「殺人者ではなかった男」

ドイツ語題:Der Man, Der Kein Mörder War(殺人者ではなかった男)

原題:Det Fördolda (秘密)

2010

 

<はじめに>

 

犯罪心理学者、「セバスティアン・ベルクマン」シリーズの第一作。休暇先で遭遇した津波で最愛の妻と娘を失ったセバスティアンは、その悪夢から逃げ出すために、数々の女性との一夜の関係を結ぶ。彼は偶然昔の同僚で警視庁殺人課の警視トルケルと出会い、凶悪な殺人事件の捜査の一端を担うことになる。

 

 

<ストーリー>

 

「殺人者でなかった男は」は、車のトランクから、少年の死体を引きずり出し、森の中の池に沈める。

ロガー・エリクソンの母クララは、土曜日の午後警察に電話をし、息子が金曜日の夜から行方不明になっていることを告げる。ロガーは金曜日の夜、ガールフレンドのリサ・ハンソンの家を出た後、姿を消していた。

早朝、セバスティアン・ベルクマンは悪夢で目を覚ます。そこは見覚えのない部屋であった。彼の横では女性が眠っている。セバスティアンは、その女性と昨夜出会い、セックスをした。しかし、その女性の名前はどうしても思い出せない。彼はタクシーで自分のアパートに戻る。家族を失った後も、彼は広いアパートにそのまま住んでいた。

月曜日の午後、ヴェステロス警察署の刑事、トマス・ハラルドソンは、森の中を歩いていた。彼は、自分の運命を嘆いていた。最近警察署に、女性のケルステン・ハンザーが署長として赴任。彼女の着任により、ハラルドソンは昇進の道を閉ざされたのであった。ハラルドソン妻のイェニーは、子供を欲しがっていた。彼女は、自分の排卵日になると、ハラルドソンにセックスを迫るのであった。そして、今日辺りがちょうどその排卵日に当たっていた。ハラルドソンは、昼休みに家に戻り、妻とのセックスを済ませた後、行方不明になっていたロガーの通っていた学校、パルムレヴスカ・ギムナジウムに向かう。そこで、ロガーと金曜日の夜一緒にいたリサ・ハンソンに会う。リサは、ロガーは金曜日の夜十時まで自分の家にいたが、その後家に帰ると言って去ったと話す。そのとき、リサの両親は不在で、彼女とロガーは二人きりで家にいた。ハラルドソンは署長のハンザーからの電話を受け取る。署に帰ったハラルドソンは、土曜日に通報を受けながら、月曜日まで行動を起こさなかったハラルドソンを叱責する。

森林警備スカウトのヨアキムは、ハラルドソンが募集したボランティアの捜査部隊に参加していた。彼は、二人の少女スカウトと一緒のグループを組み、森の中を歩き始める。彼らは他のグループからはぐれてしまい、周囲には誰も見えなくなる。少女のひとりが叫び出す。池の中に、白い死体が浮かんでいた。

署長のハンザーは、死体発見の知らせを受ける。その死体は、身体中に刺し傷があり、しかも、心臓がえぐり取られていた。死体発見のとき、捜査班の責任者であるハラルドソンは、妻とのセックスのために現場を離れていた。それを知って、ハンザーは激怒する。彼女は、ストックホルム警視庁殺人課の、トルケル・ヘグルンドのチームに応援を頼むことにする。ハンザーはトルケルに電話で出動を依頼、それを受けて、トルケル、ビリー・ロゼン、ヴァーニャ・リトナーの三人が、車でヴェステロスに向かう。同じころ、セバスティアンも、両親の家を売るために、列車でヴェステロスに向かっていた。

ヴェステロスに到着したトルケルと彼のチームをハンザーは彼らを迎える。ハンザーはロガーの母親のレナに、息子の死体を見せる。署にびっこを引いたハラルドソンが現れる。彼は、足を捻挫したため、現場での捜査に加われなかったと言い訳をする。トルケルのチームは、これまで捜査の責任者だったハラルドソンから話を聴く。そして、殆どまともな捜査が行われていなかったことを知る。

セバスティアンは両親の家で、過去を思い出していた。両親と上手くいかなかった彼は、三十年間家に帰っていなかった。その間に、父が死に、最近母も死んだが、彼は両親の葬儀にも出ていなかった。彼はストックホルムの大学を出て、心理学の講師となったが、女性関係原因で大学をクビになっていた。彼は、米国に留学し、その間に犯罪心理学を学び、ストックホルムで、警察のプロファイラーとして働いた。一匹狼で、他人を受け入れることを知らなかったセバスティアンだが、リリーという女性と出会い、彼女と結婚し、初めて人を本当に愛することを知った。ザビーネという娘もできた。しかし、二〇〇二年のクリスマス、タイで休暇を過ごしている際、津波で妻と娘を失う。

死体の心臓がえぐり取られていたことで、マスコミは、カルト殺人ではないか等、色々な憶測を巡らせる。鑑識のウルズラ・アンダーセンが到着し、死体の発見された現場付近の調査を始める。彼女は、死体の発見された池を見下ろす場所に、タイヤの跡を発見する。犯人はそこで車を停め、死体を行けまで引きずって行ったと想像された。

ヴァーニャは、殺されたロガーと金曜日の夕方を一緒に過ごしたという、リサ・ハンソンを自宅に訪れる。ロガーが十時までいたと証言するリサだが、ヴァーニャは彼女が嘘をついていることを見抜く。

フレデリック・ハマーというギムナジウムの生徒が、警察署の門を潜る。ハラルドソンが彼を見つけて話を聴く。フレデリックは、ロガーを金曜日の夜九時半ごろに町の中心街で見たという。ロガーは、モペッドに乗った若者に追い回されていた。ハラルドソンが、独りで証言を聴いているのを見て、署長のハンザーは再び彼を叱責する。ヴァーニャが呼ばれ、引き続き話を聴く。フレデリックは、ロガーを追い回していた若者を知っているという。それはレオ・ルンディンとい同い年の少年であった。この証言で、ロガーが十時過ぎまで家にいたというリサが嘘をついていることが明らかになった。

「殺人者でない男」は、ヴェステロスの街を歩いていた。彼は警察署の前を通りかかり、警察官に会釈をする。彼は、犯人がこんな近くにいるのに、少しも気づかない警察を笑い飛ばしながら、安心してそこを立ち去る。

ビリーとヴァーニャはレオ・ルンディンの家を訪れる。母親のクララが、レオの部屋の扉を叩き、警察官が会いに来ていることを告げる。レオは窓から飛び出し裏庭から逃亡を図る。しかし、トレーニングをしているヴァーニャはレオに追いつき、彼を取り押さえる。その様子を隣の家からセバスティアンが見ていた。彼の両親の家は、ちょうどルンディン家の隣だった。駆けつけたトルケルと、セバスティアンは数年ぶりに再会する。ふたりは、かつて刑事とプロファイラーとして、一緒に働き、いくつかの難事件を解決していたのだった。

 ビリーとヴァーニャは、レオ・ルンディンを尋問する。彼はかつてロガーをいじめたことは認めるが、今回の殺人事件への関与は否定する。ビリーがレオのしている高価な腕時計

目を止める。それはロガーのしていたものと同じであった。その出所について、ビリーが尋ねると、レオはそれを金曜の夜、ロガーを恐喝して取り上げたものであることを認める。レオの逮捕の噂は、町中に広まり、マスコミは、凶悪化してきた未成年者の犯罪という論調で事件を報じる。家宅捜査のために、家に入れず、外で佇んでいるクララに、隣人のセバスティアンが声をかける。セバスティアンは、彼女を自分の家での食事に誘う。最初は断っていたクララであるが、最後は同意し、セバスティアンの家に入る。その夜、セバスティアンは隣家のクララを訪れ、ふたりはセックスをする。

翌朝、両親の家に戻ったセバスティアンは、両親の残した物の整理を始める。その中に、彼はアナ・エリクソンという女性と母親の間で交わされた手紙を発見する。手紙の日付は一九九二年、ちょうど、セバスティアンが大学をクビになり、米国に渡った年だった。アナは、セバスティアンの子供を身籠ったので、至急セバスティアンと連絡が取りたいと書いていた。しかし、母親は、自分もセバスティアンの居所を知らないと返事をしていた。セバスティアンは、そのアナという女性をどうしても思い出せない。もし、彼女が中絶していなければ、セバスティアンには、息子か娘がいるということになる。セバスティアンは何とかして、そのアナ・エリクソンを探し出そうと決心する。アナがセバスティアンと大学で知り合ったと書いていたので、彼は大学のかつての同僚に電話をする。しかし、卒業生の中に該当するような女性はいなかった。セバスティアンは警察のデータベースを使って、アナを探し出すことを思い付く。

セバスティアンは、警察署にトルケルを訪れる。そして、プロファイラーとして自分を捜査班に加えることを要求する。一度はそれを断ったトルケルだが、セバスティアンに過去の女性関係を暴露すると脅されて、しぶしぶ彼を捜査班に加えることに同意をする。ウルズラはセバスティアンを捜査班に加えることに猛反対する。彼女はかつて、セバスティアンと付き合いながら他の女性に乗り換えられた過去を持っていた。トルケルは、何か問題があればいつでもセバスティアンを捜査班から放り出すということを条件に、ウルズラを説得する。警察署に出入りできるようになったセバスティアンは、早速女性職員に色目を使って、アナ・エリクソンについての調査をたのもうとするが、女性職員は、規則を盾にそれに応じない。

匿名のEメールが届き、レオ・ルンディンのガレージに、血のついたジャンパーがあると告げる。ウルズラとビリーはルンディン家のガレージに急行し、果たしてそこでペンキの缶の中にロガーが来ていたのと同じ緑色のジャンパーを発見する。しかし、そのガレージの様子を、前日撮った写真と見比べたウルズラは、置かれている物の位置が変わっていることに気付く。何者かが前夜ガレージに侵入したのだ。セバスティアンは、そのジャンパーを置き、Eメールを送った人物こそ犯人であると言う。ハラルドソンはそのメールが、ギムナジウムのコンピューターから送られて来たことを突き止める。

ヴァーニャとセバスティアンはギムナジウムを訪れ、校長のラグナー・ロートと面会する。校長に向かって、対する批判的な発言ばかりするセバスティアンを、ヴァーニャはヒヤヒヤする思いで聴いている。セバスティアンは、自分もその学校の出身であり、父親がその創立者のひとりであることを明かす。校長の態度が一変する。校長はロガーに対してもっと知りたいならば、担任の女性教諭であるベアトリス・ストランドに会うように勧める。セバスティアンはベアトリスの授業する教室に向かい、授業を中断させて彼女と話す。彼女は、ロガーが自分の息子ヨハンと友達で、金曜日の夜に電話をしてきたことを告げる。

警備会社から、金曜日の夜、町の中心街に設置された監視カメラで撮ったビデオが届く。ビリーが、金曜日の夜九時過ぎに、グスタフスボルクスガタン通りの監視カメラに写っているのをビリーは発見する。セバスティアンとヴァーニャはリサ・ハンソンの家に向かう。リサは最初証言を拒否するが、ロガーはボーイフレンドでなく、ボーイフレンドは別にいること、また、ロガーが金曜日早く家を出たことを認める。しかし、別のボーイフレンドが居ることを両親に知られたくないため嘘をついたと言う。そこへ両親が戻り、警察が親の許可もなく、高校生の娘を尋問したことを責める。セバスティアンは、娘が嘘をついたのは、両親が彼女に過大な期待をし、自由と信頼を与えなかったためだと諭す。

ヴァーニャとセバスティアンは、ベアトリスの息子でロガーの友人であるヨハンを訪ねる。彼はちょうど父親とキャンプに向かうところであった。ふたりはヨハンから、学校の用務員が、生徒に対する酒の販売をしたことで、学校を解雇されたことを知る。そして、校長に、その事実を告げたのはロガーであったという。ふたりは、再びギムナジウムに向かい校長を詰問する。校長は、アクセル・ヨハンソンのという男を、生徒に対する酒の密売を理由に、解雇したことを認める。ヴァーニャとセバスティアンは、ヨハンソンの家に向かう。彼の家は留守で、隣人は、数日前からヨハンソンは家を空けていると述べる。

ウルズラは検死報告書を受け取る。その結果、刺し傷や心臓をえぐり取られたのは、被害者が既に死亡してからだということが分かる。そして、死因は銃で撃たれたことであることが分かる。心臓が取り出されたのは、銃弾を取り出すためであった。

セバスティアンはビリーにアナ・エリクソンについて調べてくれるように頼む。断られると覚悟をしていたセバスティアンだが、意外なことにビリーはそれを承知する。

何とか犯人を自分で取り押さえ、ストックホルムから来たチームの鼻を明かし、自分の評判を取り戻そうと考えたハラルドソンは、単独行動に出る。彼はアクセル・ヨハンソンの家の前で、彼の現れるのを待つ。果たして深夜ヨハンソンが現れる。ハラルドソンはヨハンソンを呼び止めるが、ヨハンソンは逃亡する。ハラルドソンは追跡するが、取り逃がしてしまう。

ヴァーニャはロガーが日記の中に、月の第一水曜日の十時にPWと書き込んでいるのを見つける。ヴァーニャはベアトリスを訪れ、心当たりがないかと尋ねる。ベアトリスは、水曜日の十時前後、ロガーに授業がなかったと言う。そして、PWというのは学校の専属心理カウンセラーある、ペーター・ヴェスティンではないかと言う。ヴァーニャはヨハンソンの元ガールフレンドであったリンダ・ベックマンと会う。リンダは、ヨハンソンが金のためならなんでもする男であったという。リンダはヨハンソンが学校で酒を密売しているのを知っていた。彼女は、ロガーが何度かヨハンソンを訪ねていたと証言する。

ベアトリスは孤独であった。息子は父親になつき、家庭でも自分の存在価値を見つけられなかった。夜彼女がドアを開けると、昼間、学校を訪問したセバスティアンが立っていた。ふたりはベッドを共にする。

「殺人者でなかった男は」は自分が犯人に仕立て上げようとしたレオ・ルンディンが釈放され、警察が新たな犯人捜しを始めたことに危機感を持ち始める。眠れない彼は、心理カウンセラーに会う決心をする。

翌朝、ヴァーニャとセバスティアンはヴェスティンのカウンセリング診療所に向かう。ヴェスティンの同僚は、ヴェスティンがその日まだ現れないと述べる。一方、警察署では、ビリーがロガーの携帯の中で、消されたSMSの復活に成功していた。彼は、プリペイドカードの携帯電話と頻繁にSMSを交換していた。「ビールとワイン」、「ウォッカとビール」それは、アルコール飲料の注文であった。ヨハンソンの酒の密売を仲介していたのはロガーであった。ヴァーニャとセバスティアンは、キャタインプ場にヨハンと父親を訪ねる。ヨハンはロガーがヨハンソンと組んで生徒に酒の密売をして利益を得ていたこと。また、ヨハンソンが、ロガーを介さず、直接酒の密売を始めたことを知り怒ったロガーが、校長に密売を報告したことを知る。また、ロガーはセックスに対して、異常な興味を持っていたと話す。

カウンセラーのヴェスリンと連絡が取れないことを訝しく思ったヴァーニャは、キャンプ場の帰り道、ヴェスリンの自宅に寄る。家は焼け落ち、消防隊が消火に当たっているところであった。焼け跡から、ヴェスリンのものと思われる死体が見つかる。消防隊の体調は、その激しい燃え方から、可燃物を撒いた後の放火の可能性が強いとヴァーニャに語る。

ハラルドソンはハンザーに呼び出される。彼が単独行動を取って、ヨハンソンを見張っていたこと、またヨハンソンを取り逃がしたことは隣人の通報によってバレていた。ハンザーはハラルドソンの勝手な行動に激怒する。警察に追われていることが分かったヨハンソンは、隠れるか。国外に脱出する可能性が大きかった。

セバスティアンは、一回目のロガーに対する殺人は突発的なものであるが、二回目のヴェスリンに対する殺人は計画的なものであると考える。ヴァーニャとセバスティアンは再びヴェスリンの診療所を訪れる。同僚の医者がヴェスリンの診察室を開けると、荒らされた跡があり、予定表が消えていた。セバスティアンはギムナジウムの他の生徒に質問をし、水曜日の午前中に、ロガーが診療所を訪れていたことを確認する。

監視カメラの分析を続けるビリーは、ロガーが最後に写っているビデオを発見する。彼はある角を曲がって姿を消していた。その角の先にはモーテルがあった。ビリーとヴァーニャはそのモーテルに向かう。フロント係は、金曜日夜、ロガーは見かけなかったが、校長のグロートを見たと証言する。フロント係は、その日泊まっていた客の一覧表を渡す。グロート名前はその中になかった。ビリーは、グロートが射撃クラブのメンバーで、ピストルを所持していることを発見する。セバスティアンとヴァーニャがその射撃クラブに向かう。クラブのオーナーは、グロートが、ロガーの殺人に使われたのと同じ形の銃を持っていると証言する。セバスティアンはクラブに飾ってあるトロフィーや写真を見て歩く。その中に、グロートの写真もあった。ある写真にグロートの隣に写っている男がいた。セバスティアンはその「フランク・クレヴェン」という名前に見覚えがあった。その名前が、モーテルのフロント係が印刷した、金曜日の宿泊客の中にあった。ヴァーニャとセバスティアンはクレヴェンをその建築事務所に訪れる。クレヴェンは、モーテルでグロートと会っていたことを最初否定するが、最後にはそれを認める。そして、グロートが九時前にモーテルを出て行ったと証言する。

その夜、ウルズラの夫のミカエルがヴェステロスを訪れていた。既にウルズラと肉体関係があるトルケルはピリピリしている。トルケルの記者会見の終わった深夜、トルケルはホテルのバーで、泥酔しているミカエルと出会う。ミカエルは翌朝ヴェステロスを去る。

ビリーは更に監視カメラの分析を進める。黒っぽいボルボが、ロガーが最後に消えた通りに泊まっているのを発見する。監視カメラで見ると、ロガーが通り過ぎた後、一瞬その車高が低くなっていた。ロガーがその車に乗ったのだ。早朝にも関わらず、ロガーの母親レナが警察署に呼ばれる。ビリーはロガーが生きて写っていた最後の写真と、黒っぽいボルボの写真を母親に見せる。母親は涙を流す。レナは、黒っぽいボルボには見覚えがないという。しかし、実際彼女はその持ち主を知っていた。警察署を出た彼女はその車の前に行き、持ち主に電話をする。

ヴァーニャの父、ヴァルデマーが彼女を訪れ、ふたりはイタリア料理店で食事をする。そこへセバスティアンが現れる。ヴァーニャはセバスティアンに父と二人きりの食事を邪魔されたことで頭に来る。

犬を連れた若い女性介護士がサッカー場を散歩していた、犬がピッチから外に出て行く。そこには大きな血でできた水たまりがあった。彼女はすぐに警察を呼ぶ。ウルズラは大量の血の発見された場所の近くに、タイヤの跡を発見する。ウルズラは、そこは犯行現場であるけれども、殺人現場ではないと確信する。つまり、犠牲者は、ここへ連れてこられる前に死亡していた。セバスティアンは、なぜ周囲の人間から目撃される可能性の高いサッカー場で犯行が行われたのか推理を巡らせる。

ロガーの家はそのサッカー場に面していた。ロガーは後ろから撃たれていた。セバスティアンはロガーがサッカー場の駐車場で車を降り、サッカー場を横切って家に帰る途中、背後から撃たれたと推理する。駐車場から、ロガーが撃たれた場所の距離を考えると、犯人はかなり射撃に長けた人物のようであった。セバスティアンは、サッカー場からの径を使って、ロガーの家に向かう。玄関が開いているのを不思議に思い中に入ったセバスティアンは、頭から血を流して死んでいるロガーの母のレナを発見する。そして、二階のロガーの寝室では、グロートが銃を自分に向けて死んでいた。死体の発見を報告しようとするセバスティアンに、ビリーは濃い青色のボルボのセダンが、ギムナジウムの社有車にあり、その車が、セバスティアンの今いる、レナの家の前に泊まっていることを告げる。

ハラルドソンは、何とか他のチームメンバーの鼻を明かそうと、アクセル・ヨハンソンのこれまで住んでいた町と、そこで起こった未解決強姦事件の関係を探っていた。そして、彼の住んでいた町には、必ず同じパターンの事件が起こっていたこと発見する。ヨハンソンは、連続レイプ事件に関係があったのだ。そのことを得意になって署長のハンガーに説明を始めるハラルドソン。しかし、ハンガーは、ヨハンソンが既に逮捕され、犯行のほとんどを自白していたと告げる。

トルケルは、ロガーの近親者と、学校の関係者に更なるふたりの死者が出たことを記者会見で告げる。警察は、ロガーの家、学校、グロートの家の三手に分かれて捜索を始める。学校の捜査を担当したウルズラとセバスティアンは、地下にグロートしか使っていない部屋があるのを発見する。一見応接室に見えるその部屋の中で、ふたりは大量のハードポルノの雑誌やDVDを発見する。何よりも、その中でプリペイドの携帯電話を発見する。そこには、ロガーと母親のレナに対する通話記録が残っていた。ロガーの死体の中に、封筒の表に書かれた遺書が見つかった。また、学校の銀行口座から、三度に渡り、レナにかなりの大金が支払われていることが判明した。グロートが、自分をゆすっていたロガー親子を口止めのために殺害、逃げられないと悟って自分も自殺したという結論に警察は傾く。

セバスティアンにはどうしてもグロートが犯人とは思えなかった。犯人がもしグロートならばこれまでロガーとヴェスリンを残酷な方法で殺してきたおことになる。そのような人間が、自分の行いを恥じて自殺するだろうか。心理学者の彼としては、その点の辻褄が合わない。また、状況証拠がいくつか揃っていても、殺されたロガー自身の性格が良く分かっていない。ヨハンは、ほとんど友人がいなかった。ガールフレンドは見せかけだけ、しかし幼馴染みのヨハンはロガーがセックスに異常な興味を持っていたと話した。その相手は誰だったのだろうか。まだ、同性愛者であったグロートは、筋骨隆々としたクレヴェンと同時に十六歳の少年の相手をしていたことになる。同性愛者にも好みがあり、全く違うタイプに同時に興味を持つということは、セバスティアンにとって考えられなかった。また、ウルズラは、犯行に使われたとされる、学校の社有車のボルボに、血痕を始め、まったく死体を運搬した形跡が出てこないことに焦りを感じていた。

犯人の特定で湧く警察署をセバスティアンは独り去ろうとする。ビリーが呼び止める。ビリーは「アナ・エリクソン」の住所が分かったと言って、ストックホルムの住所をセバスティアンに渡す。家を買いに来た不動産屋と話していたセバスティアンは、携帯電話に関してあるヒントをつかむ。そして、タクシーを使ってある実験をする。彼が、ギムナジウムからモーテルに向かい、そこからロガーの家に近くのサッカー場に行き、ギムナジウムに戻るとちょうど十六キロであった。金曜日の夜、その車が走った距離も十六キロ。山の湖へ死体を遺棄するために使われたのはその車でなかったのだ。ロガーが殺される直前にヨハンに架けた電話で、セバスティアンにはその夜ロガーが最後に会った人物が分かった。その人物は警察に出頭を命じられる。グロートを犯人と特定して湧いていた警察は、冷たい水を浴びせかけられたようになる・・・

 

<感想など>

 

ドイツ語で六百ページと長い小説である。しかし、読み応えがある。一時、スティーグ・ラーソンがスウェーデンの犯罪小説の旗手としてもてはやされたが、ヒョルト/ローゼンフェルドの小説の斬新さと面白さは、ラーソンの「ミレニアム三部作」に匹敵するものだと思う。

私は「セバスティアン・ベルクマン」シリーズの第三作から、第二作、そしてこの第一作と遡るように読んだ。第二作以降で「ヴェステロス事件」がしばしば言及される。それが、このストーリーである。ネタバレになるが、第二作以降を既に読んだ私は、ヴァーニャがセバスティアンの娘であることを知っていた。二人が知り合うことになったきっかけも、この作品で語られる。

ラーソンの「ミレニアム三部作」における、リズベト・サランダーはまさに読者の度肝を抜くキャラクターであった。セバスティアン・ベルクマンも、それに匹敵する斬新さを持っている。一言でいうと、「セックス中毒」。彼は、妻と娘を休暇中に津波で失い、その寂しさを紛らわせるためと自分に言い訳するが、過去において、彼が数多くの女性と関係を持っていたことが語られる。今回も、事件の関係者である女性と関係を持つ。その「はみ出しぶり」は、マンケルのヴァランダーの人物設定の遥かに上を行くものである。とにかく、読者に嫌悪感を抱かせるような主人公という設定、これには恐れ入る。

そんなセバスティアンだが、彼の行動に共感を覚え、さすが心理学者、さすが苦労人と感じさせられた場面がひとつだけある。それは、嘘をついていた女子生徒リサ・ハンソンを、両親の前で弁護するシーンである。その説得力には感動さえ覚えた。

捜査する側も、犯罪に関係した側も、ドロドロとした人間関係が描かれる。それも性的な関係が。捜査班だが、鑑識担当のウルズラとセバスティアンは過去に関係があった。セバスティアンが、ウルズラの妹とも関係してしまい、それは終わっている。ウルズラと警視でリーダーのトルケルは現在関係がある。しかし、ウルズラには夫のミカエルがいる。ここまで捜査班側のドロドロとした人間関係設定も珍しい。他のシリーズでは、捜査班のひとり人間が別の人間に好意を抱く程度。こうまで仲間内で性的関係を持たしてしまうのは、一言でいうと新しい。

今回は、パルムレヴスカ・ギムナジウム、つまり高校が舞台の要所となっている。校長、女性教諭、生徒たち、その親たち、その複雑極まる関係は、図を書いてみないと理解できないくらい複雑である。そして、彼らも、捜査班側と同じように「性的関係」で結ばれている。

セバスティアンの両親の家がたまたま容疑者の家の隣であったり、反発しながらも一緒に捜査をしていたセバスティアンとヴァーニャが、実際は父と娘であったり、「ご都合主義、有り得ない偶然」もあるにはあるのだが、それを飲み込んでしまう、迫力がこの作品にはある。

 

20169月)

 

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