ハルキディキへ

 

ローマ時代の遺跡のチョコタンと座る猫。

 

テサロニキは人口百万を数える港町である。沖合のエーゲ海には、かなり大きな貨物船が何隻も停泊している。

「アジア人がおらんねえ。」

と妻と同じことを言う。昨今、ヨーロッパのどの土地へ行っても、中国人、韓国人、日本人っぽい人々を見かける。しかし、この街では、アジア人の顔をぶら下げて歩いているのは、僕たち夫婦以外見当たらない。

「世界を席巻している、中国人、韓国人、日本人の旅行者も、ここまでは来ないんやね。」

でも、そんな何気ない町も悪くない。ギリシア、エーゲ海というのは、最近中国人にとっては結構人気の観光スポットらしく、ミコノス島やサントリーニ島では、港に着いたクルーズ船の乗客の半分が中国人ってこともあった。ギリシアの田舎の村に中国人が溢れているというのもちょっと異様な光景だ。しかし、ここはそうではないらしい。

海岸通りから、アリストテレス広場を抜けてローマ時代の遺跡まで行く。広場での式典は既に終わっており、風船売りと鳩が広場の主役である。テサロニキはその歴史を紀元前三世紀まで遡る古い町である。あちこちに発掘された古代遺跡が顔を出している。二千年以上前の遺跡の石積みの上に、チョコンと猫が座っていたりする。

しばらく歩くと凱旋門があった。紀元三三〇年、当時の為政者、ローマ皇帝のガレリウス帝が、ササン朝ペルシアを破った記念に建てられたものであるという。千七百年前のレリーフ、つまり浮彫がまだはっきり残っている。京都の母の家の前にある、舟岡温泉の日清戦争のレリーフに勝るとも劣らないもの。その後方には、「ロトンダ」と呼ばれるガレリウス帝の霊廟があった。これも円筒形の建物。ユネスコの世界遺産に指定されているという。

陽も傾いてきたので、僕たちは目的地のカサンドラ半島、サニ・リゾートへ向かうことにする。地図を見ると、テサロニキの右側に半島がある。これがハルキディキ半島。そのハルキディキ半島は、先の方で更に三本の指のような半島に分かれている。左から、カサンドラ、シソニア、アトスである。僕たちはその左端、カサンドラ半島に滞在することになっている。アトスはギリシア正教の聖地であり、女性は入れない。

妻は飛行機の中で「海辺のカフカ」という本を読んでいた。これって、実にタイムリーな本だと思いませんか。そのココロは「村上ハルキディキ」、なんちゃって。村上春樹さん、今年もノーベル文学賞を貰えませんでしたね。ちょっと残念。また来年を期待。その代わり日本人のお三方が物理学賞をもらったし、何より十七歳のマララさんが平和賞を受賞したのは良いニュース。

サニ・リゾートへ向かって車を走らせる。僕がレンタカーの「ニッサン・ノート」を運転する係。妻は地図を見てのナビゲーション係、そして、迷ったときにはガソリンスタンドで道を尋ねる係である。道路標識はローマ字が併記してある場合もあるが、ギリシア文字だけのものも多い。昔覚えたギリシア語を必死で思い出しながら、目的地に向かう。

 

(村上)ハルキディキ半島。左側の緑色の丸がテサロニキ。三本の指は、左から、カサンドラ、シソニア、アトス。