「それぞれの道の物語」

原題:Storia di chi fugge e di chi resta(逃げる者と残る者の物語)

ドイツ語題:Die Geschichte der getrennten Wege

2013年)

 

 

<はじめに>

 

エレナ・フェランテのナポリ四部作の三作目である。前作は、エレナがピエトロと婚約し、彼女の小説が出版され、彼女が作家としての道を歩むところで終わっていた。、リラは夫と別れ家を出る。ふたろとも、それぞれの道を歩み始めたが、それは平坦な道ではなかった。

 

 

<ストーリー>

 

エレナが最後にリラに出会ったのは二〇〇五年のことであった。ナポリのリオーネ地区、人だかりするので言ってみると、老女が倒れていた。彼女は息絶えていた。それは、ふたりの幼馴染、ジリオラであった。

 

エレナは自分の書いた本の朗読会にミラノの書店を訪れる。ピエトロの母で、本の出版を勧めたアデレも一緒であった。エレナの本について、批判的な意見を述べた教授に、反論を試みた若い男がいた。エレナの幼馴染みのニノ・サラトーレであった。久しぶりにニノに出会ったエレナは、彼との肉体関係ができることを密かに期待する。朗読会の後、アデレと、出版社のタラターノはエレナを夕食に誘う。エレナはニノにも一緒に来るように勧め、四人はレストランへ行く。エレナがトイレに立って席に戻ると、ピエトロが来ていた。エレナはニノと二人きりで話が出来ないことに少しがっかりする。ピエトロは良い知らせを持って、フィレンツェから飛んできたのであった。彼は、フィレンツェで正式に教授になれたので、エレナと結婚できるという。彼はエレナに、祖母から伝わっている指輪を贈る。ニノは住所も告げずに去っていく。

エレナはピエトロとの結婚の準備を始める。彼女は早くナポリを出たくて仕方がなかった。最初の関門はピエトロをナポリに呼ぶことであった。エレナの両親は貧しく、両親は自分たちの生活を、裕福な家に育った「大学教授」に見られるのを恥じていた。エレナは家を改装する費用を負担し、電話やテレビを自分の金で準備することで、両親を納得させる。次のハードルは、ピエトロが教会で結婚式をしないと言っていることであった。アエロータ家の人々は皆、教会の権威に対して批判的であった。ピエトロの両親や姉も、教会では式を挙げず、役所に婚姻届を出していただけだった。エレナの母は、世間体を考えて教会での挙式と、披露宴に固執する。エレナは、教会での式が必ずしも将来の幸せを保証するものではないことを説く。

ある日、エレナは買った新聞に、自分の写真が出ているのに気付く。記事を読んでみると、それはミラノでの朗読会で批判的な意見を述べた教授の書いたものであった。その教授は、エレナの小説を「才能の無さをさ、些細なことの描写で繕っている」と酷評していた。エレナはそれを読んでショックを受け、自信をなくす。ピエトロと母親のアデレの計らいで、翌日、エレナの作品を激賞し、教授の批判を根拠のないものとして否定する記事が載る。それを読み、エレナは再び自信を取り戻す。

論議を醸し出したことが更に話題を呼び、エレナの本は売れる。しかし、本が有名になるにつれて、エレナは隣人たちからの奇妙な視線を感じるようになる。それは、エレナの書いた性的な描写であった。エレナは、それらは創作であり、あくまで女主人公の体験であると主張する。しかし、隣人たちは、「エレナ、イコール、女主人公」と考えていた。エレナは、イタリア各地で、朗読会、プロモーションの会に呼ばれる。再びミラノを訪れたエレナは、大学で行われる予定の朗読会に招待される。彼女は大学に着くが、迎えに来てくれているはずの学生が現れない。大学の中を歩き回るうちに、彼女は政治集会に遭遇する。そこで、彼女は、大学時代に付き合っていた、フランコ・マリの姿を見つける。

エレナは集会で、赤ん坊を抱いて、時々子供に母乳を飲ませながら参加している女子学生に興味を覚える。そのうち、ピエトロの姉マリアローザが現れる。講師であるマリアローザだが、学生の立場をよく理解し、学生に慕われているようであった。マリアローザはエレナを見つける。政治集会は夕方まで続く。集会が終わった後、マリアローザ、フランコ、子供を抱いた女子学生のシルビア、それに画家のホアンは食事に行く。食事の終わった後、皆はマリアローザの家に行き、政治的な議論はそこでも続く。エレナはマリアローザの家で泊まることになる。彼女はフランコの前で、わざと政治的で過激な発言をし、自分が以前のようなナイーブな学生でないことを印象付けようとする。

その夜、泣きやまない子供を抱いて困っているシルビアの部屋をエレナは訪れる。ふたりは夜更けまで話をする。シルビアは、自分の息子ミルコの父親が、ニノ・サラトーレであることを告げる。ニノは自分を妊娠させた後、自分に興味をなくして出て行ったという。エレナはニノが、自分やリラ、シルビアを単なる止まり木にして、女性の間を飛び回っていることを知る。しかし、それを知りながらも、ニノを完全に嫌いになれない自分に、エレナは気付く。

ピエトロがナポリのエレナの家族を訪れることになる。ナポリ駅に到着したピエトロを、エレナは出迎える。いつものようにボサボサの髪で、スーツを着て大汗をかきながら、エレナの母に贈る大きな花束を持って歩くピエトロの姿は、ナポリの下町、リオーネ地区では場違いのように見えた。エレナの両親、兄弟姉妹たちはピエトロを迎え入れ、皆で昼食が始まる。食事の後、ピエトロは正式に娘さんを嫁に貰いたい旨を両親に伝え、エレナに祖母の代から伝わる、アメジストの指輪を贈る。また、自分が、どうして教会で挙式したくないかを伝え、自分へのエレナへの愛を語る。最初は、ピエトロに冷たい態度を取っていた母親も、彼の真摯な姿勢に打たれて彼を受け入れる。ピエトロは父親や弟たちと、腕相撲を始める。

ピエトロは三日間ナポリに滞在したが、最後の日に、彼はエレナの家族をレストランに誘う。歴史に詳しいピエトロは、ナポリの建物について説明をし、エレナの母親はそれを感心して聞く。レストランで食事の際、隣の席にいた学生が、ピエトロの風采について馬鹿にするようなことを言う。エレナの弟たちは、その学生に殴りかかる。ピエトロはその光景を楽しんで見ていた。こうして、ピエトロは、エレナの一家に、好感をもって迎え入れられる。

エレナとの結婚を前に、ピエトロはフィレンツェで、アパート探しを始める。彼が見つけてきた物件は、狭くて暗いものだった。しかし、エレナは忙しいピエトロの限られた時間を考え、それ以上物件を捜すことはやめ、そのアパートに住もうと決心する。しかし、アパートを見たピエトロの母親アデレは、そのアパートの状態のひどさに驚き、自分のコネを駆使して、あっと言う間に、もっと良い物件を、もっと安い値段で見つける。アデレは同時に、エレナに服や靴を買って与え、自分の金で、エレナを美容院や歯医者に彼女を送る。

エレナが結婚のため、ナポリを発つ前のある夜、エンゾーとパスクワレが、エレナの家にやって来る。リラの様子がおかしいので、至急会ってやってくれという。エレナはパスクワレの車で、エンゾーとリラのアパートへ向かう。エンゾーとリラは一緒に住むようになっていたが、あくまで友達同士で、一緒には寝ていないということであった。また、共産党の地区リーダーとなったパスクワレは、時々エンゾーとリラを訪れているとのことだった。

エレナがエンゾーとリラの家に着くと、リラは自分の寝室に息子のジェナーロと一緒に閉じこもっていた。リラはエレナを見るなり、

「もし自分に何かあったら、息子のジェナーロをあなたの家で育てて欲しい。それに対して、今ここでイエスと言って欲しい。」

と言う。エレナはイエスというより他はなかった。

 

リラは、この前エレナが自分の働くソーセージ工場を訪ねて来て依頼、自分の身に何が起こったかを話し始める。一緒に住むエンゾーは工事現場で働きながら、夜はコンピューターのプログラミングの勉強を始めていた。リラの働くソカボ・ソーセージ工場では、男性工員と女性工員の間で、猥褻な言葉が飛び交っていた。また、過酷な労働条件の中で、女性と男性が性的な会話を交わし、身体を触り合うのが、従業員の間で一種のストレス解消となっていたのだった。しかし、リラはそのゲームに加わらず、一度は自分にキスをしようとした男性の耳を持って千切れるほど引きずり回す。また、自分に触ろうとした経営者のブルーノ・ソカボの股間に一撃を食らわせる。

リラはある日、幼馴染みで共産党員のパスクワレに連れられて、デモに参加する。そのデモの後の集会で、自分の置かれている厳しい労働条件について話をする。それを、ガリアーニ先生の娘、ナディアも聞いていた。数日後、リラが工場へ出社すると、数人の学生が門の前に立ち、小冊子を配っていた。リラもそれを受け取る。昼休みにそれを読んだリラは愕然とする。その冊子には、前回、共産党の集会で、リラが語った、工場の現状がそのまま記されていた。リラは経営者のブルーノ・ソカボに呼ばれる。ブルーノは、

「記事を書いたのはおまえだろう。」

と問い詰める。彼は、夫と別れて困っているリラを雇ってやったのに、恩を仇で返されたと激怒する。リラはそれを否定する。帰り道、リラがコートに隠し持ったソーセージが守衛に見つかる。リラは馘首を覚悟する。彼女は、その夜、心臓の異常を感じる。彼女は、それまで一緒に寝ることがなかった、エンゾーに、一緒に寝てくれと頼む。

翌日リラが出社すると、また昨日の学生がビラを配っている。そこに二台の車が停まる。その中から出てきた男たちが、学生たちを棒や自転車のチェーンで滅多打ちにして立ち去る。リラはその男たちに見覚えがあった。彼らはリオーネ地区に住む右翼であった。リラの工場の中に、ふたつのグループが出来る。ひとつは経営側に迎合していくという多数派、もうひとつは経営陣に労働条件の改善を申し入れようとする少数派であった。リラはどちらにも属さず黙々と働く。

数日後、風邪を引いたリラは、無理矢理仕事に出る。夕方、疲れ果てたリラであるが、自分の言ったことを勝手に記事にし、自分を困難な状況に陥れたナディアに文句が言いたくて、息子のジェナーロを連れ、ガリアーニ家に向かう。ナディアは帰っておらず、母親のガリアーニ先生と孫だけが家にいた。ガリアーニは、リラを迎え入れ、彼女の話を聞く。ナディアが帰って来る。兄のアルマンド、その妻のイザベラの他に、パスクワレが一緒にいた。リラは、ナディアが書いて配ったパンフレットのせいで、自分が職場で窮地に陥っていると訴える。ナディアは、もしリラに何かが起こったときは、自分が責任をもってリラを世話することを約束する。母親のガリアーニは、学校を満足に出ていないリラが理路整然と話をすることに驚き、リラを褒める。

翌朝リラが職場に行くと、また右翼のメンバーが会社の前にいた。そのひとりがリラにちょっかいを出そうとする。リラが一度耳を引きちられかけたエドという男性行員がそれを止めようとする。しかし右翼に一人に殴られて倒れる。リラはその右翼の男に石で一撃を喰らわせて、エドを助ける。そこに一台の車が現れ、パスクワレと共産主義者たちだった。彼らは右翼のまだ一枚上を行く暴力で、右翼のメンバーを殴り倒し、立ち去る。

リラは職場を改革しようという少数派のグループのリーダーエドに頼まれて、経営者に渡す要求書を起草する。その文書をリラが社長のブルーノ・ソカボに手渡すことになる。リラは一足先に、ソカボの秘書に呼ばれる。彼女が社長室に入ると、ミケレ・ソラーラが居た。ミケレはかつてステファノの妻として、裕福な生活を送っていたリラが、ソーセージ工場の工員として働いていることを揶揄する。リラは、ミケレを灰皿で殴ろうとするが、気を失いかける。

その日の午後、リラはブルーノに再び呼ばれる。彼は、リラの持って来た、要求書を読んで激怒していた。彼女は首を覚悟して、その場を立ち去る。その日、彼女は再び、ナディアの家を訪れる。そこで、彼女は再び気分が悪くなり、気を失いかける。医者であるアルマンドはリラを診察し、心臓に問題があるので、循環器科の専門医を訪れることを進める。リラは家に戻り、ステファノとパスクワレにエレナを読んでくるように頼む。

 

リラの話を聞いたエレナは、リラを助けようと決心する。身体の弱ったリラを看病するため、エレナは毎日リラを訪れる。また、婚約者のピエトロと、その母のアデレのコネを使い、エンゾーにコンピューターの職を見つけようとする。彼女は、新聞に記事を書くと、ブルーノに圧力をかけ、リラに未払いの給与の支払いと、前借の帳消しを認めさせる。また、リラを循環器科の専門医に連れて行く。専門医は、リラは身体が衰弱しているが、心臓そのものには問題がないと言い、彼女に転地をして休養をすることを勧める。リラはさらに精神科の診察を受ける。そこでも休養を勧められるが、彼女は休養を拒否する。リラとエレナは医者から避妊のためのピルを処方してもらう。

ナポリを離れる日の近づいたエレナは、別れを告げるために幼馴染みを順に訪れる。彼女はミケレ・ソラーラとジリオラの結婚式への招待状を貰っていた。しかし、間もなくナポリを離れるため出席できないエレナは二人を訪れたいと考える。海を見下ろす、高級なアパート、ミケレは留守で、ジリオラだけが居た。ジリオラは、自分が金持ちのミケレと結婚し、こんな豪華な場所に住めるのは、何て幸せ者なのだとエレナに語る。しかし、エレナはその言葉の中に、自嘲が含まれていることに気付く。ジリオラは、ミケレに付き合っている女性が数多くいること、その中でも、ミケレはリラのことが好きで彼女を忘れられないでいることを話す。

エレナは、リラがリオーネ地区に戻れるように尽力する。リオーネに小さなアパートが見つかり、リラは久々にそこに住むことになる。隣人たちは、夫を捨てて出て行ったリラを無視するか、辛く当たる。リラの家族も、彼女を受け入れようとはしない。

ナポリを発って、フレンツェに向かう直前、エレナはリラと一緒に、ガリアーニ先生の家も訪れる。最初、ガリアーニは不在で、ナディアとパスクワレがいた。ナディアは露骨にパスクワレと戯れる。エレナは献辞を入れた自分の本をガリアーニに贈ろうとするが、ガリアーニはそれに興味を示さず、リラとばかり話をする。エレナはガッカリしてガリアーニ家を出るが、リラはガリアーニの不機嫌は、自分の娘のナディアが、リオーネ地区出身で学歴のないパスクワレと一緒にいることへの不満からだと分析する。そして、自分の娘とは対照的に、大学教授と結婚し、幸せな道を歩むエレナを嫉妬し、辛く当たったのだと言う。

エレナは結婚してからしばらく次作の執筆に専念するために、ピルを服用し、子供は作りたくないとピエトロに話す。しかし、ピエトロは、子供がいても本は書けるし、ピルは身体に悪いと、反対する。ふたりは口論になり、それは結婚式の当日まで続く。

五月十七日にエレナはピエトロとフィレンツェで結婚式を挙げる。その前後は、余りに忙し過ぎて、エレナの記憶には何があったか余り記憶に残っていない。披露宴はしないつもりだったが、義母のアデレが、フィレンツェの友人の家を借りてパーティーを計画。そこには、新郎側、アエロータ家の人々とその知人だけが集まった。エレナは、自分の親戚や、知人を招くことができないことが不満だった。

エレナは結婚式の後、初めてピエトロとセックスをする。それは、彼女に満足を与えるものではなかった。しかも、ピエトロはその後、書斎に戻り、再び仕事を始めた。その夜、エレナは、自分が妊娠したと直感する。

エレナは、妊娠期間中も講演会等に呼ばれ、忙しく過ごす。ピエトロは忙しく、夜になっても、寝る間も惜しんで仕事をしていた。エレナは出産、育児の本を買って、母親になるための勉強を始める。

エレナは女の子を出産する。娘はピエトロの母親に因んで、アデレと名付けられた。エレナは娘を「デデ」と呼ぶ。初めての子であるデデは、エレナにとって、極めて育てにくい赤ん坊であった。母乳は飲まない、夜になっても寝ない、抱かないと泣きわめく。エレナは育児に疲れ切る。それを見たピエトロは、手伝いのために誰かを呼ぶことを提案する。エレナは母親に助けを求めるが、母親はつれない。結局、ピエトロの母、アデレが手伝いに来ることになる。アデレはテキパキと家事を片付け、エレナを美容院や歯医者に送り、家政婦を雇い、エレナを再び劇場や講演会など文化活動に連れていく。しかし、そこに問題が起こる。ピエトロがアデレに職場での愚痴を語り始めたのだ。エレナがピエトロに仕事について尋ねると、「上手く行っている」としか答えない。しかし、実はピエトロは、職場で同僚や学生たちとの人間関係に悩んでおり、母親をその不満のはけ口にし始めたのだった。エレナはピエトロが自分には正直ではなかったことに失望する。次第に、ピエトロとアデレの口論がひどくなり、アデレは去っていく。エレナは、二冊目の本を出版社から期待されているが、筆は進まない。

デデが一歳になって、エレナの生活はやっと落ち着く。彼女は、デデを家政婦に預け、再び買い物や文化活動のために外出する。エレナは夫に、同僚や知人を家に呼ぶように勧める。エレナは客たちとの会話を楽しむ。彼女は自分が成功した作家として客に扱われることにより自尊心を満足させる。彼女は妊娠を避けるために、夫にコンドームを使用させる。しかし、エレナは次第に夫のセックスが疎ましくなる。彼女は訪問客の男性と外出するようになる。ひとりの男性と、彼のオフィスでセックスを始める寸前に彼女は自分の過ちに気付き、家に駆け戻る。彼女は、夫に抱かれ、そしてまた妊娠する。

今回エレナの母親はナポリからやってきて家事を手伝ってくれた。幸にして、母親と夫の関係は良く、長女のデデも祖母によくなついた。エレナは出産までに何としても新しい小説を仕上げたいと考える。何度か試行錯誤を繰り返した末、エレナはこれまでナポリのリオーネ地区で見聞きした出来事を題材に小説を書く。彼女は書き上がった小説を義母のアデレに送る。しかし、アデレはエレナの作品に魅力を感じないという。エレナは更に原稿をリラに送る。リラもエレナの小説を好きになれないという。エレナは失望し、自分の才能に限界を感じ、最初の小説の成功は「まぐれ」であったのではないかと考えるようになる。彼女は、新聞や雑誌の中にニノ・サラトーレの書いた記事を頻繁に目にするようになる。相変わらず鋭い視点で論評を繰り広げるニノに、エレナは憧憬を覚えるようになる。

エレナの母親は、二番目の孫には、自分の名前「イマコラータ」が付けられると思っていた。当時のイタリアでは、自分の子供に、父親や母親の名前を付けるのが常であり、事実、最初の子は、ピエトロの母親と同じ「アデレ」という名前が付けられた。しかし、エレナは女の子が産まれたら、「エルザ」と名づけると母親に言う。母親はそれを聞いて激怒して、ナポリへ帰ってしまう。間もなくエレナは女児を出産し、予定通りその子はエルザという名前になる。二番目のエルザは、第一子のデデと違い、育て易い赤ん坊であった。エレナは再び子供をふたり抱え、忙しい日々を送ることになる。

エレナはリラから、エレナの家族に新しい動きがあったという。それは何かと問い合わせるエレナに、リラは自分で聞けと言う。エレナが母親に電話をすると、母親は、末娘のエリサがマルチェロ・ソラーラと婚約したと告げる。ソラーラ兄弟を嫌悪するエレナは激昂し、エリサの決心を変えさせるために、ナポリへ戻ること言い出す。夫のピエトロが運転をし、子供たちも一緒にエレナはナポリに向かう。久しぶりに実家に戻ったエレナに、母親は、エリサが既にマルチェロと同棲していることを告げる。エレナは妹の住むアパートに向かう。彼女はしばらく見ないうちに、街の様子が変わっているのに驚く。リラの元夫の、ステファノの経営していた店は、シャッターを下ろしていた。

エレナが妹を諭そうとする前に、エリサは先手を取って話し始める。彼女は、姉が自分の結婚に反対するためにやってきたことを知っていた。しかし、これまで注目されることのなかった自分が、街の有力者のソラーラ家の嫁になることで、急に周囲の見る目が変わったこと。マルチェロが自分に親切であるだけでなく、失業していた兄たちを雇ってくれ、家族を助けてくれていることを訴える。エレナは、妹の結婚に反対する矛先が鈍ってしまう。エレナが帰ると言うと、エリサは、

「皆が来るから残って。」

と言う。「皆」とは誰かとエレナは自問するが、次第に増える訪問客によってそれが分かる。まず、エレナの両親が、ピエトロと娘たちを連れて現れる。その次に、マルチェロ、ミケレのソラーラ兄弟がやって来る。ミケレは妻のジリオラと子供たちを連れている。そして、ソラーラ兄弟の母親、マヌエラがやって来る。その日は、マヌエラの六十歳の誕生日だったのだ。そして、最後にリラとエンゾーが現れた。

 夕食の後、マヌエラの息子のミケレが、母親に対する祝辞を述べる。母親を偉大な女性として称えた後、ミケレはリラを称賛する。そして、リラが、ミケレの始めた計算機センターの責任者に就任したことを伝える。エレナは、これまでミケレを毛嫌いしていたリラが、ミケレの側に回ったことに疑問と不満を感じる。エリサはドイツでアントニオに会ったことを話す。そして、アントにからのプレゼントとして、一冊の本をエレナに渡す。それは、ドイツ語に翻訳された、エレナの小説であった。

その夜、エレナ一家は、マルチェロとエリザのアパートに泊まる。 翌日、フィレンツェに戻る前に、マルチェロとミケレはピエトロとエレナを、新しい計算機センターに案内する。そこで、リラは、ニノ・サラトーレがナポリに戻っていること、結婚して子供もいることをエレナに告げる。

 ピエトロが、昼食の戻って来た際、客が来ているという。それは、何とニノであった。ピエトロとニノは仕事の上で知り合い、意気投合したということだった。エレナの心は踊る。昼食後、ニノは三十日後にはまた来ると言って去っていく。エレナは三十日を指折り数えて待つ。そして三十数日後に、ニノは再びやって来る。妻と、息子を連れて。エレナはガッカリする。ニノは、エレナの一家をレストランでの夕食に招待する。エレナは妻の容姿と、その立ち振る舞いを見て、自分の方が優れていると直感する。ピエトロは、ニノに、次回は自分の家に泊まるように勧める。果たして、次回フィレンツェを訪れたニノは、エレナの家に泊まる。エレナは、ニノと一つ屋根の下に過ごすことを楽しむ。ニノが数日エレナの家に滞在するにつれ、ニノは次第にピエトロに対して辛辣な言葉を吐くようになり、ふたりの関係は悪化する。ニノが翌日ナポリに戻るという夜、エレナは意を決し、ニノの部屋へ入っていく・・・

 

 

<感想など>

 

前作で、エレナが学校へ行っている間、教科書を買う金もないエレナを、既に裕福な商人と結婚していたリラが助ける。リラは、エレナが落ち着いて勉強できるようにと、自分の家の一室をエレナに提供する。今回は、エレナがリラを助ける番である。夫の下を飛び出し、子供を抱えてソーセージ工場で過酷な仕事を続け、身体を壊したリラをエレナは助ける。エレナはリラの身の回りの世話をし、医者に連れて行き、一緒に住むエンゾーに仕事を世話してやる。しかし、エレナはリラが、余り感謝の気持ちを示さないのを不満に思う。

私は、作者のフェランテがそのことを通じて言いたかったのは、「上から目線」で人を助けてはいけないということではないかと思った。私は、エレナのリラに対する態度を見て、「成功した者」として「成功しなかった者」を助けるという、一種の優越感を感じた。この本を読んで、最初に感じたこと、学んだことは、「人を助けるときは、優越感を持ってはダメ」ということであった。

前作で、エレナがピエトロを結婚相手として選んだことに、私は正直ホッとした。容姿はイマイチ、口も上手くないが、実直で、誠実な男をパートナーとしてエレナが選んだことは「正解」だと思った。しかし、この本の冒頭、ピエトロとは反対の、見かけがよく、口の立つニノ・サラトーレが現れる。エレナはニノに抱かれてみたいと思う。事実、高校の時から、ニノはエレナの憧れの対象だったのだ。

ニノが「女たらし」、「女性を次々と乗り換えていく男」であることは読んでいても分かる。彼のやり方は極めて巧妙である。ニノは、まずピエトロと娘たちと友好関係を結び、それからエレナにアタックをする。正に「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」の教え通りである。また、最初はサッと帰り、次回は妻と子を連れ現れ、最後に家に入り込む、じらすところと、攻めるところの切り替えが絶妙である。読書の大多数が、少なくとも私は、ニノが誠実でない男であることに気付く、しかし、エレナがその男に魅かれ、家庭を捨てて出ていくシーンを読まなくてはいけない、これはなかなか欲求不満の溜まるシチュエーションであった。

「いい加減に気付けよ。」

と言いたくなってしまう。特に、エレナが、その他は聡明で、注意深い性格の女性として描かれているから余計である。

前作までは、野心的なのはリラで、エレナは努力家だが控えめな、「お嬢さんタイプ」として描かれていた。しかし、この本で、その印象は一変する。エレナは、我の強い、野心と自尊心の強い、更には虚栄心の強い女性に変貌する。それは、リラ以上であると言える。彼女の、他人から認められたい、他人から褒められたい、という欲求は非常に強いものがあり、それが、彼女のエネルギーとなり、行動の基準となっている。

この物語に一貫して流れているのは「人が人を傷つける」ということである。夫にしろ、親友にしろ、家族にしろ、完璧な人間というのはいないわけで、相手の良い面を見つけながら一緒に暮らしていくしかない。しかし、この物語の中では、登場人物がお互い相手の悪い点ばかり見つけて、それを揶揄し、人間関係を損ねてしまう。妻と夫は互いに傷つけ合い、母と娘は互いに相手に文句を言い合う。親友と言っても、互いの許容量を超えたことを言い合っては関係が悪くなってしまう。この物語を読んで、反面教師にしたいと思った点である。

この本、読んでいて一貫してエレナの行動に対して欲求不満を感じていたのであるが、それに嫌気がさすことなく、最後まで一挙に読んでしまった。その点では、読者を引き付けて離さない、不思議な魅力を持った本だと思う。この本を読んだ、私の末娘に、

「本を読んでいて、エレナの行動に、欲求不満や疑問を感じなかった?」

と聞いてみた。彼女はそれほどでもないと言った。また、エレナの行動にはある程度共鳴できるとも言った。ピエトロは夫に値しない人物だとも。その辺り、女性と男性の考え方は違うのだと、改めて認識した。

 先ほども書いたが、一度読み始めると、読者を掴んで離さない、不思議な魅力のあるシリーズである。これで三作目。最後の作品を読むのが楽しみである。

 

20184月)

 

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