「大人の嘘に満ちた生活」

La vita bugiarda degli adulti

Das lügenhafte Leben der Erwachsenen

2019年)

 

 

<はじめに>

 

「ナポリ四部作」のエレナ・フェランテが、二〇一九年に発表した次作である。今回も、舞台はナポリ。少女ジョヴァンナの十三歳から十六歳までの日々が描かれている。彼女が「嘘に満ちた」大人の世界を知り、自分も大人になっていく過程が、思春期の、感受性豊かな視線で語られる。

 

<ストーリー>

 

「あの子は醜い。」

と、今は出て行った父親が、二年前、ナポリの家で、小声で母に言ったのを、私は覚えている。それから随分色々なことがあった。まだ、何も結末に達していないが、私は、そのことについて書き始めることにする。

 

十三歳のジョヴァンナは、ナポリの山の手に、両親と一緒に住んでいた。両親ともに教師であった。彼女は、最近、勉強に興味を失い、学校の成績が下がりつつあった。両親は、

「このままじゃ、ヴィットリア叔母さんのようになってしまう。」

とジョヴァンナに言う。彼女は、「ヴィットリア叔母」について両親が口に出すのを度々聞いていたが、実際に叔母に会ったことはなかった。ジョヴァンナの家庭の中で、ヴィットリアという名前は、一種の「モンスター」のような意味を持っていた。ヴィットリアが、嫉妬深い人物で、事あるごとに成功した兄を陥れようとしてきたと、両親は言う。また、ヴィットリアは、既に結婚し、三人の子供のある「犯罪者」と付き合っていたという。両親は、ヴィットリアと袂を分かち、二度と会わないようにしていた。ジョヴァンナは、ヴィットリア叔母に、徐々に興味を持ち始める。

 ジョヴァンナには二人の仲の良い友達がいた。アンジェラとイーダという姉妹だった。アンジェラはジョヴァンナと同い年、イータはふたつ年下だった。彼等の両親とジョヴァンナの両親も古くからの友達で、両方の家族は頻繁に行き来していた。

 ジョヴァンナは両親が留守の間に、寝室に入り、写真の入った箱を開ける。中には両親の若いころの写真があった。父親の写っている写真の中で、ヴィットリアが写っていたと思われる場所が、黒い絵の具で塗りつぶされていた。ジョヴァンナはその絵の具を剥がそうとするが、上手く行かない。

 ジョヴァンナの、まだ会ったことのない叔母に対する興味は、高まる一方だった。ある日、母親は、ジョヴァンナが写真を見たことに気付く。その理由を問う母親に、ジョヴァンナは、

「ヴィットリア叔母さんに会ってみたいの。会わせて。」

と懇願する。あっさりと断られると思っていたが、母親は、

「分かったわ。お父さんと話してみる。」

と言う。ジョヴァンナは、父親が現れ、

「今度の日曜日、叔母さんのところに連れて行ってやる。」

と言うのを期待する。しかし、数日経っても、父親は何も言い出さない。ジョヴァンナは、叔母に直接電話をすることを考える。彼女は、両親のいないときに、両親の電話番号簿でヴィットリアの番号を見つける。彼女はダイヤルを回す。太いかすれたナポリ方言の声が聞こえてくる。彼女は、怖くなって電話を切る。そこに父親が戻る。父親は電話番号簿の、ヴィットリアのページが開いているのを見つける。父親は二階に上がり、誰かに電話をしている。

「ヴィットリアと話した。今度の日曜日、おまえをヴィットリアのところに連れて行く。」

と父親は言う。日曜日が近づくにつれて、ジョヴァンナは、だんだん叔母に会うのが怖くなってくる。

 日曜日、父親はジョヴァンナを乗せて、車でナポリの下町に向かう。だんだんと、貧しい人々が住む地域に入って来る。父親は、自分がこの地域に生まれ、今、ヴィットリアが住んでいるアパートに、両親と四人の兄弟姉妹と一緒に住んでいたことを話す。父親は、ヴィットリアのアパートの前で、ジョヴァンナを降ろす。彼女はアパートに入って行く。建物は古く、あちこちが傷んでいた。呼び鈴を鳴らすとヴィットリアがドアを開けた。彼女は大柄で、彫りの深い顔。青いドレスを着ており、黒い髪を束ねていた。彼女は、かすれた、強いナポリ方言で、威圧的な話し方をした。

「オレンジジュースを飲む?」

とヴィットリアはジョヴァンナに尋ねる。ジョヴァンナは断れない。ヴィットリアは冷蔵庫からオレンジを取り出し、汚れた手で、汚れたグラスに絞る。ジョヴァンナは目をつぶってそれを飲む。

「腕輪をしてこなかったのかい。私が、あんたの生まれたときにあげた、あの腕輪。」

とヴィットリアは尋ねる。

「・・・腕輪、あれは、子供用だから、もう合わなくなったの。」

とジョヴァンナは答える。ジョヴァンナは、ヴィットリアが自分に腕輪を贈ったことを、聞いていなかった。

「あんたは馬鹿じゃないわね。ちゃんと、誰も傷つけない答えを直ぐに見つけて。」

ヴィットリアは言う。

 一時間後、ジョヴァンナはヴィットリアのアパートを出て、車で待つ父親のもとに戻った。

「ヴィットリアと、何を話したんだ?」

と父親が尋ねる。

「学校のことや、友達のこと。」

「両親について、ヴィットリアは何か尋ねなかったかい。」

「ううん、何も。」

父親は更に尋ねる。

「ヴィットリアは大きな音で、音楽をかけなかったか?」

「ううん、ずっと静かに話してた。」

これらは全て嘘であった。ジョヴァンナは初めて、父親に嘘をついた。

ヴィットリアは、ジョヴァンナの両親が、いかに金に汚い人間で、いかに他の家族をないがしろにしたか、文句を言い続けた。その後、大きな音で音楽をかけ、ジョヴァンナをダンスに誘った。ヴィットリアは、自分はダンサーになりたかったが、兄であるジョヴァンナの父が反対して、ならせてもらえなかったという。自分には、エンゾーという恋人がいて、毎年、彼と出会った記念日に墓参りに行くという。その日に、ジョヴァンナも一緒に来いという。ジョヴァンナはそれを断れない。しかし、ジョヴァンナはそのことを、両親に言い出せなかった。ヴィットリアはジョヴァンナのことを「ジャニーナ」と呼んだ。ジョヴァンナは自分の中に「ジャニーナ」と呼ばれる別の自分がいるような気がした。

家に戻ったジョヴァンナは、母親に、

「自分が生まれたとき、ヴィットリアが腕輪をくれなかった?」

と母親に尋ねるが、

「ヴィクトリアが私たちに何かくれるはずはないじゃないの。彼女は常に私たちから何かを盗ろうと考えているのに。」

と、母親は一笑に付す。

 ヴィットリアが、ジョヴァンナをエンゾーの墓参に誘った日が来た。ジョヴァンナはその日の来るのを恐れていた。早朝、誰かがジョヴァンナの家の呼び鈴を鳴らす。ヴィットリアであった。

「あんたの娘と約束がある。迎えに来た。」

とヴィットリアは父親に言う。

「本当なのか?叔母さんとそんな約束をしたの?」

父親がジョヴァンナに尋ねる。ジョヴァンナはそれを認めざるを得ない。両親は、ジョヴァンナに、叔母と一緒に行くことを許す。

 ヴィットリアとジョヴァンナは墓地に着く。ふたりは花を買い、エンゾーの墓に供える。墓の横で、ヴィットリアはエンゾーについての話を始める。

「ヴィットリアとエンゾーは愛し合っていた。エンゾーは警官だった。しかし、ヴィットリアの兄、つまりジョヴァンナの父親は、エンゾーを嫌っていた。ふたりの母親が亡くなった。他の兄弟は、ヴィットリアが母親のアパートに引き続き、そこに住むことを認めたが、ジョヴァンナの父親だけは、アパートを売って、その金を等分することを要求した。そして、もし、ヴィットリアが引き続き住むなら、自分の取り分を金でよこせと、父親は言った。しかし、ヴィットリアにはそんな金はなかった。エンゾーがその金を建て替えることになったが、父親は、

『警察官の分際で、そんな大金を持っているのは、汚職をしている証拠だ。』

と言い張る。エンゾーには既に妻、マルガリータと三人の子供がいた。父親は妻の所にいき、

『あんたの夫は、俺の妹をたぶらかした、とんでもないやつだ。』

と言いに行く。エンゾーは妻とヴィットリアの板挟みになり、精神を病んで間もなく死んだ・・・」

というのが、ヴィットリアの話の内容だった。

「あんたの父親は、エンゾーを殺したのよ。エンゾーが病気になってから、彼の妻のマルガリータと私は、お互いの立場を超えて協力して看病したわ。今でも、マルガリータと子供たちとは会っているの。」

とヴィットリアは言う。帰り道、ヴィットリアは、エンゾーとのセックスが、いかに良かったかを話す。エンゾーは彼女の「二つの穴」を同時に攻めてきたという。ジョヴァンナは、そんな表現から、今まで自分の知らなかった世界の存在と、それに対するあこがれを感じ始める。

 ヴィットリアとジョヴァンナは定期的に合うようになる。ヴィットリアはジョヴァンナに別の兄弟、つまりジョヴァンナの伯父叔母、彼らの子供たち、つまり従兄弟たちを紹介する。ジョヴァンナは彼らから、概して良い印象を受けた。ある日、ヴィットリアはマルガリータの家に、ジョヴァンナを連れて行く。そこにはマルガリータと、息子のトニーノ、コラード、娘のジュリアーナがいた。ジュリアーナは十八歳くらい、同性のジョヴァンナの目から見ても、美しい女性だった。トニーノは気難しい青年で、コラードはひょうきん者で饒舌だった。ジュリアーナには、ミラノに住むロベルトという許嫁がいた。しかし、ヴィットリアはインテリであるロベルトを嫌っていた。ジョヴァンナは、マルガリータ家族からも、好意的な印象を受ける。

 ジョヴァンナは、ヴィットリアのことを、アンジェラとイーダに話す。ヴィットリアが金持ちで、魅力的な人物であると誇張して。アンジェラとイーダは、ヴィットリアに興味を持ち始め、一度会わせてくれという。最初は、ダメだと断っていたジョヴァンナだが、

「叔母さんなんて、作り話で、本当はいなんでしょう。」

と言われて、後に引けなくなる。

 ある夜、ジョヴァンナの家族は、マリアーノとコンスタンツァの一家に招待される。ジョヴァンナは夕食の後食卓を離れて、床に座る。そのとき、彼女は、テーブルの下でマリアーノの足が、向かいに側に座っている母親の股間に入っているのを見る。その後、彼女は、それとなくマリアーノと母親を観察し続ける。別れ際、父親とコンスタンツァが離れたとき、母親とマリアーノはキスをしていた。その夜、ジョヴァンナはマリアーノ一家の家に泊まる。ひとつのベッドの中で、彼女はアンジェラと寝る。ジョヴァンナは、自分とトニーノは恋人同士であり、抱き合ったりキスをしたりしているとアンジェラに言う。もちろん嘘である。しかし、アンジェラはそれを真に受けて、ジョヴァンナのことをうらやましがる。

アンジェラとイーダが母親のコンスタンツァに懇願し、ふたりはヴィットリアと会うことが出来るようになる。何時に迎えに来て、何時に送って行く、その詳細が、ジョヴァンナの両親、マリアーノの家族と、ヴィクトリアの間で交わされる。

 日曜日の朝、ヴィットリアがジョヴァンナを車で迎え、その後、マリアーノの家にふたりを迎えに行った。車から降りたヴィットリアは、丁寧な口調で、玄関に娘を連れて現れたコンスタンツァの容姿、服装、装飾品の趣味の良さを褒めちぎる。ヴィットリアは特に、コンスタンツァのしていた腕輪を、素晴らしいと言って褒める。

 車の中で、ヴィットリアはアンジェラとイーダに話しかける。ヴィットリアはこれから教会に行くという。アンジェラもイーダも、

「教会に行ったことはないし、洗礼も受けたことがない。両親から、『神は存在しない』と言われている。」

と、ヴィットリアに話す。ジョヴァンナも同じだった。教会には、コミュニティーの人々が集まっているという。

「トニーノも来ているの?」

とアンジェラが尋ねる。

「もちろん!」

とヴィットリアは答える。アンジェラは興奮する。

 教会の中庭で、クリスマスのバザーが開かれていた。ヴィットリアは、ジョヴァンナたちを、司祭のドン・ジャコモを始め、教会に通う人々に紹介する。その中には、マルガリータとその子供たちもいた。三人はバザーを手伝うことになる。イーダはジュリアーナと仲良く話し、アンジェラはトニーノと意気投合している。ヴィットリアは何故か機嫌が悪く、周囲の人に当たり散らしている。ジョヴァンナも、母親とマリアーノのことを考えると、気持ちが沈むばかりだった。ヴィットリアに共感を覚えたジョヴァンナは、叔母に、母親とマリアーノの関係を話してしまう。そして、すぐにそれを後悔する。集まった人々は、ケーキを食べ、コーヒーを飲み、ダンスをする。ヴィクトリアは、エンゾーの形見だというアコーディオンを弾く。

「ヴィットリアが、両親に何も言いませんように。」

帰り道、彼女は初めて神に祈る。ヴィットリアは、約束の時間に、アンジェラとイーダを家に送る。迎えに出たコンスタンツァを、ヴィットリアはまた褒めちぎる。アンジェラは、トニーノを好きになった様子だった。

 その数日後、コンスタンツァがジョヴァンナの家を訪れる。彼女は泣きながら、母親と話している。彼女は、腕輪を母親に渡して去って行った。

「あなたのお父さんは、十五年間、別の女の人と付き合っていたのよ。」

母親はジョヴァンナにそう言う。ジョヴァンナは、自分がヴィクトリアに話したことが原因ではないかと疑い、自責の念に駆られる。

 

その後、ジョヴァンナの両親は、離婚を決断するまで、二年を要した。両親は、

「ジョヴァンナのために一緒にいよう。」

と話すが、しばらくすると口論が始まり、父親が出て行く。それの繰り返しだった。父親は、何日も、何週間も、出て行って帰って来ないことがあった。ジョヴァンナは、その間、ヴィットリアに会わなかった。ヴィットリアはそのうち、ジョヴァンナのうちに電話を頻繁に架けてくるようになる。

「ジャニーナはいるか!」

とヴィットリアは電話の前で叫んでいる。ジョヴァンナは慌てて電話を切った。

ジョヴァンナの身体は変わっていった。特に乳房がどんどん大きくなる。彼女は、自分も、自分の身体も、周囲の人間も、全て嫌っていた。また、学校や、勉強への興味も失った。彼女は、高校の第一学年で落第し、同じ学年を繰り返す。

 ある日、ジョヴァンナが学校から帰ると、母親が、腕輪を前にして座っていた。母親は夫が出て行って依頼、痩せて、肌の色つやも悪くなり、白髪が急に増えていた。

「もう、腕輪をしないの?」

母親が尋ねる。

「あまり気に入らなくなって。」

「この腕輪は、ヴィットリアのものでなく、亡くなった祖母のものだったの。」

「どうして、知ったの?」 

母親は、ヴィットリアが電話をしてきたという。祖母が亡くなったとき、ヴィットリアが腕輪を譲り受けたが、彼女は、ジョヴァンナが生まれたとき、祝いとして、袋に入れて、ジョヴァンナの家に届けた。しかし、父親はそれを愛人のコンスタンツァにあげてしまったという。父親とコンスタンツァの不倫が明るみに出たとき、コンスタンツァは罪の意識に耐え切れず、腕輪を返しにきたのだった。

 二年間の間、アンジェラとイーダとの交遊も途絶えた。あるとき、アンジェラが電話を架けてくる。コンスタンツァと彼等は、ジョヴァンナの父親と一緒に、新しいアパートに移るとのことだった。

 学校が夏休みに入っても、ジョヴァンナと母親は休暇に行かず、ずっと家で暮らしていた。彼女はもっぱら、本を読んで過ごしていた。そんなある日、ジョヴァンナが一人で家にいるとき、玄関のベルが鳴る。開けるとコラードが立っていた。コラードの言う冗談に、ジョヴァンナは笑い転げる。

「自分がこんな笑ったのは何時以来かしら。」

と考えながら。コラードが「鼻たらし」という言葉を使い、ジョヴァンナは笑う。しかし、それは実は「精液をしたたらせたペニス」という意味だった。コラードは自分のペニスを出し、ジョヴァンナに触らせようとする。彼女はその臭いに驚いて、拒否する。一時間ほど話して、コラードは去って行く。コラードは、別れ際にヴィットリアからの手紙を置いていく。その手紙には、

「親戚付き合いのできないお前は、父親と同類だ。そんな人間に私の腕輪をする資格はない。コラードを送るから、腕輪を渡してくれ。」

と書かれていた。 

 ジョヴァンナはまた腕輪をし続けた。それにはふたつの理由があった。学校を落第したことを自分では気にしていないと周囲に見せること、また、一度は腕輪を愛人に送った父親に、腕輪は自分のものであるとアピールするためであった。父親は時々、彼女を誘って、ふたりは散歩や食事をしていた。父親と会って家に帰った後、母親は自分の元夫について色々質問した。ジョヴァンナは、別れた後も、相手に気にかけている母親に驚くと共に、同情を感じる。

 ある日、母親は、辞書の間から写真を撮り出してジョヴァンナに見せる。それは、父親がティーンエージャーの頃の写真だった。そこには、ヴィットリアも、塗りつぶされないで写っていた。驚いたことに、エンゾーも写っていることだった。エンゾーと、父親は、若いころ親友だったことをジョヴァンナは知る。

 土曜日、ジョヴァンナが学校から出ると、コンスタンツァが待っていた。

「今日はイーダの誕生日。パーティーをするから一緒に来ない?お母さんには電話をして伝えてあるわ。」

とコンスタンツァは言う。車の中で、コンスタンツァはジョヴァンナに色々質問する。

「ごめんなさいね、私のせいで・・・」

コンスタンツァは泣き出す。

「誰のせいでもないわ。」

とジョヴァンナは言う。車が新しい家に着き、ジョヴァンナはアンジェラとイーダと久しぶりに再会する。三人の娘たちは、話に話を咲かせる。早めに帰って来るはずの、ジョヴァンナの父親は、遅くなってやっと現れる。

「どうして、あなたがママの腕輪をしているの?」

とイーダがジョヴァンナの腕輪を見て言う。父親は、

「ジョヴァンナ、腕輪をコンスタンツァに返しなさい。」

と言う。彼女はそれを拒否する。

「これは私のお祖母ちゃんからのものなの。誰にも渡さないわ。」

「返すんだ、ジョヴァンナ。」

父親が口調を強める。ジョヴァンナは腕輪を取り、家具に向かって投げつける。コンスタンツァがそれを拾い、ジョヴァンナに渡す。

 数日後、コラードが学校の門の前で、ジョヴァンナを待っていた。コラードは、ヴィットリアが、腕輪を返すように要求しているという。二人は公園の中を歩きだす。コラードは木の陰でペニスを出し、ジョヴァンナに舐めさせようとする。ジョヴァンナは再びそれを拒否する。コラードは、自分の友達のロザリオと一緒に今度ドライブに行かないかと誘う。ジョヴァンナはそれに応じる。

 数日後、コラードはジョヴァンナに電話を架けてくる。ヴィットリアがカンカンに怒っているという。ジョヴァンナは彼女に腕輪を返すことを決心する。彼女は、コラードに、ヴィットリアの家まで連れて行ってくれるように頼む。彼は、友人のロザリオの運転する車で、ジョヴァンナの家に現れる。ジョヴァンナは、母親には学友とハイキングに出掛けると言って、超ミニスカートを履いていた。ジョヴァンナは助手席に座り、コラードを後部座席に座らせる。そして、後ろのコラードを無視し、ロザリオにモーションをかける。

 ジョヴァンナはヴィットリアのアパートの近くで車を降り、叔母を訪ねる。ヴィットリアは、ジョヴァンナの両親に対する不満を、彼女にぶつける。ジョヴァンナは腕輪を返す。ヴィットリアはバス停までジョヴァンナを送って行くという。バス停の近くに、ロザリオとコラードが乗った車が停まっていた。ヴィットリアは、ジョヴァンナが彼らの車で来たことを知る。

「失せろ!」

ヴィットリアはそう叫んで、靴を車に向かって投げつける。

 ジョヴァンナはドン・ジャコモの教会に立ち寄る。教会では、ジュリアーナの婚約者のロベルトが説教をしていた。司祭のドン・ジャコモを始め、教会に集まった人々は彼の説教に聞き入っていた。ジョヴァンナは、ロベルトに恋してしまった自分を知る。

ロベルトに会いたい気持ちがつのる。しかし、ロベルトは普段はミラノに住み、そこで大学に通い、たまにしかナポリに戻って来なかった。ジョヴァンナが彼に会うには、マルガリータの家を訪れる必要があり、そのためには、ヴィットリアにコンタクトする必要があった。しかし、ヴィットリアは、ジョヴァンナからの接触を拒否し続けていた。また、急進的なロベルトに説教をさせたとして、ドン・ジャコモは司祭の職を失い、ロベルトも、ナポリの教会では出入り禁止になっていた。

 ジョヴァンナは、同じクラスの男子生徒たち、自分の大きな胸に興味を持っていることに気付く。そして、一年上の男子生徒、シルヴェストトが、自分を強姦すると息巻いているという噂を聞く。彼女は、ナイフで先を尖らせた鉛筆を手に持って廊下を歩いていた。そのとき、シルヴェストロと鉢合わせになる。ジョヴァンナは、先の尖った鉛筆を、シルヴェストロの腕に突き立てる。シルヴェストロは医務室に運ばれ、ジョヴァンナの両親が学校に呼ばれる。彼女は、たまたま鉛筆を持って歩いていた時にぶつかった、事故だと主張する。

 ジョヴァンナは、これまでは、他人に嫌われるように、自分を持って行ったと感じる。しかし、学校での事件の後、少なくとも自分が他人に良い印象を与えるように努力する必要があると、思い始める。彼女は、再び本を読み始める。彼女は、図書館で、福音書を借りてきて読む。彼女の両親は、娘の態度が良くなってきたことを喜ぶ。

 ロベルトに会いたいジョヴァンナは、直接ジュリアーナにコンタクトすることを思いつく。彼女はジュリアーナに電話をする。どうして、婚約者のロベルトと一緒に暮らさないのかという質問に対して、ジュリアーナは、ヴィットリアがロベルトを嫌っていて、大反対をしていることが原因だと話す。これまで、ジュリアーナがミラノに行ったときも、兄のトニーノかコラードが監視役に付けられたという。

数か月後、ロベルトがナポリに戻って来ることが分かる。彼とジュリアーナ、ジョヴァンナは、三人で会うことになる。しかし、ジョヴァンナはそのことをアンジェラに話してしまい。結局、アンジェラも待ち合わせのカフェにやって来る。ジョヴァンナは、ジュリアーナが「自分の」腕輪をしているのに驚く。ヴィットリアはジョヴァンナから腕輪を取り戻した後、ジュリアーナに与えていたのである。アンジェラとジュリアーナはそりが合わないようであった。しかし、ロベルトは、少なくとも、ジョヴァンナとの会話を楽しんでいるようであった。ふたりは、福音書について、神についての意見を交わす。ロベルトは、ジョヴァンナの知性に驚いたと言う。

アンジェラとジョヴァンナは、これから別の人と会うというカップルと別れて家路に就く。ジョヴァンナが家に戻ると、ヴィットリアから電話がある。彼女は、ジョヴァンナが、自分に隠れてロベルトと会ったことに対して激怒していた。後ろの方で、マルガリータとジュリアーナが泣いている声が聞こえた。

ジュリアーナは、数日間、ミラノに行くことになった。ヴィットリアは、その監視役にジョヴァンナを指名する。ふたりは夜行列車でミラノに向かう。その週末は、ジョヴァンナの誕生日で、母親がパーティーを予定していた。しかし、ジョヴァンナはれよりも、ジュリアーナのお供をすること、何よりもロベルトと会うことを選んだ。

朝、ロベルトがミラノ駅で、ジュリアーナとジョヴァンナを出迎える。彼はふたりにミラノの街を案内し、夜、ふたりは大学の同僚との夕食に連れて行く。その夜、アパートで、ジュリアーナとロベルトは寝室に入り、ジョヴァンナはリビングのソファで寝る。ジョヴァンナは激しい嫉妬に苛まれる・・・

 

 

<感想など>

 

「ナポリ四部作」には、読んでいる間の反感、疑問、退屈、飽きなどを超越し、読者を最後まで引き付けて離さない魅力があった。四部作を一冊だけ読んで、そこで止められた人は少ないと思う。ともかく、読者を引っ張る圧倒的な力があり、読み終わった後、

「これは時代を超えた『古典』になる。」

と、誰もが感じる。

その魅力は、この本にも受け継がれていた。正直、私は登場人物の「ヴィットリア叔母さん」に、嫌悪を感じた。他人をコントロール、支配してしまうという人物。実に巧妙な道具立てと、話術を使い、そのためには嘘も辞さないという人物。私の最も「嫌いなタイプ」の人物であった。彼女の言動が鼻について、途中で読むのを止めようかとも思った。しかし、そこで本を置けなかった。「ズルズル」か「グイグイ」、どちらの表現が正しいか分からないが、私はこの本を、一気に読み終えてしまった。

主人公は、ジョヴァンナというナポリに住む十三歳の少女である。「四部作」の主人公の一人、エレナ・グレコと少し設定が似ている。おそらく、作者、フェランテの分身なのだろう。しかし、貧しい家庭に育ったエレナに対して、ジョヴァンナは、裕福な家庭の一人娘である。父親は高校で教える知識人、母親も高校の教師である。経済的にも恵まれており、ナポリの山の手に住み、両親にこれまで大切に育てられ、不自由のない生活をしている。彼女には、ふたりの親友がいる。アンジェラとイーダの姉妹であり、アンジェラは同い年、イーダは二歳下。彼女たちの両親と、ジョヴァンナの両親も、親しく付き合っている。

そんなジョヴァンナを、子供時代から引きずり出し、大人の世界に投げ込む、二つの事件が起こる。そのひとつは、ヴィットリア叔母との出会いである。父親にヴィットリアという妹がいることを、ジョヴァンナは知っていたが、叔母について語ることは、ジョヴァンナの家ではタブーになっていた。また、ヴィットリアが写っている写真も、全て黒く塗りつぶされていた。ジョヴァンナは、ヴィットリアに会いたいと思い、両親に会わせてくれるように懇願する。最初は、反対していた両親も、最後は根負けして、ジョヴァンナをヴィットリアのアパートに連れて行く。そして、その「ヴィットリア叔母さん」は、これまでジョヴァンナが持っていた人間に対する常識を覆す、強烈な個性を持った人物だった。ジョヴァンナは、叔母に嫌悪を感じながらも、叔母のペースにはまっていく。これまで「良い子」だった自分の中に生まれた、別の自分の存在を楽しみながら。

ふたつ目の事件は、両親の不倫なのであるが、それについては後程述べる。

読み始めて、正直、大変な設定だと思った。主人公が、「ナポリに住む」、「十三歳の少女」なのである。今の自分の立場と、ほとんど接点のない主人公の設定。果たして、自分が主人公に感情移入できるのか心配だった。しかし、不思議と、彼女の考え方や行動が理解できた。そして、不思議と、ジョヴァンナの生きる時代背景と、自分の生きた五十年前の京都を重ね合わせることができた。作者のフェランテの、時空を超えて、誰に対しても創造力を掻き立てる描写の巧みさは、たいしたものだと思う。

「大人とはどんなものか」、「大人になるというのはどんなものか」を考えさせられる作品であった。基本的に、タイトルからも分かるように、「大人の世界」イコール「嘘の世界」ではないかというのが、フェランテの提示である。ジョヴァンナは、両親に、そして親友に嘘をついた日から、大人の世界に入って行った。

「大人は誰も多かれ少なかれ嘘をつき、その嘘の上で暮らしているのではないだろうか。」

と考えさせられる。そして、自分もそうであり、それを認めざるをえない状況に追い込まれる。

先ほども少し述べたが、この物語の中の、ナンバーワンの嘘は、ジョヴァンナの父親の不倫であろう。ジョヴァンナの父親は、知識人、家族思い、最初は理想的な父親として描かれている。しかし、彼は十五年間、別の愛人と付き合っていた。この設定を考えたフェランテは、「この世の中に嘘をついていない人はいない」と言おうとしているのか、それとも「一見正直な人ほど嘘をついている確率が高い」と言おうとしているのか。いずれにせよ、父親は「嘘に満ちた大人の世界」を象徴していると言ってよい。

「ロード・オブ・ザ・リング」が「指輪物語」だとすれば、この話は「腕輪物語」と言えるだろう。ジョヴァンナの祖母が遺した腕輪、ブレスレットが、何年もの間に、何人もの人と手に渡る。その腕輪の動きは、この物語のストーリーラインをほぼ追っている。ジョヴァンナが主人公だとすれば、腕輪が第二の主人公であるといえるだろう。

 ドイツ語訳では知るべくもないが、実際のイタリア語のオリジナルでは「標準イタリア語」と「ナポリ方言」が、全く別の言葉として話されている。

「彼はイタリア語で言った。」

などという表現が随所にある。

 他の書評を読むと、この作品の続編が書かれるかどうかが話題になっているらしい。前作が四部作であるし、この物語も、余韻を持って終わっているので、それは十分に期待できると思う。

 

202011月)

 

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