朝シャン

僕たちの泊まっていたバンガロー。リゾート内では全ての建物が薄茶色に統一されている。

 

辺りがすっかり暗くなった頃、妻と僕はこれから六日間滞在する「サニ・リゾート」に着いた。僕たちが寝泊りするのはホテルではなくバンガローである。一軒ごとに独立していて、庭と、玄関がついている。まず、チェックインを済ませる。ロビーで座って待てということなので、そうしていると、ウェイターが「ウェルカム・ドリンク」のシャンペンを運んできた。その後、受付の若い女性が、僕と妻の横に座って、敷地内の設備、食事やレストランについて説明をしてくれる。従業員の態度や話し方に全然事務的なところがなく、とてもフレンドリーなのに驚く。

僕たちはその後、バイキング形式の食堂で夕食を取り、自分たちのバンガローに戻った。食堂のあるメイン・ビルディングからバンガローまで歩いて数分なのだが、寒い。日が落ちてから、気温が一段と下がっている。バンガローに戻るとまず暖房を入れた。

「まさか、ギリシアで暖房を入れるなんて思てへんかったね。」

と妻と顔を見合わせる。

「今は夏のシーズンも終ったし、それほど忙しくないんでしょ。」

僕たちを駐車場から運んでくれた、従業員のお兄ちゃんに尋ねた。

「今週は、英国、ドイツ、フランスで学校が秋休みなんで、このリゾートは満員御礼、全部の部屋が埋まっているんですよ。」

と彼は言う。

「でも、このリゾートは今週日曜日でお終い。来週から来年五月までは閉めちゃうんです。」

「ふうん、儲かっているのに閉めるの、なんだかもったいないねえ。」

つまり、僕たちは今年最後の客なのであった。

その日は疲れていて、夜九時半には眠ってしまう。英国とは二時間の時差があるので、英国ではまだ七時半なのだが、その日の朝ヨーロッパの夏時間が終り、一時間後ろにずれているので、昨日までの時間で言うと八時半という、ややこしい状態なのだ。

翌朝はゆっくり寝て、九時過ぎに朝食を取りにレストランへ行く。曇り空で肌寒い。昨夜「学校の秋休み」と運転手のお兄ちゃんが言っていたが、なるほど、食堂には子供連れが多い。食堂は、「子供連れ」と「子供なし」の二区画に分かれていて、僕たちは「子供なし」の一角に案内された。ふと見ると、隣のテーブルの上には、シャンペングラスが置いてある。「朝から飲むビール」が「朝ビ」だとすれば、「朝から飲むシャンペン」は「朝シャン」なのだろうか。お隣のご夫婦はドイツ語を話しておられたので、

「朝からシャンペン、いいですねえ。」

とドイツ語で言う。

「休暇ですからね。あそこにジュースとか飲み物が置いてあるでしょ。そこにシャンペンもありますよ。あなた方もどうです。」

とご主人が勧めてくれる。一瞬、

「おいらも飲んじゃおうかな。」

と思ったが、その日はトレッキングをする予定にしていたし、朝からアルコールを飲むとフタッとなりそうだったのでやめておいた。

 

メイン・ビルディングのテラスから、海岸とホテルを望む。岬までずっとリゾートの敷地である。

 

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