マッケの股間に膝蹴りを入れて逃れる。マッケは、バルコニーにいたユリアを次のターゲットにする。同級生のフィリップが止めに入ろうとするが、マッケはフィリップを殴りつける。マッケがユリアの下着に手を掛けたとき、後ろからラスムスが近付き、シャンパンの瓶でマッケの頭を殴る。気を失ったマッケを、ユリアは繰り返し瓶で殴る。ラスムスとユリアは、その後抱き合おう。

 ヴァニアとビリーはホテルで話していた。捜査の突破口は開けず、捜査班に出来ることは、犯人がもう一度犯行を企て、そこで何か失敗をやらかすことを待つしかないように思えた。ビリーは、セバスティアンに、犯人のプロファイルの洗い出しを依頼したらどうかと提案する。ヴァニアもそれに同意する。

 セバスティアンが寝ようとすると、ヴァニアから電話が架かる。ヴァニアは、

「犯人が犠牲者を選ぶときのパターンを見つけた。」

と話す。犠牲者は皆、過去に逮捕され、不起訴、あるいは無罪になっているとヴァニアは言う。セバスティアンは、犯人像を洗い出すためには、詳しい資料と、もう少し時間が必要だと答える。セバスティアンは、これは、無作為の殺人ではなく、犯人には確固たる動機があると考える。そして、どうして犯人が今犯行に及ぶのか、その「トリガー」を見つけることが必要だと思う。トリガー、すなわち、最初の犠牲者。

「最初の犠牲者を徹底的に調べた方がいい。」

とセバスティアンは、ヴァニアにアドバイスをする。最初の犠牲者は、事故を起こし、七人の死者を出したバスの女性運転手、シャスティン・ノイマンであった。ヴァニアはセバスティアンに詳しい資料を送ることを約束する。

 「最初の犠牲者を丁寧に調べろ」というセバスティアンの助言を受けたヴァニアは、当時ノイマンを担当した検察官、ターゲ・ヒャルマーソンに会いに出かける。ヒャルマーソンは、近いうちにヴァニアのチームが自分を訪れることを予想して、資料を準備して待っていた。ヒャルマーソンは当時の様子をヴァニアに説明する。ノイマンの運転するバスは、高校生のハンドボールチームと、その父母を乗せて、大会のある町に向かった。チームは優勝し、出発が遅れる。そして、深夜、バスは道路を外れ、崖に激突、七人が死亡した。ノイマンは、居眠り運転の疑いで逮捕、起訴される。しかし、彼女は一貫して、鹿が道路に飛び出したので、それを避けるためにハンドルを切った、不可抗力であると主張。裁判でも、彼女の主張が認められ、無罪になった。その後、ノイマンは、周囲からの冷たい視線を浴びながらも、カールスハムに残り、そこで暮らした。しかし、肉親を事故で亡くした、多くの人間が、彼女を恨んでいることは確かだった。ビリーは、バス事故の遺族のうち、猟銃の所有者を洗い出すことにする。その結果マッチしたのは六人だった。

 次に、ビリーは、ベルント・アンダシェンについて調べる。彼は、子供の頃から問題児で、少年鑑別所にも送られていた。多くの女性を虐待した罪で起訴されたが、不思議に有罪にはなっていなかった。ビリーは、アンダシェンの女性虐待の被害者のリストを作る。彼は、ノイマンのリストとアンダシェンのリストの両方に、一人の男が入っていることを見つける。それはスヴェン・シュグレンという男だった。彼は、猟銃を所有、息子をバス事故で亡くし、娘をアンダシェンから買ったとされる麻薬で亡くしていた。しかし、アンダシェンは証拠不十分で、起訴されていなかった。ヴァニアは、シュグレンに会いに行くことにする。

 ティム・カニンガムというオーストラリア人が、セバスティアンの診療所で、カウンセリングを受けていた。カニンガムは、妻が自転車に乗っていて事故で死亡し、その後、気持ちの整理がつかないまま、暮らしていると言う。彼は、その前に自分が息子を失っていたことも話す。

「私の息子は、休暇先のインドネシアで、津波に襲われて死んだ。あなたの娘と同じように。」

とカニンガムは言う。彼は、セバスティアンの一番触れられたくない過去を、調べた上で、彼を訪ねてきていたのだった。セバスティアンは激怒し、カニンガムを追い返す。

 ヴァニアはカルロスと一緒に、スヴェン・シュグレンを訪れる。妻がドアを開け、ヴァニアが来意を告げると、夫は警察に会いたくないと言っているという。ヴァニアは構わず中に入る。スヴェンは、煙草の煙の中で、サッカー試合を見ていた。

「警察は子供たちが死んだときには何もしなかったくせに、その犯人が死んだときになって初めて行動を起こしている。」

スヴェンはそう言ってヴァニアに食ってかかる。スヴェンは、銃を見せろという命令を拒否、ヴァニアは夫婦を警察に連行することにする。ウルズラは、スヴェンの猟銃を確保し、それを鑑識に送る。殺人事件に使われた銃との比較を依頼するためだ。ヴァニアとカルロスが、シュグレンの家の中を探していると、カメラが見つかる。そのカメラには、アンダシェンが隠し撮りされていた。ヴァニアは、シュグレン夫妻が、殺人事件と関わっているという確信を深める。

 ユリアは、マッケの遺体を「始末」することを、ラスムスに手伝ってくれるように頼む。二人は、バルコニーから下の道路にマッケの死体を落とし、それをラスムスの車のトランクに入れる。二人は、マッケの死体を、町から離れた湖に沈める。

 セバスティアンは散歩に出る。彼はまだカニンガムに腹を立てていた。かつてのセバスティアンなら、こんな時彼は、誰かとセックスしていた。しかし、孫のアマンダが産まれてからは、彼は自分の行動を律していた。彼は、孫のアマンダに、津波で死んだ娘のザビーナを重ね合わせていることに気付く。

「何故自分はこんなに腹を立てているのだろうか。」

そう考えたセバスティアンは、自分がザビーナの死を克服していないことに気付く。そして、それを克服するために、もう一度カニンガムと話してみようと決心する。

 マッケの死体の「処理」を終えたユリアとラスムスは、ラスムスの父親の家に戻る。ユリアがラスムスの家に来るのは久しぶりだった。ラスムスの姉のレベッカはユリアの親友だったが、バス事故でレベッカは命を落としていた。ユリアはそこでラスムスと寝る。目が覚めたとき、ユリアはどうしてラスムスが両親の家にいるのかと尋ねる。

「二十歳過ぎのとき、友人と共同出身して自動車修理の事業を起こしたのだが、その男に騙されて、借金を背負って破産した。」

と言う。

「そんな男には復讐をするのよ。」

とユリアはラスムスに迫る。彼女はリストにその男の名前を書き加える。

「私たちには復讐ができるのよ。」

ユリはラスムスに向かってそう宣言する。

 ウルズラはストックホルムに戻り、セバスティアンに会う。リゼ・ロッテが死んでからちょうど一年目のその日、彼女は、セバスティアンに、一緒にトルケルの家に行こうと誘うが、セバスティアンは断る。ウルズラは、仕方なく、一人でトルケルの家に向かう。ウルズラは、トルケルが既に酒を飲んでいることを察する。

「これ以上飲んだら、直ぐに帰るわよ。」

と彼女は釘を刺す。二人は散歩に出る。

「俺のところに戻ってきてくれないか。」

トルケルはウルズラに言う。ウルズラはそれを断る。

「あなた、孫がいるんでしょ。毎日飲んでいて、お孫さんはどう思うかしら。寂しいならお孫さんに助けを求めたら?」

とウルズラは言う。しかし、トルケルは、そのつもりはなかった。彼は、家に戻ると言い出す。彼は、一刻も早く、また酒を飲みたかったのだ。

 ヴァニアは焦っていた。シュグレン夫妻を逮捕して既に七十二時間が過ぎようとしていた。それ以上二人を拘束するためには、証拠か証言が必要だが、捜査班は何も得られていない。ヴァニアは作戦を変え、自分の娘の話を始め、自分の娘が殺されたら、自分も武器をその犯人に向けるだろうと話をする。その話により、スヴェン・シュグレンの共感は得られたものの、彼から自白は引き出せない。最終的に、鑑識よりのシュグレンの銃の調査結果が届く。連続殺人に使われた銃は、シュグレンのものではなかった。ヴァニアは二人を、釈放せざるを得ない。

 フィリップは、勤め先のガソリンスタンドに入る。同窓会の時、彼はユリアに過去のことを謝ろうとしたが、それができなかった。また、ベランダでマッケに犯されそうになっているユリアを助けなかったことにも、彼は後悔していた。同窓会から戻った後、ユリアに謝るために、彼は何回か電話をしたが、ユリアは取らなかった。フィリップが、ガソリンスタンドの玄関を出た時、弾丸が飛んでくる。それはフィリップの頭部を吹き飛ばした。

 ヴァニアとカルロスはガソリンスタンドに来ていた。そこで、若い従業員が射殺されたのだった。報道陣が、ヴァニアの周りに集まり、色々と質問を投げかける。ビリーは、殺されたフィリップ・ベルグストレームの過去について調べていた。過去の二人の被害者と異なり、ベルグストレームには、逮捕歴はなかった。

 ヴァニアとカルロスは、殺されたフィリップ・ベルグストレームの婚約者、エリカ・ヨハンソンに話を聞いていた。エリカは、フィリップが数週間前にあった同窓会の後で、無口になっていたと言う。そして、同窓会から、血を流して帰って来たことも証言する。フィリップは、同級生のマッケ・ロヴェルに殴られたと言っていた。ヴァニアは、マッケについて、掘り下げてみることにする。 

 ビリーはガソリンスタンドで、複数の監視カメラが捕らえた映像を見ていた。そのとき、ひとりの制服の警官が現れる。

「若い女性が、封鎖地域の中に停めた車を動かしたいと言っているんですが。」

ビリーが外に出ると、髪を紫色に染めた若い女性が立っていた。彼女は、病院に母親を迎えに行くために車が必要だと訴える。ビリーは彼女の熱意に負け、車を動かすことを認める。ビリーは彼女の車のナンバーをメモし、車を送り出す。

 ユリアが運転する車のトランクルームには、ラスムスが隠れていた。彼は、車の後部を改造し、銃と照準器用の穴を作っていた。それにより、車の中から銃が発射できるようになっていた。

「愚か者たちを全て消し去るのよ。」

ユリアは言う。ラスムスは自分がユリアの崇拝者になっていることを感じる。

 セバスティアンはヴァニアから送られてきた、書類を読んでいた。そこに、ウルズラから電話があり、セバスティアンは、新たな殺人事件が起こったことを知る。次にヨナタンから電話がある。彼は今晩出掛けなくてはならないが、母親も、いつも頼むベビーシッターも急に都合が悪くなったので、セバスティアンに、アマンダを一晩預かってくれないかと頼む。セバスティアンは快諾し、間もなくアマンダを連れたヨナタンが現れる。

「何をしたい?」

とセバスティアンがアマンダに尋ねると、

「お菓子を焼きたい。」

と彼女は答える。

 ヴァニアが、セバスティアンに電話をすると、彼は粉だらけの顔で電話を取る。二人はクッキーを作っているところだった。彼女はふたりが楽しくやっているのを見て安心する。

 四人目の犠牲者が出たことを知って、ウルズラは急遽カールスハムに戻る。ヴァニアは、マッケという男が新たに捜査線上にいることをウルズラに伝える。マッケは二十七歳、これまで様々な犯罪に手を染め、刑務所にも二回服役していた。そして、マッケは同窓会以来、二十日間姿をくらませており、母親から捜索願が出ていた。マッケの父親は、ノイマンが事故を起こしたバスに乗っており、重症を負い、その後、家を出ていた。また、アンダシェンとも、麻薬の縄張りを巡るいさかいがあった。しかし、アンゲリカ・カールソンとの関係はまだ見つかっていない。そして、もちろん、フィリップとは友人関係にあった。ウルズラが、

「マッケは、最初の犠牲者ではないかしら。」

と言い始める、それは、かなり説得力のある意見だった。マッケが行方不明になってから一週間後、全ての銃による殺人事件が始まったのだ。カルロスは、フィリップが同窓会から戻ってから、数日間に、ユリア・リンデという女性に五回電話をしていることを見つける。カルロスは、同窓会と、ユリアについて、もっと調べてみようと決意する。

 カルロスの調べによると、ユリア・リンデは二十七歳、高校卒業後家を出た後、住所は母親の家になっているが、別に暮らしているようであった。昨年、インテリアデザインの勉強のために、学校に入っているほかは、どこに住んで、何をしていたのかは不明だった。カルロスは同窓会のソーシャルメディアを調べてみる。そこには、何枚かの写真が投稿されていた。一枚の写真に、マッケが写っている。その時間は午前一時三十五分になっていた。彼の携帯が湖の傍で信号を失ったのは三時すぎ。その一時間半の間に何が起こったのかと、カルロスは考える。その写真で、マッケはひとり女性とダンスをしており、背景に、紫色の髪の女性が写っていた。カルロスは、ユリアの学校に電話をするが、彼女は同窓会以来、学校に出ていない。カルロスは、ユリアの母親の家に行ってみることにする。ドアのベルを鳴らすと、出てきたのはユリア自身だった。ユリアは、フィリップからの電話について、

「自分は知らない人からの電話には出ない。」

と答え、それがフィリップからだとは知らなかったという。また、同窓会で、マッケがフィリップを殴ったのを見たと証言する。

「どうしてまだここにいるのか。」

という問いに対して、彼女は、

「ここである男性と出会ったの。」

と答える。ユリアの家を出た、カルロスは、直ぐに彼女のことを頭の中から拭い去っていた。

 ラスムスは家の車庫で車を直していた。彼は銃を車庫の中に隠していた。そのとき、車庫のシャッターを叩く音がする。ユリアだった。ユリアは、警察官が自分を訪れたことを伝える。二人は、カールスハムを離れることにする。ラスムスは、祖父が残した家が、森の中にあることを覚えていた。彼は、そこに姿を隠そうと提案する。

「そこに行く前に、やらなくちゃならないことがある。」

とユリアは言う。ふたりはマルメーに向かう。

 セバスティアンは、アマンダが出来てから、自分がザビーネを失う悪夢を見てないことに気付く。十七年前、インドネシアの津波で娘を失ってから、彼は毎晩悪夢にうなされてうた。ザビーネが指にしていた蝶の指輪の感覚が今でも掌に残っていた。彼は数日前、宝石商でよく似た蝶の指輪を見つけ、アマンダのために買っていた。

 深夜、ひとりでガソリンスタンドの監視カメラの捉えた映像を見ているビリー。彼は弾丸の発射された位置を特定しようとしていた。そこに妻のミーから電話が架かる。ミーは、妊娠しており、双子が生まれてくるはずだった。ミーは、自宅分娩をしたいとビリーに告げる。ビリーは電話を終わった後、フィリップが撃たれた瞬間のシーンを何度も見る。彼は、そこに「蛇」が忍び寄って来るのを感じる。

「俺は父親になるんだ。もう、生まれてくる子供の為にも人は殺せない。」

ビリーはそう言い聞かせて、自分の欲望を抑える。

 セバスティアンは目覚める。アマンダは隣の部屋でまだ眠っている。彼は夢を見ていた。その中で、彼は自分が夢を見ていると意識していた。場面はいつものようにインドネシアの海岸。今回は、津波が押し寄せる前にザビーネが居なくなってしまう。必死で娘を探す、セバスティアン。砂浜でザビーネを見つける。セバスティアンが彼女に近づくと、ザビーネは彼の足に噛みつく。

「私から乗り換えてたでしょ。」

と彼女はつぶやく・・・

 早朝、ヴァニアはマルメー警察の警視、アンダーシュ・レヴグレンからの電話を受け取る。マルメーで、ひとりの男が早朝に射殺されたという。殺された男は、アーキフ・サリム・ハダッド、二年前からマルメーに住んでいるが、カールスハムの出身者だという。そして、殺人の手口が、カールスハムの連続殺人事件に酷似していると、レヴグレンは伝える。ヴァニアとウルズラはマルメーに向かう。車の中で、ふたりは、レヴグレンから送られてきた資料を読む。殺された男、ハダッドは三十歳、自動車修理工場を営み、過去に破産した経験があった。ふたりはマルメーに着く。殺されたハダッドの妻は、これまでの犠牲者の名前を全く知らなかった。しかし、手口はカールスハムの事件とよく似ており、ハダッドは五人目の犠牲者として認定され、ヴァニアのチームが、この事件を担当することになる。

 ユリアとラスムスは、森の中のある、ラスムスの祖父の家に来る。そこは祖父の死後、空き家になっていた。二人は乗って来た車を隠し、当座に必要な物を運び込む。ユリアは、ラスムスに、銃の扱い方を教えてくれるように頼む。

 ヴァニアとウルズラがマルメーから戻る。その間にビリーとカルロスが殺されたハダッドの身辺を調査していた。ハダッドとマッケは、接点がなかった。マッケは、第一の被害者であるというウルズラの意見が支配的となる。マッケの写っている同窓会の写真を見て、ビリーが、

「あの駐車場の女性だ。」

と叫ぶ。フィリップが殺されたガソリンスタンドで、車を取りに来た紫色の髪の女性を思い出す。そして、彼女が乗って行った青いパッサートは、ちょうど弾丸が発射された位置に停まっていた。同時にカルロスが叫ぶ。

「その女性はユリア・リンデだ。」

ナンバーフレートから、青いパッサートは、トマス・グレンヴァルドのものであることが分かる。そして、殺されたハダッドがトマスの息子のラスムスと共同経営者であったこと、トマスの娘レベッカが、バス事故で亡くなったこと。また、ユリア、レベッカ、フィリップが高校の同級生であったことが判明する。そして、その日の朝、マルメーのスペードカメラに、青いパッサートが写っていたことも分かる。ヴァニアは、車と、ユリア、ラスムスを全土に指名手配する。

 アマチュアのダイバー、リサ・オールソンは、湖に潜り、ライセンスの試験を受けていた。彼女は、湖の底で、目標物として置かれている白い立方体の代わりに、白い球を見つける。それは人間の頭蓋骨であった。

 セバスティアンは再びティムと会う。

「どうして考えを変えたんだ。」

と、前回、二度と会わないと言われたティムが尋ねる。

「あんたにもう一度チャンスを与えようと思ったんだ。」

とセバスティアンは答えるが、本心は、同じ経験を持ったティムを、自分の話し相手利用し、心の整理をしようとしていたのだった。二人は、子供を失った当時の話を始める。ティムが、

「一緒に来てくれないか。見せたい物がある。」

そう言って、セバスティアンを車に乗せる。ティムがセバスティアンを連れて行ったのは、「インドネシア津波記念碑」であった。それは緑の公園の中にあり、記念碑には、津波の犠牲になったスウェーデン人の名前が刻まれていた。セバスティアンは、昨夜見た、夢の話をする。夢の中では、ザビーネが、アマンダを自分と取り換えようとしていると非難していた。ティムは、セバスティアンの手を握る。セバスティアンは、ティムが何故、それほど、自分のために親身になるのか不思議に思う。

「私の犯した罪について、あんたには分からない。」

とティムは述べる。

 ヴァニアは、ラスムスとユリアの家を捜索するための計画を立てる。失敗の許されない彼女は、十分な人員と、装備を用意して、二人の家に向かう。二人の乗っている車は、スウェーデン国内の警察に指名手配される。ヴァニアはふたりの写真を見て、余りにも若く弱々しい印象を受ける。

 ヴァニアとビリーは、ラスムスの父親を訪ねる。父親は、ラスムスがここしばらく帰って来ていないという。ユリア・リンデについては、バス事故で死んだ娘のレベッカの親友だったと言う。また、父親、ターゲ・アンダシェンが、アンゲリカ・カールソンの結婚詐欺に遭って財産を失い、自殺したことを告げる。これで、被害者と加害者の関係がまた明らかになった。父親は、森の中に、ラスムスの祖父の家があり、幼い頃、ラスムスがそこで休暇を過ごしたことを話す。ヴァニアは、ふたりがそこにいるに違いないと確信する。

 森の中の家に居るユリアは、ラスムスの下で、銃の取り扱いを学ぶ。

「的を、きみを苦しめた人間だと思え。」

とラスムスは助言する。彼女は短時間で、銃を狙った場所に向かって発射できるようになる。

 ヴァニアは、ラスムスとユリアが居ると思われる森の中の家を急襲する準備を進める。ユリアの母親の証言から、母親がかつてベルント・アンダシェンと同棲をしており、アンダシェンが娘のユリアに性的な悪戯をしていたことを知る。これで、これまでの被害者全てと、加害者の関係が分かった。ヴァニアとビリーは、森の手前で車を置き、二手に分かれて森の中の家に向かう。家の煙突からは煙が出ていた。警官隊が突入する。しかし、家の中は無人であった。ヴァニアは、家の中でリストを発見する。

 

シャスティン・ノイマン

ベルント・アンダシェン

アンゲリカ・カールソン

フィリップ・ベルグストレーム

アーキフ・ハダッド

ラース・ヨハンソン

イヴァン・ボトキン

アニー・リンドベリ

ペーター・ゼッテベリ

ミレナ・コヴァッチ

 

ヴァニアは、リスト上の残りの五人の身元洗い出しを命じる。

 ユリアの射撃練習から戻ってくる途中、森の入り口で、警察の車を発見する。ふたりは、警察の手が、自分たちの傍まで及んでいることを知る。

「諦めちゃだめ。リストの人物を、最後までやり遂げるのよ。」

ユリアはラスムスを元気づける。ふたりは隠してあった車で走り去る。

 ヴァニアのチームは、カールスハムの警察署に戻る。リスト上にある人物のうち、ラース・ヨハンソンと、アニー・リンドベリはまだ特定されていなかった。残りの三人については、連絡が取られ、警官が身辺保護のために向かっていた。

 ユリアとラスムスは、車の中から一軒の家を見張っていた。その家には人の気配がする。窓から、中に居るのは、ラース・ヨハンソンであることが分かった。ラスムスは車を出て、ヨハンソンの家の前に停まっている車の屋根に上る。そして、そこで飛び跳ねる。アラームが鳴り響く。驚いて出てきたヨハンソンを、ユリアが車の中から射殺する。

 ビリーは、イヴァン・ボトキンの家に着く。ボトキンには、既に警告の電話が入っていた。ビリーは、ボトキンに、警察署での保護を申し入れるが、ボトキンはそれを拒否、誰にも知られていない隠れ場所があるから、そこで過ごすと言う。ビリーは彼を湖の傍にある小さな家まで送る。ロシア人の大金持ちであるボトキンは、ビリーにとって、耐えがたい人物であったが、彼は自分を抑える。ボトキンを送る仕事を終えたビリーは、ヴァニアから、ペーター・ゼッテベリの保護のために、彼の住むヴェクスイェに向かうように依頼される。

 ヴァニアは、ラース・ヨハンソンが殺されたという知らせを受け取る。警察はまたまた後手に回ってしまい、新たな犠牲者を出してしまった。ボトキン、コヴァッチ、ゼッテベリは身元が判明し、警察が保護している。残るはアニー・リンドベリのみである。そのとき、カルロスから電話が入る。

「ユリアの日記を調べて、アニー・リンドベリの正体が判明した。」

カルロスは伝える。

 アニー・ストラウスはベテランの教師であった。彼女が家にいると、表のベルを続けて鳴らす人物がいる。それは、金髪の女性であった。その女性は、ストックホルム警察の、ヴァニア・リトナーと名乗る。ヴァニアは、

「あなたの旧姓は、リンドベリではありませんか。」

と聞いてくる。アニーはヴァニアを家に入れる。

「ユリア・リンドという女生徒について記憶はないか。」

とヴァニアは尋ねる。アニーは、十数年前、出席日数不足のために、ユリアを落第をさせたことがあると答える。

「ユリアは殺人犯で、あなたを狙っている。」

とヴァニアが言うと、アニーは信じられないという顔をする。その時、ヴァニアは、窓の外に車が停まるのを見る。それは、青いパサートであった。ヴァニアは外に走り出る。パサートの中の人物は彼女に気付き、車を急発車させる。ヴァニアは自分の車に飛び乗り、青いパサートを追跡する。彼女は、近くにいる警察のパトカーに、パサートの追跡を要請する。

 ラスムスの運転する車は、複数のパトカーに追われる。不安に駆られるラスムスに、ユリアは

「後のことは後で心配すればいいの。今は警察を振り切ることだけを考えるのよ。」

と言う。ラスムスの車を追跡するヴァニアだが、ラスムスの車を避けようとした一般の車が事故を起こすのを見て、巻き添えを増やすことを恐れ、間隔を開けて追跡することにする。ラスムスの車は高速道路に入る。そのとき、ちょうどその道路を、カルロスが走っていた。ヴァニアの命令を受け、カルロスは、一般車を装い、着かず離れずで、ラスムスの車の後を追う。しかし、ラスムスはそれに気づく。彼は、高速道路を降り、脇道入り、カルロスの車を振り切ろうとする。しかし、途中で、車を道路脇の石にぶつけ、タイヤをパンクさせてしまう。二人は、車を捨て、徒歩で逃亡しようとする。その際、二人は銃を車の中に置き忘れる。二人は、山道を逃亡する。カルロスの通報で、ヴァニアを始め、警察の車が集合する。彼らは、山を登って逃げるふたりを追跡する、二人は次第に追い詰められ、崖の上に立つ。ヴァニアの静止を無視して、ふたりは崖下へと身を投げる。

 ビリーは、警察無線で、容疑者の二人が車を捨て逃亡しており、ヴァニアたちが彼らを追っていることを知る。ビリーはその現場に急行する。ビリーがそこに着くと、タイヤのパンクした青いパサートが乗り捨てられており、その横に、ヴァニアやカルロスの車が停められていた。ビリーは、パサートの中に、ライフルがあるのに気付く。彼は、心の中で、「蛇」がささやくのを感じる。ビリーはその誘いを、もはや拒絶することができなかった。彼は、パサートの中の銃を取り、自分の車に乗り、走り去る。

 湖底で発見された白骨は、行方不明になり、フランスで死んだと思われていた、イェニファーのものだった。警察は、捜査を再開する。そのニュースを聞いたセバスティアンは、ビリーがその犯人ではないかと考え始める・・・

 

 

<感想など>

 

このストーリーは第一部と第二部に分かれている。第一部は、カールスハムで起こった連続殺人事件、第二部は、刑事ビリーを巡る物語である。最初の連続殺人事件が、半分くらい読み進んだところで解決する。

「あれっ、やけに早いな。でもまだ二百ページも残っているのに。」

と思った。しかし、その後に、また別のストーリーが展開するという二部構成になっていた。

ビリーという刑事、過去に追い詰めた犯人を二人射殺している。その時の「快感」に取りつかれてしまい、これまで数人を殺害している。時々「蛇」が現れ、彼に「人を殺せ」とつぶやくのだ。その殺人が明るみに出ることなく、今回を迎えている。そんな彼がいよいよ年貢を納めることになる。このように、このシリーズには、何話にも渡って扱われ、何話かが経過した後、やっとカタがつくというパターンが多い。セバスティアンとヴァニアの関係もそうだった。

 これまで、このシリーズの犯人は、かなり変質狂的な、「いやらしい」人物が多かったが、今回は犯人に同情してしまう。犯人は、自分の作ったリストに沿って殺人を実行していく。リストに載っているのは全部で十人。目的は「正義のための復讐」である。七人を殺した時点で、犯人は追い詰められる、最後まで、その願いを叶えてあげたかった気がする。とにかく、そんな、犯人に同情を抱いてしまうような設定になっている。今回は、殺された人間の方に、それなりの理由と必然性があるように思える。

 ユリアという二十七歳の女性が登場する。不幸な家庭で育ち、学校でもいじめにあった彼女。一見、大人しい、「被害者タイプ」の女性に見える。彼女を訪ねたカルロスも、その印象にまんまと引っ掛かっている。カルロスの持ったユリアに対する印象として書かれている部分が面白い。

「ユリアは、ポニーテールの髪の下から彼を見て、満面の笑みを見せた。カルロスは、彼女も目に中にある何かを感じた。それは彼女が何かを見抜いている、あるいは、彼を試そうとしているかのようだった。彼の心の目の中に、『シャイニング』のジャック・ニコルソンの一場面が現れた。」

一瞬現れる「狂気」、これを「ジャック・ニコルソン」、「シャイニング」の一言で、見事に表わしている。しかしながら、カルロスは、彼女の無罪をその後信じてしまう。

 このシリーズ、「セバスティアン・ベルイマン」シリーズと呼ばれる。しかし、今回、彼はストックホルム警視庁殺人課の捜査班を離れ、心理カウンセリングの診療所を開いている。何と、彼は、それまでの女性中毒、セックス中毒を克服している。その彼が、どのように、今回の事件と関わっていくのか興味が持たれる。

 このシリーズも八作目になった。このシリーズの第一作が発表されたのが二〇一一年。続編は、第一作から続編が発刊された年月が、物語の上でも経過している設定となっている。今回も、発行された二〇二一年の設定になっており、コロナ禍の際の医療崩壊で、トルケルの妻、リゼ・ロッテが死亡したことになっている。ヴァニアが、警視庁の殺人課のリーダーとなっているには意外な気がしたが、年限の経過を考えると、彼女も、三十代の後半か、四十歳に手の届く年齢なのであった。

 二〇二二年十一月、突然の入院と手術という事態を迎え、病院での退屈しのぎの為に、娘に持ってきてもらって読み始めた。ドイツ語で五百ページを超える大作だが、一か月程度で読み終えた。この本を見ると、今後は、その時の入院生活を思い出すと思う。お勧めの本だが、日本語訳がない。

 

202212月)

 

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